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10.関わったら面倒な人間
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桎月と初めて会ったのは、家の庭で自由研究用の花を栽培しているときだった。
『きみ、なにしてるの? ここは僕の……星塚家の敷地だから入っちゃダメなんだよ』
花が咲き乱れる庭園で、視界の端に映る茂みが揺れたかと思えばふわふわとした茶色の毛が覗いていた。変な野生の動物が紛れたのかと思って、すぐに髪の毛だって分かったけどしばらく庭には一人で行けなくなったっけ。
『……』
『……?』
『……だって、入れてくれない』
俺を睨みながら、庭を囲む塀の外を指差した桎月はまだ上手く言葉が喋れていなかった。指し示す方向には俺の父親が運営する孤児院があって、そこから逃げてきたのだろうとすぐに察せた。
『きみ、お父様の孤児院に入ってる子なの?』
『わるい?』
『ううん、そうじゃないけど……』
『じゃあいいだろ。ここにいるのは、お前の父さんの持ち物なんだから』
何か言えば睨まれて、刺々しい言葉が返ってくる。これほど人間らしい感情を向けてくれる人なんていなかったから、それが新鮮で、当時の俺は毎日庭で桎月を待つようになった。
最初は俺も警戒されていたけど何度も話す内に態度も軟化していって。厨房から俺の分の食事をこっそり盗んで分け始めたのも、この頃だった。
『毒、入れてない?』
『入れるわけないでしょ! 桎月って結構失礼だよね』
『だって……。なんでもない』
勉強を教えて、ご飯を分けて、傷の手当てをして。兄弟みたいに過ごした。それでも俺が「星塚絆」という、桎月にとって「苦痛を知らない温室育ちのボンボン」なんて存在である限り、桎月が本心を話してくれることはなかったように思う。
ボロボロになった服、会う度に増えている傷、学校や孤児院での話をしないこと。気づく機会はいくらでもあった。
桎月が今みたいな姿を見せるようになったのは、俺が小学三年生になった頃。一度目の大きな失態を犯したときだった。
所属していた劇団でいじめに遭って、大雨の中、蹴られ殴られ夜中にふらふらと帰った日。
今日くらいは冷たい両親も、心配してくれるかな。なんて期待して、気づけば庭に追い出された日。
玄関口でひとしきり泣いて、いつも桎月と話す茂みに身を隠したとき。
『……絆? ね、何があった?』
なんて。どこか高揚した桎月の声を聞いたのは忘れられない。
あの日から、本当の桎月について知っていくことになった。
学校には通えていないこと、孤児院でいじめられていて、その人たち全員の足を引っ張りたいこと、そして、お高くとまった俺を引きずりおろしてみたいこと。想像していたよりずっと仄暗い欲望を持った桎月について、知った。
そして、俺と桎月の関係性も変わっていって、社会でやっていくためにつける仮面も固まっていった。
俺が五年生になった頃。母親の情緒が不安定になって、軟禁状態に陥った。数ヶ月は桎月にも会いに行けてなかったと思う。
そんな中、たった一日。母親が外出した隙を見て、中高一貫校のパンフレットを片手に桎月へ会いに行った。
『多分、もう会えなくなるから。桎月、もし、まだ僕を負かしたいって言うなら。ここに入学して。形はなんでもいい。在学中に一度でも俺に勝てたら、なにかご褒美でもあげようか』
元々、小中高とエスカレーター式の学校にいたけど、いじめに遭ったからって理由で俺も学校は転校。中高はこの、紫ノ嶺聖中学を第一志望に受験することになった。
桎月も俺のおさがりの参考書を使って猛勉強しているらしいし。何より、都内でも名門校として名高いここなら、桎月好みの天才だとか、お偉いさんだとかがいるだろうし。
なんて焚き付けたのは俺だとはいえ。まさか、本当にここまで来て、追加の約束まで果たすとは思わなかったけど。
数学の授業を軽く聞きながら、どうして桎月に懐かれてしまったかを考えていると常時不機嫌そうな声で授業を進める鏡先生からひと睨みされた。
「おい、星塚。ちゃんと聞いてんのか? 理解できていると調子こいてると前みたいになんぞ」
「ぷふっ、ほんとほんと」
「偉ぶっちゃってさあ」
「集中しろって」
最近はずっとこの調子だ。ストレス発散の注意が入って、続けざまにヤジが飛ぶ。
何の因果か知らないけど、この数学教師は俺のクラス担任で、演劇部副顧問。俺はあの人に嫌われてるみたいで、バッチリ目をつけられてる。
それこそ、これまで字の綺麗さだとかなんとかで文句も言われないよう筆圧にまで気を遣っていたけど。
「星塚、ここ答えてみろ」
よりにもよって落とした点は数学だったし、あれから嬉々としていじられるようになった。名門校として、そんな体制でいいのかと心配になるけど。
「……はい」
立ち上がり、視線をスクリーン向ける。立った拍子にまだ少しばかり痺れるような痛みが背中に走るが、気にしないようにする。映し出された問題は明らかに今までの授業とは関係なく、難しいと言われるものだった。
答えられない俺の姿を見たいのかなんなのか知らないけど、やることが幼稚すぎてため息が漏れそうになる。
やるにしても、もう少しマシなやり方がなかったのか問いたい。
これなら、まだ桎月のほうが腹黒いこと考えられると思うんだけど。
頭の片隅でそんなことをぼんやりと考えて、答えを告げる。途端、下衆な笑みを浮かべていた顔が苦渋を嘗めたような表情に変わったのを見届けて席に座り直す。
「はっ……?」
ふと、思い返して声が漏れた。どうして今、桎月のことを考えた? いや、それまで桎月に懐かれるようになった原因を考えていたからだろうけど。
そもそも、授業中にする考え事であいつのこと、今までは考えたことなかったのに。最近はいつもそうだ。
それは、テストが終わってすぐの頃は桎月に対して苦い感情しかなかったけど。どちらかというと桎月よりも、あんなくだらない間違い方をした俺自身が憎いし。
桎月のことを考えても、別に気が滅入るわけじゃない。
それよりも、あの階段での一件があってから妙なタイミングで心臓がどくどくと脈打つことが増えた気がする。よく考えればそれも桎月について考えているときな気がしてきた。
いや、でもそうしたら大抵……。
「っ……!」
いつの間にか、桎月に感じていた強い嫌悪感だとか、憎悪じみたものが薄れている気がする。それどころか最近は、暇さえあれば桎月桎月言ってる気がするし。
なに、それ。バカの一つ覚えみたいで信じられないんだけど。意味が分からない。
ふと、教室の最前列。その中でもっとも廊下側の席に座る桎月にそろそろと視線を向けてみた。
「へっ」
バチ、と交わった視線。頬杖をついて、いつも通り猫みたいににまにま笑う顔。反射的に目を逸らしたけど、なぜかくつくつと肩を揺らして笑う桎月が脳裏に過ぎる。
それから何度か教師に小言を言われたはずだけど、何一つ覚えていないし、変な汗をかいて授業時間は終わりを迎えた。
「はあ……」
「ふふっ、絆、今日も災難だったね。お疲れ~」
「本当に。あの人、俺のことばっかり気にしてる癖に、授業の質は落としてないの理不尽じゃない」
「分かる分かる……って、絆がこんな愚痴言ってるの初めて聞いたかも。レアだね」
「変なところで喜ばないでくれる」
これがまだ一限だとか信じられない。どっと疲れた。
授業の内容だとか、菓子作りの上達具合だとかを話し始めた桎月に相槌を打つ。すると、どこからか脳に響くキャンキャン声が聞こえてきて眉をひそめた。
「あ! 絆せんぱぁい!」
「……は?」
「あれ、絆の知り合い? あのすっごい発色良いピンク髪の子。小っちゃいし、一年かな? いや、見かけによらず二年生かも?」
「あんな知り合いいないけど? 年齢なんてどうでもいいから、桎月なんとかしてくれない」
「え、用があるのは絆にだと思うよ? あと年齢は大事だから。僕は一年に賭けようかな。勝ったほうが居残り練習付き合うって条件でどう?」
「……」
「おーい! せんぱぁい? 絆せんぱーい!」
意味のない考察をし始めた桎月の声が聞き心地良いと脳が勘違いしそうになるほどの、猫撫で声。今、全身に鳥肌が立ったと思う。
俺は星塚絆。星塚家の名に泥を塗らないように、完璧でいなければならない。完璧でないと誰も俺を見てくれないし、必要としてもらえなくなるから。
完璧な人ならどうする? きっと手を挙げて応えて、廊下まで行ってあげるんだろう。少し屈んで目線を合わせたら、優しく微笑んで話しやすいように促してあげるのかもしれない。
まあ、人格まで完璧ならの話だけど。
いっそ無視してもいい気がしてきた。別に人格者じゃないし、なんなら大多数からは嫌われてるし。今更じゃない。というか。もう、別に完璧じゃなくなったんだし。このくらい……。
「……はあ」
ため息を吐くと同時に立ち上がる。
「お? 行ってあげるんだ。絆ってばやっさし~!」
「茶化さないでくれる。……上げられる株は上げておいたほうがいいじゃん」
「絆ってよく僕のこと腹黒いとか性格悪いとか言うでしょ。でも、絆もなかなかの黒さをお持ちだと思うな」
「俺はそれほど裏表ないと思うけど? 桎月は裏が黒いって言ってる。潔白そうに見える人ほど腹黒い、って人しか俺の周囲にいない気がするんだけど」
桎月の返答を待たずに廊下へ体を向ければ、一年……と思われる生徒がやけに輝くつぶらな目で俺を見ていた。
染めたとは思えない薄桃色の短い髪に、ぱっちりとした金と茶が混ざったカラメルみたいな色の瞳。背丈は俺の肩までもないほど小さくて、いちいち大きな動きはまだ成長しきっていない小動物を彷彿とさせる。
ぱっと見の印象としては、桎月の髪を染めて背を縮めたらこうなりそう。もしくは弟か。
「絆せんぱいっ! 初めましてぇ。ボク、一年一組の布顛凛ですっ!」
……どうにも、嫌な予感がする。こういうタイプの人に話しかけられて良い気分で「はい、さようなら。また会いましょう」とか言った試しがない。
桎月……は学年が当たったとかなんとかで騒いでるから、逃げ場はない、か。
「そう。なにか用?」
かろうじて目線を逸らさず問えば、顔の前でぱちんと小さな両手を合わせて上目遣いで瞬きしてきた。
「ボク、日本に帰ってきてから絆せんぱいの舞台を見たんですぅ! それで、一目惚れしちゃってぇ……。好きですっ! 付き合ってくだしゃい! あ、えっへへ、噛んじゃったぁ」
ぺろりと舌を出して、おどけた後に「きゃ~」と両手で頬を押さえ騒いでる。
大きな目はぎゅっと閉じられていたけど、ほんの一瞬開かれた瞳と目が合い、その冷たさに鳥肌が立った。
絶対、関わったら面倒な人間だ。
○
桎月と初めて会ったのは、家の庭で自由研究用の花を栽培しているときだった。
『きみ、なにしてるの? ここは僕の……星塚家の敷地だから入っちゃダメなんだよ』
花が咲き乱れる庭園で、視界の端に映る茂みが揺れたかと思えばふわふわとした茶色の毛が覗いていた。変な野生の動物が紛れたのかと思って、すぐに髪の毛だって分かったけどしばらく庭には一人で行けなくなったっけ。
『……』
『……?』
『……だって、入れてくれない』
俺を睨みながら、庭を囲む塀の外を指差した桎月はまだ上手く言葉が喋れていなかった。指し示す方向には俺の父親が運営する孤児院があって、そこから逃げてきたのだろうとすぐに察せた。
『きみ、お父様の孤児院に入ってる子なの?』
『わるい?』
『ううん、そうじゃないけど……』
『じゃあいいだろ。ここにいるのは、お前の父さんの持ち物なんだから』
何か言えば睨まれて、刺々しい言葉が返ってくる。これほど人間らしい感情を向けてくれる人なんていなかったから、それが新鮮で、当時の俺は毎日庭で桎月を待つようになった。
最初は俺も警戒されていたけど何度も話す内に態度も軟化していって。厨房から俺の分の食事をこっそり盗んで分け始めたのも、この頃だった。
『毒、入れてない?』
『入れるわけないでしょ! 桎月って結構失礼だよね』
『だって……。なんでもない』
勉強を教えて、ご飯を分けて、傷の手当てをして。兄弟みたいに過ごした。それでも俺が「星塚絆」という、桎月にとって「苦痛を知らない温室育ちのボンボン」なんて存在である限り、桎月が本心を話してくれることはなかったように思う。
ボロボロになった服、会う度に増えている傷、学校や孤児院での話をしないこと。気づく機会はいくらでもあった。
桎月が今みたいな姿を見せるようになったのは、俺が小学三年生になった頃。一度目の大きな失態を犯したときだった。
所属していた劇団でいじめに遭って、大雨の中、蹴られ殴られ夜中にふらふらと帰った日。
今日くらいは冷たい両親も、心配してくれるかな。なんて期待して、気づけば庭に追い出された日。
玄関口でひとしきり泣いて、いつも桎月と話す茂みに身を隠したとき。
『……絆? ね、何があった?』
なんて。どこか高揚した桎月の声を聞いたのは忘れられない。
あの日から、本当の桎月について知っていくことになった。
学校には通えていないこと、孤児院でいじめられていて、その人たち全員の足を引っ張りたいこと、そして、お高くとまった俺を引きずりおろしてみたいこと。想像していたよりずっと仄暗い欲望を持った桎月について、知った。
そして、俺と桎月の関係性も変わっていって、社会でやっていくためにつける仮面も固まっていった。
俺が五年生になった頃。母親の情緒が不安定になって、軟禁状態に陥った。数ヶ月は桎月にも会いに行けてなかったと思う。
そんな中、たった一日。母親が外出した隙を見て、中高一貫校のパンフレットを片手に桎月へ会いに行った。
『多分、もう会えなくなるから。桎月、もし、まだ僕を負かしたいって言うなら。ここに入学して。形はなんでもいい。在学中に一度でも俺に勝てたら、なにかご褒美でもあげようか』
元々、小中高とエスカレーター式の学校にいたけど、いじめに遭ったからって理由で俺も学校は転校。中高はこの、紫ノ嶺聖中学を第一志望に受験することになった。
桎月も俺のおさがりの参考書を使って猛勉強しているらしいし。何より、都内でも名門校として名高いここなら、桎月好みの天才だとか、お偉いさんだとかがいるだろうし。
なんて焚き付けたのは俺だとはいえ。まさか、本当にここまで来て、追加の約束まで果たすとは思わなかったけど。
数学の授業を軽く聞きながら、どうして桎月に懐かれてしまったかを考えていると常時不機嫌そうな声で授業を進める鏡先生からひと睨みされた。
「おい、星塚。ちゃんと聞いてんのか? 理解できていると調子こいてると前みたいになんぞ」
「ぷふっ、ほんとほんと」
「偉ぶっちゃってさあ」
「集中しろって」
最近はずっとこの調子だ。ストレス発散の注意が入って、続けざまにヤジが飛ぶ。
何の因果か知らないけど、この数学教師は俺のクラス担任で、演劇部副顧問。俺はあの人に嫌われてるみたいで、バッチリ目をつけられてる。
それこそ、これまで字の綺麗さだとかなんとかで文句も言われないよう筆圧にまで気を遣っていたけど。
「星塚、ここ答えてみろ」
よりにもよって落とした点は数学だったし、あれから嬉々としていじられるようになった。名門校として、そんな体制でいいのかと心配になるけど。
「……はい」
立ち上がり、視線をスクリーン向ける。立った拍子にまだ少しばかり痺れるような痛みが背中に走るが、気にしないようにする。映し出された問題は明らかに今までの授業とは関係なく、難しいと言われるものだった。
答えられない俺の姿を見たいのかなんなのか知らないけど、やることが幼稚すぎてため息が漏れそうになる。
やるにしても、もう少しマシなやり方がなかったのか問いたい。
これなら、まだ桎月のほうが腹黒いこと考えられると思うんだけど。
頭の片隅でそんなことをぼんやりと考えて、答えを告げる。途端、下衆な笑みを浮かべていた顔が苦渋を嘗めたような表情に変わったのを見届けて席に座り直す。
「はっ……?」
ふと、思い返して声が漏れた。どうして今、桎月のことを考えた? いや、それまで桎月に懐かれるようになった原因を考えていたからだろうけど。
そもそも、授業中にする考え事であいつのこと、今までは考えたことなかったのに。最近はいつもそうだ。
それは、テストが終わってすぐの頃は桎月に対して苦い感情しかなかったけど。どちらかというと桎月よりも、あんなくだらない間違い方をした俺自身が憎いし。
桎月のことを考えても、別に気が滅入るわけじゃない。
それよりも、あの階段での一件があってから妙なタイミングで心臓がどくどくと脈打つことが増えた気がする。よく考えればそれも桎月について考えているときな気がしてきた。
いや、でもそうしたら大抵……。
「っ……!」
いつの間にか、桎月に感じていた強い嫌悪感だとか、憎悪じみたものが薄れている気がする。それどころか最近は、暇さえあれば桎月桎月言ってる気がするし。
なに、それ。バカの一つ覚えみたいで信じられないんだけど。意味が分からない。
ふと、教室の最前列。その中でもっとも廊下側の席に座る桎月にそろそろと視線を向けてみた。
「へっ」
バチ、と交わった視線。頬杖をついて、いつも通り猫みたいににまにま笑う顔。反射的に目を逸らしたけど、なぜかくつくつと肩を揺らして笑う桎月が脳裏に過ぎる。
それから何度か教師に小言を言われたはずだけど、何一つ覚えていないし、変な汗をかいて授業時間は終わりを迎えた。
「はあ……」
「ふふっ、絆、今日も災難だったね。お疲れ~」
「本当に。あの人、俺のことばっかり気にしてる癖に、授業の質は落としてないの理不尽じゃない」
「分かる分かる……って、絆がこんな愚痴言ってるの初めて聞いたかも。レアだね」
「変なところで喜ばないでくれる」
これがまだ一限だとか信じられない。どっと疲れた。
授業の内容だとか、菓子作りの上達具合だとかを話し始めた桎月に相槌を打つ。すると、どこからか脳に響くキャンキャン声が聞こえてきて眉をひそめた。
「あ! 絆せんぱぁい!」
「……は?」
「あれ、絆の知り合い? あのすっごい発色良いピンク髪の子。小っちゃいし、一年かな? いや、見かけによらず二年生かも?」
「あんな知り合いいないけど? 年齢なんてどうでもいいから、桎月なんとかしてくれない」
「え、用があるのは絆にだと思うよ? あと年齢は大事だから。僕は一年に賭けようかな。勝ったほうが居残り練習付き合うって条件でどう?」
「……」
「おーい! せんぱぁい? 絆せんぱーい!」
意味のない考察をし始めた桎月の声が聞き心地良いと脳が勘違いしそうになるほどの、猫撫で声。今、全身に鳥肌が立ったと思う。
俺は星塚絆。星塚家の名に泥を塗らないように、完璧でいなければならない。完璧でないと誰も俺を見てくれないし、必要としてもらえなくなるから。
完璧な人ならどうする? きっと手を挙げて応えて、廊下まで行ってあげるんだろう。少し屈んで目線を合わせたら、優しく微笑んで話しやすいように促してあげるのかもしれない。
まあ、人格まで完璧ならの話だけど。
いっそ無視してもいい気がしてきた。別に人格者じゃないし、なんなら大多数からは嫌われてるし。今更じゃない。というか。もう、別に完璧じゃなくなったんだし。このくらい……。
「……はあ」
ため息を吐くと同時に立ち上がる。
「お? 行ってあげるんだ。絆ってばやっさし~!」
「茶化さないでくれる。……上げられる株は上げておいたほうがいいじゃん」
「絆ってよく僕のこと腹黒いとか性格悪いとか言うでしょ。でも、絆もなかなかの黒さをお持ちだと思うな」
「俺はそれほど裏表ないと思うけど? 桎月は裏が黒いって言ってる。潔白そうに見える人ほど腹黒い、って人しか俺の周囲にいない気がするんだけど」
桎月の返答を待たずに廊下へ体を向ければ、一年……と思われる生徒がやけに輝くつぶらな目で俺を見ていた。
染めたとは思えない薄桃色の短い髪に、ぱっちりとした金と茶が混ざったカラメルみたいな色の瞳。背丈は俺の肩までもないほど小さくて、いちいち大きな動きはまだ成長しきっていない小動物を彷彿とさせる。
ぱっと見の印象としては、桎月の髪を染めて背を縮めたらこうなりそう。もしくは弟か。
「絆せんぱいっ! 初めましてぇ。ボク、一年一組の布顛凛ですっ!」
……どうにも、嫌な予感がする。こういうタイプの人に話しかけられて良い気分で「はい、さようなら。また会いましょう」とか言った試しがない。
桎月……は学年が当たったとかなんとかで騒いでるから、逃げ場はない、か。
「そう。なにか用?」
かろうじて目線を逸らさず問えば、顔の前でぱちんと小さな両手を合わせて上目遣いで瞬きしてきた。
「ボク、日本に帰ってきてから絆せんぱいの舞台を見たんですぅ! それで、一目惚れしちゃってぇ……。好きですっ! 付き合ってくだしゃい! あ、えっへへ、噛んじゃったぁ」
ぺろりと舌を出して、おどけた後に「きゃ~」と両手で頬を押さえ騒いでる。
大きな目はぎゅっと閉じられていたけど、ほんの一瞬開かれた瞳と目が合い、その冷たさに鳥肌が立った。
絶対、関わったら面倒な人間だ。
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