完璧主義な学園の嫌われ令息が、仮面を捨てて腹黒幼馴染み様へ跪くまで

笹井凩

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5.練習とアクシデント

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「『陛下、耳を貸してください。お願いします! このままでは彼らは反乱を起こしてしまう。……陛下!』」

「『喚くな。俺は民のために尽くしてきた。文句ばかり口にし、腐っていったのはあやつらのほうだろう』」

「『ですから、あなたの言う文句とは……』あー、待って絆。ここ、煽るより怒鳴ったほうがいいよね」

「うん。そっちのほうが自然に見れると思う。でも、マロンってきみとキャラ近いし、今みたいに呆れは混ぜたままでいいんじゃない」

「うん、そうだね。ありがとう。もう一回お願い」

●●●

「ふう、勢いのままだいたい通しちゃったね。絆、大丈夫? 体力切れしてない?」

「平気。読んだだけだし。きみのほうがだいぶ息上がってるみたいだけど。力みすぎなんじゃない」

「ふふっ、そうかも。あー、でも絆とやるの楽しいな、やっぱり」

「……」

 栄冠祭に向けた練習一日目。読み合わせをして気づけば日はとっぷりと暮れ、窓の外に広がる空は闇色に染まっていた。
 心なしか、いつもより時間の経過が速い気がする。
 冬は部活の終了時間が十八時で、最終下校は十八時半と早い。今日は読み合わせだけだから時間いっぱい使えるけど。それでもあと五分もすれば片付けないといけない。

「桎月、少し引っかかったところがあるから動いてみたいんだけど、見てくれない。これで最後にするから」

「うん? 僕は大丈夫だよ。初日からハイペースだねえ。どこ?」

「オペラが憤った民に語りかけるところ」

「オッケー、ここだね」

 どうしても読んだだけでは掴みきれなかったから、体も動かして役に寄り添おうと試みる。

 俺の役は崩壊寸前となったお菓子の国を治める孤高な王、オペラだ。性格は俺自身にも少し似通っている部分もある。
 けれど、彼は愚民と認識している国民や滅びる未来しか見えない国を突き放すような言動をする癖に、諦めず導こうとする。その矛盾を孕んだ必死な姿勢は全くもって理解できない。
 いや、頭では理解できるけど、演じるとなるとどうにも落とし込めない。役が掴めないもどかしさ。この感覚もどこか久しぶりだ。

 この役のモチーフは俺がよく作るケーキであるオペラ。幾重にも重ねられた生地が層を作り、高級感の溢れる繊細な菓子。職人にとっては、究極の目標だと言われているらしい。
 モチーフによく寄せられた役で、幾重にも積み重ねられた不安や小さな誤ちの末に身を滅ぼしかけるのがオペラという人物だ。

 ちなみに桎月はマロングラッセが好きらしいから役名も「マロン」にされたとか。
 今回の役名は全員、演じるメンバーが好きなスイーツからとっている。配役の変更もあるから、全員が全員自分の好物を名前にしたキャラを演じるわけではないけど。
 まあ、名前せいか、いつもより部室に響くお腹の鳴る回数も多い。

「ぼんやりして大丈夫? 絆も空腹モード?」

「違うから。五十五ページのところ、よろしく」

 話している間もどこかしらからぐう、と鳴ったお腹の音に思考が逸れそうになりつつ桎月に応えて向き直る。

 開いたページは一時間の劇で終盤のシーン。俺の演じるオペラがマロンとの交流を通し、民とのすれ違いを解いて和解した場面だ。
 ここで孤高な王オペラは国民の指導者、本物の王へと成長する。国民と通じ合えたことに喜ぶシーンだけど……。

「……『簡単なことだったんだな。私は、民のことではなく国を見ていた。王が国を創るものではないというのに』」

 俯き、後悔や怒りが混ざり合った負の感情に任せて胸元に添えた手で悔しげにシャツを握る。
 ここは、共感できはしないけど、切羽詰まった感情はよく知っている。後悔と、焦りと、自己嫌悪と。つい数時間前にも味わったばかりだ。

 けれど、この先はどうにも掴めない。
 後悔して、己の未熟さを憎んで、その先でどうして笑うことができるのか。どんな気持ちで笑えているのか。

「『これからは、皆とこの国を創っていきたい。よろしく、頼む』」

 宣誓するように真剣な声色で告げて一歩踏み出し、俺ができる限りの朗らかな笑みで手を差し伸べる。
 拭えない違和感に桎月を見やれば、一度頷かれ、それまでじっと向けてきていた視線を台本へと落とした。

「うーん。確かに最後は少し硬いかもしれないね。絆、もっと力を抜いたらどうかな? あとは噛み締めるように言うとか?」

「噛み締める?」

「うん。絆は今、決意とか踏ん切りとか、そういう区切りみたいなものを意識してるのかなって思って」

 台本を見ながら意見してくる桎月の顔はひどく真剣だった。同じように俺も握った台本に視線を落とせば口を出さずに桎月の言葉を待つ。
 なんだかんだいって桎月の観察眼は頼りになるし、ふざけていなければまあまあできる奴なのは……知っている。

「でも、オペラは王として国民の前に立つって心構えはすでに持ってると思うんだよ。絆もそんな感じするし」

「確かに。けどさ、どうしてそこで俺が出て——」

「まあまあ、聞いてって。だから、決意みたいな仰々しい感じではなくって、なんて言ったらいいかな。内に内にって自分の中に向かう感情じゃなくて、外向きの感情を出してもいいのかなって思う。こことかさ」

 俯いたまま、自分の台本をトントンと叩く桎月。セリフを指しているならそれ、俺には見えてないから。

「……」

 数歩分の距離を詰めて桎月の手元を覗き込む。
 よく手入れしているのか、さかむけもなく滑らかな指先が指し示していたのは俺が咀嚼しきれていないオペラのセリフ。

「だから、この『よろしく』にはお礼の意味も入って……」

 べらべら喋っていた桎月の声がぴたりと止まった。

「なに? 言うなら最後まで言ってほしいんだけど」

 セリフを追いながら突然止められた言葉に顔を上げる。
 目と鼻の先。昼間、廊下での出来事を思い出させる至近距離に桎月の顔があった。アリーナ内を照らす寒色の照明の光を反射させた琥珀色の双眸と目が合い、肩が跳ねる。

「っ……」

 思わず身を引いて距離を取ればそれまで硬直していた桎月の焦ったような顔と、ふらりと伸ばされた手。
 それと同時に背中へドン、と何かがぶつかる衝撃が走った。

「えっ」

「ぎゃっ⁈」

 背後から聞こえた声に振り返ろうとしたのに、衝撃のままバランスを崩して再び桎月のほうへ、軽い浮遊感を味わう。
 咄嗟に目の前にあった肩を掴んでしまい、派手な音を立てながら倒れ込んだ。

「んっ……?」

 大きな音の割に痛みが軽いのは桎月を下敷きにしてしまったからだろう。
 衝撃に備えて瞑っていた目を開けば、ゼロに等しい距離で桎月と目が合った。きらきらと輝き、けれど深く暗い、甘ったるい琥珀色と。
 桎月の分際で俺を守ろうとしたのか、頭と背に添えられた手の熱が嫌なほど伝わってくる。
 あと、口元に柔らかい、妙な違和……感……。


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