70 / 232
第五章 覚醒める拳士
第十二節 強さ=生き甲斐
しおりを挟む
「あいつら……? そうか、貴様……貴様が渋江杏子を庇った男か」
桃城は、眼の前の男が勝義会を知っている事、自分と会のチンピラの実力を比較した発言をした事から、雅人の正体を察した。
「あの女は何処にいる?」
「さぁ? 俺はただ、女の子に乱暴する悪い男たちを、やっつけちゃっただけさ」
「ふざけるな!」
「ふざけちゃいねぇ、大真面目だよ」
雅人の声が低くなった。それまで浮かべていた笑みも消え、熾火のような色を灯した眼で、桃城達也の事を見据えていた。
「女の子に乱暴する悪い男は、許しちゃおけねぇ性質でな……」
「――あの女に何か頼まれたのか?」
「さて、どうかな」
「――」
「ま、それはそれとして、個人的な目的もある。紀田勝義と戦う事だ」
「会長と? 一体、何の心算だ」
「紀田勝義って男が、身一つで成り上がった話は裏社会じゃ有名だ。文字通り、てめぇの暴力を使って、自分の組を一つ持つようになったって話さ。そんな奴がいるって聞いたんじゃ、俺と奴、どっちが強いのか、気になる所だろう? あんたはどうなんだ? あんただって、何かしら武術をやってる人間だろう。しかも、何とかアリーナや何とかドームのリングで、人前でやるような事じゃあない。人前で見せちゃあいけない技、いや、見た瞬間にこの世からおさらばしなくちゃいけなくなるような技……そういうものを、使う奴だろ、あんた。やりたくないのか、紀田勝義と。知りたくないのか、どっちが強いのか!? 男だろう? 強さだけを生き甲斐にしている男だろう?」
雅人は熱っぽく語った。マイナーな歌手の熱狂的なファンなのに、学校や職場では一人も話し相手がいない人間が、ふらりと立ち寄った相席屋やバーで同好の士に出会った時と同じ口調だった。
一方、桃城達也は、雅人の語りに辟易としている様子だった。そうした感覚を全く知らないではない。だが、そのような熱狂的な感情は、いつまでも持ち続けられるものではないと分かっている。学生の内ならそれも良いが、雅人のような年齢になった人間は、そういうものは捨てて、仕事か何かに還元するべきものであった。
「貴様が何を言っているのか、俺には分からん。だが、貴様が会長に危害を加えるというのであれば、俺は貴様を放って置く訳にはいかない」
「するってぇと、何かい。おたくが、紀田勝義の代わりに、俺と戦うって事?」
「そうなる。そして貴様から、渋江杏子の居場所を吐かせてやる」
「ふぅん……」
雅人は少し興を削がれた様子であったが、溜め息を吐きながらも、
「ま、良いか。おたくもそこそこやるみたいだし……」
と、頷いた。
「ってか、やる? ここで?」
「いや、ここでは邪魔が多いだろう。乗れ、人目に付かない場所まで連れて行ってやる」
桃城は自らバンパーを破壊した車の運転席に乗り込んだ。
雅人は、
「男の横に乗るなんて嫌だなぁ」
と、頭をぼりぼりと掻いてフケを襟元にこぼしながらも、助手席に乗り込んだ。
桃城の運転する車は、市街地に入り、適当なコインパーキングに停められた。
幾らか歩くと、ぐるりを背の高い木々に囲まれた公園があり、二人はそこに入った。
その途中、二人の事を窺うようにして、路地からは野良犬が顔を出し、電線には鴉が停まり、猫が背中の毛を逆立て、蜥蜴がするするとコンクリートを這い、蛾が鱗粉を撒き散らした。
そして公園へやって来た桃城は、道中自分たちを囲んだ動物たちの騒ぎの原因を、公園の中に漂う鉄とアンモニアの匂いだと解釈したらしい。
「今夜はやけに犬が五月蠅いと思ったら、こういう事か」
公園には、倒れた二人の男と、ベンチに腰掛ける男女がいた。
女の隣に座る男――少年に、雅人は見覚えがあった。
「おお、昨日の……はははっ、どうした? またチンピラにシメられたのか?」
雅人は、蒼黒く腫れ上がった治郎の顔を見て、軽口を叩いた。
雅人の口振りに苛立った治郎は、すぐにでも立ち上がり、昨夜と同じように襲い掛かろうとしたのだが、雅人は伴ってやって来た桃城達也と向き合って、治郎に背中を見せてしまった。
いきなり足を踏み付けたり、拘束して一方的に殴ったり、ナイフを取り出して来たりするような相手なら兎も角、雅人の背中に飛び掛かる事は自殺行為だ。
飛び掛かった瞬間、殺気を察知して後ろ蹴りを放つ可能性がある。
治郎は大人しく、今から何が起こるのか、見定める事にした。
「さぁて、始めるとしますか」
雅人が桃城に言った。
風が、次なる熱気を孕み始めた。
桃城は、眼の前の男が勝義会を知っている事、自分と会のチンピラの実力を比較した発言をした事から、雅人の正体を察した。
「あの女は何処にいる?」
「さぁ? 俺はただ、女の子に乱暴する悪い男たちを、やっつけちゃっただけさ」
「ふざけるな!」
「ふざけちゃいねぇ、大真面目だよ」
雅人の声が低くなった。それまで浮かべていた笑みも消え、熾火のような色を灯した眼で、桃城達也の事を見据えていた。
「女の子に乱暴する悪い男は、許しちゃおけねぇ性質でな……」
「――あの女に何か頼まれたのか?」
「さて、どうかな」
「――」
「ま、それはそれとして、個人的な目的もある。紀田勝義と戦う事だ」
「会長と? 一体、何の心算だ」
「紀田勝義って男が、身一つで成り上がった話は裏社会じゃ有名だ。文字通り、てめぇの暴力を使って、自分の組を一つ持つようになったって話さ。そんな奴がいるって聞いたんじゃ、俺と奴、どっちが強いのか、気になる所だろう? あんたはどうなんだ? あんただって、何かしら武術をやってる人間だろう。しかも、何とかアリーナや何とかドームのリングで、人前でやるような事じゃあない。人前で見せちゃあいけない技、いや、見た瞬間にこの世からおさらばしなくちゃいけなくなるような技……そういうものを、使う奴だろ、あんた。やりたくないのか、紀田勝義と。知りたくないのか、どっちが強いのか!? 男だろう? 強さだけを生き甲斐にしている男だろう?」
雅人は熱っぽく語った。マイナーな歌手の熱狂的なファンなのに、学校や職場では一人も話し相手がいない人間が、ふらりと立ち寄った相席屋やバーで同好の士に出会った時と同じ口調だった。
一方、桃城達也は、雅人の語りに辟易としている様子だった。そうした感覚を全く知らないではない。だが、そのような熱狂的な感情は、いつまでも持ち続けられるものではないと分かっている。学生の内ならそれも良いが、雅人のような年齢になった人間は、そういうものは捨てて、仕事か何かに還元するべきものであった。
「貴様が何を言っているのか、俺には分からん。だが、貴様が会長に危害を加えるというのであれば、俺は貴様を放って置く訳にはいかない」
「するってぇと、何かい。おたくが、紀田勝義の代わりに、俺と戦うって事?」
「そうなる。そして貴様から、渋江杏子の居場所を吐かせてやる」
「ふぅん……」
雅人は少し興を削がれた様子であったが、溜め息を吐きながらも、
「ま、良いか。おたくもそこそこやるみたいだし……」
と、頷いた。
「ってか、やる? ここで?」
「いや、ここでは邪魔が多いだろう。乗れ、人目に付かない場所まで連れて行ってやる」
桃城は自らバンパーを破壊した車の運転席に乗り込んだ。
雅人は、
「男の横に乗るなんて嫌だなぁ」
と、頭をぼりぼりと掻いてフケを襟元にこぼしながらも、助手席に乗り込んだ。
桃城の運転する車は、市街地に入り、適当なコインパーキングに停められた。
幾らか歩くと、ぐるりを背の高い木々に囲まれた公園があり、二人はそこに入った。
その途中、二人の事を窺うようにして、路地からは野良犬が顔を出し、電線には鴉が停まり、猫が背中の毛を逆立て、蜥蜴がするするとコンクリートを這い、蛾が鱗粉を撒き散らした。
そして公園へやって来た桃城は、道中自分たちを囲んだ動物たちの騒ぎの原因を、公園の中に漂う鉄とアンモニアの匂いだと解釈したらしい。
「今夜はやけに犬が五月蠅いと思ったら、こういう事か」
公園には、倒れた二人の男と、ベンチに腰掛ける男女がいた。
女の隣に座る男――少年に、雅人は見覚えがあった。
「おお、昨日の……はははっ、どうした? またチンピラにシメられたのか?」
雅人は、蒼黒く腫れ上がった治郎の顔を見て、軽口を叩いた。
雅人の口振りに苛立った治郎は、すぐにでも立ち上がり、昨夜と同じように襲い掛かろうとしたのだが、雅人は伴ってやって来た桃城達也と向き合って、治郎に背中を見せてしまった。
いきなり足を踏み付けたり、拘束して一方的に殴ったり、ナイフを取り出して来たりするような相手なら兎も角、雅人の背中に飛び掛かる事は自殺行為だ。
飛び掛かった瞬間、殺気を察知して後ろ蹴りを放つ可能性がある。
治郎は大人しく、今から何が起こるのか、見定める事にした。
「さぁて、始めるとしますか」
雅人が桃城に言った。
風が、次なる熱気を孕み始めた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる