悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ

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3章

本当は

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「…必要ないと言ったはずだ!」

「で、でも…これってサイラスにとって大事なものなんでしょ?貸してくれた時、お守りみたいなものって言ってたの覚えてるよ」

「っ…それは…」

応接室に入ると、シュレイがあのナイフを返すために俺を追ってきた。

「どうしたんだ、お前たち」

応接室でもともと休んでいた、ユーリアス、イグリム、スヴェンが何事かと問いかけてきた。

「このナイフを…サイラスに返そうと思ったんだけど…」

「あぁ…これって確か、おじさんが幼い頃のサイラスにプレゼントしたものだよな?」

スヴェンが余計な一言を言う。
こいつとはユーリアスやイグリムと付き合いが長い分、無駄なことを知っているのだ。

「はぁ…そうだ。5つの時…俺は早く父上に追いつきたくて普通の剣が欲しいってだだを捏ねたんだけど、まだ早いからってそのナイフを買ってもらった。その頃は、まだ弟も騎士の魅力に気づいてなくて、父はよっぽど嬉しかったのか俺だけに特別だって言って…。はは…それが……嬉しかったんだよなぁ」

「サイラス…。あのね、お父上と少し話したんだ。サイラスは、学園で元気にやってるかってそう聞いてきたよ」

「本当か?」

俺は思わず問いかけた。

「うん。父親としてはダメだったのかもしれないけど、きっとやり直すには今からでも遅くないよ。あの頃のことを思い出して。愛していたんじゃないの?」

「ああ…そうだ…俺は…」

俺は…父を……


「憎んでたんじゃないか?」

彼の一声で、バリン、と何かが割れた音がした。

声の方向を見ると、シアン・シュドレーが扉に背を預け腕を組んで立っていた。隣にはイブリン・ヴァレントもいた。

周りが唖然とする中、シアンはこちらへ歩いてきてシュレイからナイフを取った。
そして、俺の胸の前に翳した。

「これで殺したいんだろ、お前の父親」

「…何言ってんだよ、お前」

俺は低い声を絞り出した。

「殺せよ。じゃなきゃお前はあの父親からは永遠に解放されない。どうせ、シュレイに頼んだのは端から無理だって、期待してたからだろ」

「そんなこと、言わないでくださいシアンさん…そんな怖いこと…!」

シュレイは震えた声で言った。

「そんな怖いことをこいつは思ってるよ。何度も何度も、頭の中でお前は父親を殺してきただろ。その通りにやればいいじゃないか」

「そんなこと、してない!俺はっ…父を愛して…」

途中で言いかけて…俺は言葉に詰まった。
俺は、本当に父を愛しているのか?

いざ問いかけてみると、幼少期の様々な記憶が頭を駆け巡った。


「父上!俺にも剣術を…」

「ライアン、さぁ休憩は終わりだ。次は、もっと上級者向けだぞ」

この時も。


「父上、俺、今日師範に褒められて…」

「ライアン、大会で優勝おめでとう!新しい剣をあげるぞ。きっと、俺の指導が良かったんだなぁ」

この時も。

俺は父を何度も頭の中で殺した。
なぜ俺を見てくれないのか、と叫びながら。

父には騎士としての尊敬の念はいつだってあった。しかし、それは自分の父として向けた愛だったのだろうか?
それを俺自身に問いかけることはとても恐ろしいことだった。俺にとって、騎士団長への憧れという壁で隠さなければ、父への憎しみが何よりも勝りそうで恐ろしかったからだ。だから、俺は錯覚できればいいと思った。騎士としての父を愛することができている…そうやって錯覚できれば、きっと…この地獄から抜け出せると思っていた。

「……本当は、ざまぁみろって思ってる自分がいた。父が呪いを受けて、騎士団長をやめて…それから家はめちゃくちゃになったけど、でも…どこかで父の不幸を喜んじまったんだよ」

「どうして…?本当の父親なのに…」

シュレイが聞いてきた。

「本当の父親なのにさ、俺のことびっくりするくらい無関心だったんだよ。弟は剣術の天才だって褒めて、沢山指導してたのに…俺のことは無視で、代わりに母と弟が俺を褒めてくれたっけ。馬鹿らしい理由だけど、今もまだ…不幸の沼に浸かっててほしいって思っちゃってるから、きっと駄目なんだ」

「サイラス…」

シアンにナイフを渡され、俺は意を決した。ナイフを片手に握り、応接室を勢いよく出て走り出す。

「サイラス…!」

口々に呼ばれる声を無視して、俺は父の部屋へ向かった。

父の部屋の扉を開けると、父はベッドで眠っていた。俺は、ナイフをケースから取り出し、腕を上げた。

「サイラス、だめっ!!!!」

追いついてきたシュレイの声を聞かず、俺はナイフを父目掛けて振り下ろした。

ーーーグサッ

ナイフは父の顔の横、枕に刺さった。
俺はナイフを逸らしてしまった。

「…はは……安心した。殺せない程度には、情が残ってるみたいだ…」

思わず、笑みが零れた。

この人はもう騎士団長ではない。憧れなどもう無いのだ。それでも、俺は今このただの父親を殺すことは出来なかった。
頭の中で、自分の父親は何度も何度も殺してきた。けれど、実際はどうだろう?
ただの父親で、家族に迷惑をかけるばかりのこの男を憎んでいるのに…殺すことは出来なかった。
俺は自分に安心した。父をやはり愛していなくとも、心底殺したい程憎んでいるのではないことに。


「サイ…ラス」

父が僅かに目を開けて、俺を見た。

「…父上。俺はっ…」

「このナイフ…大事に、持っててくれたんだなぁ」

何か恨み言を吐いてやろうと思った。それなのに、この男は酒の飲みすぎでボケているのか真横に刺さったナイフを見て呑気にそう言った。
なんだか、あまりにもアホらしく感じてしまって俺は天井を見上げた。

「サイラス…大丈夫?」

「あぁ…シュレイ、俺はこのクソ親父を愛してない。それは、これからもそうかもしれない。でも、でもな…こいつの不幸はもう終わりにしてもいいんじゃねぇかって…少しそう思う」

「…そっか」

シュレイは少し悲しげに一言だけ返した。

黙ってシュレイは俺に手を差し出し、俺も応えるようにその手を握った。
しばらく治癒の魔法を父に注ぎ…呪いは完全に解くことができた。










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