超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第六章 その名は蛟

第二節 幻影の子宮

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 直後、女の背中に刻み込まれた狼の刺青が内側から蠢き出し、女は身体を丸めるようにして苦悶の声を上げ始めた。

 女の背中から刺青部分が吊り上げられ、蝉の幼虫が樹の幹に留まってそうするように、皮膚が断裂し始めた。

 血涙をこぼしながら開かれた背中の眼の内側に、白くて硬質なものが見えた。背骨だ。蛟は指を打ち鳴らしただけだというのに、一体何が起こったのか。

「いきますよ……」

 そろりと蛟が囁き、女の中で果てた。女が、身体の奥底に入り込む熱に身体を逸らす。
 恐怖と性感で引き攣った表情が刑事たちの前に突き出された。
 そして、柘榴が弾けるように、女の頭部が破裂して血漿が飛び散ってしまう。

「うっ⁉」

 刑事たちは濃厚な鉄の匂いと共に破裂し、飛び出して来た女の脳の欠片や眼球、骨片などを、腕で身体を覆って防御した。

 蛟が頭部を失くした女の肩を掴んで引き上げると、女の白い腹にも背中に現れたのと同じ裂け目が出現し、蠢動する蛇のように内臓がひり出された。そして頭部と同じように破裂して、人間の体内に存在する全ての液体を噴出して、霧散した。

 和室が、趣味の悪いスプラッター映画のように、命のペンキで塗り潰されてしまう。

 蛟は女が破裂した事で自然と自信を解放される事となり、床の間に立ち上がると掛け軸を毟り取った。掛け軸の後ろ側の壁を押すと、隠し扉が現れた。壁を反転させ、蛟は池田享憲と共に向こうの空間に消えた

「ま、待て!」

 刑事たちが、女が撒き散らした血液を踏み鳴らして床の間に押し寄せるのだが、隠し扉は反転し切ると内側からロック出来るようになっており、一筋縄では開かない仕組みであるらしかった。

「屋敷の周囲を包囲しろ! 池田享憲が不明の男と逃げ出した! 怪しい人物や車に注意して捜索に当たれ!」

 無線に向かって刑事が怒鳴る。

 飛岡は野村寅一に負わされた傷により挙動を滞らせてしまったが、あの場合は全員で床の間に押し寄せるのは得策ではない。

 一歩引いて見ていた飛岡は、雨後のような血溜まりの中で、袋状のものが動くのを見た。丸い膨らみの左右に小さな球状の器官が伸び、下部には筒状の肉があった。筒の先からはどろりとした白い液体が漏れている。

 ……子宮だ。

 女の内臓の一部は、肉体が破裂しても残っており、引き摺り出された腸などはまだ痙攣している様子も見受けられた。

 幾つもの死体にメスを入れ、それを生業とするになって、無数の後輩がそれでえずく様子を懐かしく感じられて、漸く見られなくはないと感じられる筈の光景に、飛岡は胃の中のものを戻しそうになる。

 だが、悪への怒りを滾らす為に眼を逸らしてはならないと、強靭な精神力で嘔吐を抑え込んだ飛岡は、ただの肉片となったものが、生の残留ではなく蠢くのを眼にした。

 破裂した女体の中でも綺麗に残っていた子宮が、内側からぐにぐにと歪められ、卵管を内側に沈めてゆく。
 子宮にひたりと触れ合った卵巣の表面に亀裂が走り、その亀裂が開いてゆくと水色の水晶体が覗いた。

 又、膣と繋がる子宮頚部であった部分から漏れていた蛟の体液が凝固してゼリー状になったかと思うと、こよりを作る際の螺旋軌道を描いて一本の紐を作り上げた。まるで尻尾であった。

 ――オタマジャクシ?

 飛岡は変形した子宮に、そのような感想を抱いた。

 すると卵巣が変化した水晶体――眼が、飛岡の事をちらりと眺めた。気味が悪くなって眼を逸らした飛岡が視線を戻すと、子宮が変形したオタマジャクシはその場からいなくなっていた。

「おい、トビ! 何ぼぅっとしてんだ!」

 先輩刑事に言われて、我に返った飛岡。

「しかし酷い事をしやがる、女の身体に爆弾でも仕込んでいたのか……?」

 ベテランという程ではないが、飛岡よりは幾らか年上の刑事は、花と狼の女が破裂したのをそのように解釈したらしい。いや、その他には考えられない。

 眼の前で発生した残酷に動揺し、不思議な幻覚を見たのであろう。飛岡はそう思う事にした。

「行くぞ、絶対にあいつらを捕まえてやる」

 女が飛び散らせた血を顔から拭い取り、池田組完全撲滅への意欲を燃やす先輩刑事。長い事この町にいながら、勝義会や池田組に刃向かえずにいた自分を悔やんでおり、その血路が開かれた事で燻っていた心が燃え滾っていた。

「はい!」

 飛岡は気合を入れ直す意味で強く返事をして、奥座敷から出た。
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