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16.執着の変化 ※Side桎月
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■■■
廊下に出ると、絆ってばすぐにしゃがみこんで長身を丸めて足を抱えて。すっごい器用に小さくなったけど、僕にどうして欲しいのかな。
「絆~? 絆さん~?」
とりあえず僕もしゃがんで、耳まで真っ赤にした絆の背中を撫でてみる。触れた瞬間に震えた背中が面白くて撫で続ければ、絆が細いからかな? 制服越しでも背骨の硬さが伝わってきた。細く見えてもお坊ちゃんだし、ちゃんと食べてると思ってたんだけどな。
小さなカップに入った、ティースプーンで十回も掬わない内になくなりそうな量の高級ゼリー。紫色で、ぶどうの実が三粒入った、金粉入りのそれで済ませてるのは昼食だけじゃないとか? 今度聞いてみないと。
しばらくして、器用に小さくなった背中がもぞり動く。ようやく落ち着いたのか、膝にうずめていたまだ赤みの抜けない顔を上げてくれた。
「絆……あれ?」
「……」
ばち、と目が合ったかと思うと声をかける前にまーた丸まっちゃった。さらさらと揺れ動く長めの黒髪からは柑橘系の爽やかで、でも甘さも含んだ絆の匂いが香ってくる。小学生のときから同じブランドのシャンプー使ってるのかな? 絆といえばこの匂い、ってイメージ。
「んー? 絆、うなじのところ何かついてない?」
「っ……!」
ふと、髪が左右に垂れてむき出しになった首。普段は髪に覆われているそこへ影でも髪でもない、なんだろう? 円形の傷、みたいなものが見えた。
「なんでもなっ——」
「いだっ⁈」
「っ~……!」
傷のようなものに寄ろうとして、勢いよく顔を上げた絆と額がぶつかった。
僕は片膝をついた状態でしゃがんでいたから、衝撃に体勢を崩すことはなかった。
でも、絆は長い膝を折ってしゃがみ込んでいた訳で。体育座りになったかと思ったら、勢いを止めきれずにそのまま後ろへ――。
「っ……と、頭打ってないね? 大丈夫?」
ほんと、人騒がせだなあ。絆ってば。両手で額を押さえて赤子みたいにころんと転がりそうになるんだから、ヒヤヒヤした。
すかさず絆の後頭部と床との間に手を差し込めたから良かったけど、危なっかしい。絆ってこんなに隙だらけだったかな? 常に警戒心剥き出しで、少しでも手を出そうとすれば噛みつかれるどころか仕留めに来られる印象だったんだけどね。
「……ん」
「ん?」
何度か口をはくはくと開閉させて、視線を彷徨わせると上体が起こされて手から後頭部の熱が離れていった。絆はそのまま猫みたいに身軽な動きでバッと後退り、腹の前でもじもじと両手の指が絡め合わせた。
「ごめん。その、ありがとう」
「……」
目を見開く感覚が、僕自身のものなのにどこか他人事のように感じた。
いつも向けられる、突き刺してくるような冷たい目と違い、柔らかく、揺らぐじっと見つめてくる二つの眼と。覇気のない弱そうな声と。
僕の知らない絆がいた。
最近、感じていた違和感。
絆は恐らく、僕への印象が少しずつ好意的なものに変わっていき、それに戸惑いを示しているんだと予想していた。きっと、その予想は間違ってはいない。
一歩近寄ると三歩は離された距離が、今は離れるどころか絆から詰めてくることもあるのだって。
一年の布顛凛と話せば、不愉快さを滲ませる視線を向けてくるのだって。
僕から話しかければびくりと肩を跳ねさせて、声に人間らしい熱が通うのだって。
氷の彫像じみた絆の完璧さが失われつつあるから、僕の絆に対する関心も薄れ始めている。そんな違和感だと、思っていたんだけどなあ……。
左手に残る、数秒前に触れた絆の体温。鼻腔に残る甘く熟した果実みたいな香り。ほんのりと色づいた頬に、羞恥心からか潤んで見える両の眼。
もしもその全てが、僕の手の中に落ちてきたなら。
絆という天才をただ引きずりおろしてプライドをへし折るだけじゃ、もったいない。だって、せっかく今、散々見下して、軽蔑していただろう僕に関心が向いてしまっているのに。
絆に、ずっと忘れられないような深い傷跡をつけるなら、落ちてきた絆に足枷を嵌めれるのなら。それは僕がいい。ずっとそう願ってきた。
……だけど。
「桎月?」
真っ白い制服の袖から覗く指先をぎゅっと握り締めて居心地悪そうにする絆を。僕が甘やかして、ダメにしてみたいと。……守って、みたい。なんて、馬鹿なことを考えちゃって。
絆は僕より上背の高い男で、当たりが強くて、気に障る天才で。何より、僕を助けるのだとほざき、孤児院なんてラッピングで隠した肉食獣ばかりが蔓延る監獄のような場所に閉じ込めた男の息子で。一番嫌いだから、僕と同じところまで堕としてあのお綺麗な顔が歪むのを拝んでやろうと思っていた。
「……はずなんだけどなあ」
「……?」
ふにゃふにゃと頼りなさげで、でも警戒心は抜けきらない切れ長の赤みがかった紫に見つめられて。今度額を押さえるのは僕の番だった。
そりゃあ、つんけんした絆を無理やり跪かせたいとは思ってた。完全無欠な神様のフリをしてお高くとまる人間に、お前は人間なんだって教えて絶望でもしてしまえばいいって。
でも、平凡な僕じゃ到底絆には敵わないから、たくさん試行錯誤して、リハーサルだって重ねてきた。そのために利用できるなら友人のフリだってしたし、良い子な後輩のフリも、優しい先輩のフリも、恋人のフリだってしてきた。
こんなことができたのも、今までこっそり絆の舞台に通い続けてたからかな?
絆以外の天才と呼ばれる人たちなら、僕みたいな平凡、もしくはそれ以下の人間でも蹴落とすことができるって証明してきたし。天辺から引きずりおろせば、後は興味なんて湧いてこなかった。
あれだけ欲しかった宝石も、手に入れてしまえばどう輝いていたのかも、どうして焦がれていたのかも忘れてしまう。
それなのに、なんで絆はこうも僕の目を惹きつけて離さないんだろう?
俺は孤高です、きみたちとは違うから。とか考えてるんだろうなって佇まいをしておきながら、信頼できる人、いや、信頼したい人かな。演劇部の人たちには甘いところがある矛盾も、絆は知れば知るほど面白い。
中一で絆と初めて同じ学校、同じクラスになれたときも僕が知っているお人好しの絆とは全く別人。今の絆に変わってて驚いたけど、一層落としがいがあるなって夜も眠れず浮き立ってたっけ。
「——桎月、なに気味悪い顔してるの」
ぼんやりと思考を飛ばしている間に、絆はいつも通りの鋭い眼光も、語気の強さも取り戻していた。
やっぱり、僕の欲求だとか、期待の先にはいつも絆がいる。また僕が知らない絆の一面が出てきてるんだ。絆はどれだけ僕を揺さぶれば気が済むんだろう。
「ふふ、いやあ? やっぱり、僕にとって絆は特別だなあって思って」
「……は、え?」
意味ありげな言い方をすれば絆は面白いくらい突っかかってきてくれるから、ついからかってしまう。今度はどう出てきてくれるかな? うるさいんだけど、ってくるか。気味悪いのは顔だけにしてくれる、なんて含みも何もない直球暴言を投げてくるかもしれない。
「な、それっ……、意味、分かんない!」
「えっと、絆?」
「っ……」
脳内で予想し描いた絆とは違い、赤みの収まってきていた顔がじわじわとさっきより真っ赤に色づいていく。こくりと喉仏が上下して、忙しなく視線が宙を撫で回す。もどかしげに唇をきゅっと噛んで、片腕を縋るようにぎゅっと捕まえて。さらりと艶のある黒髪がヴェールのように俯いた顔を覆い隠して。
妙だった。また、絆の見たことない顔。
あ、でも一度だけ、似たような姿を見たことはあった。絆が中学生のときの舞台。今回の栄冠祭で僕たちの劇を観にくるという劇作家の手がけた作品だったかな。そのときに見たのは、舞台の上でおどおどと動き、ぎゅっと両手の指を重ね合わせた絆の演技。
まるで、そのとき……初恋の演技をしている絆みたいな。でも、そのときよりもずっとリアルな——。
「し、つきは」
「うん?」
震える手が伸びてきて、僕へ触れるまで後拳一つ分の距離で迷うように何度か指先が伸びたり曲がったりが繰り返される。思い切ったようにその距離が詰められれば、制服の、肘の関節部分に当たる場所をきゅっと握られた。
ただでさえ日焼けという単語も知らないような色白い指先が力を込めすぎたのか、すぐさま真っ白になっていく。
そこら辺の顔が可愛いだけの男子生徒とか、女子生徒にされたらあざとさに思わず冷めた目を向けてしまいそうな動作。
「俺の、こと——」
「ん? 桎月くんに絆くんか。こんな廊下でどうしたんだ? 何か問題でも……」
「蓮斗⁈ な、なんでもないから! 桎月、俺先戻ってるから! 今のは忘れろ!」
「えっ。ちょっと、絆⁈」
掴まれていた袖は呆気なく解放され、シワを残すこともなく元通り。アリーナへと絆の背が吸い込まれていけば、異質な時間の流れていた痕跡なんて消え去ってしまった。
「……邪魔してしまっただろうか。悪いことをした」
困ったように眉を下げる部長に良心が痛む。
「いやいや! 部長は何も悪くないよ。少しあの一年と絆が揉めちゃってね。休憩挟んでただけ」
「そうか?」
「そうそう! 絆も落ち着いたみたいだったし、ちょうど練習再開だと思うから部長も行こうよ」
絆もそうだけど、この人もなんだかんだ不思議な人だよね。なんだろう、神様仏様お父様の類っていうか。神も仏も僕は信じたことがないうえに、父親もいないからどんなものかは分からないんだけども。どっしり構えていて思わず考えていることも全部口を滑らせてしまいそうな印象っていうか。
「ああ。……ふっ」
「部長? どうしたの?」
「いや、桎月くんも絆くんも似ているなと思ってな」
「……え~? 僕、部長にはあんなキツい性格に見えるの?」
「絆くんはキツい性格をしているか……? 私には二人とも繊細で優しい人物に見えるんだがな」
「え、嘘だ~⁈」
軽い立ち話をして、アリーナへの扉に手をかけて思う。
僕らの部長はやっぱり人の感情の機微に敏感だということと。
さっき、頬も耳も、首まで赤く染め上げてどこか泣き出しそうな顔をしていた絆は。逸らすのが惜しいと言うように何度もちらちら目を合わせてきながら、でも視線を彷徨わせていた絆は。もしかして——。
○
廊下に出ると、絆ってばすぐにしゃがみこんで長身を丸めて足を抱えて。すっごい器用に小さくなったけど、僕にどうして欲しいのかな。
「絆~? 絆さん~?」
とりあえず僕もしゃがんで、耳まで真っ赤にした絆の背中を撫でてみる。触れた瞬間に震えた背中が面白くて撫で続ければ、絆が細いからかな? 制服越しでも背骨の硬さが伝わってきた。細く見えてもお坊ちゃんだし、ちゃんと食べてると思ってたんだけどな。
小さなカップに入った、ティースプーンで十回も掬わない内になくなりそうな量の高級ゼリー。紫色で、ぶどうの実が三粒入った、金粉入りのそれで済ませてるのは昼食だけじゃないとか? 今度聞いてみないと。
しばらくして、器用に小さくなった背中がもぞり動く。ようやく落ち着いたのか、膝にうずめていたまだ赤みの抜けない顔を上げてくれた。
「絆……あれ?」
「……」
ばち、と目が合ったかと思うと声をかける前にまーた丸まっちゃった。さらさらと揺れ動く長めの黒髪からは柑橘系の爽やかで、でも甘さも含んだ絆の匂いが香ってくる。小学生のときから同じブランドのシャンプー使ってるのかな? 絆といえばこの匂い、ってイメージ。
「んー? 絆、うなじのところ何かついてない?」
「っ……!」
ふと、髪が左右に垂れてむき出しになった首。普段は髪に覆われているそこへ影でも髪でもない、なんだろう? 円形の傷、みたいなものが見えた。
「なんでもなっ——」
「いだっ⁈」
「っ~……!」
傷のようなものに寄ろうとして、勢いよく顔を上げた絆と額がぶつかった。
僕は片膝をついた状態でしゃがんでいたから、衝撃に体勢を崩すことはなかった。
でも、絆は長い膝を折ってしゃがみ込んでいた訳で。体育座りになったかと思ったら、勢いを止めきれずにそのまま後ろへ――。
「っ……と、頭打ってないね? 大丈夫?」
ほんと、人騒がせだなあ。絆ってば。両手で額を押さえて赤子みたいにころんと転がりそうになるんだから、ヒヤヒヤした。
すかさず絆の後頭部と床との間に手を差し込めたから良かったけど、危なっかしい。絆ってこんなに隙だらけだったかな? 常に警戒心剥き出しで、少しでも手を出そうとすれば噛みつかれるどころか仕留めに来られる印象だったんだけどね。
「……ん」
「ん?」
何度か口をはくはくと開閉させて、視線を彷徨わせると上体が起こされて手から後頭部の熱が離れていった。絆はそのまま猫みたいに身軽な動きでバッと後退り、腹の前でもじもじと両手の指が絡め合わせた。
「ごめん。その、ありがとう」
「……」
目を見開く感覚が、僕自身のものなのにどこか他人事のように感じた。
いつも向けられる、突き刺してくるような冷たい目と違い、柔らかく、揺らぐじっと見つめてくる二つの眼と。覇気のない弱そうな声と。
僕の知らない絆がいた。
最近、感じていた違和感。
絆は恐らく、僕への印象が少しずつ好意的なものに変わっていき、それに戸惑いを示しているんだと予想していた。きっと、その予想は間違ってはいない。
一歩近寄ると三歩は離された距離が、今は離れるどころか絆から詰めてくることもあるのだって。
一年の布顛凛と話せば、不愉快さを滲ませる視線を向けてくるのだって。
僕から話しかければびくりと肩を跳ねさせて、声に人間らしい熱が通うのだって。
氷の彫像じみた絆の完璧さが失われつつあるから、僕の絆に対する関心も薄れ始めている。そんな違和感だと、思っていたんだけどなあ……。
左手に残る、数秒前に触れた絆の体温。鼻腔に残る甘く熟した果実みたいな香り。ほんのりと色づいた頬に、羞恥心からか潤んで見える両の眼。
もしもその全てが、僕の手の中に落ちてきたなら。
絆という天才をただ引きずりおろしてプライドをへし折るだけじゃ、もったいない。だって、せっかく今、散々見下して、軽蔑していただろう僕に関心が向いてしまっているのに。
絆に、ずっと忘れられないような深い傷跡をつけるなら、落ちてきた絆に足枷を嵌めれるのなら。それは僕がいい。ずっとそう願ってきた。
……だけど。
「桎月?」
真っ白い制服の袖から覗く指先をぎゅっと握り締めて居心地悪そうにする絆を。僕が甘やかして、ダメにしてみたいと。……守って、みたい。なんて、馬鹿なことを考えちゃって。
絆は僕より上背の高い男で、当たりが強くて、気に障る天才で。何より、僕を助けるのだとほざき、孤児院なんてラッピングで隠した肉食獣ばかりが蔓延る監獄のような場所に閉じ込めた男の息子で。一番嫌いだから、僕と同じところまで堕としてあのお綺麗な顔が歪むのを拝んでやろうと思っていた。
「……はずなんだけどなあ」
「……?」
ふにゃふにゃと頼りなさげで、でも警戒心は抜けきらない切れ長の赤みがかった紫に見つめられて。今度額を押さえるのは僕の番だった。
そりゃあ、つんけんした絆を無理やり跪かせたいとは思ってた。完全無欠な神様のフリをしてお高くとまる人間に、お前は人間なんだって教えて絶望でもしてしまえばいいって。
でも、平凡な僕じゃ到底絆には敵わないから、たくさん試行錯誤して、リハーサルだって重ねてきた。そのために利用できるなら友人のフリだってしたし、良い子な後輩のフリも、優しい先輩のフリも、恋人のフリだってしてきた。
こんなことができたのも、今までこっそり絆の舞台に通い続けてたからかな?
絆以外の天才と呼ばれる人たちなら、僕みたいな平凡、もしくはそれ以下の人間でも蹴落とすことができるって証明してきたし。天辺から引きずりおろせば、後は興味なんて湧いてこなかった。
あれだけ欲しかった宝石も、手に入れてしまえばどう輝いていたのかも、どうして焦がれていたのかも忘れてしまう。
それなのに、なんで絆はこうも僕の目を惹きつけて離さないんだろう?
俺は孤高です、きみたちとは違うから。とか考えてるんだろうなって佇まいをしておきながら、信頼できる人、いや、信頼したい人かな。演劇部の人たちには甘いところがある矛盾も、絆は知れば知るほど面白い。
中一で絆と初めて同じ学校、同じクラスになれたときも僕が知っているお人好しの絆とは全く別人。今の絆に変わってて驚いたけど、一層落としがいがあるなって夜も眠れず浮き立ってたっけ。
「——桎月、なに気味悪い顔してるの」
ぼんやりと思考を飛ばしている間に、絆はいつも通りの鋭い眼光も、語気の強さも取り戻していた。
やっぱり、僕の欲求だとか、期待の先にはいつも絆がいる。また僕が知らない絆の一面が出てきてるんだ。絆はどれだけ僕を揺さぶれば気が済むんだろう。
「ふふ、いやあ? やっぱり、僕にとって絆は特別だなあって思って」
「……は、え?」
意味ありげな言い方をすれば絆は面白いくらい突っかかってきてくれるから、ついからかってしまう。今度はどう出てきてくれるかな? うるさいんだけど、ってくるか。気味悪いのは顔だけにしてくれる、なんて含みも何もない直球暴言を投げてくるかもしれない。
「な、それっ……、意味、分かんない!」
「えっと、絆?」
「っ……」
脳内で予想し描いた絆とは違い、赤みの収まってきていた顔がじわじわとさっきより真っ赤に色づいていく。こくりと喉仏が上下して、忙しなく視線が宙を撫で回す。もどかしげに唇をきゅっと噛んで、片腕を縋るようにぎゅっと捕まえて。さらりと艶のある黒髪がヴェールのように俯いた顔を覆い隠して。
妙だった。また、絆の見たことない顔。
あ、でも一度だけ、似たような姿を見たことはあった。絆が中学生のときの舞台。今回の栄冠祭で僕たちの劇を観にくるという劇作家の手がけた作品だったかな。そのときに見たのは、舞台の上でおどおどと動き、ぎゅっと両手の指を重ね合わせた絆の演技。
まるで、そのとき……初恋の演技をしている絆みたいな。でも、そのときよりもずっとリアルな——。
「し、つきは」
「うん?」
震える手が伸びてきて、僕へ触れるまで後拳一つ分の距離で迷うように何度か指先が伸びたり曲がったりが繰り返される。思い切ったようにその距離が詰められれば、制服の、肘の関節部分に当たる場所をきゅっと握られた。
ただでさえ日焼けという単語も知らないような色白い指先が力を込めすぎたのか、すぐさま真っ白になっていく。
そこら辺の顔が可愛いだけの男子生徒とか、女子生徒にされたらあざとさに思わず冷めた目を向けてしまいそうな動作。
「俺の、こと——」
「ん? 桎月くんに絆くんか。こんな廊下でどうしたんだ? 何か問題でも……」
「蓮斗⁈ な、なんでもないから! 桎月、俺先戻ってるから! 今のは忘れろ!」
「えっ。ちょっと、絆⁈」
掴まれていた袖は呆気なく解放され、シワを残すこともなく元通り。アリーナへと絆の背が吸い込まれていけば、異質な時間の流れていた痕跡なんて消え去ってしまった。
「……邪魔してしまっただろうか。悪いことをした」
困ったように眉を下げる部長に良心が痛む。
「いやいや! 部長は何も悪くないよ。少しあの一年と絆が揉めちゃってね。休憩挟んでただけ」
「そうか?」
「そうそう! 絆も落ち着いたみたいだったし、ちょうど練習再開だと思うから部長も行こうよ」
絆もそうだけど、この人もなんだかんだ不思議な人だよね。なんだろう、神様仏様お父様の類っていうか。神も仏も僕は信じたことがないうえに、父親もいないからどんなものかは分からないんだけども。どっしり構えていて思わず考えていることも全部口を滑らせてしまいそうな印象っていうか。
「ああ。……ふっ」
「部長? どうしたの?」
「いや、桎月くんも絆くんも似ているなと思ってな」
「……え~? 僕、部長にはあんなキツい性格に見えるの?」
「絆くんはキツい性格をしているか……? 私には二人とも繊細で優しい人物に見えるんだがな」
「え、嘘だ~⁈」
軽い立ち話をして、アリーナへの扉に手をかけて思う。
僕らの部長はやっぱり人の感情の機微に敏感だということと。
さっき、頬も耳も、首まで赤く染め上げてどこか泣き出しそうな顔をしていた絆は。逸らすのが惜しいと言うように何度もちらちら目を合わせてきながら、でも視線を彷徨わせていた絆は。もしかして——。
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