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第十二章 魔蛇の旋律
第二節 本 能
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互いに上下を繰り返しながら、階段を転げ落ちる二人。
踊り場で停止した時、雅人が下になり、紀田がその上に乗っていた。
如何に雅人が常人離れした怪力の持ち主であるとしても、落下と回転の衝撃から立ち直らない内に、紀田程のヘヴィ級を跳ね除ける事は出来ない。
その上、紀田の手には引き千切れた消火器のホースが残っていたのである。
紀田は転がり落ちながらこのホースを雅人の太い頸に巻き付けていた。相手に覆い被さった状態から上体を起こしつつ、両端を強く握り締めて外側に引っ張る。
頑丈なゴムの蛇が雅人の頸動脈を圧迫する。雅人は、ホースと頸の間に指を入れて動脈を止められるのを防ぐ間もなく、強烈に絞め上げられた。
「お――俺の勝ちだ」
紀田は雅人に対してマウントポジションを取り、その宣告通り勝ち誇った。
「男の頸なんざ絞めても、何も面白くねぇがな、てめぇだけは別だ」
雅人の顔が見る見る蒼褪めてゆく。その段階を超えると、頭部に残っていた血液が循環をやめて、血管が破裂する前兆のように、雅人の顔を桃色に染め始めた。
「ふへぇ」
紀田が締め付けを緩める。
雅人はその一瞬で空気を吸い、反撃に出ようとした。
だが紀田は再びホースを強く絞め、雅人の逆転を封じる。
「たっぷりと苦しませてから、あの世に送ってやる」
雅人は見開いた眼に血を絡ませた。左眼からは既に出血し、赤い涙を湛えている。
鼻から、呼気と共に血が吹き出した。
喰い縛った歯の隙間から、小石を噛むような音がしたかと思うと、ぼこぼことピンク色の泡っぽいものが唇の間から漏れ出した。
又、紀田が力を弱める。
雅人は今度こそ、腹の上に乗ったガマガエルを弾き飛ばそうとした。
しかし今度は、紀田の方から頭を振り下ろして来た。
雅人の鼻に、紀田の額が激突し、後頭部が床に叩き付けられる。
顔を中心にして、赤い花が咲いたみたいだった。
元から、鼻骨はなくなっている。それが更に陥没させられてしまっていた。
前歯も、今の紀田と同じように失われて、赤い涎掛けをしている。
紀田は歯のない口をにんまりと広げた。
「尻の辺りが濡れて来たぜ。そんなに気持ち良かったのか」
雅人は射精していた。命の危機に瀕し、せめて少しでも自身の遺伝子を残そうという本能である。
紀田はホースに力を込めた。
雅人の頸が絞まる。
内外から赤く染められた頭部と、胴体を区切るように、蒼黒い痕が刻み込まれている。
「頸を絞められてザーメンをひり出すような変態チンピラ野郎は、さっさとあの世に逝っちまう事だ。あの雌豚もそうだった。もう一人の生意気な小娘も、後から送ってやる。良かったなァチンピラ。てめぇ、地獄で両手に花だぜ。但し俺のあれであそこががばがばになった、薄汚い使い古しだがな……」
紀田がホースを緩める。
雅人は、黒眼と白眼の境も分からないくらいに眼を真っ赤にしているのに、まだ、抵抗の意思を失くしていないようだった。
その手が持ち上がり、紀田の身体を掴もうともがく。
「こいつで終わりだ」
紀田は雅人の頸を絞め付けたまま、上体を大きく反らした。最後のぶちかましで、雅人の頭を床とサンドウィッチにし、破壊する心算なのだ。
雅人の額から、血が滲んでいる。桃城達也との戦いで亀裂を入れられ、緑川医院で簡単な処置をされただけの傷口が、今のぶちかましで広がった。
次、同じような衝撃を受ければ、雅人の頭蓋骨は砕け散り、脳みそが爆ぜる。
雅人の手は何を掴むでもなく、虚空を掻いた。
紀田が、全神経を額に集中し、勢い良く振り下ろした。
雅人の手が――指が動いた。
眼は殆ど見えていないだろう。見えていても、抵抗する事は不可能な筈だ。
しかし雅人は、自分の顔目掛けて落下する紀田の顔を見て、そして持ち上げた左手を添えた。
今更、そんな弱々しい掌で止められる訳がない。手が緩衝材となる事はあっても、結局は紀田の頭部の重量を受け止め切れずに、顔面を陥没させられる。
「みぎゃあっ!」
肉が肉を磨り潰す音がして、悲鳴が上がった。
踊り場で停止した時、雅人が下になり、紀田がその上に乗っていた。
如何に雅人が常人離れした怪力の持ち主であるとしても、落下と回転の衝撃から立ち直らない内に、紀田程のヘヴィ級を跳ね除ける事は出来ない。
その上、紀田の手には引き千切れた消火器のホースが残っていたのである。
紀田は転がり落ちながらこのホースを雅人の太い頸に巻き付けていた。相手に覆い被さった状態から上体を起こしつつ、両端を強く握り締めて外側に引っ張る。
頑丈なゴムの蛇が雅人の頸動脈を圧迫する。雅人は、ホースと頸の間に指を入れて動脈を止められるのを防ぐ間もなく、強烈に絞め上げられた。
「お――俺の勝ちだ」
紀田は雅人に対してマウントポジションを取り、その宣告通り勝ち誇った。
「男の頸なんざ絞めても、何も面白くねぇがな、てめぇだけは別だ」
雅人の顔が見る見る蒼褪めてゆく。その段階を超えると、頭部に残っていた血液が循環をやめて、血管が破裂する前兆のように、雅人の顔を桃色に染め始めた。
「ふへぇ」
紀田が締め付けを緩める。
雅人はその一瞬で空気を吸い、反撃に出ようとした。
だが紀田は再びホースを強く絞め、雅人の逆転を封じる。
「たっぷりと苦しませてから、あの世に送ってやる」
雅人は見開いた眼に血を絡ませた。左眼からは既に出血し、赤い涙を湛えている。
鼻から、呼気と共に血が吹き出した。
喰い縛った歯の隙間から、小石を噛むような音がしたかと思うと、ぼこぼことピンク色の泡っぽいものが唇の間から漏れ出した。
又、紀田が力を弱める。
雅人は今度こそ、腹の上に乗ったガマガエルを弾き飛ばそうとした。
しかし今度は、紀田の方から頭を振り下ろして来た。
雅人の鼻に、紀田の額が激突し、後頭部が床に叩き付けられる。
顔を中心にして、赤い花が咲いたみたいだった。
元から、鼻骨はなくなっている。それが更に陥没させられてしまっていた。
前歯も、今の紀田と同じように失われて、赤い涎掛けをしている。
紀田は歯のない口をにんまりと広げた。
「尻の辺りが濡れて来たぜ。そんなに気持ち良かったのか」
雅人は射精していた。命の危機に瀕し、せめて少しでも自身の遺伝子を残そうという本能である。
紀田はホースに力を込めた。
雅人の頸が絞まる。
内外から赤く染められた頭部と、胴体を区切るように、蒼黒い痕が刻み込まれている。
「頸を絞められてザーメンをひり出すような変態チンピラ野郎は、さっさとあの世に逝っちまう事だ。あの雌豚もそうだった。もう一人の生意気な小娘も、後から送ってやる。良かったなァチンピラ。てめぇ、地獄で両手に花だぜ。但し俺のあれであそこががばがばになった、薄汚い使い古しだがな……」
紀田がホースを緩める。
雅人は、黒眼と白眼の境も分からないくらいに眼を真っ赤にしているのに、まだ、抵抗の意思を失くしていないようだった。
その手が持ち上がり、紀田の身体を掴もうともがく。
「こいつで終わりだ」
紀田は雅人の頸を絞め付けたまま、上体を大きく反らした。最後のぶちかましで、雅人の頭を床とサンドウィッチにし、破壊する心算なのだ。
雅人の額から、血が滲んでいる。桃城達也との戦いで亀裂を入れられ、緑川医院で簡単な処置をされただけの傷口が、今のぶちかましで広がった。
次、同じような衝撃を受ければ、雅人の頭蓋骨は砕け散り、脳みそが爆ぜる。
雅人の手は何を掴むでもなく、虚空を掻いた。
紀田が、全神経を額に集中し、勢い良く振り下ろした。
雅人の手が――指が動いた。
眼は殆ど見えていないだろう。見えていても、抵抗する事は不可能な筈だ。
しかし雅人は、自分の顔目掛けて落下する紀田の顔を見て、そして持ち上げた左手を添えた。
今更、そんな弱々しい掌で止められる訳がない。手が緩衝材となる事はあっても、結局は紀田の頭部の重量を受け止め切れずに、顔面を陥没させられる。
「みぎゃあっ!」
肉が肉を磨り潰す音がして、悲鳴が上がった。
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