傲慢猫王子は落ちぶれ令嬢の膝の上

小桜けい

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30 確信がない

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 泣きつかれて眠ってしまったエステルの頭を、アルベルトは前足でそっと撫でる。

 泣き濡れた顔をぬぐってやりたいと思うものの、子猫の身体でできるのはこれがせいぜいだ。

 今度こそ彼女はぐっすりと眠りこんだらしく、全く起きる気配を見せない。

 不意にグラリと視界が歪み、アルベルトの身体は人間へと戻った。



「……仕方がないな」



 小声で呟き、エステルを起こさないようにそっとベタベタの顔をチリ紙で拭う。



「ん……殿下……」



 ゴロリと寝返りを打ったエステルが寝惚けた声を発し、暗闇に慣れた目にはだけた胸元が見えた。



「っ!」



 慌てて、アルベルトはエステルの身体を見ないようにしながら着衣の乱れを直してやる。

 ドクドクと心臓が早鐘のようになる一方で、脳裏に魔女リッカの声がなり響いて胃の底が鉛でも飲みこんだように重苦しい。



 エステルには黙っているが、リッカからは数日前に解呪の可能性がある条件を教えられていた。

 可能性がある条件は、まったく正反対の二つのパターン。



 一つ目は、アルベルトが嫌がる運命の相手と無理やりに契りを交わしして夫婦になること。

 二つ目は、運命の相手からアルベルトが真に愛されること。



 そうリッカから告げられて絶望した。

 一つ目の条件を試すのは簡単だが、どうしてもやりたくない。

 嫌がる女性を無理に手籠めにするなど、畜生にも劣る外道な行為だと思っている。それに……穢され傷つけられて泣くエステルの姿など想像したくもなかった。



 そして二つ目は、極めて望みが薄い。

 人の好いエステルは、アルベルトが自分に愛されるのが解呪の条件かもしれないと知れば、一生懸命愛するように努力してくれるだろう。

 だが、人の心はそう簡単なものではない。

 歴代で最強と謳われた、アルベルトに呪いをかけた魔女のドリスでさえも、一時的に人身を惑わす媚薬を作るのがせいぜいで、心まで動かす魔法はできなかった。



 あれほどきっぱりと、エステルを娶るのは呪いを解く為だけだと宣言したアルベルトに対し、怒りも失望も見せずにいたエステルは非常に心が広いと思う。

 でも、彼女にそれ以上の感情を求められるほど、アルベルトは自分に自信がない。

 最初は彼女にも宣言した通り、あくまでも一線を引いて接するつもりだったのに。

 愛さないと宣言した直後から、予想外の反応ばかりを受けて面食らってばかりだ。

 アルベルトの幸せを全力で応援すると宣言したり、人の姿に戻っても支えられるように鍛えると言ったり。



 今まで、アルベルトにすり寄って来る女性は全て、自分が何かをしてもらうことしか考えていなかった。

 アルベルトに気に入られれば、運命の相手でなくても正式な王妃になれるか、寵愛を受けて実権を握る側室になれると目論むような……。

 だから最初は、あまりにも真っ直ぐなエステルの献身さを怪しくさえ思ったほどだ。

 どうせ彼女もそのうち、保身と欲を滲ませた本性を現すのだと思っていた。

 しかしエステルは、そんなアルベルトの予想をいい意味で裏切り続けた。

 彼女はいつも純粋にアルベルトの呪いを解こうと懸命で、理不尽に押し付けられた王太子妃の教育に対しても真摯に向き合っている。

 そんな彼女を次第に眩しく思うようになってきても、今さら何と言えば良い?



「エステル……恐らく、私はそなたに……」



 彼女が眠っているのをいいことに、そっと心の内を吐露しかけるが、途中で声が詰まった。

 自分はエステルに恋をしていると、そんな確信がある。

 けれど、それを自分が口に出す資格があるのか……そんな確信はとてもなかった。

 
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