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第39話 妖精も逃げ出す夜
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ロスカが立っていた氷は破れた。
水がじわじわと溢れ、彼の足元を溶かしていく間も無く、彼を湖の中へ誘った。
壊したのは不安の四肢に心臓を取られた彼なのか。
「ならどうして声が出ない」
フレイアはほとほと、困り果てた。
そんな事を言われてもわからない。自分が答えを知りたいくらいだ。彼から目を逸らさない方が良い。
そんな気はしているが、フレイアはこの沈黙も、彼の眼差しを堪え続けるのは難しかった。物理的に押し潰されている訳ではないのに、息をするのも苦しいくらいなのだ。だから、視線を彼の瞳から天井に移した時だった。
「俺はお前を見ているのに、お前はどうして俺を見ないんだ!」
静寂を突き破らんばかりの激しい咆哮が鳴り響いた。
目の前で怒鳴られ、フレイアは腰が抜けそうだったが、ロスカがそれを許さない。
頬から降りてきたもう片方の手が腰に回る。すると、腰で結ばれていたリボンの結び目を掴んで上へと引き上げたのだ。
耳を掴まれたウサギではないか。
フレイアは違うの、と口を動かすも彼は聞き入れてくれなかった。
「何が違うんだ?説明してみろ」
殆ど言いがかりである。
ロスカもわかっていた。こんなの馬鹿げていると。何の幸福も産まない、愚かな時間だと。
幼い頃に見ていた光景を自分で繰り返しているだけなのだ。よく父親がやっていた行動を見ては、恐怖で他人をひれ伏せさせているだけだ、と思ったじゃないか。父親に話を聞いてもらえなくて、悲しかったじゃないか。
そう自分に言い聞かせるも、ロスカは自身を抑えられなかった。
幼い頃にずっとずっと抑えてきた感情が、とめど無く溢れるようなのだ。悲しい、苦しい。炎帝の息子というだけで、亡霊のように名前が付き纏っては彼に見えない不運をもたらした。
「どうして説明出来ないんだ!!」
不安の四肢がはためかせていた白い手紙はとっくに燃えてしまった。ロスカの体の中で発火した怒りが燃やしてしまったのだ。
「フレイア!!!」
怒りで膨れ上がった声が耳に突き刺さる。
荒ぶる彼を落ち着かせようと、ロスカの腕に触れるがそれは無意味であった。掴まれていたリボンの結び目は解放される。
しかしそれも束の間、両手が首にやってきてしまった。細くか弱い首だ。頬の骨に力を入れたように、ロスカは指の腹に力を込めてしまった。ならない事である。
フレイアの肩が恐怖とロスカから与えられた苦しさで、上へと上がった。
そして、はあ、とフレイアの息が止まった音がした。実際には止まっていないが、ロスカにはそう見えたのだ。悲しい事にその仕草は、怒りの湖でもがいていたロスカを引き上げる事になった。我に帰り、手を離せばフレイアはそのまま椅子に座り込んだ。
「・・・フレイア・・・」
息を整える妻の姿は彼を冷静にさせた。辺りに散らばったものは何もない。
血の海が広がっている訳ではないが、ロスカの瞳には恐怖の色が浮かんでいる。
自分が恐ろしいのだろうか。力なく、彼女の名前を呼ぶ。また再び、ロスカは妻の名前を呼んだ。
「フレイア・・・」
短い呼吸を繰り返しながら、彼は脱力したように膝をつく。
そして、殺めかけた妻の膝に顔を埋めた。縋るようにドレスの布を握り締められる。
フレイアは分からなかった。突然巻き起こった嵐にのまれ、立つので精一杯だった。
けれども、嵐を起こした本人であるロスカは混乱しているようなのだ。
どうしてなの。そう聞きたくても聞けない。どうして私は声が出ないの。彼女にもわからない。
でも、声が出ていればこんな風にならなかったかもしれない。フレイアは自分を責めた。悲しい影が二つ、暖炉の前で折り重なった。
水がじわじわと溢れ、彼の足元を溶かしていく間も無く、彼を湖の中へ誘った。
壊したのは不安の四肢に心臓を取られた彼なのか。
「ならどうして声が出ない」
フレイアはほとほと、困り果てた。
そんな事を言われてもわからない。自分が答えを知りたいくらいだ。彼から目を逸らさない方が良い。
そんな気はしているが、フレイアはこの沈黙も、彼の眼差しを堪え続けるのは難しかった。物理的に押し潰されている訳ではないのに、息をするのも苦しいくらいなのだ。だから、視線を彼の瞳から天井に移した時だった。
「俺はお前を見ているのに、お前はどうして俺を見ないんだ!」
静寂を突き破らんばかりの激しい咆哮が鳴り響いた。
目の前で怒鳴られ、フレイアは腰が抜けそうだったが、ロスカがそれを許さない。
頬から降りてきたもう片方の手が腰に回る。すると、腰で結ばれていたリボンの結び目を掴んで上へと引き上げたのだ。
耳を掴まれたウサギではないか。
フレイアは違うの、と口を動かすも彼は聞き入れてくれなかった。
「何が違うんだ?説明してみろ」
殆ど言いがかりである。
ロスカもわかっていた。こんなの馬鹿げていると。何の幸福も産まない、愚かな時間だと。
幼い頃に見ていた光景を自分で繰り返しているだけなのだ。よく父親がやっていた行動を見ては、恐怖で他人をひれ伏せさせているだけだ、と思ったじゃないか。父親に話を聞いてもらえなくて、悲しかったじゃないか。
そう自分に言い聞かせるも、ロスカは自身を抑えられなかった。
幼い頃にずっとずっと抑えてきた感情が、とめど無く溢れるようなのだ。悲しい、苦しい。炎帝の息子というだけで、亡霊のように名前が付き纏っては彼に見えない不運をもたらした。
「どうして説明出来ないんだ!!」
不安の四肢がはためかせていた白い手紙はとっくに燃えてしまった。ロスカの体の中で発火した怒りが燃やしてしまったのだ。
「フレイア!!!」
怒りで膨れ上がった声が耳に突き刺さる。
荒ぶる彼を落ち着かせようと、ロスカの腕に触れるがそれは無意味であった。掴まれていたリボンの結び目は解放される。
しかしそれも束の間、両手が首にやってきてしまった。細くか弱い首だ。頬の骨に力を入れたように、ロスカは指の腹に力を込めてしまった。ならない事である。
フレイアの肩が恐怖とロスカから与えられた苦しさで、上へと上がった。
そして、はあ、とフレイアの息が止まった音がした。実際には止まっていないが、ロスカにはそう見えたのだ。悲しい事にその仕草は、怒りの湖でもがいていたロスカを引き上げる事になった。我に帰り、手を離せばフレイアはそのまま椅子に座り込んだ。
「・・・フレイア・・・」
息を整える妻の姿は彼を冷静にさせた。辺りに散らばったものは何もない。
血の海が広がっている訳ではないが、ロスカの瞳には恐怖の色が浮かんでいる。
自分が恐ろしいのだろうか。力なく、彼女の名前を呼ぶ。また再び、ロスカは妻の名前を呼んだ。
「フレイア・・・」
短い呼吸を繰り返しながら、彼は脱力したように膝をつく。
そして、殺めかけた妻の膝に顔を埋めた。縋るようにドレスの布を握り締められる。
フレイアは分からなかった。突然巻き起こった嵐にのまれ、立つので精一杯だった。
けれども、嵐を起こした本人であるロスカは混乱しているようなのだ。
どうしてなの。そう聞きたくても聞けない。どうして私は声が出ないの。彼女にもわからない。
でも、声が出ていればこんな風にならなかったかもしれない。フレイアは自分を責めた。悲しい影が二つ、暖炉の前で折り重なった。
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