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33.嫌な予感
しおりを挟む「やっぱり安田ちゃん、マンションには3日間帰っていないみたい。」
もう皆帰ってしまった俺1人しかいない職場で、俺は里佳からの電話を待っていた。
報告を聞き、嫌な予感がいっそう胸に迫ってくる。
俺はそこで社員名簿データのロックを外すことを決意した。
ー安田奈美ー本来みてはいけない社員の個人情報を開く。
先程事務室の職員との会話で登場した父親ーその父親は義父であり、血は繋がっていなかった。
安田の親友、福永早苗から聞き出した話によれば、知っている限り彼氏はいたことがないらしい。
その情報が正しいかはっきりとはわからないが…
ストーカーのことを相談したり、警察に言い出さないのは、ストーカーだと俺が思っていた人物が義父だから?
こんな疑いを持つのは少し考えすぎているのだろうか…
そう一瞬思ったが、俺は里佳に義父について詳しく調べるようにお願いした。
犯人が、元カレだろうが義父だろうが、彼女は心に深い傷を負っていた。
俺も里佳と合流するため席を立った。
「安田宏大と安田ちゃんのお母さんとの関係は良好。安田宏大自身もエリートサラリーマンみたい。
でも、一応監禁とかの可能性も考えて最近借りた物件なんかも調べてみたけどなさそうで…」
一切歩を緩めることなく早口に里佳が情報を教えてくれる。
短時間でここまで人間の情報を調べ上げる吸血鬼の情報網に思わず舌を巻いた。
でも、それは言わずもがなかもしれない。
獲物の身元を瞬時に調べ上げ、なるべく発見されにくい、大事になりにくいと判断された者を主なターゲットとするのだから。
…ただ、これなら俺の居場所なんてあの村を出てからずっとバレバレだったんだろうな。
余計なことまで思い知らされたが即座に打ち消し目の前のことに集中する。
「…でも、闇雲にお前は探し回ったりしないだろ。勿体ぶらず今向かってる場所を教えろよ。」
ちゃんと急ぎながら話してるじゃない、と話の途中で先を急がしたからか少し不機嫌になりつつ彼女は教えてくれた。
「今目をつけているのは、彼が所持していたアパート。住人が住んでるし、彼は家族とマンションで暮らしているから普段は使っていないと思うけど、大家用の部屋が確保されてて、空いているの。
そこなら簡単に使えるはず。」
なるほど。確かに監禁はしやすいかもしれない。
他に手掛かりがない今、実際に向かう価値は充分あるように思う。
「…と、ここか。」
立ち止まったのは、寂れた住宅街に立ち並ぶごく普通のアパート。
新しくもなく、ボロボロでもなく。一度ここを通っただけじゃ絶対記憶に残らないようなアパートだ。
…ここに彼女はいるのだろうか。
正直、いて欲しくはない気持ちもあった。
全部、俺の過剰な心配だったら、という気持ちもまだ少なからずあった。
どちらも辛いと思うが、元カレでなく義父から彼女が逃げ回っていたのだとしたら、どれだけもの長い間彼女は苦しめられていたことになるのだろう。
肉親にも相談出来ず、家から出ても追い回される。
きっとそんな日々が続いたら心が壊れてしまうに違いない。
それでも気丈に仕事をしていた彼女。
誰にも言わず、1人で戦っていた彼女。
そんな彼女に甘えてばかりだった自分ができる一番のこと。
…彼女を助けたい。
彼女を苦しめる全てのものから。
「…里佳。お前はここで外を見張ってろ。危ないかもしれない。」
里佳に玄関で待機してもらい、向かおうとしたが、里佳は平然と後についてきた。
「里佳。」
もう一度言うと、彼女は意味ありげな微笑を浮かべた。
「ねぇ、仁は人間界ボケしてんのかもしれないけど、私は吸血鬼よ?
連れていった方がいいと思うけど。」
微笑んだ口元からキラリと鋭い二本の歯が垣間見えた。
今は、それを見ても気持ちが悪くはならなかった。
なんなら、自分が吸血鬼一族で良かったとさえ思った。
里佳に少し頭を下げ、一緒に部屋に向かいドアに耳を当てる。
出来損ないとはいえ、これでも一応俺は人間よりも耳が良い。
ー声がする。男の声と、それとー
里佳に合図すると、俺は全力で扉を蹴破った。
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