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5.夢の中
しおりを挟むノアは吸血鬼らしく棺の中で眠るのかと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。日光の刺さない地下室のベッドで眠ると言うので驚いた。
「なんかイメージぶち壊し。映画の中の吸血鬼みたいに、普段から棺を愛用してると思ったんだけどな」
「ふふ、ぶち壊しか。まあ、映画に出てくる吸血鬼は作り物だからな。多少の間違いはあるだろう」
「……ねえ、そんなことより、いつまでそこにいるつもりだよ?」
僕はベッドに潜り込んだ状態で目だけを動かし、いつまでもすぐそばの椅子から立ち上がろうとしないノアにやんわりと講義をした。城はそれなりに広いくせに寝室はここにしかないというので、仕方なくノアのベッドを借りたのだ。朝日がのぼる前にノアが寝室に来るというから、そのときになったら起き出して、僕は続きの睡眠をソファででもとるつもりだった。
「いつまでって、お前が眠るまでに決まってるじゃないか」
「はあ? そうやってじっと見られてたら眠れないよ」
どんな態度をとってもノアが一向に怒らないので、僕はだんだん調子に乗り始めていた。もはや怯えたり敬語を使ったりするつもりは一切ない。このまま強く拒否すれば、血だって吸われなくて済むかもしれない、という期待もあった。
「それに眠り込んだところを噛みつかれたらたまらないし」
「お前は本当によく喋るな。安心しろ、そんなことはしない。私の主義に反する」
「主義とかあるの、吸血鬼に」
「あるさ。私は自分のことを、至高の生き物だと思っているからな」
ふうん、と言って僕は目を閉じた。なんだかんだ言っても長旅で疲れていたのだ。ノアはそれほど悪い吸血鬼じゃないということはわかったものの、明日も明後日もその次もずっと一緒に暮らしていくなんて信じられない。まるで悪夢みたいだ。夢……
そこで意識が溶けた。
◆
『曽祖父はまだ若かったのに、吸血鬼を封印した後すぐ亡くなったそうなの。曽祖母をそれは深く愛していたんだわ。だって、命と引き換えに愛する人と一族を吸血鬼の呪いから救うなんて、なかなかできることじゃないもの』
中庭で聞いたお姉様の言葉を反芻しながら、僕はあの日、城の廊下に立っていた。壁にかけられた肖像画を目に焼きつけるようにしていつまでも見ていた。遠い物語の中の人としか思えない二人が、どんな顔をしていたのか、気になったからだ。
曽祖母は老いた風貌だが、はっきりした目鼻立ちで美人なのがわかる。おそらく晩年に描かれた絵なのだろう。並べられた曽祖父の絵は、姉が言うようにまだ若く、美しい金髪に青い瞳が印象的な、線の細い青年の顔だった。
髪と目の色は僕と同じだけれど、顔立ちはそれほど似ていないと感じた。そこにあるはずの血縁はなかなか実感できない。年はきっと同じくらいだろう。18歳やそこらで、先祖はもう命を賭けてもいいと思えるくらい愛する人に出会っていたのだと思うと不思議な気持ちになった。
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