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15.嫌がらせと、嫉妬
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●●●
「は……?」
冬休み前、そして今年最後となる土曜の午前授業が終わり、部活へ向かったら。水曜に小道具と一緒に倉庫へ置いて帰っていた台本を開いて唖然とする。ご丁寧に俺のセリフだけ黒いマーカーで塗り潰されたページたちと、裏表紙にプリントして貼られたゴシック体の幼稚な悪口。
それだけ見ればなんら大したことはない。
けど。過去の出来事をなぞらえるような行為に、嫌な汗が額から溢れて耳の裏を通り首筋に伝っていく。
夜に俺の部屋へ布顛が押しかけてきた翌日から、今日まで。毎日一つずつ何かしらの嫌がらせをされるようになった。
木曜は前日部屋であった一件を言いふらされないか心配したけど、それは杞憂に終わった。けれど、代わりとでも言うように筆記用具を隠された。大袈裟にするつもりはないのか、部室内に置かれていてすぐに見つけられたけど。
金曜……昨日の活動内容は先週と変わらず、だいぶ上達してきているお菓子作りの練習だった。その準備時間。蓮斗の手伝いで調理器具を用意して部員たちに手渡しているとあからさまに布顛から無視された。砂糖やベーキングパウダーをまとめた袋を渡そうとしたけど、テーブルに置かれていた分を取って自分の班に戻っていった。わざわざ合いそうになった目を逸らす、なんておまけつきで。戻った先では同じ班の桎月にベタベタ引っついていたし。
そして、今日。手元にあるのは遠目で見れば穴埋め問題の参考書にすら見えそうな、派手に書き込まれた台本。
別に、それら単体に問題があるわけではない。筆記用具はすぐに見つかったし、無視されたからと言って部活に問題があるなんてこともない。台本だって、コピーしたものが四冊は部屋にあるし。
その内容が気に食わないだけ。
あのときも、そうだったから。
小学三年生のとき。所属していた児童劇団で俺が八回目の主役を任された劇を練習していた頃だ。不満が爆発した布顛の兄たちに呼び出されて、「お前が主役ばかりやるせいで、親に怒られる」と怒鳴られた。
当時の俺は馬鹿だったから、唯一の居場所である劇団から安寧が消えることが怖くて言い返したっけ。
そこからだった。
不満を垂れた翌日、まずタオルやサポーターなどの私物を隠されることから始まった。消耗品とかであれば捨てられたことも何度か。そして彼らから無視されるようになり、練習中にわざとぶつかられたり、足を踏まれたりと地味な嫌がらせが続いて。
いよいよ台本、形に残るものに手を出されたのは本番直前のことだった。
練習で使うことはほぼないけど、思い出として保管するには痛ましい姿になった台本。結局あの姿のまま、誰にも見つからないように今でもとってあるけど。たまに見返しては冷え切っていく感情が不気味で、高三になってからは一度も触れていない。
八回目の主役も問題なくこなして、千秋楽を終えた次の練習日。いつもより早く終わって、帰り支度をしていると布顛の兄たちに呼び出されて、それで——。
「下手くそな再演、ってところか。アドリブも最低とか、目も当てられない」
もしかしたら布顛の兄は、あの出来事を戦果でも報告するように自らの弟へ嬉々として語り聞かせていたのかもしれない。だから、その行動を真似ているってこと?
くだらない。くだらないけど、蓮斗たちが俺にはない情熱を持って作り上げた台本の一つを穢されたのは気に食わないし、わざとらしく桎月にくっつくのも見ていて不愉快極まりない。
「絆先輩ー! 全員揃ったので挨拶しちゃいましょって部長が!」
「え、ああ。うん。分かった。ありがとう」
背後からかけられた声にびくりと肩が跳ねる。ロッカーを開けた状態で立ち尽くしていたらしい。時計を見ればもう部活が始まる時間で、十分ほどぼさっと無駄なことを考えてしまっていた。
呼びに来てくれたのは二年の副部長。三年になったら部長をやりたいと自ら副部長に立候補するやる気も積極性も充分で真面目な人物。ここ最近は何度か彼に声をかけられていた。
「いえ! 大丈夫ですか? 何か悩み事があるなら、俺ら相談に乗りますからね!」
「……平気だから。本当によく見てるよね。これなら蓮斗も、来年安心してきみに部長を任せられるんじゃない」
「はっ、えっ! 本当ですか⁈ ありがとうございます! 俺、演技だけでなく調理の技術もしっかり盗んで引き継ぎますから!」
ガッツポーズをして目を輝かせる姿に、思わず口角が緩んでしまう。
「そこは盗まなくていいから。まだ時間はあるし、演技なら俺も少しはアドバイスできると思う」
「はいっ! またご指導よろしくお願いします!」
最近は布顛のこととか、桎月のこととかばかり考えて気疲れしていたけど、やはりいいな。明るく直向きな後輩を見ていると、こっちまで元気にさせられる。
彼らに不必要な心配をかけないためにも、俺はいつも通りでいないと。
●●●
いつも通りでいると決めたものの。腹が立つことに変わりはないし、普段から不機嫌でいる自覚もあるからこれが「いつも通り」であると言えばそう。
土曜授業後は、昼から夕方まで部室が開放されるから練習にはもってこいの時間だ。
けど。反対に言えば普段より長く布顛と同じ空間にいることになる。
あの夜の一件から布顛への苛立ちは増すばかりだし、桎月のことも気づけば避けていて。最近まで俺にベタベタとくっついてきていた癖に、向こうから話しかけてくることもないから練習で合わせるときに交わす最低限の会話しかしなくなっていた。
「桎月さぁん、ここもう一回お願いしまぁす!」
「いいよ。それなら、凛ちゃんのここから行こっか」
「はぁい!」
高めの声と甘ったるい低音がやけに耳に入る。視線を向ければ近すぎる距離に余計に苛立つことは目に見えているから、背を向けて自分の役割に集中する。
今は一、二年の子たちと殺陣の練習をしていた。
この一年の成果発表の場であるから見せ場の一つとなる殺陣には力を入れて練習している。一年の子には高校に上がって初めて殺陣を練習した子もいて、彼は最初、間違えて切先を持ったり、木刀をすっ飛ばしたりしていた。今ではアクロバットと合わせて自在に動けるようになっていて、目紛しい成長にじんわりと胸が熱くなる。
そうだ。俺には布顛たちに構っている暇なんかない。
●●●
……と、割り切っていたつもりだったんだけど。
「きゃはっ! 副ぶちょー、助けてくださぁい! 絆せんぱいがこわいですぅ!」
「だから! そうやってすぐベタベタくっついて恥ずかしくないわけ。助けて助けてって、赤ん坊なの? 目薬まで使って嘘泣きしてさ。それ、せめて舞台の上でやったら? きみから突っかかってきてるんだからさ、いい加減正面切って文句でもなんでも言ってきたらどう」
「え~ん、なんでそんな酷いこと言うんですかぁ! 絆せんぱいの鬼~!」
部のまとめ役である蓮斗が小道具を借りに部屋を出た瞬間。それまで絡んでこなかった布顛が身を寄せてきた。一、二年の子には一旦練習を止めて休憩の指示を出せば、挑発の言葉をかけられて。
『絆せんぱい、だいぶイライラしてますねぇ。ボクに桎月さんを取られて怒ってるんですかぁ?』
『あれれぇ、台本予備の持ってたんですかぁ? せっかく汚してあげたのにぃ』
『今回の劇ってぇ、王子様が平民に救ってもらうんですよねぇっ! もしかしてぇ、絆せんぱいも桎月さんに救われて恋人になっちゃいたい! とか思ってるのぉ? きゃ~!』
何度もあしらったけど、耐えきれずに注意すればまたからかわれて。売り言葉に買い言葉でヒートアップしてしまい、今に至る。
戸惑う副部長の背に小走りで駆けて行き、大して変わらない上背の後ろに身を隠してひょこりと顔だけを覗かせて騒ぐ布顛を睨みつける。
「そうやって人を困らせて楽しんでるとか、性格悪すぎるんじゃない。本当に幼稚」
「うぅ、すぐ怒って、トゲトゲした言葉ばぁっかり言ってくる絆せんぱいのほうが性格悪いんじゃないですかぁ!」
「り、凛くん! 一旦離れよう? 何があったか教えてよ。ね?」
「副部長ぉ~! ボク悪くないもん! 怒んないでよぉ!」
「怒ってない、怒ってないよ! 大丈夫だから……」
布顛の盾にされ、眉を下げてあわあわと両手を彷徨わせる姿に漏れそうになるため息を飲み込んだ。
「……ねえ、なに困らせてるの? 今こうしてる間にも練習時間は減っていってるんだけど。練習の邪魔になってるって分からない?」
「む~! 絆せんぱいだってボクと共犯でしょぉ~! そうは言ってもぉ、ボクお利口だからちゃんと黙ってるじゃないですかぁ! 絆せんぱいが桎月さんのことぉ……」
ふと、大きなカラメルの目を輝かせて身を乗り出した布顛。続け様に思わせぶりに人差し指を口元に当ててにぃ、っと笑われる。腹の底で沸々と湧く怒りと、反対に体温を一度、二度下げるような焦り。それらを吐き出せず首の後ろに爪を突き立て引っ掻いた。
腕を振り下ろす勢いに任せて、離れた布顛のほうへ一歩距離を詰める。
「ちょっと! なに妙なこと——」
「きーずな。落ち着きなって。みんな怖がってるでしょ? どーどー」
突然腹部に腕が回されて後ろへ引かれ、倒れるかと思えば甘い匂いに包まれた。反対の手には口を塞がれて、言おうとしていた攻撃の言葉は霧散する。
「ぁ、え……?」
口内に残された形のない無意味な声だけが口をついて出た。
桎月の匂いだ。最近、全然話してなかったのに。
考えてみればさっき布顛が身を乗り出したのは俺の後ろに桎月の姿が見えたからかもしれない。あんなに布顛と親しげにしてたのに。なんで、俺のほうに来た? もしかして、布顛があの夜のこと、全部話して手を組んで俺を蹴落とそうとしているとか?
でも、それよりも。今、俺はどうなってる? 鍛えてるのか、細く見える癖に俺よりしっかりした体に、抱き止め、られ、て……。
「絆? 聞いてる?」
「な、にが……?」
桎月に覗き込まれて、上目遣いの琥珀色と目が合った。口元を覆ってきた手はすぐに外されたけど、抱き止められたまま。だから、ただでさえ距離がないのに覗き込まれると一層密着して、だめだった。頭、真っ白になって……何も考えられなくなる。
「……うん、部長が戻ってくるまで一旦休憩にしない? 僕は絆の頭冷やしてくるから!」
「は、はい! お願いします……」
「はぁい。えへっ、桎月さんも大概だなぁ」
桎月への返答をぼんやりと聞いていると、腕から解放された。かと思えば肩を組まれる。逃がさない、とでも言うように強く掴まれてびくりと背筋が伸びた。
○
「は……?」
冬休み前、そして今年最後となる土曜の午前授業が終わり、部活へ向かったら。水曜に小道具と一緒に倉庫へ置いて帰っていた台本を開いて唖然とする。ご丁寧に俺のセリフだけ黒いマーカーで塗り潰されたページたちと、裏表紙にプリントして貼られたゴシック体の幼稚な悪口。
それだけ見ればなんら大したことはない。
けど。過去の出来事をなぞらえるような行為に、嫌な汗が額から溢れて耳の裏を通り首筋に伝っていく。
夜に俺の部屋へ布顛が押しかけてきた翌日から、今日まで。毎日一つずつ何かしらの嫌がらせをされるようになった。
木曜は前日部屋であった一件を言いふらされないか心配したけど、それは杞憂に終わった。けれど、代わりとでも言うように筆記用具を隠された。大袈裟にするつもりはないのか、部室内に置かれていてすぐに見つけられたけど。
金曜……昨日の活動内容は先週と変わらず、だいぶ上達してきているお菓子作りの練習だった。その準備時間。蓮斗の手伝いで調理器具を用意して部員たちに手渡しているとあからさまに布顛から無視された。砂糖やベーキングパウダーをまとめた袋を渡そうとしたけど、テーブルに置かれていた分を取って自分の班に戻っていった。わざわざ合いそうになった目を逸らす、なんておまけつきで。戻った先では同じ班の桎月にベタベタ引っついていたし。
そして、今日。手元にあるのは遠目で見れば穴埋め問題の参考書にすら見えそうな、派手に書き込まれた台本。
別に、それら単体に問題があるわけではない。筆記用具はすぐに見つかったし、無視されたからと言って部活に問題があるなんてこともない。台本だって、コピーしたものが四冊は部屋にあるし。
その内容が気に食わないだけ。
あのときも、そうだったから。
小学三年生のとき。所属していた児童劇団で俺が八回目の主役を任された劇を練習していた頃だ。不満が爆発した布顛の兄たちに呼び出されて、「お前が主役ばかりやるせいで、親に怒られる」と怒鳴られた。
当時の俺は馬鹿だったから、唯一の居場所である劇団から安寧が消えることが怖くて言い返したっけ。
そこからだった。
不満を垂れた翌日、まずタオルやサポーターなどの私物を隠されることから始まった。消耗品とかであれば捨てられたことも何度か。そして彼らから無視されるようになり、練習中にわざとぶつかられたり、足を踏まれたりと地味な嫌がらせが続いて。
いよいよ台本、形に残るものに手を出されたのは本番直前のことだった。
練習で使うことはほぼないけど、思い出として保管するには痛ましい姿になった台本。結局あの姿のまま、誰にも見つからないように今でもとってあるけど。たまに見返しては冷え切っていく感情が不気味で、高三になってからは一度も触れていない。
八回目の主役も問題なくこなして、千秋楽を終えた次の練習日。いつもより早く終わって、帰り支度をしていると布顛の兄たちに呼び出されて、それで——。
「下手くそな再演、ってところか。アドリブも最低とか、目も当てられない」
もしかしたら布顛の兄は、あの出来事を戦果でも報告するように自らの弟へ嬉々として語り聞かせていたのかもしれない。だから、その行動を真似ているってこと?
くだらない。くだらないけど、蓮斗たちが俺にはない情熱を持って作り上げた台本の一つを穢されたのは気に食わないし、わざとらしく桎月にくっつくのも見ていて不愉快極まりない。
「絆先輩ー! 全員揃ったので挨拶しちゃいましょって部長が!」
「え、ああ。うん。分かった。ありがとう」
背後からかけられた声にびくりと肩が跳ねる。ロッカーを開けた状態で立ち尽くしていたらしい。時計を見ればもう部活が始まる時間で、十分ほどぼさっと無駄なことを考えてしまっていた。
呼びに来てくれたのは二年の副部長。三年になったら部長をやりたいと自ら副部長に立候補するやる気も積極性も充分で真面目な人物。ここ最近は何度か彼に声をかけられていた。
「いえ! 大丈夫ですか? 何か悩み事があるなら、俺ら相談に乗りますからね!」
「……平気だから。本当によく見てるよね。これなら蓮斗も、来年安心してきみに部長を任せられるんじゃない」
「はっ、えっ! 本当ですか⁈ ありがとうございます! 俺、演技だけでなく調理の技術もしっかり盗んで引き継ぎますから!」
ガッツポーズをして目を輝かせる姿に、思わず口角が緩んでしまう。
「そこは盗まなくていいから。まだ時間はあるし、演技なら俺も少しはアドバイスできると思う」
「はいっ! またご指導よろしくお願いします!」
最近は布顛のこととか、桎月のこととかばかり考えて気疲れしていたけど、やはりいいな。明るく直向きな後輩を見ていると、こっちまで元気にさせられる。
彼らに不必要な心配をかけないためにも、俺はいつも通りでいないと。
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いつも通りでいると決めたものの。腹が立つことに変わりはないし、普段から不機嫌でいる自覚もあるからこれが「いつも通り」であると言えばそう。
土曜授業後は、昼から夕方まで部室が開放されるから練習にはもってこいの時間だ。
けど。反対に言えば普段より長く布顛と同じ空間にいることになる。
あの夜の一件から布顛への苛立ちは増すばかりだし、桎月のことも気づけば避けていて。最近まで俺にベタベタとくっついてきていた癖に、向こうから話しかけてくることもないから練習で合わせるときに交わす最低限の会話しかしなくなっていた。
「桎月さぁん、ここもう一回お願いしまぁす!」
「いいよ。それなら、凛ちゃんのここから行こっか」
「はぁい!」
高めの声と甘ったるい低音がやけに耳に入る。視線を向ければ近すぎる距離に余計に苛立つことは目に見えているから、背を向けて自分の役割に集中する。
今は一、二年の子たちと殺陣の練習をしていた。
この一年の成果発表の場であるから見せ場の一つとなる殺陣には力を入れて練習している。一年の子には高校に上がって初めて殺陣を練習した子もいて、彼は最初、間違えて切先を持ったり、木刀をすっ飛ばしたりしていた。今ではアクロバットと合わせて自在に動けるようになっていて、目紛しい成長にじんわりと胸が熱くなる。
そうだ。俺には布顛たちに構っている暇なんかない。
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……と、割り切っていたつもりだったんだけど。
「きゃはっ! 副ぶちょー、助けてくださぁい! 絆せんぱいがこわいですぅ!」
「だから! そうやってすぐベタベタくっついて恥ずかしくないわけ。助けて助けてって、赤ん坊なの? 目薬まで使って嘘泣きしてさ。それ、せめて舞台の上でやったら? きみから突っかかってきてるんだからさ、いい加減正面切って文句でもなんでも言ってきたらどう」
「え~ん、なんでそんな酷いこと言うんですかぁ! 絆せんぱいの鬼~!」
部のまとめ役である蓮斗が小道具を借りに部屋を出た瞬間。それまで絡んでこなかった布顛が身を寄せてきた。一、二年の子には一旦練習を止めて休憩の指示を出せば、挑発の言葉をかけられて。
『絆せんぱい、だいぶイライラしてますねぇ。ボクに桎月さんを取られて怒ってるんですかぁ?』
『あれれぇ、台本予備の持ってたんですかぁ? せっかく汚してあげたのにぃ』
『今回の劇ってぇ、王子様が平民に救ってもらうんですよねぇっ! もしかしてぇ、絆せんぱいも桎月さんに救われて恋人になっちゃいたい! とか思ってるのぉ? きゃ~!』
何度もあしらったけど、耐えきれずに注意すればまたからかわれて。売り言葉に買い言葉でヒートアップしてしまい、今に至る。
戸惑う副部長の背に小走りで駆けて行き、大して変わらない上背の後ろに身を隠してひょこりと顔だけを覗かせて騒ぐ布顛を睨みつける。
「そうやって人を困らせて楽しんでるとか、性格悪すぎるんじゃない。本当に幼稚」
「うぅ、すぐ怒って、トゲトゲした言葉ばぁっかり言ってくる絆せんぱいのほうが性格悪いんじゃないですかぁ!」
「り、凛くん! 一旦離れよう? 何があったか教えてよ。ね?」
「副部長ぉ~! ボク悪くないもん! 怒んないでよぉ!」
「怒ってない、怒ってないよ! 大丈夫だから……」
布顛の盾にされ、眉を下げてあわあわと両手を彷徨わせる姿に漏れそうになるため息を飲み込んだ。
「……ねえ、なに困らせてるの? 今こうしてる間にも練習時間は減っていってるんだけど。練習の邪魔になってるって分からない?」
「む~! 絆せんぱいだってボクと共犯でしょぉ~! そうは言ってもぉ、ボクお利口だからちゃんと黙ってるじゃないですかぁ! 絆せんぱいが桎月さんのことぉ……」
ふと、大きなカラメルの目を輝かせて身を乗り出した布顛。続け様に思わせぶりに人差し指を口元に当ててにぃ、っと笑われる。腹の底で沸々と湧く怒りと、反対に体温を一度、二度下げるような焦り。それらを吐き出せず首の後ろに爪を突き立て引っ掻いた。
腕を振り下ろす勢いに任せて、離れた布顛のほうへ一歩距離を詰める。
「ちょっと! なに妙なこと——」
「きーずな。落ち着きなって。みんな怖がってるでしょ? どーどー」
突然腹部に腕が回されて後ろへ引かれ、倒れるかと思えば甘い匂いに包まれた。反対の手には口を塞がれて、言おうとしていた攻撃の言葉は霧散する。
「ぁ、え……?」
口内に残された形のない無意味な声だけが口をついて出た。
桎月の匂いだ。最近、全然話してなかったのに。
考えてみればさっき布顛が身を乗り出したのは俺の後ろに桎月の姿が見えたからかもしれない。あんなに布顛と親しげにしてたのに。なんで、俺のほうに来た? もしかして、布顛があの夜のこと、全部話して手を組んで俺を蹴落とそうとしているとか?
でも、それよりも。今、俺はどうなってる? 鍛えてるのか、細く見える癖に俺よりしっかりした体に、抱き止め、られ、て……。
「絆? 聞いてる?」
「な、にが……?」
桎月に覗き込まれて、上目遣いの琥珀色と目が合った。口元を覆ってきた手はすぐに外されたけど、抱き止められたまま。だから、ただでさえ距離がないのに覗き込まれると一層密着して、だめだった。頭、真っ白になって……何も考えられなくなる。
「……うん、部長が戻ってくるまで一旦休憩にしない? 僕は絆の頭冷やしてくるから!」
「は、はい! お願いします……」
「はぁい。えへっ、桎月さんも大概だなぁ」
桎月への返答をぼんやりと聞いていると、腕から解放された。かと思えば肩を組まれる。逃がさない、とでも言うように強く掴まれてびくりと背筋が伸びた。
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