157 / 232
第十二章 魔蛇の旋律
第一節 奪う者の末路
しおりを挟む
オレンジ色の照明が柔らかく照らす廊下。
赤いカーペットには、強く、勢い良く踏み締めた靴の痕が、幾つも残っていた。
紀田勝義はパブ“ゲリラ”から逃げ出すと、階段まで急いで走った。
その後ろから、赤毛の巨漢が追って来る。
紀田が階段の手摺に手を掛けた所で、明石雅人は歩みを速めた。
そして紀田に駆け寄ると、彼が階段に一歩踏み出した所で、前蹴りをお見舞いする。
勢い良く突き出された中足を腰に叩き付けられた紀田は、幅の広い階段を踊り場まで転がった。
咄嗟に身体を丸めて頭を守った機転は、流石に一度は武道を学んだ身である。
身体で階段を掃除した紀田は、踊り場で折り返して、更に下へ向かおうとした。
雅人は手摺を飛び越え、紀田が駆け下りようとしていた階段の下に先んじて着地する。
「野郎ォッ!」
紀田が階段からジャンプしながら、殴り掛かった。自分の体重に、落下の勢いを加えたパンチならば、雅人でもたじろぐだろうと考えたのだ。
雅人は避ける事など考えずに、迎撃の準備に入った。
紀田が振りかぶった右拳を潜り抜けながら、左のストレートを顔面に叩き込む。
そのまま腰をひねり、紀田の身体を壁に叩き付けた。
紀田は階段を転がり落ち、三階のフロアで停止した。
アミューズメントホテル“SHOCKER”の二階から三階は、客室になっている。ホテルと言っても殆どラブホテルのようなもので、上の階の店で口説いた女を連れ込むくらいにしか使われない部屋だ。
「お客さまァ、階段や廊下で走り回るのはおやめ下さい」
だみ声を使い、眼の前で転がった男を虚仮にするように、雅人が言った。
悠然と階段を下り、立ち上がった紀田勝義と対峙する。
紀田は大したタフネスであった。ガラスのテーブルに押し潰され、片手を踏み躙られ、尻を蹴られ、階段から落とされ、壁に打ち付けられて、それでも起き上がって雅人を睨み付けているのだ。
「俺は客じゃねぇ……」
紀田は、床に血の混じった唾を吐くと、雅人に突撃した。
額を突き出しての突進――相撲で言うぶちかましだ。
雅人は両手を突き出して、紀田の頭部を掴んだ。右足を後ろに伸ばして、左膝は折り曲げ、腰を落とす。重心を落として正面からのパワーを受け止めようとしたのだ。
身長は雅人の方があるが、体重では紀田の方が勝っている。零落したとは言え元力士の突進は、まともにガードしては防御ごと突き飛ばされるのが落ちである。
前屈立ちをした雅人の踵が、カーペットを盛り上げさせ、床から浮き、弾き飛ばされて、雅人は階段に背中をぶつけた。
巻き付けた包帯に滲む血の量が、多くなっている。
「俺はここの主人だ! 全てを力で手に入れて来た! それを、貴様なんぞ何処の馬の骨とも分からないチンピラ風情に、どうこうされて堪るかァ!」
「そいつァご立派な事だ」
赤い唾を飛ばす紀田の前で、雅人は立ち上がり、右手を引いて構えた。
「だったら、俺に奪われても文句は言うなよ。お前がやったのと同じ事だ」
「死ねぇッ!」
紀田は再び、雅人に突撃した。
雅人は壁に向かって跳び、ぶちかましを躱すと、今度はその壁を蹴って紀田の背後に回り、跳び蹴りを喰らわせる。
紀田は顔から階段に倒れ、口を段差に激突させて、上下の歯を根こそぎ持っていかれてしまった。
「うがぁっ」
振り向いた紀田は、口の周りを真っ赤に染めていた。
眼も鬼のように吊り上がって、切れた血管から流入した血が、瞳の色を変えている。
紀田は雅人に向かって、口から血の霧を吹き出した。折れた歯の欠片も混じっている。
雅人がバックステップで躱すと、そこに紀田が駆け寄った。
これも横に跳んで逃れ、ついでとばかりに膝裏を蹴り付けてやれば、何度目とも分からない転倒で頭を壁に打ち付けてしまう紀田。
だが、これは紀田にとって僥倖であった。彼がその自慢の額でぶち当たった壁の横には消火器が設置されていた。紀田はこの消火器を手に取り、雅人の頭部に打ち下ろした。
雅人は仕掛けようとした追撃をやめ、咄嗟に踏み止まる。
消火器を床まで振り抜き、本体と床を同時に陥没させた紀田は、今度は斜めに振り上げて来た。
雅人がカウンターを取ろうと、紙一重の見切りを試みる。
だが、振り回される勢いがあり過ぎたからか、ホースが千切れ、窪んだ赤い筒が雅人の顔へと飛来する。
雅人は左足を引きつつ、右腕を内から外に回して消火器を弾いた。だが、予想外に飛翔した金属製の容器をガードするのは、雅人にしても心身共にダメージを受けざるを得ない。
この隙を狙って、紀田が雅人の胴体にタックルを仕掛けた。
消火器が中の液体を吹き出しながら壁に孔を開けている間に、雅人と紀田は揉み合うようにして階段から落下してゆく。
赤いカーペットには、強く、勢い良く踏み締めた靴の痕が、幾つも残っていた。
紀田勝義はパブ“ゲリラ”から逃げ出すと、階段まで急いで走った。
その後ろから、赤毛の巨漢が追って来る。
紀田が階段の手摺に手を掛けた所で、明石雅人は歩みを速めた。
そして紀田に駆け寄ると、彼が階段に一歩踏み出した所で、前蹴りをお見舞いする。
勢い良く突き出された中足を腰に叩き付けられた紀田は、幅の広い階段を踊り場まで転がった。
咄嗟に身体を丸めて頭を守った機転は、流石に一度は武道を学んだ身である。
身体で階段を掃除した紀田は、踊り場で折り返して、更に下へ向かおうとした。
雅人は手摺を飛び越え、紀田が駆け下りようとしていた階段の下に先んじて着地する。
「野郎ォッ!」
紀田が階段からジャンプしながら、殴り掛かった。自分の体重に、落下の勢いを加えたパンチならば、雅人でもたじろぐだろうと考えたのだ。
雅人は避ける事など考えずに、迎撃の準備に入った。
紀田が振りかぶった右拳を潜り抜けながら、左のストレートを顔面に叩き込む。
そのまま腰をひねり、紀田の身体を壁に叩き付けた。
紀田は階段を転がり落ち、三階のフロアで停止した。
アミューズメントホテル“SHOCKER”の二階から三階は、客室になっている。ホテルと言っても殆どラブホテルのようなもので、上の階の店で口説いた女を連れ込むくらいにしか使われない部屋だ。
「お客さまァ、階段や廊下で走り回るのはおやめ下さい」
だみ声を使い、眼の前で転がった男を虚仮にするように、雅人が言った。
悠然と階段を下り、立ち上がった紀田勝義と対峙する。
紀田は大したタフネスであった。ガラスのテーブルに押し潰され、片手を踏み躙られ、尻を蹴られ、階段から落とされ、壁に打ち付けられて、それでも起き上がって雅人を睨み付けているのだ。
「俺は客じゃねぇ……」
紀田は、床に血の混じった唾を吐くと、雅人に突撃した。
額を突き出しての突進――相撲で言うぶちかましだ。
雅人は両手を突き出して、紀田の頭部を掴んだ。右足を後ろに伸ばして、左膝は折り曲げ、腰を落とす。重心を落として正面からのパワーを受け止めようとしたのだ。
身長は雅人の方があるが、体重では紀田の方が勝っている。零落したとは言え元力士の突進は、まともにガードしては防御ごと突き飛ばされるのが落ちである。
前屈立ちをした雅人の踵が、カーペットを盛り上げさせ、床から浮き、弾き飛ばされて、雅人は階段に背中をぶつけた。
巻き付けた包帯に滲む血の量が、多くなっている。
「俺はここの主人だ! 全てを力で手に入れて来た! それを、貴様なんぞ何処の馬の骨とも分からないチンピラ風情に、どうこうされて堪るかァ!」
「そいつァご立派な事だ」
赤い唾を飛ばす紀田の前で、雅人は立ち上がり、右手を引いて構えた。
「だったら、俺に奪われても文句は言うなよ。お前がやったのと同じ事だ」
「死ねぇッ!」
紀田は再び、雅人に突撃した。
雅人は壁に向かって跳び、ぶちかましを躱すと、今度はその壁を蹴って紀田の背後に回り、跳び蹴りを喰らわせる。
紀田は顔から階段に倒れ、口を段差に激突させて、上下の歯を根こそぎ持っていかれてしまった。
「うがぁっ」
振り向いた紀田は、口の周りを真っ赤に染めていた。
眼も鬼のように吊り上がって、切れた血管から流入した血が、瞳の色を変えている。
紀田は雅人に向かって、口から血の霧を吹き出した。折れた歯の欠片も混じっている。
雅人がバックステップで躱すと、そこに紀田が駆け寄った。
これも横に跳んで逃れ、ついでとばかりに膝裏を蹴り付けてやれば、何度目とも分からない転倒で頭を壁に打ち付けてしまう紀田。
だが、これは紀田にとって僥倖であった。彼がその自慢の額でぶち当たった壁の横には消火器が設置されていた。紀田はこの消火器を手に取り、雅人の頭部に打ち下ろした。
雅人は仕掛けようとした追撃をやめ、咄嗟に踏み止まる。
消火器を床まで振り抜き、本体と床を同時に陥没させた紀田は、今度は斜めに振り上げて来た。
雅人がカウンターを取ろうと、紙一重の見切りを試みる。
だが、振り回される勢いがあり過ぎたからか、ホースが千切れ、窪んだ赤い筒が雅人の顔へと飛来する。
雅人は左足を引きつつ、右腕を内から外に回して消火器を弾いた。だが、予想外に飛翔した金属製の容器をガードするのは、雅人にしても心身共にダメージを受けざるを得ない。
この隙を狙って、紀田が雅人の胴体にタックルを仕掛けた。
消火器が中の液体を吹き出しながら壁に孔を開けている間に、雅人と紀田は揉み合うようにして階段から落下してゆく。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる