超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第五章 覚醒める拳士

第一節 し、ら、な、い

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 三年前、治郎がスナック“わかば”を訪れたのは、自分を莫迦にした池田組の小川と木原と井波の居場所を聞き出す為である。
 いずみは以前、わかばという名前で池田組の経営するソープランドに在籍しており、彼らの所在について情報を持っていると聞いたからだ。

 治郎は、自分を裏路地に連れ込み、いたぶった三人を許せなかった。直接手を下したのは木原であったが、それをやらせた小川も、傍で見ていた井波も治郎にとっては復讐の対象だ。

 この時に恥を掻かされる原因となった酒を飲ませた空手部の先輩である長田に対しては、既に報復を終えている。

 この復讐劇を、治郎は、

「……殺す……」

 と、表現した。

 それを莫迦な事――行為を言ったのであって、治郎本人に対する言葉ではない――と評したいずみを、治郎はローテーブルに組み伏せて、脅すようにして小川たちの事を聞き出そうとした。

 すると閉店にした筈の店のドアが開いて、二人の男がやって来た。

「い、いらっしゃい」

 いずみが治郎の手を跳ね除けて、営業スマイルを作った。

「どうしたんだ、わかば。今日は随分と早い店仕舞いじゃねぇか」

 サングラスを掛けたクリーム色のジャケットの男と、その後ろに頬の弛んだ長身の男が、続いて入って来た。どちらも治郎にとって初めて見る顔だが、人種としては小川と同じタイプであると分かる。

「あら、加瀬かせさんに、島田しまださんも。今日はどうしたの?」
「お前こそどうしたんだ。いつもは朝までやってるだろう?」
「やーね、今日は月曜日よ。お客さんたち、明日も仕事だって早々と帰っちゃったのよ。で、今日はもう来ないだろうって、看板下げちゃったの」

 いずみは、サングラスの男を加瀬と呼んで、彼の顔を真っ直ぐ見つめて言った。

 嘘を吐いていれば、どうしても言葉に淀みが出来たり、視線を逸らしたりする。それを考えると、いずみのやり口は真実を語っているように見えた。

「ふーん……ま、安月給の連中はそんなもんか。そんな事よりわかば、変な小僧が俺たちの事を嗅ぎ回ってるらしいんだが、お前の所には来なかったか?」

 加瀬が言っているのは、治郎の事だろう。しかしいずみは、

「そうなの? 私の所には来てないけど……それって、どんな子?」
「高校生くらいの小僧さ。丁度……そこにいる坊主みたいな歳の、な」

 加瀬は店の中をぐるりと見まわし、治郎に眼をやった。
 治郎はソファに腰掛けて、じっと正面を向いている。

「ああ、この子? この子は私の甥っ子よ。サブロウくんって言うの。ほら、サブちゃん、お店の土地を貸してくれてる人よ、ご挨拶なさい。……ごめんねぇ、この子、ちょっと人見知りするタイプで……」
いずみは治郎の肩に手を回して、礼をするように指示をした。治郎はそれには従わずに、加瀬たちには眼もくれなかった。
「おい、小僧、どうだ、何か知らないか」

 加瀬がローテーブルの反対側にやって来て、腰を屈めて訊いた。サングラスを僅かに下にずらすと、鋭い眼光が治郎を貫いた。他の高校生なら、それだけでお漏らしをしてしまいそうだ。治郎は加瀬の眼を見なかった。

「し、ら、な、い……」

 治郎は言った。この男と小川は同じ池田組の人間なのだろう。しかしこの男は小川ではない。小川たちではない男に興味はなかった。

 加瀬は暫く治郎の顔をじっと見つめたが、治郎の表情に変化が現れないと知ると鼻を鳴らして、島田と共に扉の方へ向かった。

「あ、もう行っちゃうの。お酒の一杯くらい、飲んで行ったら良いのに」
「そういう訳にもいかなくてな。例え小僧だろうが、俺たちにちょっかい出したらどういう事になるのか、教育してやらなくちゃいけねぇ。おい、行くぞ島田」
「うす」

 加瀬と島田はそうやって、店から出て行った。

「またいらして下さいね。あ、外までお見送り……」
「良いよ、今日は客じゃねぇ。尤も、お前が一発やらせてくれるってんなら話は別だが」

 加瀬が店から出て、島田が扉を閉めた。扉の向こうから、地上への階段を上がる靴音が消えると、いずみはほっとしてソファに倒れ込むようにして腰を下ろした。

「ふぅー……ね、あれって君の事でしょう? 駄目よ、あんな危険な事……」

 いずみは背もたれにしなだれかかるようにして、隣に座っている治郎を見た。

 治郎は、いずみを見なかった。
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