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第1章 祝言の日

6.晩餐【3】(料理の奥に見える願い)

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シノが鴨汁を気に入ってくれた事があってか、ネネのご機嫌度は最高潮に達した。

『シノちゃん、甘酒もあるし、甘いもの【ふりもみこがし(麦こがし)】もあるから、遠慮しないでね!!。』

そんな事を言いながら、シノに見本を見せるかのように、ネネは甘酒を一口飲み、麦こがしを一個つまむ。

『サイコ~。』

『イトちゃんも、遠慮しないでネ。』と、もう一口、クィっと甘酒を飲む。

いつの間にか、二人を呼ぶ名前は、『さん。』から『ちゃん』へと変えているのが、ネネの生来の人好きの性分を表していた。

しばし和やかにそしてゆっくりと3人の楽しい時間は流れた。

宴もたけなわにさしかかる頃、甘酒の酒気に、誘われてか、ネネはキャッキャッと楽しそうに、シノに対し自分の恋愛論を語り出した。

『あの秀吉の禿はげげネズミはね、私に惚れているのよ。結婚する前は、もうもう、毎日毎日ラブレターを持ってきたし、断るの大変だったのよ。』

『男も女も相手に惚れた方が負けよ、キャッ!』とネネは言う。

『・・・・。』ちょっと考えたそぶりを見せたネネは、ちょっと悪戯してやろうという表情になって、シノへ質問する。

『私のネズミちゃんは、どうしてこんなに出世できたと思う??さあ、答えてください。10秒、9秒・・・カチカチ。』と秒読みを開始した。

質問される事態を予測していなかったシノは慌てた。

『エエッ・・・・。』答えも何も、唐突過ぎて、今何を話していたのかさえも一瞬頭が真っ白になってしまった。

話を振られていなかった分、イトはネネの質問の答えを自分なりに考えていた。

(正解は、私の御蔭かな・・・ちょっと安直すぎるかな。)とイトは食べかけのおにぎりを口にはさんだ状態で、ネネの正解と自分の回答の答え合わせをするように二人の会話に耳を傾けていた。

ネネは、10秒を小走りするように読み上げ、そのあと、5秒~、4秒ぅ~とまたゆっくり5秒数えて、シノの顔がお手上げの表情になるのを待って、こう切り出した。

『ハイ、ブ、ブゥゥー、時間切れですぅ、マダマダ経験の少ないシノちゃんには、分からないか・・。』

(え、いやいやネネ様も経験1回だけでしょ?)とイトは心の中で冷静に突っ込んでいた。

『正解は、・・・鴨汁ですぅ。』

ネネの正解発表に、イトもシノもきょとんしてしまった。

(意味わからん???)

二人同じ事を思ってしまい、ネネの解説を聞きたくなった。

突然、少し真面目な顔をしたネネは、解説を始めた。

『鴨汁は、秀吉にとってオフクロの味なのよ、お義母様(ナカ)が、特別の日にだけ作ってくれる御馳走、それが鴨汁。

さっき食べたのは、私が秀吉のお義母様から味を継いだもの!人間、子供の時に味覚が決まるもの、だから子供の時食べたオフクロの味が一番おいしいの、これは、私がいくら秀吉の為に、別の美味しいものを作っても、鴨汁に勝てる理由が無いのよ。』

『だけどね、最初に言ったように、アイツは私に惚れてるのは本当、私がお義母様と同じ料理が作れれば、私はお義母様に勝てるのよ。・・・分かるかなぁ』とちょっと意地悪な顔をしながら、それをかき消すような優しい声で質問しネネはシノの表情に向けて笑顔を贈った。

『秀吉はね、誰もが出来なかった仕事、怖がって逃げたくなる様な仕事を、逃げずに立ち向かって、戦場から自分の命をもぎ取って帰ってきたから出世したのよ。』

ネネの突然語気を強めた物言いは、二人をちょっとドッキさせるぐらいインパクトを与えた。

ネネは少しずつ声を高めながら、解説を続ける。

『私は戦が大きっらい、戦に出れば私の愛する秀吉あのひとが死んでしまう可能性があるから!だけど、今の時代は逃げる事が出来ないのが現実なの。』

『じゃあ、私はどうするの、何ができるのって以前考えたの、私の結論は、美味しいものを作るのよ、作るしかないのよ!』

秀吉あのひとが、生きてもう一度私の料理が食べたいって思うように、死にそうになった時に、ネネの鴨汁を食べる為に生きるんだって思えるぐらいの美味しい料理を作る、それしかないできないのよ私には!』

酔いもあってか、感情的になってか、ネネは言い終えた後、目を赤くしながら、自分を落ち着かせるようにふぅっと息を深呼吸のように息を吐いた。

『うぅう~うぇー。』

3人の中の、一人がうめき声を出して泣き出した。 イトである。
  
イトは、ネネの料理を最初に食べた時に感じた違和感の正体を理解した。

漬け物の塩加減、おにぎりの塩加減が自分が作る加藤家の味その物だったことに、その意味を理解したのだった。

どうやったか分からないが、ネネはイトの味付け方法を知っていたのである。

虎之助を羽柴家の小姓として長浜城に、送って僅か1年足らず、疑問、驚きは残るがその事を詮索する気持ちより先に、ネネが今この時に、加藤家の新妻へ何をしてくれているかを理解できたのである。

本日新しく加藤家に入って来たシノに、山崎家と加藤家とは違う事を鴨汁で、加藤家の味を漬物とおにぎりで、武士の妻としての心得を今のクイズで、ネネはこの3つの事を伝える為にわざわざ時間を準備してくれたのだと・・・。

ネネの温かい気持ちが伝わってきて、止まらない感謝の心が涙となってイトの頬をつたってくるようだった。

胸を熱くする感情が、どんどん溢れてきて心の防波堤の内側から、出てくるのがイトの嗚咽のような泣き声だった。

秀長が小一郎と呼ばれていた時に、虎之助の誕生日にしてくれた話を思い出した。

『俺の兄者は面白い、私達(羽柴軍団)が窮地に陥った時、俺が兄者の処に行ってどうすればよいかと聞くと、的確な指示をしたうえで、その後必ず言うんだよ。』

『小一郎、また鴨がネギしょってきてるぞと、カモじゃぁ、カモ(窮地=手柄)を取って、ネネの鴨汁食うぞって、その声を聞くとなんか心が落ち着いて…、俺が『オオゥー‼!』って答えると、何だか分からないけど勇気が出て、運が回ってくるんだよなぁ』

気が付くと、イトにつられて、シノも声を出して泣いている。

シノも今宵の料理と今の話に、ネネがシノに伝えたかった思いをシノなりに感じとったのかもしれない。

泣いている子供達に、泣き止みなさいと担任の先生が言うかの様に、ネネが口を開く。

『はい、これで私のシノさんに対する、歓迎会のクイズ大会はおしま~い。』

イトがおにぎりを持って泣いていることをネネが気づくと、『イトさん、泣いては駄目よ、せっかくのおにぎりの塩加減が台無しになっちゃうじゃないの。』と優しい声で、たしなめた。

イトがネネを見上げると、そこにはネネの聖母の様な眼差しと、温かい微笑みがあった。

別室では、虎之助も泣いており、祝言初日から、直ぐに仲がよくなりそうな親子達であった。
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