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初めての馬車旅 28
しおりを挟む「ハーピーの襲撃から馬車を守ったのがサルとビビアナだって言うのは嘘だろう?」
「嘘じゃないよ」
「……俺には本当のことを教えてくれ。 あの2人だけで馬車を守ったんじゃないよな? サルとビビアナはあんたらの手伝いをしただけだろう?」
ディエゴの用件は、ハーピーの襲撃時におけるサルとビビアナの活躍の真偽。 まあ、この馬車の責任者であるディエゴなら気になって当然だろうね。
「俺たちは迎撃を担当していたから、馬車の周りで守りを固めていたのはあの2人だというのは嘘じゃない」
イザックの答えに納得できないのか、不審そうな目を向けていたディエゴだったけど、
「馬車にたどり着いたハーピーの数が多くなくても、また、すでに手負いの状態だったとしても、馬車の周りに配置していたのはあの2人だったってことに嘘はないぞ」
イザックの説明を聞いて、苦笑を零した。
「やっぱりそんなところだよな……。 あんたらの説明で乗客たちの不安が軽くなったことには礼を言う。 本当はアリスさんが抜けた後に乗客たちがどう思うかと不安だったんだがな」
ディエゴがサルたちのテントを見ながらため息を吐き、より声を潜めて話し続ける。
「今回のハーピーの襲撃は、サルが傷つけたハーピーのいた群れだったんだろう? 顔に傷のついたハーピーに執拗に襲われて、自分のしたことをやっと理解したらしい。
それなのに、あんたらが乗客にはそのことを告げないばかりかサル達のフォローまでするもんだから、さすがのサルも何かを感じたらしいぞ。 珍しく反省しているようだ」
いつの間にサルと話をしていたのか、ディエゴは意外なほど状況を把握していたようだ。 感心している私に構わず、ディエゴは話し続ける。
「この道中であいつらがしでかしたことを、俺は依頼主としてギルドに抗議しなくてはならん。
この短い期間に❝客に突っかかる、依頼遂行中に護衛対象である客や俺たちを前にパーティーの解散宣言をする、魔物の生態の理解不足で依頼主と護衛対象を危険に晒す❞なんてことをされたんじゃあ、黙ってるわけにはいかんからな……。どう見積もってもあいつらは降格処分になるだろう」
焚き火の火を見つめながら静かに話し続けるディエゴは少し悲しそうだ。
「乗り気じゃないなら黙っていればいいんじゃないの…?」
「そうはいかん」
軽く言った提案をディエゴは首を横に振り、軽いため息交じりに却下する。
「俺たちだけじゃなく、客の前での失態だからなぁ……。 これを黙って容認していたら、今度は俺が客からの信頼をなくすことになる。
……柄が悪い上に未熟な護衛を雇うような馬車に乗りたがる客、そうそういないからな」
ディエゴ個人としては目をつぶってやりたいけど、旅馬車の経営者としては黙っていられないってことか。 どんな仕事も信用を落としたらやっていけなくなるもんね…。
何も言わないイザックと、何も言えない私を交互に見たディエゴは少しだけ表情を緩めて言った。
「だが、あんた達。イザックさんとアリスさんのお陰で、❝魔物の攻撃から馬車を守りきった❞って言ってやることができるからな。 ギルドも少しは考慮するだろう」
「あんたも甘い男だな。 徹底的に抗議して、依頼料を取り返すことは考えないのか?」
「あいつらとは今回が初めてじゃあないからなぁ。今まではこんなことなかったんだ。 それに、直接被害を被っているあんたらがそんな態度なのに、俺だけがいきり立つわけにもいかんだろ?」
唆すように言うイザックに、ディエゴは笑いながら答えた。 ……そんな態度って、どんな態度に見えてるんだろう? 結構怒ってるんだけどなぁ?
私の内心の呟きに気づくこともなく、ディエゴはすっきりした顔でテントに戻って行く。
……とりあえず、面倒事じゃなくてよかった、かな?
ディエゴがテントに戻ってしばらくすると、今度はビビアナが起き出してきた。
「まだ、夜明けには時間があるぞ」
イザックの声に、頷きだけ返したビビアナが焚き火のそばまで真っ直ぐに歩いてくる。
「お礼を言っていなかったから…。
イザックさん、アリスさん。命を助けてくれてありがとう! それに、私たちの評判も守ってくれて…」
「命を助けたのはサルだろう? あいつが金を払ったんだ。 それにお前たちの評判を守ったわけじゃない。乗客たちの不安を軽くしただけだ。
そんなことより、どこであの粗悪品を手に入れたのか覚えているか?」
キラキラした目で私たち(特にイザック?)を見るビビアナに対し、イザックはそっけない。 これがジャスパーでは見なかった<上位ランク冒険者>の顔なんだろうか?
「……ジャスパーの露店で買った」
「いつも行く店か?」
「……違うけど、たまに見かける顔だったから、そんな変なものを置いているとは思わなかった。『初めての購入記念に安くするから』って言われて、つい」
「サルは何も言わなかったのか?」
「……普段はサルと一緒に買い物に行っていたんだけど、今回は買う物が多かったから二手に分かれてて。 サルの駆け引きを見ていたから、買い物くらいできると思ってたんだけど。
まさか、効き目のない薬を平気で売っているとは思わなくって……」
ビビアナが言いにくそうに言うのをじっと聞いていたイザックは大きなため息を1つ吐く。
「初めての店だけで薬類を揃えるなんて危険なまね、ちょっと慣れた冒険者ならしないぞ? そういうことはサルは教えなかったのか?」
「…………」
「教えていたんだな。どうしてそれを守らなかったのかは知らないが、下手すればお前は死んでいたってことは覚えておけ。 今回はアリスがいて運が良かったが、いつも幸運だと思わない方がいいぞ」
そう言って立ち上がったイザックは「そろそろ夜明けだな。ディエゴ達を起こしてくる」と歩き出した。
なんとなく背中を見送っている私に、
「イザックさんみたいな人に大切にされていて、アリスさんは運がいいよね」
ビビアナが羨むように言ったのがなんだか引っかかったんだけど、何が引っかかったのか自分でもわからない。
でも、夜番は意外に忙しないものだった、ってことだけはわかったかな。
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