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初めての馬車旅 7

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「依頼主の1人であるあんたの息子とあんたが雇った護衛が、どうしてもここにハウンドドッグを討伐した証拠を出せと言ったんだ。 俺たちに非はない」

「だからといって、こんな所に倒したばかりの魔物の死骸を出せばどんなことになるかくらい…」
「わかっていたぞ? わかっていたからアリスはここで出すことを躊躇っていたんだ。
 それをあんたの息子とあんたの雇った護衛が、❝ここで出せないのはいもしない魔物がいると嘘を言い、討伐したふりをしているからだ。疑いを晴らしたければここに証拠を出せ❞と迫ったんだ。
 依頼主に自分たちの行動を疑われて、そのまま黙っていられるわけがないだろう?」

 最初はカンカンに怒って私たちを睨みつけていたディエゴも、イザックの説明を聞くとその怒りの矛先を変えた。

「お前たち、いったいどういうつもりなんだ!?」

「オヤジだっておかしいと思うだろう? こんな容姿なりの女が1人でハウンドドッグを3頭も退治してきたって言うが、俺たちは襲ってきたハウンドドッグを誰も見ていないんだ。 自分たちの価値を上げるための小芝居だと疑うのは当然じゃないか!
 俺は乗客を安心させる為に…!」

「お客の誰かがイザックさん達を疑ったって言うのか? イザックさんの言葉を疑って、倒した獲物をここで見せろと言ったのか!?」

 ディエゴはクルトむすこの言い訳を一蹴しながらも乗客たちに確認の視線を向けるが、乗客たちはみんな首を横に振る。

「Bランク冒険者がそんなくだらない嘘を言うメリットがあるのか!? そんな行為が発覚したら、即、降格処分になるんだぞ!」

 乗客たちの反応を見て、息子と護衛の独断だったと理解したディエゴはまた怒りを再燃させると、クルトの頭に拳骨げんこつを落とし、そのまま頭を抑え込んで乗客に頭を下げさせた。

「お前たちの愚かな行為のせいでこの野営地が使えなくなったんだ! こんな時間から移動をしなくてはならなくなったことを、お客さまたちにお詫びしろ! サル!あんたもだ!!」

 ディエゴは他人事のように突っ立ったままのサルも怒鳴りつける。

「冒険者なら、地面を魔物の血で汚すことのリスクがどんなものかわかっているだろう!? ぐずぐずしている暇はない! 早くお客さまたちに詫びるんだ! そして移動の準備に取り掛かれ!」

 ディエゴ自身も乗客たちに謝りながら、馬たちを馬車につなぎ始めた。

「え~っ! 夜なのにまた移動するの? 僕、もう眠いよぉ」

「ペーター……。 仕方がないんだ。ぐずぐずしていると、血の臭いに誘われた魔物がここに集まってくるからな……」

「すみません」
「…すまん」

 ペーター君がぐずる声と、疲れたように宥めるお父さんの説明を聞いて、クルトやサルにもやっと罪悪感が生まれたらしい。 バツが悪そうに乗客たちに頭を下げた。  

「イザックさんとアリスさんにもすまないことをしてしまった……。 移動の準備を頼みます」
「すみませんでした」

 ディエゴが私たちに頭を下げると、クルトも私たちに向き直ってちゃんと頭を下げる。 

 サルは舌打ちするだけで、私たちに詫びる気はなさそうだ。 代わりに離れたところからビビアナさんが頭を下げているのが見えた。 ……不出来な息子に困らされる母親のようだな。

 他の乗客の様子を見ると、ため息を吐いたり億劫そうにしながらクルトとサルを睨んでいるが、私たちに負の感情を向けてくる人はいない。 目が合うと、同情してくれたのか笑いかけてくれる人もいる。

 う~ん………。

「ねえ、イザック?」

「良いんじゃないか?」

「…まだ、何も言っていないよ?」

「地面にしみ込んだ魔物の血をどうにかしてやるんだろう? ちっこい子供ガキもいることだしな。良いと思うぞ」

 一緒に過ごした数日間は伊達じゃないらしく、私のやりたいことを理解しているイザックはあっさりと同意してくれた。 

 でも、さっそく血で濡れた地面に向き合おうとすると、肩に手を置いて止められる。

「?」

「おい、ディエゴ!! このままこの野営地を使えるようにしてやってもいいぞ! この失態に、責任者としていくら出す?」

 イザックに呼びかけられたディエゴは驚いたように振り返った。

「そんなことができるのか!? 危険を残さずに、だぞ?」

「ああ、できる。 お前の息子やお前が雇った護衛の後始末をすることは契約外だから、有料だがな」

 イザックが交渉を始めるのを頼もしく思いながら、私はハクと頷き合った。

「行くのか?」

「うん。交渉は任せるね」

「ああ、気をつけてな!」

 ❝どうしたんだ?❞と言いたげな乗客たちの視線をスルーして、私はそのまま野営地を離れる。

 マップの反応はワイルドボアが1頭に、ハーピーが2羽、後はスライムが何匹か。

「オークはいないのにゃ…」

 残念そうに私の肩で呟いているハクの下あごを指先でこしょこしょと撫でてやり、ライムをハウスに入れて、代わりに<鴉>を取り出したら戦闘準備完了だ。 

 一番近くにいるハーピーに向かって走り出し、姿を確認できたと同時にウインドカッターを連続で放つ。

「から揚げにゃーっ!」

 それぞれのハーピーに魔法が当たり、首を飛ばした個体と胴を真っ二つにした個体が落ちてくるけど、私は気にしない。 きっとハクが上手に受け止めてくれる。 そういうことは無条件で信頼できるうちの従魔だ♪

 風下から風上の野営地に向かってくるワイルドボアが、私の姿を見つけてそのままの勢いで突っ込んでくるのを待ち受ける。

 自分を目掛けてくるワイルドボアの勢いに飲まれないように、大きく息を吸ってから呼吸を止めて<鴉>を構え、ワイルドボアがどんどん迫って来るのに耐える。

 耐えて、耐えて、耐えて…、

「【アースウォール】!!」

 商業ギルドのミゲルたちにもらった魔法を使用した。

【アースウォール】は名前の通り土の壁を生み出す魔法で、私とワイルドボアの間に分厚い壁を出現させる。

「ブヒィィィィィ!!」

 いきなり出現した土の壁に驚きながらも、勢いがついていて避けられなかったワイルドボアはそのまま壁に激突し、壁を砕きはしたものの、大きな体をよろめかせた。

「……ふっ!」
「ギャ…!!」

 ボアがよろめいた隙に素早く体を横にずらし、ボアの首目掛けて<鴉>を振り抜くと、いつも通り<鴉>は簡単にボアの首を胴体から切り離した。

「アリス! よくやったのにゃ♪ 後は早くインベントリにしまうのにゃ!」

 ハクの誉め言葉に気を良くしながら、目の前のワイルドボアとハクが結界魔法で受け止めてくれたハーピーを回収し、逃げようとしているスライムをさっさと退治して野営地に戻ることにする。

 野営地の土にしみ込んだハウンドドッグの血液を早く何とかしないと、どんどん魔物が集まってくるらしい。

 本当はそのまま❝魔物ホイホイ❞にして素材を集めたかったんだけど、不安そうにしていた馬車の乗客たちの顔を思い出すと、そうもいかない。

 早く戻ってみんなを安心させてあげないとね!
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