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第三章 潜伏する狼
第四節 稽 古
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春先だと言うのに、汗で艶めいた筋肉から湯気が生じているように見える。
拳立て伏せの後は、ベンチに尻を置き、両足を持ち上げて地面と平行に固定する。
公園の中央に向かって、背中から倒れ込んでゆく。
後頭部で腕を組んで、頭が地面に触れる寸前に止めた。脚は正面に突っ張らせたままだ。
腹筋を使って、上体を持ち上げる。
持ち上げると言っても、椅子に座るような形にはしない。四五度くらいの地点で止める。
そうしてもう一度上体を倒して、持ち上げる。
繰り返して、五〇回。
三度目のプッシュアップは手を開いてのものだが、地面に突いたのは指の腹だけだ。
一〇本の指だけで身体を支えて、五〇回。
立ち上がると、登り棒の所までやって来た。
てっぺんまで登ると三~三・五メートルくらいはありそうだ。
左手で棒を掴み、その手と腕と背中の筋力で、一番上まで登ってゆく。
そして同じように左手だけで、自然落下を使わずに、地面まで戻った。
これが三〇回。
今度も、指だけのプッシュアップを始めた。
但し小指だけ、折り畳んでいる。つまり親指から薬指までの八本で、腕立て伏せを行なう。
五〇回。
登り棒に戻ると、今度は右手で、上り下りをやった。
左手の時と同じで三〇回。
その次は薬指も畳んだ、親指から中指の左右三本ずつで、腕立て伏せをやる。
五〇回だ。
ブランコは二つの座版が、梁から鎖で吊るされている。その梁に向かって雅人は跳躍し、両手で掴んだ。そうして下半身を持ち上げると、二の腕と梁が作り出す空間に両脚を差し込んで、梁の上に出した脹脛を引っ掛け、手を放した。
梁から、雅人の身体が蝙蝠のように吊るされている事になる。
脹脛と裏腿を強く締め付けて身体を梁に固定し、雅人は逆さまの状態から、頭を腹の方へ持ち上げ始めた。
ベンチでやった腹筋を、身体を地面と平行にするか、垂直にするか、その点を変更した。
二つの座版の間の地面が、雅人が滴らせる汗で色を変えてゆく。
二〇回。
雅人は脚を引っ掛けたのと同じ手順で、懸垂の形になり、手を放した。
膝をたわめて落下の衝撃を殺し、着地する。
プッシュアップに使う指は、とうとう親指と人差し指の二本ずつになった。
雅人が腕立て伏せを行なう場所は、その部分だけ水溜まりが出来ている。
五〇回。
頭を振ると、ざんばら髪の間から汗が霧雨のように弾け飛んだ。
それでもまだ、終わらない。
再びブランコに足を引っ掛けると、今度はさっきとは逆に、身体を背中に向かって反らし始めた。
自分の姿を想像した雅人が思い出したのは、何処かのバーで喰った海老の事だ。
茹でた海老を、ディップソースを入れたワイングラスのふちに引っ掛けていた。
ディップして食べると、海老の甘味がソースの酸味で引き立てられて、旨かった。
その時は確か、鶏の唐揚げも一緒に注文した。
同じディップソースと、BBQソースが一緒になっていた。それらに付けなくともしっかりとした味が付いていて、合計で三種類の味を楽しめた。
――腹減ったな。
太陽はもう昇っており、公園の外には登校する学生や出社する社会人の姿がある。
二〇回の背筋を終えて、やはり上ったのと同じ手順を逆にして、下りた。
プッシュアップの折り返し地点だ。
左右の親指だけを突いて、五〇回。
プッシュアップの合間にやる運動を、二週目に入らせた。
スクワット二〇回。
人差し指でのプッシュアップ五〇回。
ベンチでの腹筋五〇回。
中指のみでのプッシュアップ五〇回。
登り棒左手三〇回。
薬指のみでのプッシュアップ五〇回。
登り棒右手三〇回。
小指のみでのプッシュアップ五〇回。
ブランコに吊られての腹筋二〇回。
右手のみでのプッシュアップ五〇回。
ブランコに吊られての背筋二〇回。
左手のみでのプッシュアップ五〇回。
スクワット、ベンチ腹筋、登り棒左右、ブランコ腹筋・背筋が、三週目に入る。
その合間に、右手と左手の親指・人差し指・中指、それぞれ一本だけを使っての腕立て伏せを、五〇回やった。
合間の運動が、四週目に入った。それと交代で、薬指と小指で五〇回ずつやり、拳立てを二セット追加した。
これらを消化すると、全身を入念にマッサージする。
準備運動が終わり、呼吸を整えて、本番に入った。
「押忍」
右足を前に出しながら、両脚を内側へ絞り、同時に両腕を立てて構える。
右の三戦立ちだ。
両拳を前に出して、右手を引き、残った拳を敵の鳩尾を想定した位置へ置く。
「しっ――」
鋭く呼気を吐きながら、乳房の位置まで引いた右拳を放った。
手首をひねりながら繰り出されるパンチが、空気を唸らせ、汗を弾き飛ばす。
ぱんっ、と、空間の破裂する音がした。
次に左手を、素早く繰り出した。
右手。
左手。
合計で一〇〇本、雅人は正拳突きを続けた。
その間、雅人の胴体は殆どひねられる事がなかった。
いや、片方のパンチを繰り出す際には、その反動してどうしても腰がひねられてしまう。
そのひねりを威力に転化する方法はあるのだが、雅人はこの肉体の持つ摂理に抗う事で、それ以上のパワーを引き出す打ち方をしていた。
疲労は、見た目以上だ。
腹の中に炎が蓄えられていそうなくらいの熱い息を吐き出して、雅人は更に稽古を続けた。
拳立て伏せの後は、ベンチに尻を置き、両足を持ち上げて地面と平行に固定する。
公園の中央に向かって、背中から倒れ込んでゆく。
後頭部で腕を組んで、頭が地面に触れる寸前に止めた。脚は正面に突っ張らせたままだ。
腹筋を使って、上体を持ち上げる。
持ち上げると言っても、椅子に座るような形にはしない。四五度くらいの地点で止める。
そうしてもう一度上体を倒して、持ち上げる。
繰り返して、五〇回。
三度目のプッシュアップは手を開いてのものだが、地面に突いたのは指の腹だけだ。
一〇本の指だけで身体を支えて、五〇回。
立ち上がると、登り棒の所までやって来た。
てっぺんまで登ると三~三・五メートルくらいはありそうだ。
左手で棒を掴み、その手と腕と背中の筋力で、一番上まで登ってゆく。
そして同じように左手だけで、自然落下を使わずに、地面まで戻った。
これが三〇回。
今度も、指だけのプッシュアップを始めた。
但し小指だけ、折り畳んでいる。つまり親指から薬指までの八本で、腕立て伏せを行なう。
五〇回。
登り棒に戻ると、今度は右手で、上り下りをやった。
左手の時と同じで三〇回。
その次は薬指も畳んだ、親指から中指の左右三本ずつで、腕立て伏せをやる。
五〇回だ。
ブランコは二つの座版が、梁から鎖で吊るされている。その梁に向かって雅人は跳躍し、両手で掴んだ。そうして下半身を持ち上げると、二の腕と梁が作り出す空間に両脚を差し込んで、梁の上に出した脹脛を引っ掛け、手を放した。
梁から、雅人の身体が蝙蝠のように吊るされている事になる。
脹脛と裏腿を強く締め付けて身体を梁に固定し、雅人は逆さまの状態から、頭を腹の方へ持ち上げ始めた。
ベンチでやった腹筋を、身体を地面と平行にするか、垂直にするか、その点を変更した。
二つの座版の間の地面が、雅人が滴らせる汗で色を変えてゆく。
二〇回。
雅人は脚を引っ掛けたのと同じ手順で、懸垂の形になり、手を放した。
膝をたわめて落下の衝撃を殺し、着地する。
プッシュアップに使う指は、とうとう親指と人差し指の二本ずつになった。
雅人が腕立て伏せを行なう場所は、その部分だけ水溜まりが出来ている。
五〇回。
頭を振ると、ざんばら髪の間から汗が霧雨のように弾け飛んだ。
それでもまだ、終わらない。
再びブランコに足を引っ掛けると、今度はさっきとは逆に、身体を背中に向かって反らし始めた。
自分の姿を想像した雅人が思い出したのは、何処かのバーで喰った海老の事だ。
茹でた海老を、ディップソースを入れたワイングラスのふちに引っ掛けていた。
ディップして食べると、海老の甘味がソースの酸味で引き立てられて、旨かった。
その時は確か、鶏の唐揚げも一緒に注文した。
同じディップソースと、BBQソースが一緒になっていた。それらに付けなくともしっかりとした味が付いていて、合計で三種類の味を楽しめた。
――腹減ったな。
太陽はもう昇っており、公園の外には登校する学生や出社する社会人の姿がある。
二〇回の背筋を終えて、やはり上ったのと同じ手順を逆にして、下りた。
プッシュアップの折り返し地点だ。
左右の親指だけを突いて、五〇回。
プッシュアップの合間にやる運動を、二週目に入らせた。
スクワット二〇回。
人差し指でのプッシュアップ五〇回。
ベンチでの腹筋五〇回。
中指のみでのプッシュアップ五〇回。
登り棒左手三〇回。
薬指のみでのプッシュアップ五〇回。
登り棒右手三〇回。
小指のみでのプッシュアップ五〇回。
ブランコに吊られての腹筋二〇回。
右手のみでのプッシュアップ五〇回。
ブランコに吊られての背筋二〇回。
左手のみでのプッシュアップ五〇回。
スクワット、ベンチ腹筋、登り棒左右、ブランコ腹筋・背筋が、三週目に入る。
その合間に、右手と左手の親指・人差し指・中指、それぞれ一本だけを使っての腕立て伏せを、五〇回やった。
合間の運動が、四週目に入った。それと交代で、薬指と小指で五〇回ずつやり、拳立てを二セット追加した。
これらを消化すると、全身を入念にマッサージする。
準備運動が終わり、呼吸を整えて、本番に入った。
「押忍」
右足を前に出しながら、両脚を内側へ絞り、同時に両腕を立てて構える。
右の三戦立ちだ。
両拳を前に出して、右手を引き、残った拳を敵の鳩尾を想定した位置へ置く。
「しっ――」
鋭く呼気を吐きながら、乳房の位置まで引いた右拳を放った。
手首をひねりながら繰り出されるパンチが、空気を唸らせ、汗を弾き飛ばす。
ぱんっ、と、空間の破裂する音がした。
次に左手を、素早く繰り出した。
右手。
左手。
合計で一〇〇本、雅人は正拳突きを続けた。
その間、雅人の胴体は殆どひねられる事がなかった。
いや、片方のパンチを繰り出す際には、その反動してどうしても腰がひねられてしまう。
そのひねりを威力に転化する方法はあるのだが、雅人はこの肉体の持つ摂理に抗う事で、それ以上のパワーを引き出す打ち方をしていた。
疲労は、見た目以上だ。
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