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第三章 潜伏する狼
第三節 鍛 錬
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のっそりと、熊が草むらから身体を持ち上げるようにして、その男は神社の境内に現れた。
小さな社の縁の下から這い出したのは、赤毛の巨漢――明石雅人である。
三年振りに、この町を訪れた男であった。
雅人はあくびをしながら社の正面にやって来て、両手を組んで腕を頭の上に伸ばした。
腰を反らしたり、折り畳んだり、屈伸や伸脚などをして簡単に身体をほぐすと、最後に軽くジャンプをして調子を整える。
社の方に向き直った雅人は、懐から取り出した二〇〇〇円札を賽銭箱の中に放って、合掌した。
そうすると鳥居の方へ向き直り、石段を下りてゆく。
石段を下りながら、腕を揉みほぐしたり、肩や頸を回したりした。
地上へ戻って来ると、アキレス腱や膝を伸ばしたりして、準備を終えた。
走る準備だ。
雅人は深呼吸をしてエネルギーを補給すると、走り始めた。
繁華街を通らずに、迂回して住宅街へ向かうルートを使って、目的の場所へ移動する。
初めは歩くような速さだったのを、競歩くらいに変えて、段々と速度を上げてゆく。
全力ダッシュとは見えないが、二〇〇に到達したシャトルランを走る速度ではあった。
風を切って走る雅人を、早朝の犬の散歩をする青年や、朝帰りの水商売の女が変わったもののように見ている。昨日の朝まではなかった光景であるし、赤毛の巨漢という、もの珍しい様相はどうしても人の眼を惹いた。
暫くゆくと雅人は、公園に辿り着いた。
中央に大きな桜の樹が植えられた、周辺を背の高い木々で囲まれた広い公園だ。
大の大人が、手を掴んで円を作っても、四、五人では足りないくらいに太い幹である。
もう、青々と鮮やかな葉桜になっている。
奥の方には幾つか遊具が並んでいた。
ジャングルジムに、象の顔をした滑り台、ブランコ、登り棒、雲梯、鉄棒、動物の形をしたスプリング遊具、シーソー。
流石にこの時間から、そんなもので遊ぶ子供はいない。
雅人は、ぐるりを囲む生垣の中に空き缶やペットボトルやコンビニ弁当が捨てられているのを見ると、それらを拾って、公園の入り口の傍にあるごみ箱に分別して捨てた。
それから上着とシャツ、スニーカーを脱いで、端の方にあるベンチに置いた。
彫刻のような、見事な身体である。
ゴムタイヤのように分厚い胸。複合装甲が如き背中。樽型の胴体にも関わらず、太腿の径のお陰で細く見えるウェスト。肩はまるでボーリング玉で、二の腕は女性の腰くらいはあるのではないか。砂利の地面にガラス片が落ちていても、気付かないかもしれないというくらいに足の裏の皮膚が分厚い。拳は、砲丸を手首に取り付けているかのように見えた。しかしこれを緩く開いてみると、石を削って作った古代の鉈のような姿が現れる。
雅人は念入りにストレッチを行ない、トレーニングを始めた。
プッシュアップ――腕立て伏せだ。
肩幅に開いた腕を地面に突き、ゆっくりと身体を落としてゆく。
胸が地面に着くぎりぎりまで下げてから、同じ速度で持ち上げた。
背中の筋肉がうねり、汗が吹きこぼれて来る。
身体を上下させる反動を使わずに、蛞蝓が這うようなスピードで、それを繰り返した。
五〇回だ。
立ち上がると、今度はスクワットを始めた。
脚を肩幅に開き、背筋を伸ばしたまま腰を下ろす。
太腿に負荷が掛かり、ジーンズが内側から破れそうになる。
これを、二〇回。
次に、再度プッシュアップを行なった。
今度は平手ではなく、拳を地面に突いてやる。腕立てならぬ、拳立て伏せだ。
最初と同じく五〇回。
もう既に、雅人の身体は汗だくになっていた。
小さな社の縁の下から這い出したのは、赤毛の巨漢――明石雅人である。
三年振りに、この町を訪れた男であった。
雅人はあくびをしながら社の正面にやって来て、両手を組んで腕を頭の上に伸ばした。
腰を反らしたり、折り畳んだり、屈伸や伸脚などをして簡単に身体をほぐすと、最後に軽くジャンプをして調子を整える。
社の方に向き直った雅人は、懐から取り出した二〇〇〇円札を賽銭箱の中に放って、合掌した。
そうすると鳥居の方へ向き直り、石段を下りてゆく。
石段を下りながら、腕を揉みほぐしたり、肩や頸を回したりした。
地上へ戻って来ると、アキレス腱や膝を伸ばしたりして、準備を終えた。
走る準備だ。
雅人は深呼吸をしてエネルギーを補給すると、走り始めた。
繁華街を通らずに、迂回して住宅街へ向かうルートを使って、目的の場所へ移動する。
初めは歩くような速さだったのを、競歩くらいに変えて、段々と速度を上げてゆく。
全力ダッシュとは見えないが、二〇〇に到達したシャトルランを走る速度ではあった。
風を切って走る雅人を、早朝の犬の散歩をする青年や、朝帰りの水商売の女が変わったもののように見ている。昨日の朝まではなかった光景であるし、赤毛の巨漢という、もの珍しい様相はどうしても人の眼を惹いた。
暫くゆくと雅人は、公園に辿り着いた。
中央に大きな桜の樹が植えられた、周辺を背の高い木々で囲まれた広い公園だ。
大の大人が、手を掴んで円を作っても、四、五人では足りないくらいに太い幹である。
もう、青々と鮮やかな葉桜になっている。
奥の方には幾つか遊具が並んでいた。
ジャングルジムに、象の顔をした滑り台、ブランコ、登り棒、雲梯、鉄棒、動物の形をしたスプリング遊具、シーソー。
流石にこの時間から、そんなもので遊ぶ子供はいない。
雅人は、ぐるりを囲む生垣の中に空き缶やペットボトルやコンビニ弁当が捨てられているのを見ると、それらを拾って、公園の入り口の傍にあるごみ箱に分別して捨てた。
それから上着とシャツ、スニーカーを脱いで、端の方にあるベンチに置いた。
彫刻のような、見事な身体である。
ゴムタイヤのように分厚い胸。複合装甲が如き背中。樽型の胴体にも関わらず、太腿の径のお陰で細く見えるウェスト。肩はまるでボーリング玉で、二の腕は女性の腰くらいはあるのではないか。砂利の地面にガラス片が落ちていても、気付かないかもしれないというくらいに足の裏の皮膚が分厚い。拳は、砲丸を手首に取り付けているかのように見えた。しかしこれを緩く開いてみると、石を削って作った古代の鉈のような姿が現れる。
雅人は念入りにストレッチを行ない、トレーニングを始めた。
プッシュアップ――腕立て伏せだ。
肩幅に開いた腕を地面に突き、ゆっくりと身体を落としてゆく。
胸が地面に着くぎりぎりまで下げてから、同じ速度で持ち上げた。
背中の筋肉がうねり、汗が吹きこぼれて来る。
身体を上下させる反動を使わずに、蛞蝓が這うようなスピードで、それを繰り返した。
五〇回だ。
立ち上がると、今度はスクワットを始めた。
脚を肩幅に開き、背筋を伸ばしたまま腰を下ろす。
太腿に負荷が掛かり、ジーンズが内側から破れそうになる。
これを、二〇回。
次に、再度プッシュアップを行なった。
今度は平手ではなく、拳を地面に突いてやる。腕立てならぬ、拳立て伏せだ。
最初と同じく五〇回。
もう既に、雅人の身体は汗だくになっていた。
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