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8『掛け違えたボタンの行方』
4 黒岩と板井
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****side■黒岩(総括)
「何、黄昏ているんですか」
「ん?」
黒岩が一人ベランダでぼんやりと夜景を見ていると、風呂上がりの板井に声をかけられた。
間違った道を歩んだからこんなにも後悔をしているんだろう。自分にもチャンスがあったのに。
黒岩は先ほどの会話の内容を話すか躊躇ったが板井に告げた。そんなことをするのは卑怯でしかないことくらいわかっているつもりだ。
「そうですか」
板井は少し考えたのち呟くように。
「黒岩さんの敗北の原因は、結論を急ぎ過ぎるところにあると思いますよ」
恋人が過去に他の男に気があった事実を知っても板井は変わらないのだなと思った。
「動揺すらしないんだな」
苦笑いをする黒岩に、
「そんな風に見えます?」
と彼。
「じゃあ、動揺してんのか?」
「どうでしょうね」
ベランダ用のサンダルを履いて隣に並んだ彼は欄干に腕をかけて。
「修二があなたに気があったというのは、なんとなく気づいていました」
「え。俺知らない」
自分は心の何処かで唯野が自分に振り向いてくれることはないと思っていたのだと思う。それでも好きだから諦めなかった。ただそれだけなんだと。
「どうして黒岩さんは修二のこと信じようとしなかったのです?」
「どうしてだろうな……自信がなかったからかな」
板井が言っているのは黒岩の告白に対しての唯野の答えのことだろう。
「板井なら信じられたのか? あんなことを言っていたのにすぐに他のヤツと結婚してしまったアイツを」
「俺なら疑いますよ。婚姻自体を」
板井の言葉に黒岩は肩を竦める。
自分には出来なかったことだ。
確かに不審には思った。唯野は嘘をつかないと思っていたから。
黒岩とつき合えないならきっとはっきりとそう言うだろうとも思っていた。
「結論を急いで良いことはあったんですか?」
「あったように見えるのか?」
「人生に失敗と後悔はつきものですよ。何か学ぶものがあったなら良かったじゃないですか」
「おま……手厳しいな。ホント部下じゃなくて良かったよ」
心が折れそうだと言えば、意外そうな顔をされる。
「俺をどんな奴だと思ってるわけ」
「めげない、折れない、強引な人」
「そうかよ」
はっきり言われるのは嫌いじゃない。だが今の黒岩にはそれを受け止められるだけの強さがなかった。
「で、唯野は?」
「寝ていたのでベッドに運びましたよ」
「そっか」
「黒岩さんもお休みになられます?」
客間を用意してくれていることは知っていたが眠る気にはなれない。
「いや、まだいい」
「じゃあ呑みなおしましょうか」
「いいね」
黒岩はいつまでも悶々と考え事をしていても仕方ないと思い、その案に乗った。
「なんで板井はそんなに余裕なんだ?」
「そんな風に見えます?」
「ああ、まあ」
”全然そんなことないですよ”とビールグラスを傾ける彼。
「いつだって、修二があなたにほだされるんじゃないかって心配してますよ。人は放っておいて大丈夫な相手よりも危なっかしい人が気になるものですから」
「でも、唯野はどちらかというと面倒を見られたいタイプなんじゃないか?」
思ったことを告げれば板井が咽た。
何か変なことを言ってしまっただろうかと思っていると、
「黒岩さんでもそんなこと思うんですね」
と意外そうに。
唯野は苦情係で部下の面倒をしっかり見ていたと思う。しかし唯野がいなくても稼働していた部署だ。唯野がしょっちゅう社長に呼ばれ不在の間その部署を見ていたのは副社長の皇。
「俺はつき合い始めるまで修二が甘えるところなんて見たことはなかった。もちろん上司としての立場を重んじて欲しいとかギャップにびっくりしたとかそういうことではなく」
”見抜けていなかった”と続ける板井。
「それなのに何故黒岩さんはそんなこと思ったんです?」
「俺もそういう部分を見たとかではないが。以前、唯野が自分は末っ子だということを言っていたからそうなんじゃないかなと思っただけだよ」
自分は板井よりも唯野と付き合いが長い。
彼の知らないこともきっと知っているだろう。
自分は話を聞き判断する。
板井は見て理解する。
単にその違いだけなのではないかと思ったのだった。
「何、黄昏ているんですか」
「ん?」
黒岩が一人ベランダでぼんやりと夜景を見ていると、風呂上がりの板井に声をかけられた。
間違った道を歩んだからこんなにも後悔をしているんだろう。自分にもチャンスがあったのに。
黒岩は先ほどの会話の内容を話すか躊躇ったが板井に告げた。そんなことをするのは卑怯でしかないことくらいわかっているつもりだ。
「そうですか」
板井は少し考えたのち呟くように。
「黒岩さんの敗北の原因は、結論を急ぎ過ぎるところにあると思いますよ」
恋人が過去に他の男に気があった事実を知っても板井は変わらないのだなと思った。
「動揺すらしないんだな」
苦笑いをする黒岩に、
「そんな風に見えます?」
と彼。
「じゃあ、動揺してんのか?」
「どうでしょうね」
ベランダ用のサンダルを履いて隣に並んだ彼は欄干に腕をかけて。
「修二があなたに気があったというのは、なんとなく気づいていました」
「え。俺知らない」
自分は心の何処かで唯野が自分に振り向いてくれることはないと思っていたのだと思う。それでも好きだから諦めなかった。ただそれだけなんだと。
「どうして黒岩さんは修二のこと信じようとしなかったのです?」
「どうしてだろうな……自信がなかったからかな」
板井が言っているのは黒岩の告白に対しての唯野の答えのことだろう。
「板井なら信じられたのか? あんなことを言っていたのにすぐに他のヤツと結婚してしまったアイツを」
「俺なら疑いますよ。婚姻自体を」
板井の言葉に黒岩は肩を竦める。
自分には出来なかったことだ。
確かに不審には思った。唯野は嘘をつかないと思っていたから。
黒岩とつき合えないならきっとはっきりとそう言うだろうとも思っていた。
「結論を急いで良いことはあったんですか?」
「あったように見えるのか?」
「人生に失敗と後悔はつきものですよ。何か学ぶものがあったなら良かったじゃないですか」
「おま……手厳しいな。ホント部下じゃなくて良かったよ」
心が折れそうだと言えば、意外そうな顔をされる。
「俺をどんな奴だと思ってるわけ」
「めげない、折れない、強引な人」
「そうかよ」
はっきり言われるのは嫌いじゃない。だが今の黒岩にはそれを受け止められるだけの強さがなかった。
「で、唯野は?」
「寝ていたのでベッドに運びましたよ」
「そっか」
「黒岩さんもお休みになられます?」
客間を用意してくれていることは知っていたが眠る気にはなれない。
「いや、まだいい」
「じゃあ呑みなおしましょうか」
「いいね」
黒岩はいつまでも悶々と考え事をしていても仕方ないと思い、その案に乗った。
「なんで板井はそんなに余裕なんだ?」
「そんな風に見えます?」
「ああ、まあ」
”全然そんなことないですよ”とビールグラスを傾ける彼。
「いつだって、修二があなたにほだされるんじゃないかって心配してますよ。人は放っておいて大丈夫な相手よりも危なっかしい人が気になるものですから」
「でも、唯野はどちらかというと面倒を見られたいタイプなんじゃないか?」
思ったことを告げれば板井が咽た。
何か変なことを言ってしまっただろうかと思っていると、
「黒岩さんでもそんなこと思うんですね」
と意外そうに。
唯野は苦情係で部下の面倒をしっかり見ていたと思う。しかし唯野がいなくても稼働していた部署だ。唯野がしょっちゅう社長に呼ばれ不在の間その部署を見ていたのは副社長の皇。
「俺はつき合い始めるまで修二が甘えるところなんて見たことはなかった。もちろん上司としての立場を重んじて欲しいとかギャップにびっくりしたとかそういうことではなく」
”見抜けていなかった”と続ける板井。
「それなのに何故黒岩さんはそんなこと思ったんです?」
「俺もそういう部分を見たとかではないが。以前、唯野が自分は末っ子だということを言っていたからそうなんじゃないかなと思っただけだよ」
自分は板井よりも唯野と付き合いが長い。
彼の知らないこともきっと知っているだろう。
自分は話を聞き判断する。
板井は見て理解する。
単にその違いだけなのではないかと思ったのだった。
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