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第3章 幽体離脱警官と妖怪の子
8.奇妙な客
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そう言って、箸を握り締めはしゃいでいるのは、着流し姿に銀髪カーリーなロングヘアの若い男。
(新手のパンクバンドかな……。いや、そんな奴がこんな田舎の蕎麦屋で飯食ってる訳ないよな……)
『……静かに食べてくださいよ』
向かいに座っているのは、対照的に眼鏡を掛けた地味な男性だ。年齢は着物男と同じくらいだろうか。服装も着物こそ着ていないが、しわしわのネルシャツが若干ダサい。
『大丈夫じゃよ。どうせお前以外にわしの姿は見えないし、声も聞こえないからのう』
(……ん?)
それってどーいう事だと、つい聞き耳を立ててしまう。チラチラと様子を伺うと、俺はある事に気付いた。
(あれ……? さっき運んできた親子丼は一つだったはず……。先に着物男の分は運んであったのか?)
二人は親子丼を食べているのだが、付け合わせの漬物と煮物は一人分しかない。
不思議に思っていると、着物男が蕪の漬物を摘み上げた。
(えっ……?)
俺は息を飲んだ。彼が摘んだ蕪から、薄く透き通った蕪が持ち上げられたように見えたのだ。
例えるなら昨日の俺のように、魂が本体から抜け出たみたいになった。
その時、うっかりガン見していた俺の視線に気がついたのか、着物男が振り返った。
(ヤベっ!)
『お~、戻ったよー!』
丁度、ご主人が出前から帰って来た。俺は視線を自然に泳がせて、いかにも今までずっと店全体を見回していましたという体で誤魔化した。
『お疲れ様です』
奥さんが厨房から顔を覗かせる。
『いや~、今日は暑いねぇ。もうすっかり夏って感じだよ』
ご主人はヘルメットとおかもちを片付けながら、機嫌良く奥さんに話しかけている。
『雨よかいいんだろうけど、暑いと棟梁んとこも大変みたいでさ、しかも、今日は頼んでた日雇いが来なくて、連絡もつかないんだと』
『それは大変ですねぇ……』
(バイトが来てない……?)
『は~い、天太君お待たせしました』
今度は、ご夫婦の会話に聞き耳を立てていると、カツカレーが運ばれてきた。
『おおー! これこれ!』
何か気になる事がいくつかあった気がするが、俺は次の瞬間には目の前に置かれた出来立てのカツカレーに心奪われていた。
立ち上る湯気がもう美味しい。この香りだけで白飯が食えるくらいだ。
(まずはコッチからいっちゃうかな♪)
俺は揚げたてのカツを箸で挟んだ。サクッとした衣の食感が箸を伝って感じられる。
そのまま齧り付くと、期待通りサクサクの衣が香ばしく、続けてぶ厚い豚ロースの脂がじわっと口に広がる。
(ああぁ! うまいぃぃ!)
感動に打ち震えながらも、俺は続けざまにスプーンで、ご飯とカレーをすくって口に放り込んだ。
スパイシーさと出汁の合わさった、少ししょっぱいルー。他では味わえないジャパンを感じるカレーだ。
(これだこれ。今日はこれが食いたかったんだ!)
すっかりカレーの虜になり、夢中で食べていた俺は、隣の二人がいつの間にか帰ってしまった事にも気づかなかった。
(新手のパンクバンドかな……。いや、そんな奴がこんな田舎の蕎麦屋で飯食ってる訳ないよな……)
『……静かに食べてくださいよ』
向かいに座っているのは、対照的に眼鏡を掛けた地味な男性だ。年齢は着物男と同じくらいだろうか。服装も着物こそ着ていないが、しわしわのネルシャツが若干ダサい。
『大丈夫じゃよ。どうせお前以外にわしの姿は見えないし、声も聞こえないからのう』
(……ん?)
それってどーいう事だと、つい聞き耳を立ててしまう。チラチラと様子を伺うと、俺はある事に気付いた。
(あれ……? さっき運んできた親子丼は一つだったはず……。先に着物男の分は運んであったのか?)
二人は親子丼を食べているのだが、付け合わせの漬物と煮物は一人分しかない。
不思議に思っていると、着物男が蕪の漬物を摘み上げた。
(えっ……?)
俺は息を飲んだ。彼が摘んだ蕪から、薄く透き通った蕪が持ち上げられたように見えたのだ。
例えるなら昨日の俺のように、魂が本体から抜け出たみたいになった。
その時、うっかりガン見していた俺の視線に気がついたのか、着物男が振り返った。
(ヤベっ!)
『お~、戻ったよー!』
丁度、ご主人が出前から帰って来た。俺は視線を自然に泳がせて、いかにも今までずっと店全体を見回していましたという体で誤魔化した。
『お疲れ様です』
奥さんが厨房から顔を覗かせる。
『いや~、今日は暑いねぇ。もうすっかり夏って感じだよ』
ご主人はヘルメットとおかもちを片付けながら、機嫌良く奥さんに話しかけている。
『雨よかいいんだろうけど、暑いと棟梁んとこも大変みたいでさ、しかも、今日は頼んでた日雇いが来なくて、連絡もつかないんだと』
『それは大変ですねぇ……』
(バイトが来てない……?)
『は~い、天太君お待たせしました』
今度は、ご夫婦の会話に聞き耳を立てていると、カツカレーが運ばれてきた。
『おおー! これこれ!』
何か気になる事がいくつかあった気がするが、俺は次の瞬間には目の前に置かれた出来立てのカツカレーに心奪われていた。
立ち上る湯気がもう美味しい。この香りだけで白飯が食えるくらいだ。
(まずはコッチからいっちゃうかな♪)
俺は揚げたてのカツを箸で挟んだ。サクッとした衣の食感が箸を伝って感じられる。
そのまま齧り付くと、期待通りサクサクの衣が香ばしく、続けてぶ厚い豚ロースの脂がじわっと口に広がる。
(ああぁ! うまいぃぃ!)
感動に打ち震えながらも、俺は続けざまにスプーンで、ご飯とカレーをすくって口に放り込んだ。
スパイシーさと出汁の合わさった、少ししょっぱいルー。他では味わえないジャパンを感じるカレーだ。
(これだこれ。今日はこれが食いたかったんだ!)
すっかりカレーの虜になり、夢中で食べていた俺は、隣の二人がいつの間にか帰ってしまった事にも気づかなかった。
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