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さよなら、愛しい人

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 アラームの音で、意識が覚醒する。ヘッドボードに置いてある目覚まし時計を手探りで止め、起き上がった。随分と懐かしい夢を見ていたようだ。昨夜、寧々が屋敷に来た頃のことを話したからだろうか。

 寧々と肉体関係を持つようになって、既に一年以上が経つ。どこかで区切りをつけないといけないと思うのに、やめることなど到底できない気がしていた。

 しかし、もうすぐ寧々は屋敷を出て行くし、梢は俺との縁談を進めたがっている。双方の両親が「そろそろ入籍してもいいんじゃないか」と薦めていることもあって、断りきれない雰囲気になっていた。

 どうして御曹司なんかに生まれてしまったのか。平凡な家庭で、平凡に育って、平凡な生活を送って――ただ一人、愛する人と結ばれればそれでよかったのに。悲しいかな、寧々に出会えたのも、会社の事業の一環だった。俺がここの御曹司でなければ、出会うことも、肌を重ねることもあり得なかった。

 今の時代に政略結婚なんて、馬鹿げていると思う。梢の父親が桜庭グループと提携を結んでいるからといって、どうして子どもの俺たちまで巻き込まれなければならない。愛してもいない人と結婚させられることが、どれだけ残酷か、分かっていないんだ。自由な恋愛が許されているから、なおさらそう思う。

 もしも俺が婚約を破棄したとして、その先はどうなるだろうか。もともと俺は、父さんとその愛人の子どもだ。簡単に縁を切られるし、追放される。育ててもらった恩はあるが、双方に愛情なんてない。

 そうなった時、この屋敷は手放さなきゃならない。秋彦をはじめとして、働いている人間を全員辞めさせることになる。寧々がいつでも帰って来られる場所がなくなる。梢は、決まりの悪い思いをする。たくさんの人を傷つけることになる。

 どうしたらいいかなんて、一目瞭然だ。俺が、耐えればいいだけだった。



 ため息をついてベッドから降りると、タイミングを計ったかのように部屋の扉がノックされた。

「旦那様、おはようございます。予定のお時間です」
「ああ、起きてるよ。おはよう」
「かしこまりました。朝食の準備をいたしますね」

 寝起きは悪い方ではないけれど、仕事の休みがとれない時期は、念のため秋彦に声を掛けるように言っている。今日も約束通り、確認しに来てくれたようだった。

 秋彦は、律儀で有能な執事だ。代々、桜庭家の執事を担っている芳賀家の息子で、高校生の時から住み込みで修業し、そのまま執事となった。幼い頃からさまざまな武道を習っていたらしく、時にはボディーガードも任せられる頼もしい存在。努力家で真面目で、気遣いもプロレベルだ。

 そんな秋彦が、ここのところ随分と寧々を気にしているように見えた。同じ男だから分かる。あの目は――恋情に違いなかった。
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