超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第五章 覚醒める拳士

第二節 おやすみなさい

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「怖かったでしょ。あの人たち、おっかない事を平気でやるんだから。子供相手だからって容赦するような人たちじゃないのよ。それに、殺す……だなんて、良くないわ」
「……どう、し、て」
「どうしてって……そりゃ、いけないからよ。殺すとか、死ぬとか、そういうのは怖い事だし、悪い事だわ。だから、やってはいけないのよ」
「――」

 治郎には、いずみの言っている事が分からなかった。怖い事、悪い事……そういうものを撒き散らしている池田組や勝義会が、この町で放置されている。このいずみ自身、そんな池田組に対して媚びを売っている。

 それなのに、自分が池田組と同じ暴力を実行しようとする事を、やってはいけないと止めるのはどうしてだろうか。

 いずみは治郎の顔を見て、薄く微笑んだ。治郎は初めて、赤の他人からそのような顔をされた。自分を見透かされているのに、莫迦にされていない。自分が向けられる笑顔は、常に嘲弄であった。しかしいずみは、全く負のベクトルを加えずに、治郎を細めた眼で見たのである。

「――さ、そんな事より、学生はもうそろそろ寝る時間よ。お家に帰って、お風呂に入って歯を磨いて、朝までゆっくりお休みなさい。……あ、表にはまだあの人たちがいるかもしれないから、裏口から出て行くと良いわ」

 いずみは治郎を立ち上がらせ、カウンターの奥の裏口まで案内した。治郎はすっかり毒気を抜かれた様子で、いずみのエスコートに従っていた。

 裏口から出ると、階段が地上まで伸びている。
 階段を上がり切った扉を開ける前に、いずみは背伸びをして、治郎の額に唇を当てた。顔を離しながらウィンクをして、いずみは言う。

「大人になったら、またいらっしゃい。美味しいお酒、御馳走するわ」

 治郎は、酒は金輪際飲む心算はなかったし、いずみのキスを嬉しいとも思わなかった。同時に、いずみを拒絶する気にもならず、いつか再び、彼女の前に現れるであろう事は何となく察せられた。

 いずみが裏口の扉を開けた。
 するとその向かいの建物の壁に背中を預けて腕を組んでいる、加瀬の姿が現れた。

「わかば、俺を騙したな」

 いずみはすぐにドアを閉めようとするのだが、その足元に黒い革靴が滑り込んで来た。扉が靴を挟んで閉め切れず、脇から伸びた手でドアを割り広げられてしまった。島田だ。

 島田はもう片方の手でいずみの手首を掴み、外へ引っ張り出した。治郎が咄嗟に追おうとするのを、島田の前蹴りがストップした。治郎は鳩尾に靴の爪先をねじ込まれ、空気を吐き出しながら階段を転がり落ちた。

「じっ、治郎くん!」
「ジロウ? サブロウってんじゃなかったのか?」

 島田からいずみを受け取った加瀬が、彼女の腕を背中に回しつつ頸に手をやり、軽く締め付けながら耳元で囁いた。

 島田が階段を下りてゆき、“わかば”の勝手口に背中を落下させた治郎に迫る。

 治郎はドアに手を突いて立ち上がるのだが、全身が痺れていた。受け身は取ったものの、衝撃を緩和し切る事が出来なかったのだ。

 その治郎と、島田は階段と勝手口ドアの間の狭い空間で対峙した。治郎は島田の顔を狙ってパンチを繰り出した。その間合いならば牽制のローキックを使うよりも、素早く拳を打ち込んで相手を怯ませた方が効果的だ。

 しかし島田は治郎の拳が届くより早く、治郎の足を踏み付けた。柔らかくなったスニーカーは防御力を殆ど持たず、革靴の硬い踵の威力を直に伝えてしまう。

 逆に治郎が怯んだ隙に、島田がパンチを放った。喧嘩慣れした正確なストレートが、治郎の頬を打ち抜いた。

 顔面パンチありの試合を想定したスパーリングでは、何度か貰った事がある。
 ボクシング経験者の、半端な空手選手よりも顔を狙う事に特化したパンチも、入れられた。

 しかし島田が放ったパンチは、一度も稽古をした事がないが、実戦の中で培われた、本当に人を傷付ける意思しか存在しない強烈な一発だった。

 治郎は意識こそ保っていたものの、その場に無様に尻餅を付いた。島田は治郎のボディに再度爪先を放り込み、サッカーボールにするように蹴り付け、最後に頭を床に押し付ける形で、踏み躙った。

「島田ァ、そいつを連れて来い」

 加瀬が命じた。

「俺たちに逆らった奴がどうなるか、身体に教え込んでやる」
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