281 / 754
初めての馬車旅 8
しおりを挟む野営地に戻ると、ハウンドドッグの血液がしみ込んだ土の側にイザックとディエゴが立っているだけで、他の乗客たちの姿は見えなかった。
なんとなく覚えがある感じに馬車の方へ視線を向けると、幌の隙間から眠そうな目をこすりながら私たちを見ているペーター君と目が合う。
「移動の準備は済んでるんだね?」
「ああ。後は俺たちが乗り込むだけで、すぐにでも出発できるぞ」
イザックに任せた交渉は身を結ばなかったんだな、と判断して馬車の方へ向かうと、
「この野営地を使えるようにしてくれるんじゃないのか!?」
ディエゴが慌てて私を呼び止めた。
「移動の準備を済ませていることは、アリスさんを信用していないようですまないと思っている!
だが、もしもの時のことを考えて乗客を守ることが俺の仕事なんだ。 気を悪くしないでくれ!!」
「……?」
「3万メレでこの仕事を請け負って欲しいそうだ。 かなり安い気もするが、乗合馬車にこれ以上出させるのは難しいと思う。 受けるかどうかはアリス次第だが、どうする?」
どうやら、私の処理が失敗した時のことを想定しての移動の準備だったらしい。 イザックは少し面白くなさそうな顔になっているけど、まあ、御者としては良い判断だと思う。
Bランクのイザックじゃなくて、まだ登録前の私がすることなんだし信用されなくても仕方がない。
それに3万メレと言えば、安い宿なら5日は泊まれる金額だ。たった数時間の睡眠を確保するために出す金額としては十分なんじゃないかな?
「いいよ。ただし前払いね」
「成功報酬じゃないのか?」
ディエゴが当然のように後払いを要求するので、どういう話になっているのかとイザックに視線で問うと、イザックは軽く肩を竦めて馬車を指さした。
……えっと、依頼は受けずに移動しようってことかな?
「話をする時間がもったいないから、さっさと移動しましょ?」
ネフ村で後払いの治療費を踏み倒されかけた経験があったので、今回は❝後払い❞の選択肢はない。
イザックに視線を送って馬車へと歩き始めようとすると、ディエゴがため息を吐いて小銀貨を取り出した。
「わかった! 先払いでいいから、きっちりと血のしみ込んだ土の処理をしてくれ! 乗客たちを早く休ませてやりたいんだ」
私たちが話している間に馬車から降りてきた乗客の視線が気になったのか、ディエコは前払いを了承した。
イザックが受け取ってくれるのを目の端で確認して、私は血液のしみ込んだ土の上へ手をかざす。
「【クリーン・ダブル】」
【ドライ】でも良いかな?と迷ったけど、【クリーン】を使うことにした。 土が乾いても血液の成分が残ったら意味がないもんね。
「「「おおっ!」」」
月明かりの下でディエゴや乗客たちが目を凝らす中、見る間に土は周りの土と同じ色になって、むせ返るような血の臭いも薄まった。
「これなら、多分……」
ディエゴの指示で土を掘って確認していたクルトが嬉しそうに呟く。
「ああ、これならこのままこの場所で野営しても問題はなさそうだ!」
声を上げたディエゴの言葉で、乗客たちにも安心したような雰囲気が広がった。 やっぱり今からの移動は気乗りしなかったらしい。
「俺たちは夜番の準備を始めるから、今のうちに今夜の分の薪を出してくれ」
それぞれが寝床の準備を始める中、イザックがディエゴに声をかけると、ディエゴではなくクルトがアイテムボックスを開いた。
「これくらいで足りるか?」
「ああ、大丈夫だろう。 物資の保管はお前が担当か?」
「俺のアイテムボックスの方が容量が大きいんだ」
クルトが少し得意そうに言うのが微笑ましい。 どんな形でもお父さんの役に立てるのは嬉しいよね!
イザックが薪を組んで焚き火を用意している間に、私はかまどの準備を始める。
とりあえず2基出したけど、今から調理を始めるとこっちをずっと見ているペーター君の寝つきが悪くなるかもしれないから、少し時間を空けることにする。 薪が勿体ないから少し減らしておこう。
周りを見回すと、最初に聞いていた通りに乗客だけが馬車に残って、御者親子と護衛の2人は外に簡単なテントを張っている。
思っていたよりも焚き火の近くにテントを張っているので、かまどの位置を少し離して設置し直す。 調理中の音と香りはハクに頼んで向こうには届かないようにしてもらおう。
今夜の段取りを考えていると、少しずつ周りが静かになってきた。 みんなの眠る用意が整ったようだ。
「では、イザックさんとアリスさんは朝までよろしく頼むな」
念押しするように声をかけてきたディエゴがテントに入るのを見届けたら、さあ、調理開始だ!
今夜は新作は考えずに、今あるストックの少なくなっているものを補充することにする。
だから、味見の必要はないんだよ?
ハク、ライム。そしてイザックも! そんな期待したような目で見るのはやめようね?
231
あなたにおすすめの小説
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります
ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。
七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!!
初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。
2024年5月 書籍一巻発売
2025年7月 書籍二巻発売
2025年10月 コミカライズ連載開始
公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜
咲月ねむと
ファンタジー
息苦しい貴族社会から逃げ出して15年。
元公爵令嬢の私、リーナは「魔物の森」の奥で、相棒のもふもふフェンリルと気ままなスローライフを満喫していた。
そんなある日、ひょんなことから自分のレベルがカンストしていることに気づいてしまう。
「せっかくだし、冒険に出てみようかしら?」
軽い気持ちで始めた“冒険の準備”は、しかし、初日からハプニングの連続!
金策のために採った薬草は、国宝級の秘薬で鑑定士が気絶。
街でチンピラに絡まれれば、無自覚な威圧で撃退し、
初仕事では天災級の魔法でギルドの備品を物理的に破壊!
気づけばいきなり最高ランクの「Sランク冒険者」に認定され、
ボロボロの城壁を「日曜大工のノリ」で修理したら、神々しすぎる城塞が爆誕してしまった。
本人はいたって平和に、堅実に、お金を稼ぎたいだけなのに、規格外の生活魔法は今日も今日とて大暴走!
ついには帝国の精鋭部隊に追われる亡国の王子様まで保護してしまい、私の「冒険の準備」は、いつの間にか世界の運命を左右する壮大な旅へと変わってしまって……!?
これは、最強の力を持ってしまったおっとり元令嬢が、その力に全く気づかないまま、周囲に勘違いと畏怖と伝説を振りまいていく、勘違いスローライフ・コメディ!
本人はいつでも、至って真面目にお掃除とお料理をしたいだけなんです。信じてください!
転生したので、今世こそは楽しく生きます!~大好きな家族に囲まれて第2の人生を謳歌する~
結笑-yue-
ファンタジー
『可愛いわね』
『小さいな』
『…やっと…逢えた』
『我らの愛しい姫。パレスの愛し子よ』
『『『『『『『『『『我ら、原初の精霊の祝福を』』』』』』』』』』
地球とは別の世界、異世界“パレス”。
ここに生まれてくるはずだった世界に愛された愛し子。
しかし、神たちによって大切にされていた魂が突然できた輪廻の輪の歪みに吸い込まれてしまった。
神たちや精霊王、神獣や聖獣たちが必死に探したが、終ぞ見つけられず、時間ばかりが過ぎてしまっていた。
その頃その魂は、地球の日本で産声をあげ誕生していた。
しかし異世界とはいえ、神たちに大切にされていた魂、そして魔力などのない地球で生まれたため、体はひどく病弱。
原因不明の病気をいくつも抱え、病院のベッドの上でのみ生活ができる状態だった。
その子の名は、如月結笑《キサラギユエ》ーーー。
生まれた時に余命宣告されながらも、必死に生きてきたが、命の燈が消えそうな時ようやく愛し子の魂を見つけた神たち。
初めての人生が壮絶なものだったことを知り、激怒し、嘆き悲しみ、憂い……。
阿鼻叫喚のパレスの神界。
次の生では、健康で幸せに満ち溢れた暮らしを約束し、愛し子の魂を送り出した。
これはそんな愛し子が、第2の人生を楽しく幸せに暮らしていくお話。
家族に、精霊、聖獣や神獣、神たちに愛され、仲間を、友達をたくさん作り、困難に立ち向かいながらも成長していく姿を乞うご期待!
*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈
小説家になろう様でも連載中です。
第1章無事に完走したので、アルファポリス様でも連載を始めます!
よろしくお願い致します( . .)"
*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈
転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる