初恋迷路

稲葉海三

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2.自慢の幼なじみ

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「日向くんって、あの日向カズトの弟なんだって?」
「わたし、サインがほしい!」
「あ、あたしも!」

 教室で、女子の3人組が、カケルのことを囲んでいる。
 里中さん、山口さん、菊池さん。クラスの中心的な子たちだ。いつもオシャレでかわいく、男子人気も高い。
 でも、ちょっと騒がしくて、わたしはこのグループの子たちと話すのはニガテだ。

「……わりぃ。兄貴のサインとかは、ことわってんだ」

 カケルの返事は、無愛想である。
 不機嫌そうに見えてしまうが、そんなことはない。なれなれしい態度に、とまどっているのだ。人見知りするところがあるんだよね。

「えー、いいじゃん」
「今度、日向くんの家にいっていい?」
「あー、それいい! わたし、サッカー好きだから、日向カズトに会いたいの」
「いや……あのな……」

 女子相手に困っているカケルは、昔とあまり変わってないんだよね。そういう部分を発見すると、ホッとする。
 でも……、

「ヤな感じね」
「うん」 

 わたしは、やよいちゃんのささやくような声に、うなずいた。
 同じクラスというだけの関係なのに、えんりょがない。

(どうせ、サッカーになんて、キョーミがないくせに! 有名人であるカズトさんと、知り合いになりたいだけでしょ?)

 彼女たちの考えは、明らかだ。他の友だちに自慢したいだけ。ずうずうしいよ。
 見ているだけで、うんざりとした気分になった。

「日向くん、なんでバスケなんかやってんの? 日向カズトの弟なら、ぜったいにサッカーをやるべきじゃん」
「うんうん、日向くんのサッカーしている姿が見たいな!」
「わたしもー。試合にでるなら、応援に行くよ!」

(うわああああぁぁぁっ! なんてこと言うの!)

 わたしは、心の中で絶叫した。
 この子たちに悪気はないんだろうけど、カケルのいちばんデリケートな部分を、土足でずかずかと踏みこんでしまった。

 バチンッ。

 教室内に大きな音がひびく。カケルが思いきり、机をたたいたのだ。
 空気が変わった。
 さっきまで、あちこちでおしゃべりしていたのでザワザワしていた教室が、いきなり、シーンとなる。だれもしゃべらない。みんな無言で、カケルたちのことを注目している。
 カケルは顔を真っ赤にして、3人組に怒鳴りつけた。

「うっせーな! おまえたちに、なにがわかるんだ!」

 言い終わると、カケルは顔をそむけて、教室から出ていく。
 女の子たちはポカーンとしていた。……いや、クラス中のみんなが。
 わたしは、あちゃ~と頭を抱えたい気分である。
 こんなことをしてしまうと、カケルのクラスでの立場が……。

「なにあれ? かんじワル~」
「ちょっとお兄さんが有名だからって、調子にのってんじゃない?」
「うん、日向くんはないね」

(あんたたちのせいでしょうが!)

 カケルにとって、サッカーというのは、すごく大事なものだ。大好きという言葉だけでは、言い表せないほどに。
 なにも知らない子たちに、好き勝手に言われたら怒っても当然だ。
 わたしは、3人組に、ひとこと文句を言ってやろうと考えると、

「やめときなさい」

 とやよいちゃんに、手をつかまれた。

「でも……」
「大丈夫、アイツにまかせておけば」

(えっ、どういうこと?)

 やよいちゃんに聞き返そうとしたら、

「ねえねえ」
「なに! ……あ、八代くん」

 不機嫌そうな声で返事をした里中さんだけど、声をかけてきたのが八代くんだとわかると、いきなり声のトーンが変わる。びっくりするくらい可愛い声になった(スゴッ!)。

「カケルが迷惑かけちゃって、ごめんね。あいつさ、昨日、家でイヤなことがあって、機嫌が悪いんだ。ゆるしてやってくれないかな」

 そんなことを言いながら、八代くんが、話に入っていく。
 さわやかで、やさしげな笑顔を浮かべて、とっても魅力的である。
 里中さんたちは八代くんに見とれて、ポーッとしているようだ。きっとマンガなら、目にハートマークが浮かんでいることだろう。

「日向くん、なにかあったの?」 
「うん、家庭の事情だから、内容はちょっと……。しばらく、そっとしといてあげて。それよりも――」

(すごい、すごいよ!)

 わたしは思わず、拍手したくなる。
 八代くんが話しはじめたら、フンイキがガラッと変わった。
 カケルの話をおしまいにして、まったく関係ない話で盛り上げる。まるで、魔法のようだ。里中さんたちも、しばらくしたら、八代くんとのおしゃべりに夢中になって、笑い合っていた。

「やよいちゃんはこうなるって、わかってたの?」
「まあね。アイツ、こういうの得意だから」

(さっすが、幼なじみ!)

 八代くんのことを、すごくよくわかっている。
 女の子たちと話し終わると、八代くんは教室を出ていった。

「ほら、日向くんをさがしにいったわよ。こういうのは、男同士にまかせておけばいいの」

 やよいちゃんと八代くんって大人だなー、と感心するばかりである。きっと、カケルのことだから、怒鳴ったことを後悔して、どっかで落ちこんでいることだろう。
 八代くんには、あとでお礼を言いたい。

「日向くんも、あんな子たちの言葉、聞き流せればいいんだけどね」

(……ごもっとも)

 里中さんたちの態度にむかつく気持ちはわかるけど、怒ってもしょうがないしね。
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