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21 夜会2
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(――来たな)
アルベルトは不快感を押し殺し、ニコニコしながらこちらへ向かって来るリスラッキ伯爵一家を見た。
三人とも、容姿自体はかなり良い。
リスラッキ伯爵は上背が高く、男ぶりのよい顔立ちにきちんと手入れされた口髭が良く似合う。
夫人はやや化粧が濃い目だが、もう成人した娘がいるとは思えぬほどの若々しさを保ち、豪奢なドレスを見事に着こなしている。
エステルの従姉妹であるアンネリーも、十分に美少女の部類に入る方なうえ、自分を魅力的に見せる術をよく解っているらしい。ドレスもアクセサリーもよく似合っており、周囲の男性の視線をたっぷり引きつけていた。
とはいえ、率直に言えばアルベルトはこの三人を今朝初めて見た時から、気に食わなかった。
リスラッキ伯爵からは、どことなく狡猾で胡散臭い雰囲気を感じ取るし、夫人と娘はアルベルトにあからさまに媚びてくる。
それでいて使用人達への態度は横柄で傲慢そのもので、とてもエステルの親戚とは思えない。
「王太子殿下。この度は姪が役目を果たせなかったことを、心よりお詫び申し上げます」
笑顔から一転して神妙な表情になった伯爵が、深々と腰を折る。
「気にすることは無い。式堂でも言ったが、彼女は確かに私の運命の相手だ。呪いが解けなかったのには何か他の理由があるのだろう」
アルベルトがそう答えると、伯爵はますます神妙な表情となった。
「その理由なのですが、一つ私に心当たりがあります」
「なんだろうか?」
答えが予想できて内心うんざりしつつ聞き返すと、伯爵が我が意を得たりとばかりに頷く。
「殿下は我が屋敷に繋がる糸を辿り、そこで最初に会ったエステルを運命の相手と認識なさったそうですが、我が家にはもう一人年頃の娘がおります」
そう言うなり、伯爵は満面の笑みを浮かべたアンネリーを前に押しやった。
「今朝もお会いいたしましたが、殿下どのような御姿でも本当に素敵なのですね。もちろん、あの高貴な子猫の姿もとても愛らしくて……実は私、生き物の中で子猫が一番好きですの!」
「え⁉」
思い切り媚びた声でアンネリーが言い放つと同時に、アルベルトの隣でエステルが小さく驚きの声をあげた。
「知らなかったわ。アンネリーは猫が大嫌いだと思っていたけれど、いつのまにか好きになっていたのね!」
嬉しそうにアンネリーの手をとったエステルは悪意など全くなさそうな無邪気な笑みで、アルベルトは噴き出しそうになるのを必死で堪えた。
「そ、そうなのよ。それにアルベルト殿下の変化したあの美しい姿を見れば、誰だって夢中になるでしょう?」
笑顔で答えるアンネリーだが、よく見ればその顔が僅かに引き攣っている。
「ええ、そうよね」
一方でエステルはそんな従姉妹の状態に気づいていないようだったが、伯爵がコホンと咳ばらいをして空気を遮った。
「ともかく我が家にはこうしてアンネリーもいたので、もしや殿下の糸が繋がっていた相手はエステルではなかったのではと思いまして……正式に婚姻をしてしまったとはいえ、呪いを解く為ならもう一人妃をとっても許されるのではと、進言させて頂くことにしました」
「なるほど」
フツフツとこみ上げる、吐き気を催しそうな嫌悪感にアルベルトは耐える。
エステルの親族である伯爵一家は、こうして必ず夜会で親し気に近づいてくると思ったからこそ、結婚式の後で無理やりに時間を作り、エステルに叔父が怪しいことを告げたのだ。
コスティの調査によれば、前リスラッキ伯が多額の借金を負っていたことに不信を抱く貴族も少なからずいたらしい。
だが、いかに親しい友人とはいえ、他家のこと……それも兄弟間での金銭のやりとりにまで首を突っ込むことは難しい。
前伯爵夫妻の知人たちは、エステルを気の毒に思いつつ、手助けもできないでいたのだろうというのがコスティの見解だ。
「残念ながら、リスラッキ伯爵の意見には頷けない。糸が他の人に見えないのだから誤解されても無理はないが、私はただ屋敷に繋がる糸を辿ったのではなく、エステルの手首と繋がっているのを見て、彼女が運命の相手と確信したのだ」
ムカムカするのを押さえながら、きっぱりとアルベルトは否定する。
同時に、己の心境に不思議な感覚を覚えた。
本日、限られた衛兵にしか見せていない、あの忌まわしい猫姿を貴族たちの前で見られてしまったのはショックだった。
そもそも不定期に猫になるというのに、一年近くも隠し通せていたこと自体が奇跡なのだが、それでも今日の結婚式で呪いが解けていれば……と残念に思う。
こちらは嫌でたまらないのに、あの姿を無神経に可愛い可愛いと言われるのにも腹が立つ。
だが、エステルではなくアンネリーこそ運命の相手だったという、今の伯爵の発言が一番腹に据えかねた。
呪いが解けなかった時点で、このように『運命の相手は他の相手だった』と主張する輩が出てくるのも予想済みだ。
そしてアルベルトとしては、最初から運命の相手になど欠片も期待せず、相手が誰だろうと割り切った愛のない結婚をつきつけるつもりだった。
だったら別に、これも戯言として軽く受け流せばいい。
(なのに、どうして……)
――エステルは人間違いだったと言われたら、こんなにも腹が立つのだろう?
アルベルトは不快感を押し殺し、ニコニコしながらこちらへ向かって来るリスラッキ伯爵一家を見た。
三人とも、容姿自体はかなり良い。
リスラッキ伯爵は上背が高く、男ぶりのよい顔立ちにきちんと手入れされた口髭が良く似合う。
夫人はやや化粧が濃い目だが、もう成人した娘がいるとは思えぬほどの若々しさを保ち、豪奢なドレスを見事に着こなしている。
エステルの従姉妹であるアンネリーも、十分に美少女の部類に入る方なうえ、自分を魅力的に見せる術をよく解っているらしい。ドレスもアクセサリーもよく似合っており、周囲の男性の視線をたっぷり引きつけていた。
とはいえ、率直に言えばアルベルトはこの三人を今朝初めて見た時から、気に食わなかった。
リスラッキ伯爵からは、どことなく狡猾で胡散臭い雰囲気を感じ取るし、夫人と娘はアルベルトにあからさまに媚びてくる。
それでいて使用人達への態度は横柄で傲慢そのもので、とてもエステルの親戚とは思えない。
「王太子殿下。この度は姪が役目を果たせなかったことを、心よりお詫び申し上げます」
笑顔から一転して神妙な表情になった伯爵が、深々と腰を折る。
「気にすることは無い。式堂でも言ったが、彼女は確かに私の運命の相手だ。呪いが解けなかったのには何か他の理由があるのだろう」
アルベルトがそう答えると、伯爵はますます神妙な表情となった。
「その理由なのですが、一つ私に心当たりがあります」
「なんだろうか?」
答えが予想できて内心うんざりしつつ聞き返すと、伯爵が我が意を得たりとばかりに頷く。
「殿下は我が屋敷に繋がる糸を辿り、そこで最初に会ったエステルを運命の相手と認識なさったそうですが、我が家にはもう一人年頃の娘がおります」
そう言うなり、伯爵は満面の笑みを浮かべたアンネリーを前に押しやった。
「今朝もお会いいたしましたが、殿下どのような御姿でも本当に素敵なのですね。もちろん、あの高貴な子猫の姿もとても愛らしくて……実は私、生き物の中で子猫が一番好きですの!」
「え⁉」
思い切り媚びた声でアンネリーが言い放つと同時に、アルベルトの隣でエステルが小さく驚きの声をあげた。
「知らなかったわ。アンネリーは猫が大嫌いだと思っていたけれど、いつのまにか好きになっていたのね!」
嬉しそうにアンネリーの手をとったエステルは悪意など全くなさそうな無邪気な笑みで、アルベルトは噴き出しそうになるのを必死で堪えた。
「そ、そうなのよ。それにアルベルト殿下の変化したあの美しい姿を見れば、誰だって夢中になるでしょう?」
笑顔で答えるアンネリーだが、よく見ればその顔が僅かに引き攣っている。
「ええ、そうよね」
一方でエステルはそんな従姉妹の状態に気づいていないようだったが、伯爵がコホンと咳ばらいをして空気を遮った。
「ともかく我が家にはこうしてアンネリーもいたので、もしや殿下の糸が繋がっていた相手はエステルではなかったのではと思いまして……正式に婚姻をしてしまったとはいえ、呪いを解く為ならもう一人妃をとっても許されるのではと、進言させて頂くことにしました」
「なるほど」
フツフツとこみ上げる、吐き気を催しそうな嫌悪感にアルベルトは耐える。
エステルの親族である伯爵一家は、こうして必ず夜会で親し気に近づいてくると思ったからこそ、結婚式の後で無理やりに時間を作り、エステルに叔父が怪しいことを告げたのだ。
コスティの調査によれば、前リスラッキ伯が多額の借金を負っていたことに不信を抱く貴族も少なからずいたらしい。
だが、いかに親しい友人とはいえ、他家のこと……それも兄弟間での金銭のやりとりにまで首を突っ込むことは難しい。
前伯爵夫妻の知人たちは、エステルを気の毒に思いつつ、手助けもできないでいたのだろうというのがコスティの見解だ。
「残念ながら、リスラッキ伯爵の意見には頷けない。糸が他の人に見えないのだから誤解されても無理はないが、私はただ屋敷に繋がる糸を辿ったのではなく、エステルの手首と繋がっているのを見て、彼女が運命の相手と確信したのだ」
ムカムカするのを押さえながら、きっぱりとアルベルトは否定する。
同時に、己の心境に不思議な感覚を覚えた。
本日、限られた衛兵にしか見せていない、あの忌まわしい猫姿を貴族たちの前で見られてしまったのはショックだった。
そもそも不定期に猫になるというのに、一年近くも隠し通せていたこと自体が奇跡なのだが、それでも今日の結婚式で呪いが解けていれば……と残念に思う。
こちらは嫌でたまらないのに、あの姿を無神経に可愛い可愛いと言われるのにも腹が立つ。
だが、エステルではなくアンネリーこそ運命の相手だったという、今の伯爵の発言が一番腹に据えかねた。
呪いが解けなかった時点で、このように『運命の相手は他の相手だった』と主張する輩が出てくるのも予想済みだ。
そしてアルベルトとしては、最初から運命の相手になど欠片も期待せず、相手が誰だろうと割り切った愛のない結婚をつきつけるつもりだった。
だったら別に、これも戯言として軽く受け流せばいい。
(なのに、どうして……)
――エステルは人間違いだったと言われたら、こんなにも腹が立つのだろう?
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