初恋迷路

稲葉海三

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2.自慢の幼なじみ

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 放課後になると、やよいちゃんが「今日も部活なの」と言った。

「りょーかい。がんばってね、バイバイ」
「うん、また明日」

 そう言って、わたしたちは別れる。
 小学校のときとちがって、いつもいっしょというわけにはいかなくなった。
 部活をしていないと、こういうとき、すごくさびしい。明るい時間に帰って、本を読むか、ネットで動画を見るくらいしかやることがない。ひますぎて、自分から勉強することもあるくらいだ。

「桜井!」

 帰り支度をしていると、佐藤くんがやってきた。
 両手を顔の前で合わせて、頭を下げている。
 なんだか、すごくイヤな予感が……。

「すまねえ、今日は先輩から呼びだされてるんだ」

(やっぱり……)

 佐藤くんは、いつもオーバーアクションで、調子のいい男子である。
 ま、悪い人じゃないけどさ。
 わたしはため息をつくと、

「行っていいよ。わたしがやっとくから」

 と言った。

「恩に着るぜ! 桜井は神だ! たのんだ!」

 佐藤くんは、ピューッと走っていってしまった。
 神様にされてしまったわたしは、もういちど、ハァッと大きなため息をつく。
 そして、教室のすみにある棚に向かった。そこには、みんなが提出した課題のノートが積まれている。今日の日直だったわたしと佐藤くんは、これを職員室の山本先生の席まで持っていく仕事があったんだ。

「よっと」

(うわっ、重い!)

 1冊だと軽いけど、クラス全員分となると、かなり重い。
 わたしは、ノートの山をくずさないように、ゆっくりと歩きながら教室を出た。
 廊下に出ると、職員室までの最短ルートを考える。
 と言っても、わたしたち1年5組の教室は、1階西側のつきあたり。
 職員室に行くには、東側のつきあたりまで歩き、職員室のある4階まで階段をのぼるしかない。なかなか疲れそうな道のりである。

(……しゃーないか)

 大量のノートを両手に抱えて、わたしはよろよろと歩きだす。

「あぶなっかしいな。貸せよ!」

 いきなり、ノートがフワッと軽くなる。
 驚いて、声のしたほうを向くと、わたしがさっきまで抱えていたノートの大部分を、カケルが持っていた。
 そのまま、クルッと背を向けて、歩いていく。
 わたしはあわてて、追いかけた。

「いいの?」

 カケルはこれから部活だ。体育館に行くところだったはず。

「ああ」

 カケルのぶっきらぼうな声で、こたえる。
 わたしひとりで持っていくのは大変だったので、これはありがたい。

「ありがとね」
「別に……。こないだ、お菓子もらったし」

 プイッとそむけたカケルの耳が、ほんのりと赤くなっている。
 昔より乱暴な口調になったけど、照れ屋な部分は、変わってないんだよね。
 でも、なるほど、そういうことか。わたしがカケルの家まで持っていった、スイートポテトのお礼らしい。
 お菓子作りは好きだから、よく日向家の人たちにも、おすそわけに持っていってるんだ。あのときは、カケルもカズトさんもいなかったから、おばさんにわたしといたんだよね。

「そういや、感想を聞いてなかった。あのスイートポテトはどうだった?」
「え、ああ、うまかったぞ」
「えー、いつもそれじゃん! もっと、ちゃんとした感想を言ってよ!」

 カケルが、うーん、うーん、と一生懸命考え出す。

「えっと、その……、甘くて……」
「あはは、ジョーダンだよ。カケルにそんなの、期待してないから」
「ちぇっ、なんだよ。せっかく――」
「――いいんだって、ムリする必要はないよ」

 わたしは、笑いをこらえながら言った。
 グルメ番組のような感想なんて、いらないんだよね。「おいしい」というひとことだけでうれしい。こうやって手伝ってくれてるし、お礼としては十分すぎる。
 わたしたちはくだらないことを話しながら、ふたりで並んで歩いた。こういう時間は、久しぶりだ。
 ちょっとびっくりしたのは、カケルと目線を合わせるには、少し見上げないといけなくなってきたことだ。また、身長が伸びたのかもしれない。
 ノートの大部分を持って歩いているのに、カケルは全然重くはなさそうだ。
 小学生の頃よりも、太くたくましくなってきた腕で、しっかりと支えている。今、腕相撲をしたら、一瞬で負けちゃいそう。
 最近は、自分のことも「ぼく」ではなく、「オレ」と呼ぶようになって。
 声も低くなり、いつのまにか身長も抜かされて……。
 ウワサには聞いていたけど、男の子の成長期ってすごいな。
 そんなことを考えていたら……、わたしはバッと顔をそむけた。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもない」

 カケルのことをじっと見ていたら、なんだか恥ずかしくなっちゃって。
 あわてて、関係ない話題をすることにした。

「バスケはどう?」
「……まあまあだな」
「このまま、正式入部するの?」

 仮入部期間も、そろそろ終わりが近い。入部するかどうかを選ぶ時期だ。

「うーん……、まだわかんね」
「そっか、じっくり考えなよ」
「そうする」

 サッカーのことには、ふれないようにしている。やよいちゃんの言うとおり、カケルのやりたいスポーツを、応援するだけだ。
 1階の放送室と視聴覚室の前を通りすぎ、西側のつきあたりまでやってきた。
 左に曲がれば階段だが、わたしは立ち止まって、正面にある音楽室をじっと見た。
 防音室になっているので中は見えないけど、音楽がかすかにもれ聞こえてくる。
 吹奏楽部が、練習をしているようだ。

「やよいちゃん、新しい部員の人たちと、仲よくやってるかな?」

 部活の話はあまり聞いてないけど、新しい場所って、とびこむのに勇気がいるよね。

「大丈夫に決まってるだろ。あずさが心配する必要ないって」

 カケルに笑いとばされる。

「そっか、そうだよね」

 やよいちゃんならきっと、新しい場所でも人気者になりそうだし。
 だけどそれはそれで、小学校からの親友としてはヤキモチをやいてしまう。
 わたしがいつまでも、やよいちゃんのいちばんの親友でいたいし……。
 そのあとは、会話もなく階段をのぼり、職員室に到着した。

「たすかったよ。ありがと」
「ああ」

 山本先生にノートをとどけたあとは、カケルは体育館に向かった。わたしを手伝って遅くなってしまったせいか、急いでいってしまった。
 とってもありがたかったし、また、お菓子を持っていくことにしよう。
 ただ、おしかった気もする。
 お菓子のお礼なんかなくても、わたしじゃなくても。女子が重そうに荷物を運んでいれば、カケルは手伝っていたと思うんだ。そういうところをアピールできれば、こないだ里中さんたちに向かって怒ってしまったことも、帳消しにできるはず。

 もっと、クラスのみんなにも、やよいちゃんにも、カケルのいいところを知ってほしい。
 不器用なところもあるけど、カケルは自慢の幼なじみなのだから。
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