君のナミダに渇くカラダ

あーむす。

文字の大きさ
上 下
34 / 36

34.…全部俺が、

しおりを挟む
「っっ、誰だっっ!?」

すごい叫び声とともに照明が落ちた。

暗くした隙にどうにかするつもりなのか、顔を見られたくなかったのか。

どちらにしても、吸血鬼一族の血が流れる俺には関係ない。

部屋に駆け込んだ勢いで目をかっと見開くと、周囲が一望できた。

見渡すと、床に這いつくばって恐怖に顔を歪ませている男が見えた。

…こいつが、安田を。

側のベットをチラリとみると、手足を縛られて視界まで奪われた安田の姿がある。

誰かが入ってきたのはわかっているのだろうが、気力がないかのように微動だにしない。

まずは地面にいる男に真っ直ぐ近づく。

迷いもせず最短距離で近づいてくる足跡に焦ったのだろうか。

突然声を荒あげて叫び出した。

「…てめぇ、勝手に人ん家に入っていいと思ってんのかっ!?」

黙っている俺に対し男はずっと叫び続けている。

「奈美は俺の娘なんだよっっ!!
言うこと聞かねぇから躾けてやってるだけだ!
赤の他人が文句言ってくる筋合いはねぇんだよっ!!」

そこまで言っても突如入ってきた男が黙りこくっているのに耐えられなかったのだろう。

今度は全力でこちらに突進してきた。

その力を利用して肘を引いてバックを取ると、肩を羽交い締めにして地面に引きずり落とした。

ありえない力の差に恐怖を覚えたのか、男の身体は可哀想に見えるほどガタガタと震えている。

その様子を見て、言いようのない怒りがやっと込み上げてきた。

「…こんな風に安田のこと力でねじ伏せてきたんだろ?
…そんな奴が親語るんじゃねぇよ。
こんまま俺らが可愛がってやろうか?
身の程も知らずにタックルしてくるどうしようもないクソ人間には躾が必要だと思うんだが。」

キッチリと固められた髪を引っ張りこちらを向かせる。

自分を見て怯えている顔が腹ただしい。

…確かに俺は、バケモノだ。

けどこいつだって人間の皮を被った立派なバケモノじゃねぇかよ。

気づけよ、お前も自分がバケモノだって気づけよ。

自分は違うって顔してみてんじゃねぇよ。

そのまま頭部を蹴り上げようとすると、背後から肩を掴まれた。

「はいはい、そこからは私の出番ねぇー。」

そう言って躊躇いなく軽々と彼を持ち上げると里佳はドアの向こうへと消えていった。

行き場のなかった苛立ちが自分の中にすっと消えていくのを感じた。

里佳があいつをどうする気なのか一瞬気になったが、すぐに安田に駆け寄った。

彼女は最初突入した時と変わらぬままそこにいた。

まずは彼女の視界を奪っていた布切れを外す。

すると感情の見えない虚ろな目があらわれた。

彼女の視線の先が分からず、顔の前でひらひらと手のひらを振ろうとする。

だが、途端にパッと後ろにのけぞられてしまった。

そこで彼女はようやくハッとしたかのような驚きの表情を見せる。

彼女の表情を見ることができ安心した反面、改めて彼女についた傷がまざまざと見えたような気がした。

ごめんなさい、とでも言うように彼女の口がパクパク動く。

それをみてまたさらに心が痛んだ。

もっとちゃんと見ておけばよかった。勇気を出して踏み込めばよかった。

俺は彼女に何か起きてるって知ってたのに。

またこんな辛い想いをさせて…

俯いている彼女に、今度はゆっくり、ゆっくりと手を伸ばす。

ピクリ、と彼女が動いたのを確認して手を止める。

そしてまたゆっくりと手を動かした。

そっと彼女の頰に手をやり、そっと顔を持ち上げる。

やはり、彼女の目には涙が滲んでいた。

それを見られ、またごめんなさいっ、と涙を手で拭き取ろうとする。

俺はそっとその手を取ると、彼女の涙に唇を置いた。

途端に離れようとする頭を後ろから支え、ゆっくりと吸涙を続ける。

しばらくすると力のこもっていた彼女の肩が緩まるのを感じた。

ー涙はとても魅力的な味がする。

やめられない。おいしい。

…でもそれと同時に相手の痛みも自分に流れ込んでくる。

それがたまらなく苦しくもある。まるで麻薬のように、自分を痛めつけて、でもそれが快感で。

ただ、今回はこれまでに経験したことがないほどの強いものが流れ込んできて一瞬ためらってしまった。

怒り、悲しみ、そんな色が全く見えないほどの漆黒なもの。もはや、何もないくらいの闇。

が、構わず吸涙を続けた。

俺が、全部、全部君のツライものを取り去ってやる。

「…奈実っ、なみっ…っ」

しばらくそうしていると、彼女の涙が止まったのに気づいてようやく身体を離した。

少し落ち着いてきた様子の彼女が微かに微笑みを見せる。

小さくありがとう、との言葉が唇から漏れた。

自分の能力があってよかった、と心から思った瞬間だった。

思わず、その唇に導かれるように顔が吸い寄せられたとき。


ーあの。あの匂いが自分の嗅覚を刺激した。

ハッとして匂いの先を探す。

そこには、彼女の小さな手のひらがあった。

俺の視線の先に気づいた彼女が手のひらを広げてひらひらと顔の前で振る。

「大丈夫だよ、ちょっと力入れすぎちゃってたみたい。」

きっとずっと力いっぱい握りしめていたのだろう。

固く閉ざされていた手の中で爪が深く食い込み、血がじんわりと滲んでいる。

あぁ、こうやって今まで彼女は戦っていたんだな。

それで、今ようやく力が抜けて、手のひらが緩んで、それで匂いが広がって…

この匂いはー

彼女は小さく笑うと、自分の胸に頭を預けてきた。

顔を見上げ、安心しきったような顔で俺に微笑む。

そして、疲れたのかすぅーっ、すぅーっ、と小さな寝息をたてはじめた。

その肩に手を伸ばそうとして、自分の手がガタガタと異常なまでに震えていることに気がついた。

この血は、この匂いはー

ガチャ、と扉が開く音がする。

「安田ちゃん、だいじょぅ…、っじんっ、どうしたの!?」

俺の様子に気づいた里佳が慌てて駆け寄ってくる。

辺りを見渡し、血に気がついてこれが怖かったのか、と納得した顔を見せた。

違う。そうじゃない。そういうことじゃない。

ふるふると首を横にふる。

里佳は俺の様子に戸惑うように手を伸ばしてきたが、思わずばっと跳ね飛ばした。

「俺は、おれは…」

吐き出されるように勝手に言葉が漏れ出してくる。

「…全部、おれが…」

止まらない。


腕の中で眠る彼女を見ながら、自分の罪が先ほど彼女の涙から伝わった闇と一緒に深く深く染み渡っていくのを感じた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

そんな目で見ないで。

春密まつり
恋愛
職場の廊下で呼び止められ、無口な後輩の司に告白をされた真子。 勢いのまま承諾するが、口数の少ない彼との距離がなかなか縮まらない。 そのくせ、キスをする時は情熱的だった。 司の知らない一面を知ることによって惹かれ始め、身体を重ねるが、司の熱のこもった視線に真子は混乱し、怖くなった。 それから身体を重ねることを拒否し続けるが――。 ▼2019年2月発行のオリジナルTL小説のWEB再録です。 ▼全8話の短編連載 ▼Rシーンが含まれる話には「*」マークをつけています。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...