超神曼陀羅REBOOT

石動天明

文字の大きさ
30 / 232
第二章 牙を研ぐ夜

第十四節 諍  い

しおりを挟む
 里美は病院を出た。
 潔癖に隔離された空間から、自動ドアを潜って一歩外に出ただけで、空気が違う。

 里美は大きく息を吐いた。病院にいる間中、ずっと息を止めていたような錯覚がある。百合の眠っている特別個室が、文字通りの特殊な雰囲気で充満しているというのはあるが、それを差し引いても白い巨塔――と言うには小振りだろうか――の、背筋を伸ばしていなければならない清潔さは、里美の好む所ではなかった。

 自分にはどちらかと言えば、やはり、“こんぴら”のような雑多な空間が丁度良い。

 学校では、生来の大人しい気質もあって、又、比較する対象のない美貌を持ち、その魅力によって誰の心をも妖しくさせる青波純のれっきとしたガールフレンドを続けられているという認識もあり、人から誤解される事が多い。

 曰く、お淑やかでおおらかな、幻想的女性であるという評価だ。
 玲子でさえ、そうした認識を持っているだろう。

 しかし今はそのように見えるかもしれないが、もっと小さな頃は案外と奔放だったのだ。毎日、公園で泥だらけになって遊んでいたのである。

 年齢を重ねるに連れて落ち着いて来ただけであって、元から良家のお嬢さまであるというような認識は、勘違いも甚だしいのであった。

 里美は自転車に乗って、“こんぴら”へ向かった。その前に、スーパーで幾らかの食材を買ってゆく心算だった。
 病院と“こんぴら”の、丁度中間くらいの場所にあるスーパーにやって来ると、駐輪場に自転車を停めて、買い物を済ませた。

 ウェストポーチに、折り畳んだエコバッグを入れており、買い込んだ調味料や肉、野菜などをかごに乗せて、スーパーを後にした。

 その途中で、店に置く週刊誌を買い忘れた事に気付いて、コンビニに寄った。
 週刊誌を二冊買って、店を出ようとした所で、後ろから誰かにぶつかられて、駐車場に倒れ込んでしまった。その勢いで、肩から下げたエコバッグから、調味料の瓶などがこぼれ落ちてしまった。

「ンだよ、すっとろいなぁ」

 立ち上がろうとした里美の頭上から、苛立った声がした。
 見上げると、コンビニの袋を手に提げた若い男が、不機嫌そうな顔になっている。

「ユウジー、早くしなよぅ」
「何やってんだよぉ」

 若者たちが、ワンボックスカーの窓から顔を出して、里美に背中からぶつかった男を呼んでいる。

「おう、悪ぃ」

 ユウジと呼ばれた男は、自分がぶつかって転倒させた里美を気に掛けた様子もなく、仲間たちの待つ車へ足を向けている。

 里美は、恐らくユウジが自分に向けているよりも強く苛立っていたが、事を荒立てるのを厭って黙っていた。
すると、そのユウジの前に滑り込んで来た男があった。

「謝れよ……」
「ケンゴ?」
「その人に謝れよッ」

 ユウジと同じくらいの歳の若者……ケンゴは、ユウジの胸倉を掴んで怒鳴り付けると彼を押し退けて、里美の前にしゃがみ込んで荷物を拾うのを手伝った。

「大丈夫?」
「え、ええ……」

 里美に手を貸して立ち上がらせてやるケンゴを見て、ユウジが唾を吐いた。

「良い子ちゃん振りやがってよぅ、ムカつくんだよ!」

 ユウジはいきなり、ケンゴに殴り掛かった。
 ケンゴは右手のパンチを左腕でガードすると、咄嗟に右の掌底を突き出していた。だが、ユウジが怯えて後退したのを見ると手を寸前で止めてしまう。

 初めから当てる気がない、ケンゴの攻撃だった。
 だがユウジは後方にたたらを踏んで、そのまま尻餅をついてしまう。

 その拍子に、ユウジの服のポケットから箱のようなものが落下した。

「お前……こんなものにまで手を出したのか!」

 ケンゴが、箱を取り上げようとする。その前にユウジが箱を握り、立ち上がりざまにケンゴに言った。

「正義の味方にでもなった心算かよ。てめぇだって前まではよぅ、俺たちとつるんで楽しい事をやっていたじゃねぇか。なぁ、ホームレス共をぶちのめすのは楽しかったよなぁ!?」

 ユウジが眼を吊り上げてそう言うと、ケンゴは言葉に詰まってしまった。
 その隙を突いて、ユウジがケンゴの顔を打撃した。ケンゴはよろめきながらも、倒れる事はなかった。

 ユウジはもう一度唾を吐いて、仲間たちの待つ車へ向かった。
 ユウジの乗った車が、駐車場から出てゆく。

「……糞ッ」

 悪態を吐くケンゴ。
 里美は恐る恐る、彼に話し掛けた。

「あの……顔、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、平気だよ、これでもキックをやってるんでね、殴られるのも蹴られるのも慣れっこさ」

 ケンゴはその場でアップライトに構えて、膝でリズムを刻んだ。キックボクシングの動きだ。

「それより、君こそ大丈夫? 何処か怪我は?」
「私も平気です」
「そっか。なら良かった。それじゃあ」

 ケンゴはそう言うと、里美の前から走り去って行った。
 里美は、直面した出来事に唖然としつつも、我に返り、自転車に乗って“こんぴら”へ向かうのだった。
しおりを挟む
感想 91

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...