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3章

隣国の秘密

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<ヒュ~~~ドンッドン>

花火のような破裂音が聞こえ、俺はベッドから飛び起きた。

窓を開け、バルコニーに出るといつもとは違う冷えた空気が身を包む。朝だと言うのに、街中の方を眺めると遠くからでも分かるほど人が賑わっているのが見えた。

<コンコンコン>

「シアン様、お目覚めでしょうか?」

扉をノックする音が聞こえると、聞き慣れぬ使用人らしき人の声が聞こえた。

「あぁ…」

「イブリンで…イブリン様がお待ちです」

「今行く」

俺は着替えると、すぐに部屋を出た。
案内された応接室へ入ると、イブリンがいた。

「シアン、おはよう。良く眠れた?」

「おはよう。それなりによく眠れた」

「昨日来たばかりだから、環境の変化で眠れてないか心配だったよ」

「…心配しすぎだ」

俺が今いるのは、学園の寮でもシュドレー公爵邸でもない。隣国エルネ王国のイブリンの家である。

俺が何故ここにいるのかは自分でも未だによく分からない。しかし、きっかけはサイラスの家へ行った後のこと。俺は自分の家へ戻って残りの休暇を過ごさなければいけないことにある種の覚悟を持っていた。恐らく、あの父親から溜まりに溜まった不満をぶつけられ、最悪の休暇になるだろうと思った。
それを察してか、イブリンが俺に提案をしてきたのだ。

「シアン、残りの休暇はエルネで過ごしなよ」

「 …なに?だが…」

「俺の家に泊まりにきて」

「泊ま…?」

「あっ!ち、違う!もちろん、変な意味じゃなくてね?いや…も、もし1人が不安なら、他の奴を誘っても良いし。ハルノ!はー、元々行く予定だったから…オーリーとか!」

「ふーん」

(ハルノは行く予定だったのか…)

何か棘が刺さったように胸がチクリとした。

「…それにね、シアン。エルネで大事な話があるんだ。だから…来て欲しい」

イブリンは真剣な眼差しで俺の手を握って言った。

「分かった…。行く。オーリーも連れていくからな」

「うん。ありがとう、シアン」

きっとお礼を言うのは俺の方だった。でも、なんだかよく分からない意地を張って言えなかった。

そうして、俺は昨日エルネに到着し、イブリンの邸へ泊まることになったのだ。

「そういえば、オーリーとハルノはまだ起きてきていないのか」

「彼らは外へ出たよ」

「外へ?」

「花火打ち上がったでしょ?実は、エルネの建国記念日が5日後にあってそれまではずっと王都はお祭り状態が続くんだ。オーリーとハルノは2人で街の方へ」

「浮かれ気分かよ…」

「ふふ、いや…俺がハルノにオーリーを頼んだんだ。これから、大事な話をしたいから」

「…なんだ?」

「まず向かう所がある。行こ」

少しだけ嫌な予感がしたが、俺はイブリンに引かれるようにして家を出て、馬車に乗った。

馬車から見えるのは、王都で楽しく買い物をする人々の笑顔だった。お祭り状態なだけあって、本当に沢山の人で賑わっていて、どの人の顔を見ても幸せそうだった。

「着いたみたい」

馬車が止まり、俺とイブリンは外へ出た。
すると、目の前には大きな宮殿があった。

「イ、イブリン…まさかここって…」

「王宮だよ」

やはり…と思い、足がすくみそうになったが、俺はもう黙ってこいつについていくしかなった。

そして、大きくて重そうな扉の前に止まると横にいる騎士が会釈をして開けてくれた。

中には、豪華絢爛な玉座に白髪混じりの凛々しい顔をした男が座っていた。
イブリンは、男の顔を見ると右手を体に添えてお辞儀をした。

「国王陛下。第二王子イブリン・クロード・エルネがアルティアより一時戻りました」

俺は目の前の男の発言に耳を疑った。
しかし、戸惑っている暇はなかった。

「ふむ…よく戻った。それで、そなたがシアン・シュドレーか?」

「…は、はい。アルティア王国より参りました、シアン・シュドレーと申します。お会いできて光栄です、エルネ王国国王陛下」

「そう固くならずとも良い。そなたのような存在はとても貴重だ」

「……?」

(貴重?この俺が?どういうことだ…)

「父上。まだ、彼にはあのことについて話をしておりません。今日、ここに彼を連れてきたのにも理由があるのです」

「ほぉ、そうだったか」

俺はなにがなんだか分からなくて、頭の上に疑問符を浮かべることしか出来なかった。

「シアン…。まずは、驚かせてごめん。実はまだ、明かさなければいけないことがある。いや…もう薄々気づいているだろうけど……俺の魔法のことについて」

「…」

「エルネでも女神リースの信仰の元で魔法を使える石持ちは多い。しかし、エルネではごくごく稀に1人で魔法を使える石持ちが存在する。我が国では、ソリティアと呼んでいる。ソリティアは、本当に極わずかで、先天性の者もいれば後天性の者もいる。エルネでは俺やハルノを含めて4人しかいない」

「ちょっと待て、ハルノも…?」

「ハルノは元々エルネの人間だ。アルティアの魔法学園の特待生枠は1つしかなかったから、ハルノは俺の護衛としてアルティアの男爵家の養子に入って魔法学園へ潜入した」

「なぜそこまでして…2人で身分を偽ってまでして、一体何が目的なんだ?」

「…君だよ、シアン・シュドレー君」

返事は、思いもよらない方向から帰ってきた。

「国王陛下…目的は私と…いうことですか?」

「そうだ。気づいてないだろうけど、シアンもソリティアなんだ」

今度はイブリンが返してきた。

「…お、俺が?」

「間違いないよ」

確信のある目でこちらを見てきたが、俺には立て続けに話される内容に驚きを隠せなかった。

「…だ、だが…そんな自覚は別に…」

「そのはずだよ。ソリティアになった者は自分がそうだとは簡単に気づけない」

「自分で気づくことも出来ないのに、なぜお前は間違いないと俺に言い切れる?」

「実は、エルネにはソリティアを見つけ出すことができる人物がいるんだ。後で紹介するけど、彼は幼い頃は街中で人気の占い師をやっていて、魔法とは別で生まれつき予知夢を見たり透視能力なんかが使えたらしい。彼はソリティアになるとそういった元々の能力が向上され、今ではソリティアがどこの国に現れても察知できるようになった。そして、魔法学園へ入学する1ヶ月程前だったかな…。アルティアでソリティアが1人現れたと彼が感じ取り、シアンだと割り出した」

「魔法を1人で使うことができる者が存在するということは、エルネでは国家の機密情報となっている。故に、イブリンとハルノには内密に君を調べてもらうために身分を隠して学園に潜入するようにと私が命じたのだ」

イブリンに続いて、国王が言った。

「…そういうことだったのですね」

だが、シアン・シュドレーに右目の他にこんな大きな秘密があるとは、ゲームでは聞いたことがない。それも、本当に自分にそんな性質が生まれたのか俄に信じ難いところだ。

「信じられないなら、一度1人で呪文を唱えてみて。普通の石持ちは、そもそも1人だけで魔法を使うという意識がないから試したことなかっただろうけど、ソリティアのシアンなら1人でできるはずだよ」

「…」

俺は頷き、緊張しながら懐にある杖を取り出した。


「フュエゴ」

呪文を唱えると、眼帯をした右目が少し熱くなったと思ったら、想像した通りに杖の先に火が灯った。

「…本当に1人で…」

信じられないと思っていたことは、あまりにもあっさりと目の前で具現化していた。

ポッと灯る火を見つめて、驚きと同時に心に不安感が湧いて出た。
自分に…シアン・シュドレーにこんな特別な性質があったとは全くの新事実だ。

ましてや、こんな知らない国で知らないストーリーが起こっているこの状況は何なのだろうか。
もはや、この国は…この世界は俺の知らない世界のように思えた。






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「シアン、大丈夫…?」

「…あぁ」

エルネの国王との謁見が終わり、俺とイブリンは馬車に揺られていた。

「色々と混乱したと思う…。でも、陛下もあの提案には賛成してくれたから…ここにいる間、ゆっくり考えてみてほしい」

イブリンが安心させるように優しく笑ってそう言った。

あの提案というのは、謁見でイブリンが国王に熱心に話していたあのことだろう。

「やはり、シアンは紛れもなくソリティアです。そこで、陛下…私からご相談があります」

「ほう。聞かせてくれ」

「陛下はいずれ、我が国の魔法学園でソリティアのみのクラスを作り、鍛錬できる場を設けてくださると仰っていたのを覚えておりますか?現在、ソルティアはシアンを含めて5名となりました。彼を我が国へ正式に受け入れ、今から実行するというのはいかがでしょうか?」

「なるほど。…いいだろう。シアン君、君がエルネに来てくれるなら、アルティアとそう変わらない好待遇を約束しよう」

「シアン…もちろんあなたの意思を尊重します。どうだろう?」

国王とイブリンが期待したような眼差しで俺の方を見てきた。

「…か、考えさせてください」

この時、こう返すのが俺には精一杯だった。
正直、大型犬の手網を握っていた気になっていたが、実際は俺の周りをうろちょろと走り回りどんどん外堀を埋められていっているような気がしてならなかった。

(だけど、まぁ…強引ではないんだよな。こいつは、いつだって俺の意思を慮ってくるんだ…。でも、俺の意思ってなんなんだろう?俺がしたいことって?)

俺はいつだって空っぽの人間だった。
いや、正しくは空っぽであるように自分の気持ちを奥底にしまい込んだ。
自分の気持ちに蓋をして、心の声は聞かないふりをした。俺の意思なんて持ってしまえば…"あの人"の思い通りにいかなくなってしまうから。全て、知らないふりをしていたらいつの間にか俺は……本当に空っぽの人間になってしまったのかもしれない。
でも、そんなことすら俺にはどうでも良かったし、なるようになるのだと時の流れに身を任せて生きていくだけだと思っていた。

シアン・シュドレーとして生きている今もそれは変わらない。ここは憑依する前の人生で知ったゲームの世界で、俺は悪役令息としてシナリオ通りに準じて生きていくのだと思った。しかし、今になって俺は少し分からなくなってしまった。エルネというこの国にきて、聞いた事のない人物や設定を知って本当にこの世界は、あのゲームの世界なのだろうか?
そもそも本当に自分は、シアン・シュドレーという人物なのだろうか?

ただでさえ元々自己を確立する能力が乏しいのに、聞いた事のない展開に身を置いている今、自分が自分であるという確信が薄れつつあるような感覚に陥り、正直戸惑ってしまった。


改めて、俺は自分自身に問いかけたくなる。
俺は、誰なのだろう…?

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