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7.新しい生活

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昨日までの僕は、自室のベッドで目を覚ます瞬間が何よりも好きだった。カーテンの隙間から差し込む朝日は柔らかく、小鳥のさえずりに耳をすませて、これから始まる幸せな一日に胸を踊らせる。


でもそんな目覚めはもう二度と訪れないのだと、覚醒した瞬間に気がついてしまった。


「まるで夜中みたいだな……」


枕元のろうそくに火を灯し、ため息交じりにつぶやく。ノアが寝に来たら入れ替わりで起きようという作戦は、どうやら失敗したらしい。僕は自分で思っている以上に疲れていたらしく、吸血鬼がベッドに入って来たことにも気がつかずに熟睡していたのだ。隣を見ると、僕に背を向けて寝息を立てるノアの姿があった。


窓のない地下室は当然ながら夜中となんら変わりなく、身体に悪いと思った僕はさっさと起き出すことにした。寝室を出て、地下室から一階に続く階段を上がっていくと、今度こそ爽やかな朝日が僕の目覚めを歓迎している。
柱時計を見れば時刻は午前11時だった。夜更かしをしたし、起こしてくれる召使いもいないのだから仕方ないか、と苦笑いをする。


「さて、何をしよう」


ノアはきっと、日が沈むまで地下室から出てこないだろう。ということは、僕にはそれまで誰にも邪魔されない膨大な時間があるのだ。


「本当は絵を描きたいけど、吸血鬼の城に画材道具が揃ってるなんて思えないしな……」


今夜にでも聞いてみよう。そう決心しながら、埃っぽい室内をぐるりと見渡す。







ノアが書斎にやって来たのは、日が沈んで少し経った頃だった。暇つぶしに本を読んでいた僕は扉が開く音で顔を上げた。


「あ、ノア。おはよう」
「おはよう、ウィリー。こんなところで何をしているんだ?」
「あ……ごめんなさい、勝手に入っちゃって。僕、暇で……」
「それは構わないさ。城の中は好きに使えばいい、お前の家でもあるんだから」
「ありがとう」


勝手に入ったことを咎められるかともしれないという心配は、あっさりした返事によって霧散した。ホッとしている僕に気づきもせず、ノアは室内の隅々まで視線を滑らせている。


「なんだか、室内の様子が変わったな。ウィリー、お前、もしかして」
「……」
「掃除を、してくれたのか?」
「えっと……実はそうなんだ」


暇を持て余した僕は、午後いっぱいをかけてリビングと書斎、そして食堂を隅々まで掃除したのだった。実家にいた頃、稽古をサボってメイドが城の中を磨き上げるところをよく見ていたので、見よう見まねでやってみたら案外楽しく、止まらなくなってしまった。そういうわけで、時間は瞬く間に過ぎた。


吸血鬼はピカピカになり書物も整理整頓された室内に、いたく感動した様子で顔を輝かせている。


「お前は最高だ。大変だっただろう? こんなことをしてくれるなんて、嬉しいぞ。ありがとう」
「は……恥ずかしいよ、そんな大げさな」


落ちこぼれだった僕は、誰かにお礼を言ってもらえたのが本当に久しぶりだったので、すっかり照れてしまった。こんなの大したことない、と続けて強がってみせる。ノアは嬉しそうに、柄にもなく赤い目を細めてにこにこ微笑んでいた。


「ウィリー、こっちにおいで。褒めてやろう」
「このくらい誰でもできるし。褒められるようなことじゃないってば……」


口ではそんなふうに言いながら、僕は本当に嬉しかった。偉いだなんて、最後に言われたのはいつだっただろう?
言われるがまま、のこのこそばに寄って行ってしまう。ノアの手が伸びて来て、僕の頭を何度も優しく撫でた。


「私が寝ている間、ひとりで退屈だっただろうに、偉いな」
「ねえ……恥ずかしいって」
「お前がこの家に来てくれて、本当によかった」


僕はなんだか泣きそうになってしまい、悟られないように慌ててうつむいた。
ノアは封印されていた吸血鬼で、つまり化物に違いないけれど、やっぱり根はいい人なのかもしれない。
落ちこぼれの弟としてずっと自信を失い続けて来た僕を、こうやって今、優しい言葉で励ましてくれるのだから。

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