306 / 754
初めての馬車旅 33
しおりを挟むペーター君の期待に満ちた視線もあり、ディエゴも「少しの時間なら大丈夫だから是非に」と言うので、ここで店を開くことにした。
商品は【クリーン】と食品のみだけど、ペーター君親子以外の人たちも楽しそうにメニュー表を見ている。
……イザックまでもが真剣にメニュー表を見ているのは不思議だけど。
盗賊たちの装備とハーピー、それと食料品でアイテムボックスがパンパンだって言ってなかった?
ああ、私が座っていたスペースに傷まないものを出すの? で、空いた所に何を入れるつもりなのかなぁ?
みんなの様子を見ながらテーブルを出したり、計算用の安い紙を出したりしていると、ふとこちらを向いた商人さんがびっくりしたような顔で固まった。
どうしたのかと思って見ていると、震える指でテーブルを指差す。
「?」
テーブルの上にはメニューと計算用紙。 食料はまだ出していないし、特別おかしなところはみあたらない。
「どうしたの?」
「それは、商業ギルドの公認看板では!?」
商人さんはテーブルの端に立てかけておいた看板に気が付いたようだ。
「それが何か?」
<商人>なら、商業ギルドの公認看板なんて珍しくはないだろうに、何をそんなに驚いているのか。 不思議に思いながら次の言葉を待っていると、
「お嬢さんはその看板の意味を知っていますか? そんなに無造作に扱うものではないですし、屋台でその看板を掲げているのを見るのは初めてです!」
目を丸くしたまま「しかも2種類……」と呟く商人さんが言うには、商業ギルドの公認看板を所持しているのは大きな商店や飲食店。『店舗』を複数所持している商売人がほとんどだそうだ。
私のように手持ちの商品だけで小さく商いをする人間に与えられることは本来ならあり得ないことらしい。
「お嬢さんはどちらの店の…?」
だから私の実力ではなく、家から預かっている物だと思われても仕方がないようだ。 ……面倒だから訂正しないでいいや。
質問には答えずに、にっこりと笑って、
「何にします?」
と聞けば、商人さんは何かを言いたそうな顔をしながら、
「……少し考えます」
メニュー表を持ったまま少し離れてくれた。
「…3流だな。見た目だけで判断して、今まで食った飯の価値に気が付かないのか?」
口元を隠しながら小さく呟いたイザックの声は、真横にいた私にしか聞こえていないと信じたい。 ……看板に刻印されている私の名前をどう解釈しているのかは、私も気になるんだけどね?
ペーター君とおしゃべりをしている間に、皆さんの買いたいものが決まったようだ。
それぞれが今夜のごはんや明日の分のスープや果物とクッキーを一袋だけ買ってくれる中、商人さんだけは2~3日では食べきれない量を注文する。
「当店は小売の店なので、仕入れはお断りしております」
転売目的としか思えなかったのでお断りしても、「同業のよしみで…」と食い下がってくる。 でも、
「アリスはこれから森へ行くんだ。 もうすぐ街へ着く俺たちよりも、食料が必要だってわかるだろ?」
「お客さん、そんなに買ってどこに置く気だ? 馬車の中で食い物が腐るのは困るぞ」
イザックとディエゴが止めてくれた。
今回渡したメニューには、クッキー以外日持ちしないものばかりを載せていたんだけどね。まさか大量に買おうとするとは思わなかったよ。 商業ギルドの看板のブランド力に感心するばかりだ。
仕入れを諦めて今夜と明日の分だけを買ってくれた商人さんを最後に、飲食店の看板をしまう。
サルとビビアナは【クリーン】だけを購入して、ごはんは買わなかった。 イザックが言った❝危機管理❞を守っているようだ。
……街に着くまでの間、3人がうまくいくことを祈ろう。
メニューを真剣な顔で見ていたのに私を気遣って買おうとはしなかったイザックには、生キャラメルとドライアップルをこっそりと押し付けた。
「街まで、気を付けてね!」
「ああ。アリスこそ気を付けろよ!
……食いもんありがとうな。大丈夫か?」
ジャスパーで私が手に入れた大量の食料や一緒に作った料理の量を見ていたのに、それでも心配をしてくれるイザックに感謝の微笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。これから食料を手に入れに行くんだから! イザックが手伝ってくれたおかげで、作り置きもいっぱいあるしね!」
商人さん達には聞こえないように、こっそりと言って笑い合う。
「本当に、いろいろとありがとう!」
「俺の方こそ世話になった。 食いもんも、奴らへの見舞いも……。 この感謝は忘れない。ありがとうな!!」
「それは忘れていいよ~。 ……じゃあ、行くね?
ハク、ライム、おいで!」
イザックの肩の上でお別れの愛想を振りまいていた2匹に声をかけて1歩下がると、
「にゃん!」
「ぷきゃ!」
可愛らしい鳴き声と同時に、私の腕の中に飛び込んでくる。
名残を惜しんでいるときりがないので、そろそろ行かないと。
「じゃあ、行くね!」
「ああ、元気でな!」
イザックに別れを告げ、みんなとも別れの挨拶を交わす。
「飯、美味かったぞ~! ありがとうな~!」
「お姉ちゃん! けがしないでね!」
「気を付けてな~!! ちゃんと街に来いよ!」
「みんなも気を付けてね! また、どこかで!」
手を振って背中を向けると、
「アリス! …悪かったな!」
最後にサルの声が聞こえた。
思わず振り返ると、気まずそうにしながらも、きちんとこちらを見ているサルと目が合う。
「……街に着くまでの間、イザックからのお説教を真面目に聞いたら許してあげる! イザック、厳しいのをお願いしてもいい?」
「ああ、任せろ!
サル、おまえがアリスを呼び捨てにするな!! アリスさんだ。アリスさん!」
早速始まった私の代理の憂さ晴らしを背中に、今度こそ歩き出す。
さて、久しぶりの3人(?)旅だ。 気を引き締めて行かないとね!
129
お気に入りに追加
7,544
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
魔力無しの私に何の御用ですか?〜戦場から命懸けで帰ってきたけど妹に婚約者を取られたのでサポートはもう辞めます〜
まつおいおり
恋愛
妹が嫌がったので代わりに戦場へと駆り出された私、コヨミ・ヴァーミリオン………何年も家族や婚約者に仕送りを続けて、やっと戦争が終わって家に帰ったら、妹と婚約者が男女の営みをしていた、開き直った婚約者と妹は主人公を散々煽り散らした後に婚約破棄をする…………ああ、そうか、ならこっちも貴女のサポートなんかやめてやる、彼女は呟く……今まで義妹が順風満帆に来れたのは主人公のおかげだった、義父母に頼まれ、彼女のサポートをして、学院での授業や実技の評価を底上げしていたが、ここまで鬼畜な義妹のために動くなんてなんて冗談じゃない……後々そのことに気づく義妹と婚約者だが、時すでに遅い、彼女達を許すことはない………徐々に落ちぶれていく義妹と元婚約者………主人公は
主人公で王子様、獣人、様々な男はおろか女も惚れていく………ひょんな事から一度は魔力がない事で落されたグランフィリア学院に入学し、自分と同じような境遇の人達と出会い、助けていき、ざまぁしていく、やられっぱなしはされるのもみるのも嫌だ、最強女軍人の無自覚逆ハーレムドタバタラブコメディここに開幕。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる