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3 落ちぶれ令嬢

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 エステルが居間に行くと、見るからに上機嫌の叔父が待っていた。

 茶色い口髭が、口角をあげるたびにピョンピョンと踊るように跳ねる。



「聞いたよ、エステル。アルベルト殿下に婚約者と認められたそうじゃないか」



 ニコニコしながら安楽椅子から立ちあがった叔父の傍らには、まだ眠そうで不機嫌といった様子の叔母と、叔父夫婦の娘アンネリーの姿がある。

 三人とも、まだ寝衣にガウンを羽織ったままの姿なのは、いつもの起床時間より随分と速いからだろう。



 庭での騒動のあと、掃除どころではないとサリーがアルベルト殿下の件を大騒ぎで触れ回り、屋敷は騒然となった。

 そして騒ぎはぐっすり眠っていた叔父一家の耳にも届き、エステルはすぐに居間へ来るようにと呼ばれたのである。



「それなのですが、陛下へのご報告後、王宮よりお達しが来ると伺っただけで、詳しいことは何も……」



 実際、コスティからはそう言われただけで、アルベルト殿下の妃になれるとか、はっきり言われたわけではない。



「いやいや、それだけで十分だよ。アルベルド殿下がどのような御姿に変化なされるかは公表されていない。それが子猫の姿で、エステルの前で喋ったというのだから。君に早くも心を許されている証拠だろう」



「……」



 エステルは返答に困った。

 今朝の、ツンツンとした子猫のアルベルトの態度からして、心を許しているとはどうも思えない。

 しかし叔父はいっそう上機嫌でニコニコしながら、エステルの肩にポンと手を置いた。



「そうと決まれば、すぐに相応しいドレスに着替えてきなさい。可愛い姪が王太子妃になるなど、私も鼻が高いよ。仕方なしとはいえ、君の不遇な人生には同情していたからね」



「叔父様には感謝しております」



 エステルは深く頭を下げた。



 ――全てが変わったのは、ちょうど二年前のこと。

 リスラッキ伯爵家の一人娘として、何不自由ない生活をしていたエステルに、両親の訃報が飛び込んできた。

 エステルたち一家は、普段は便利な王都に住み、年に二度ほど領地の本邸に戻る。

 ただ、その時エステルはちょうど重めの風邪を引いており、留守番となったのだ。

 両親は娘を心配して、領地に戻る日をずらそうと言ってくれていたが、領民は領主である父に何かと相談したいことがあるはず。

 風邪くらいで大袈裟だと、両親を送り出してしまったのを心の底から後悔した。



 両親は領地から帰る途中を野盗にでも襲われたらしく、御者と使用人ともども惨殺されていたという。

 若い女性はあのような遺体を見ない方が良いと、駆け付けた叔父には棺を開けるのも止められた。



 叔父は父の弟で、王都で輸出入の商売を成功させている。

 生前から兄弟仲がよく一家揃ってよく屋敷に出入りしており、エステルも従姉妹のアンネリーと同年ということで仲良くしていた。



 しかし葬儀が落ち着いた直後、叔父は言い辛そうに、エステルへ衝撃的な告白をしてきたのだ。

 曰く『エステルの両親は投資に失敗をし、叔父に多額の借金がある』とのことだった。

 リスラッキ家に仕えていた家令と出納係もその場にいて証言をしており、証文らしきものもみせられた。



 もっとも、エステルはこの国の貴族令嬢が大抵そうであるように淑女教育に専念しており、事業や財政のことは全く学ばされなかったから、書類の難しい用語は殆ど解らない。

 それでも書類に、父が百万ルーベル金貨もの大金を叔父に借りているという内容が書かれているのはよく解ったし、家門の印章も押されていた。



『私としてはたった一人の姪に冷たい態度はとりたくないのだが、兄上が亡くなった以上、けじめというものがあるのだよ』



 叔父は悲し気に眉を下げていい、その借金は全てエステルが支払わなければいけないこと。

  とりあえずの返却分として屋敷と家財を全て差し押さえ、それでも足りない分はエステルが働きつつ、将来に有望な家に嫁いだ時に返して貰うしかないことを説明した。



 衝撃を受けたし、信じられない気持ちだったけれど、ここまで証拠がでているのなら確かなのだろう。

 叔父はエステルを屋敷から放り出すことはせず、下働きとして働くことで微々たるものながら給金を借金の返済に充てると約束してくれた。

 それに、借金を肩代わりしてくれるような結婚相手を早く見つける方がいいだろうと、アンネリーと社交場に行くのも許可してくれた。



 勿論、ドレスはアンネリーが飽きたものか流行遅れのお古だったが、贅沢は言えない。

 そんなエステルを『落ちぶれ令嬢』と陰口を叩く人も多かったが、事実なのであまり気にしないようにした。



 そうして日々を過ごしていたエステルの前に、今日の信じられない出来事がおこったのである。

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