拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅

文字の大きさ
17 / 36

17.その先は言わせない

しおりを挟む
「ありがとうございます、丹原先輩! 俺たち、ほんと命拾いしましたよー!」

 ワンフロア下の資料室にて。

 さっそく過去の資料を取りに来たところで、庭野は半泣きになって両手を合わせた。

 第二が所望の資料がある棚を思い出しながら、丹原は後輩をチラリと見上げた。

(やっぱり、目の下にクマあるな)

 普段のキラキラオーラが半減しているのは、どうやらそれが原因らしい。目星の棚の列に入りながら、丹原はくいと眉根を寄せた。

「お前、あんま寝てないんじゃないか? だいぶ顔色悪いぞ」

「え? そうですか?」

 丹原の指摘に、庭野はきょとんと首を傾げる。どうやら本人に自覚はないらしい。

 正直、そういうときが一番厄介というか、体調を崩しやすいのだ。ため息を吐いて、丹原は後輩を睨む。

「鏡ぐらいちゃんと見ろ。昨日も相当遅くまで残ってたんだってな。せめて飯は食えてるのか?」

「あ、あはは。なんか、あんまお腹空かなくて」

 痛いところを突かれたとばかりに、庭野が目を逸らして頬をかく。妙にグッタリしていると思ったら、やはり思った通りだ。

 丹原はちらりと腕時計を見る。時刻は午後3時。昼もまともに食べれなれなかったとしたら、体にガタが出始める頃だろう。

 ちょうど目当ての資料も見つかった。さっと手を伸ばして分厚いファイルを引き出し、腕に抱える。それから、資料を受け取ろうとした庭野の肩を叩いた。

「部長たちには俺から渡しておくから、お前はちょっと休め。外の空気でも吸って、ついでにコンビニでゼリー飲料でも買ってこい。第二の連中にはうまく言っておくから」

「え? いや、大丈夫ですよ!」

「大丈夫なもんか! いいか。これは先輩命令だ。わかったら、さっさと外行ってこい」

「あ、待って、先輩!」

 突然のことに、庭野が慌てたように丹原に手を伸ばす。……その時、庭野の長い足がもつれた。

「うわっ!?」

「ん? は、おい!」

 バサリと。音を立てて資料が落ちる。

 とっさに目を瞑ってしまった丹原は、おそるおそる目を開ける。途端、見たこともないほど慌てた庭野の王子様フェイスが目の前にあった。

「すみません、大丈夫ですか!?」

「…………」

 なんだ、この状況は。

 軽く混乱しつつも、丹原は落ち着いて確認する。

 倒れてくる庭野を支えようとしたのは覚えている。けれども失敗して、自分も後ろに倒れ込みそうになった。

 どうやらそこを、寸でのところで踏みとどまった庭野に逆に救われたらしい。

(後ろ、庇ってくれたんだな)

 丹原の背後には本棚がある。背や頭を打ち付けずに済んだのは、とっさに庭野が回した腕が支えてくれたからだ。

 問題はそうやって回された腕やら、踏みとどまるために庭野が反対の腕を本棚に突き立てたことで、まるで抱え込まれるような形で庭野の腕の中に閉じ込められたことで。

「せんぱい……?」

 見上げれば、少し色素の薄い茶色の瞳が不安そうに見つめている。まっすぐな眼差しに引き込まれてしまいそうになってから--一拍遅れて、丹原はイラッと顔を顰めた。

「庭野。いつまで人を見下ろしている気だ?」

「え? あ、ごめんなさい!」

 言われてはじめて、庭野は自分たちが置かれている状況に気づいたらしい。慌てたように顔を赤くして、ぱっと手を離す。

 おかげですぐに解放されたが、庭野は気にしたようにチラチラこちらを見ている。丹原も丹原で調子が狂い、無言で落ちた書類を拾う。

 そのまま奇妙な沈黙が流れる。

 やがて資料一式を抱え直した時、庭野がぽそりと呟いた。

「ねえ、先輩。いまのって、まるで壁ド……」

「皆まで言うな」

 俺も思ったけど、という一言は飲み込む。今更のように、胸がバクバクと鳴った。

(って、おかしいだろ! なにが悲しくて、野郎に壁ドンされて動揺しなくちゃいけないんだ!)

 庭野から隠すように火照った頬を撫でる。

 これはアレだ。ジェットコースターで急降下したときとか、ホラー映画で幽霊が飛び出してきたとか、そういうときにハラハラドキドキするのと同じだ。突然のことに驚いて、びっくりしてしまったとか、そういうやつ。

(……ていうか、庭野のやつ。前からデカいとは思ってたけど、近くで見ると俺とあんなに身長差あるのかよ……)

 チラッと盗み見るように睨む。丹原だって決して小さい方ではないし、体制を崩していたというのとあるだろう。けれども、さっきは本当に、すっぽり包まれるように抱え込まれてしまった。

 これが少女漫画の一場面なら、目の前に迫るヒーローの広い胸に、きゅんと胸を高鳴らせるところなのだが。

 その時、「ぷ、くく」と庭野が吹き出した。

「あー、おかしい! 俺、先輩と話してたら元気出てきました!」

「なんだそりゃ」

 じろりと睨むが、庭野は目尻に涙さえ浮かべて笑い転げている。ひとしきり笑ったところで、庭野は息を吐きながら涙を拭った。

「たしかに俺、仕事もですけど小説絡みでもちょっと修羅場ってて、結構ダメージ溜まってたんですけど。先輩のおかげで、なんか頑張れる気がしてきました」

「小説絡み? お前更新休んでるだろ?」

「そうなんですけど。まだ公には言えないんですけどね、ちょっと嬉しい話が出てきたりしてて……」

 ――言いかけたところで、庭野ははたと気づいた。

 更新、といっただろうか。庭野にとって更新とはWeb小説のことであり、たしかにここ数日はリアル多忙につきという理由で更新をお休みしている。

 けどそれを、どうして丹原が知っているのだろう。

 一方の丹原は、己の失言に気づいていない。資料の中身に欠落がないことを確かめると、びしりと後輩を指さした。

「とにかく! よろけるくらいなんだから、ほんとになんか腹に入れてこい。じゃあな。俺は先に戻ってるから」

「あ、せんぱ……」

 止める間もなく、丹原はスタスタと歩き去っていってしまう。

 一人残された庭野はきょとんと棒立ちしつつ、やがて腕を組んで首を傾げて――。

「………あれ??」

 ただ、そう言うしかなかったのであった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...