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さよなら、愛しい人
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ダイニングに移動すると、そこに寧々の姿はなかった。もう出掛けたのか、それともまだ寝ているのか。寧々のスケジュールを把握していない俺には、分からないことだった。自分の席に着き、食事が運ばれてくるまで新聞を読む。昨夜のクラブでの出来事は、新聞の隅々まで探しても載っていない。うまく処理されているといいが。
「お待たせいたしました」
「ああ、ありがとう」
秋彦が食事の準備をてきぱきと済ませていく。いつも豪華な食事にしてもらってありがたい。今朝は和食中心で、胃に優しそうだ。寧々への配慮だということは、すぐに分かった。
秋彦があれだけ声を荒げるのは、初めて聞いた。それだけ、寧々のことが心配だったということだ。
新聞を閉じ、箸を取って焼き魚を食べ始めた。すぐに、強い視線を感じて顔を上げる。秋彦が、無表情のまま、こちらを見つめていた。
「秋彦、どうした?」
「……はい? 私、ですか?」
「何か言いたそうにしてる」
「……」
秋彦は顔をしかめた。数秒の間迷っているようだったが、ダイニングの周りに人影がないことを確認して、口を開く。
「旦那様と寧々様との関係を、存じ上げています」
「っ!? ごほっごほっ……」
単刀直入にもほどがある。飲み込みかけていた魚を、危うく喉に詰まらせるところだった。咳き込むなんて、御曹司の作法としては失格だが、今は致し方ない。それよりも、どうして秋彦が知るに至ったか、だ。
「……いつから、知ってる?」
「もう随分と前になります。旦那様が、深夜はお二人それぞれの部屋に近づかないよう、仰ってからです」
「そう、だったか……」
「言いつけを破ってしまい申し訳ありません。用があって、寧々様の部屋を訪ねようとしたときに、知りました」
「……」
「最初は聞き間違いかと思いましたが、でも確かに旦那様と寧々様の声でした。それと、先日も……」
「……何も、言い訳できない」
最近どころか、秋彦はずっと知っていて黙っていた。それは執事としても、寧々に想いを寄せる男としても、大変に複雑な心境だったに違いない。肝が冷えていくのを感じる。
「お二人が同意した上でのことなら、私が意見を申し上げるのはお門違いかもしれませんが。旦那様には、婚約者の梢様がいらっしゃいますよね?」
「……ああ」
「この先、どうなさるつもりですか?」
俺がずっと悩んでいたことを、秋彦に問いただされることになるとは。何が最良かなんて、よく分かっている。でも、寧々を傷つけ、自分の心までも裏切る選択には、やはり迷いがあった。
黙って唇を噛みしめていると、秋彦が畳み掛けるように言い放つ。
「無礼を承知で申し上げます。これ以上、寧々様を振り回さないでいただきたい。純粋な方なんです」
「……分かってる」
そろそろ、引き際か。寧々との関係は、終わらせなければならない。散々いいように利用して、最後には捨てるなんて、男としても人間としても最低なことをしている。けれど、もうそれしか選ぶ道はない。
「秋彦」
「はい」
「寧々を、頼む……」
「……かしこまりました」
秋彦になら、任せられる。寧々が秋彦を好きになったとしても、それは不思議なことではない。俺と同じく、いや、俺よりも長い時間付き添ってきた彼だからこそ、寧々のことを愛して、優しくして、いつでも助けてやれる。そう思って、無理に自分を納得させてみたけれど、本当は悔しくてたまらなかった。
もう、寧々には触れられない。そんな現実が、深く胸に突き刺さる。
「お待たせいたしました」
「ああ、ありがとう」
秋彦が食事の準備をてきぱきと済ませていく。いつも豪華な食事にしてもらってありがたい。今朝は和食中心で、胃に優しそうだ。寧々への配慮だということは、すぐに分かった。
秋彦があれだけ声を荒げるのは、初めて聞いた。それだけ、寧々のことが心配だったということだ。
新聞を閉じ、箸を取って焼き魚を食べ始めた。すぐに、強い視線を感じて顔を上げる。秋彦が、無表情のまま、こちらを見つめていた。
「秋彦、どうした?」
「……はい? 私、ですか?」
「何か言いたそうにしてる」
「……」
秋彦は顔をしかめた。数秒の間迷っているようだったが、ダイニングの周りに人影がないことを確認して、口を開く。
「旦那様と寧々様との関係を、存じ上げています」
「っ!? ごほっごほっ……」
単刀直入にもほどがある。飲み込みかけていた魚を、危うく喉に詰まらせるところだった。咳き込むなんて、御曹司の作法としては失格だが、今は致し方ない。それよりも、どうして秋彦が知るに至ったか、だ。
「……いつから、知ってる?」
「もう随分と前になります。旦那様が、深夜はお二人それぞれの部屋に近づかないよう、仰ってからです」
「そう、だったか……」
「言いつけを破ってしまい申し訳ありません。用があって、寧々様の部屋を訪ねようとしたときに、知りました」
「……」
「最初は聞き間違いかと思いましたが、でも確かに旦那様と寧々様の声でした。それと、先日も……」
「……何も、言い訳できない」
最近どころか、秋彦はずっと知っていて黙っていた。それは執事としても、寧々に想いを寄せる男としても、大変に複雑な心境だったに違いない。肝が冷えていくのを感じる。
「お二人が同意した上でのことなら、私が意見を申し上げるのはお門違いかもしれませんが。旦那様には、婚約者の梢様がいらっしゃいますよね?」
「……ああ」
「この先、どうなさるつもりですか?」
俺がずっと悩んでいたことを、秋彦に問いただされることになるとは。何が最良かなんて、よく分かっている。でも、寧々を傷つけ、自分の心までも裏切る選択には、やはり迷いがあった。
黙って唇を噛みしめていると、秋彦が畳み掛けるように言い放つ。
「無礼を承知で申し上げます。これ以上、寧々様を振り回さないでいただきたい。純粋な方なんです」
「……分かってる」
そろそろ、引き際か。寧々との関係は、終わらせなければならない。散々いいように利用して、最後には捨てるなんて、男としても人間としても最低なことをしている。けれど、もうそれしか選ぶ道はない。
「秋彦」
「はい」
「寧々を、頼む……」
「……かしこまりました」
秋彦になら、任せられる。寧々が秋彦を好きになったとしても、それは不思議なことではない。俺と同じく、いや、俺よりも長い時間付き添ってきた彼だからこそ、寧々のことを愛して、優しくして、いつでも助けてやれる。そう思って、無理に自分を納得させてみたけれど、本当は悔しくてたまらなかった。
もう、寧々には触れられない。そんな現実が、深く胸に突き刺さる。
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