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序章 地獄戦線
第二節 異形の戦い
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玲子は警察官だ。高校卒業と共に警察学校に入り、二一歳の現在ではその優れた能力を見出されて刑事課に配属されている。刑事課と一口で言うが、水門市は人手が足りておらず、殺人事件も強盗傷害も、交通事故も子供や女性の安全を守る事も、サイバー犯罪から麻薬取締までを、数少ないメンバーで持ち回りしている。
この日、玲子は、水門市に蔓延する指定暴力団池田組を完全撲滅すべく、一年先輩に当たる飛岡丈巡査と共に埠頭を訪れた。数日前に事務所であった屋敷に踏み込まれた会長の池田享憲が、埠頭へ向かって逃げ出したという情報があった。
水門署の総力を挙げた大捕り物だ。
池田享憲の姿を求めて埠頭を一巡していると、不意に爆発が起こった。
その現場に駆け付けた玲子が見たのが、炎の中で睨み合う二つのシルエットだったのである。
玲子はコンテナの陰に隠れ、その様子を窺っていた。
鎧騎士と蜥蜴男、アニメ好きの界隈ではコスプレイヤーがああした格好をする事もないのではないだろうが、火災現場となった埠頭であのようにして立っている事は出来ない筈だ。
鎧の方は兎も角、蜥蜴男については趣味の悪い変装だと思っているのだが、それにしては作りものっぽさが薄く、鱗の一枚一枚が生気のようなものを纏っていた。
池田組と直接の関係はなくとも、あの鎧騎士が銃刀法に引っ掛かる事は紛れもない事実であり、彼らと意思の疎通が可能であるのならばこの異常事態の話を聴く為に任意同行を求めるべきだ。
だが玲子は、その光景を、自分のような一般人が見てはならないものであるかのように感じていた。コンテナの陰に潜んで、様子を窺う事以上の事を出来ないでいるのは、玲子の細胞に訴え掛ける何かを、あの異形の者たちから感じ取っているからだ。
玲子は息を殺して、物陰から鎧騎士と蜥蜴男の動向を見守っていた。
一応、懐に手を入れて、拳銃を取り出す準備はしている。
と――
「う……」
小さな呻きを、玲子の耳が捉えた。
炎が酸素を喰らい尽くす音に紛れて分かり難かったが、海との境のコンクリートの手前に、一人の女が倒れているのが見えた。
それに、鎧騎士と蜥蜴男も気付いたようであった。
いや、気を逸らされたと言うべきか。
ぴくりと顔を持ち上げた蜥蜴男に向かって、鎧騎士が駆け寄った。
右手の銃を、蜥蜴男の鼻先に突き付けて発砲した。
蜥蜴男は左手を前に突き出した。するとその手をかざされた空間が歪み、螺旋を描いて紅の炎が飛び出した。放たれた銃弾は炎に巻かれて溶融し、地面に液状の金属としてこぼれ落ちる。
しかし鎧騎士は拳銃を放り投げると、左手で逆手に持った刀を、すり上げるようにして斬り付けた。
この一閃を、蜥蜴男が身体を横に開いて回避する。
鎧騎士は蜥蜴男の頭上にまで伸ばし上げた剣の柄を掌で反転させ、右手を添えて唐竹に振り下ろした。
蜥蜴男は右足でコンクリートを踏み抜いて、ミドルキックを繰り出しながら右の上段受けを敢行。
鎧騎士のボディに蹴りが直撃するかと思われたが、騎士は左脚を持ち上げて脛でブロックする。
刀を右腕で受け止めた蜥蜴男、その前腕にも生え揃った鱗によって切断は逃れたのだが、分厚い刃の半分までが鱗と肉を引き裂いてめり込んでいた。蜥蜴男の蹴りをガードした事で威力が落ちたと見られるが、刃は骨にまで達しているかもしれない。
と、鎧騎士は左脚ブロックの軸となっていた右足でぽんと地面を蹴りながら、腰をひねった。
刀を横にねじって蜥蜴男の拳の方まで鱗を削ぎ斬りにしながら、その場で半回転し、右足による飛び後ろ回し蹴りを放ったのだ。
斜めに円を描いて繰り出されたキックを、蜥蜴男がスウェーバックで回避する。鉄の踵が、突き出した蜥蜴の顎を掠め取ってゆくようであった。
すると蜥蜴男も対抗するようにその場で半回転して、蹴りを放った直後で滞空している鎧騎士の胴体に向かって、右の後ろ回し蹴りを打ち込んでゆく。
これを、鎧騎士は膝を腹まで抱え込むようにして両足を前に出し、受けた。そして膝のバネと蹴りの威力を利用して、月面宙返りをしながらコンテナの上に飛び乗ったのである。
燃えるような月を背にして、鎧騎士が立っていた。
炎の海の中から、蜥蜴男は騎士を睨み上げている。
「ふしゅーっ」
蜥蜴男は顎を大きく開いて、炎の中であるというのに白い息を吐いた。周囲を包み込む炎よりも、その体温は高い数値を叩き出しているのかもしれなかった。
同じく鎧騎士も、全身に設けられたノズルから蒸気を吹き出した。見れば、肘や膝、腰などにアクチュエータらしき機構が確認されており、あのアクロバティックな動きを可能とする機械が放熱をしているようである。天と地を挟んで、互いに睨み合う鎧騎士と蜥蜴男。
玲子も、その素早く、強く、そして殺意を孕みながらも美しいやり取りに、生唾を呑み込んだ。
鎧騎士がコンテナの上で剣を構え、次の一手を繰り出そうとする。
蜥蜴男も両手を持ち上げて、戦闘続行の意思を示していた。
玲子は現状を理解する事が出来ないまま、異形の二人の行く末を見守ろうとした。
この日、玲子は、水門市に蔓延する指定暴力団池田組を完全撲滅すべく、一年先輩に当たる飛岡丈巡査と共に埠頭を訪れた。数日前に事務所であった屋敷に踏み込まれた会長の池田享憲が、埠頭へ向かって逃げ出したという情報があった。
水門署の総力を挙げた大捕り物だ。
池田享憲の姿を求めて埠頭を一巡していると、不意に爆発が起こった。
その現場に駆け付けた玲子が見たのが、炎の中で睨み合う二つのシルエットだったのである。
玲子はコンテナの陰に隠れ、その様子を窺っていた。
鎧騎士と蜥蜴男、アニメ好きの界隈ではコスプレイヤーがああした格好をする事もないのではないだろうが、火災現場となった埠頭であのようにして立っている事は出来ない筈だ。
鎧の方は兎も角、蜥蜴男については趣味の悪い変装だと思っているのだが、それにしては作りものっぽさが薄く、鱗の一枚一枚が生気のようなものを纏っていた。
池田組と直接の関係はなくとも、あの鎧騎士が銃刀法に引っ掛かる事は紛れもない事実であり、彼らと意思の疎通が可能であるのならばこの異常事態の話を聴く為に任意同行を求めるべきだ。
だが玲子は、その光景を、自分のような一般人が見てはならないものであるかのように感じていた。コンテナの陰に潜んで、様子を窺う事以上の事を出来ないでいるのは、玲子の細胞に訴え掛ける何かを、あの異形の者たちから感じ取っているからだ。
玲子は息を殺して、物陰から鎧騎士と蜥蜴男の動向を見守っていた。
一応、懐に手を入れて、拳銃を取り出す準備はしている。
と――
「う……」
小さな呻きを、玲子の耳が捉えた。
炎が酸素を喰らい尽くす音に紛れて分かり難かったが、海との境のコンクリートの手前に、一人の女が倒れているのが見えた。
それに、鎧騎士と蜥蜴男も気付いたようであった。
いや、気を逸らされたと言うべきか。
ぴくりと顔を持ち上げた蜥蜴男に向かって、鎧騎士が駆け寄った。
右手の銃を、蜥蜴男の鼻先に突き付けて発砲した。
蜥蜴男は左手を前に突き出した。するとその手をかざされた空間が歪み、螺旋を描いて紅の炎が飛び出した。放たれた銃弾は炎に巻かれて溶融し、地面に液状の金属としてこぼれ落ちる。
しかし鎧騎士は拳銃を放り投げると、左手で逆手に持った刀を、すり上げるようにして斬り付けた。
この一閃を、蜥蜴男が身体を横に開いて回避する。
鎧騎士は蜥蜴男の頭上にまで伸ばし上げた剣の柄を掌で反転させ、右手を添えて唐竹に振り下ろした。
蜥蜴男は右足でコンクリートを踏み抜いて、ミドルキックを繰り出しながら右の上段受けを敢行。
鎧騎士のボディに蹴りが直撃するかと思われたが、騎士は左脚を持ち上げて脛でブロックする。
刀を右腕で受け止めた蜥蜴男、その前腕にも生え揃った鱗によって切断は逃れたのだが、分厚い刃の半分までが鱗と肉を引き裂いてめり込んでいた。蜥蜴男の蹴りをガードした事で威力が落ちたと見られるが、刃は骨にまで達しているかもしれない。
と、鎧騎士は左脚ブロックの軸となっていた右足でぽんと地面を蹴りながら、腰をひねった。
刀を横にねじって蜥蜴男の拳の方まで鱗を削ぎ斬りにしながら、その場で半回転し、右足による飛び後ろ回し蹴りを放ったのだ。
斜めに円を描いて繰り出されたキックを、蜥蜴男がスウェーバックで回避する。鉄の踵が、突き出した蜥蜴の顎を掠め取ってゆくようであった。
すると蜥蜴男も対抗するようにその場で半回転して、蹴りを放った直後で滞空している鎧騎士の胴体に向かって、右の後ろ回し蹴りを打ち込んでゆく。
これを、鎧騎士は膝を腹まで抱え込むようにして両足を前に出し、受けた。そして膝のバネと蹴りの威力を利用して、月面宙返りをしながらコンテナの上に飛び乗ったのである。
燃えるような月を背にして、鎧騎士が立っていた。
炎の海の中から、蜥蜴男は騎士を睨み上げている。
「ふしゅーっ」
蜥蜴男は顎を大きく開いて、炎の中であるというのに白い息を吐いた。周囲を包み込む炎よりも、その体温は高い数値を叩き出しているのかもしれなかった。
同じく鎧騎士も、全身に設けられたノズルから蒸気を吹き出した。見れば、肘や膝、腰などにアクチュエータらしき機構が確認されており、あのアクロバティックな動きを可能とする機械が放熱をしているようである。天と地を挟んで、互いに睨み合う鎧騎士と蜥蜴男。
玲子も、その素早く、強く、そして殺意を孕みながらも美しいやり取りに、生唾を呑み込んだ。
鎧騎士がコンテナの上で剣を構え、次の一手を繰り出そうとする。
蜥蜴男も両手を持ち上げて、戦闘続行の意思を示していた。
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