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17.その先は言わせない
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「ありがとうございます、丹原先輩! 俺たち、ほんと命拾いしましたよー!」
ワンフロア下の資料室にて。
さっそく過去の資料を取りに来たところで、庭野は半泣きになって両手を合わせた。
第二が所望の資料がある棚を思い出しながら、丹原は後輩をチラリと見上げた。
(やっぱり、目の下にクマあるな)
普段のキラキラオーラが半減しているのは、どうやらそれが原因らしい。目星の棚の列に入りながら、丹原はくいと眉根を寄せた。
「お前、あんま寝てないんじゃないか? だいぶ顔色悪いぞ」
「え? そうですか?」
丹原の指摘に、庭野はきょとんと首を傾げる。どうやら本人に自覚はないらしい。
正直、そういうときが一番厄介というか、体調を崩しやすいのだ。ため息を吐いて、丹原は後輩を睨む。
「鏡ぐらいちゃんと見ろ。昨日も相当遅くまで残ってたんだってな。せめて飯は食えてるのか?」
「あ、あはは。なんか、あんまお腹空かなくて」
痛いところを突かれたとばかりに、庭野が目を逸らして頬をかく。妙にグッタリしていると思ったら、やはり思った通りだ。
丹原はちらりと腕時計を見る。時刻は午後3時。昼もまともに食べれなれなかったとしたら、体にガタが出始める頃だろう。
ちょうど目当ての資料も見つかった。さっと手を伸ばして分厚いファイルを引き出し、腕に抱える。それから、資料を受け取ろうとした庭野の肩を叩いた。
「部長たちには俺から渡しておくから、お前はちょっと休め。外の空気でも吸って、ついでにコンビニでゼリー飲料でも買ってこい。第二の連中にはうまく言っておくから」
「え? いや、大丈夫ですよ!」
「大丈夫なもんか! いいか。これは先輩命令だ。わかったら、さっさと外行ってこい」
「あ、待って、先輩!」
突然のことに、庭野が慌てたように丹原に手を伸ばす。……その時、庭野の長い足がもつれた。
「うわっ!?」
「ん? は、おい!」
バサリと。音を立てて資料が落ちる。
とっさに目を瞑ってしまった丹原は、おそるおそる目を開ける。途端、見たこともないほど慌てた庭野の王子様フェイスが目の前にあった。
「すみません、大丈夫ですか!?」
「…………」
なんだ、この状況は。
軽く混乱しつつも、丹原は落ち着いて確認する。
倒れてくる庭野を支えようとしたのは覚えている。けれども失敗して、自分も後ろに倒れ込みそうになった。
どうやらそこを、寸でのところで踏みとどまった庭野に逆に救われたらしい。
(後ろ、庇ってくれたんだな)
丹原の背後には本棚がある。背や頭を打ち付けずに済んだのは、とっさに庭野が回した腕が支えてくれたからだ。
問題はそうやって回された腕やら、踏みとどまるために庭野が反対の腕を本棚に突き立てたことで、まるで抱え込まれるような形で庭野の腕の中に閉じ込められたことで。
「せんぱい……?」
見上げれば、少し色素の薄い茶色の瞳が不安そうに見つめている。まっすぐな眼差しに引き込まれてしまいそうになってから--一拍遅れて、丹原はイラッと顔を顰めた。
「庭野。いつまで人を見下ろしている気だ?」
「え? あ、ごめんなさい!」
言われてはじめて、庭野は自分たちが置かれている状況に気づいたらしい。慌てたように顔を赤くして、ぱっと手を離す。
おかげですぐに解放されたが、庭野は気にしたようにチラチラこちらを見ている。丹原も丹原で調子が狂い、無言で落ちた書類を拾う。
そのまま奇妙な沈黙が流れる。
やがて資料一式を抱え直した時、庭野がぽそりと呟いた。
「ねえ、先輩。いまのって、まるで壁ド……」
「皆まで言うな」
俺も思ったけど、という一言は飲み込む。今更のように、胸がバクバクと鳴った。
(って、おかしいだろ! なにが悲しくて、野郎に壁ドンされて動揺しなくちゃいけないんだ!)
庭野から隠すように火照った頬を撫でる。
これはアレだ。ジェットコースターで急降下したときとか、ホラー映画で幽霊が飛び出してきたとか、そういうときにハラハラドキドキするのと同じだ。突然のことに驚いて、びっくりしてしまったとか、そういうやつ。
(……ていうか、庭野のやつ。前からデカいとは思ってたけど、近くで見ると俺とあんなに身長差あるのかよ……)
チラッと盗み見るように睨む。丹原だって決して小さい方ではないし、体制を崩していたというのとあるだろう。けれども、さっきは本当に、すっぽり包まれるように抱え込まれてしまった。
これが少女漫画の一場面なら、目の前に迫るヒーローの広い胸に、きゅんと胸を高鳴らせるところなのだが。
その時、「ぷ、くく」と庭野が吹き出した。
「あー、おかしい! 俺、先輩と話してたら元気出てきました!」
「なんだそりゃ」
じろりと睨むが、庭野は目尻に涙さえ浮かべて笑い転げている。ひとしきり笑ったところで、庭野は息を吐きながら涙を拭った。
「たしかに俺、仕事もですけど小説絡みでもちょっと修羅場ってて、結構ダメージ溜まってたんですけど。先輩のおかげで、なんか頑張れる気がしてきました」
「小説絡み? お前更新休んでるだろ?」
「そうなんですけど。まだ公には言えないんですけどね、ちょっと嬉しい話が出てきたりしてて……」
――言いかけたところで、庭野ははたと気づいた。
更新、といっただろうか。庭野にとって更新とはWeb小説のことであり、たしかにここ数日はリアル多忙につきという理由で更新をお休みしている。
けどそれを、どうして丹原が知っているのだろう。
一方の丹原は、己の失言に気づいていない。資料の中身に欠落がないことを確かめると、びしりと後輩を指さした。
「とにかく! よろけるくらいなんだから、ほんとになんか腹に入れてこい。じゃあな。俺は先に戻ってるから」
「あ、せんぱ……」
止める間もなく、丹原はスタスタと歩き去っていってしまう。
一人残された庭野はきょとんと棒立ちしつつ、やがて腕を組んで首を傾げて――。
「………あれ??」
ただ、そう言うしかなかったのであった。
ワンフロア下の資料室にて。
さっそく過去の資料を取りに来たところで、庭野は半泣きになって両手を合わせた。
第二が所望の資料がある棚を思い出しながら、丹原は後輩をチラリと見上げた。
(やっぱり、目の下にクマあるな)
普段のキラキラオーラが半減しているのは、どうやらそれが原因らしい。目星の棚の列に入りながら、丹原はくいと眉根を寄せた。
「お前、あんま寝てないんじゃないか? だいぶ顔色悪いぞ」
「え? そうですか?」
丹原の指摘に、庭野はきょとんと首を傾げる。どうやら本人に自覚はないらしい。
正直、そういうときが一番厄介というか、体調を崩しやすいのだ。ため息を吐いて、丹原は後輩を睨む。
「鏡ぐらいちゃんと見ろ。昨日も相当遅くまで残ってたんだってな。せめて飯は食えてるのか?」
「あ、あはは。なんか、あんまお腹空かなくて」
痛いところを突かれたとばかりに、庭野が目を逸らして頬をかく。妙にグッタリしていると思ったら、やはり思った通りだ。
丹原はちらりと腕時計を見る。時刻は午後3時。昼もまともに食べれなれなかったとしたら、体にガタが出始める頃だろう。
ちょうど目当ての資料も見つかった。さっと手を伸ばして分厚いファイルを引き出し、腕に抱える。それから、資料を受け取ろうとした庭野の肩を叩いた。
「部長たちには俺から渡しておくから、お前はちょっと休め。外の空気でも吸って、ついでにコンビニでゼリー飲料でも買ってこい。第二の連中にはうまく言っておくから」
「え? いや、大丈夫ですよ!」
「大丈夫なもんか! いいか。これは先輩命令だ。わかったら、さっさと外行ってこい」
「あ、待って、先輩!」
突然のことに、庭野が慌てたように丹原に手を伸ばす。……その時、庭野の長い足がもつれた。
「うわっ!?」
「ん? は、おい!」
バサリと。音を立てて資料が落ちる。
とっさに目を瞑ってしまった丹原は、おそるおそる目を開ける。途端、見たこともないほど慌てた庭野の王子様フェイスが目の前にあった。
「すみません、大丈夫ですか!?」
「…………」
なんだ、この状況は。
軽く混乱しつつも、丹原は落ち着いて確認する。
倒れてくる庭野を支えようとしたのは覚えている。けれども失敗して、自分も後ろに倒れ込みそうになった。
どうやらそこを、寸でのところで踏みとどまった庭野に逆に救われたらしい。
(後ろ、庇ってくれたんだな)
丹原の背後には本棚がある。背や頭を打ち付けずに済んだのは、とっさに庭野が回した腕が支えてくれたからだ。
問題はそうやって回された腕やら、踏みとどまるために庭野が反対の腕を本棚に突き立てたことで、まるで抱え込まれるような形で庭野の腕の中に閉じ込められたことで。
「せんぱい……?」
見上げれば、少し色素の薄い茶色の瞳が不安そうに見つめている。まっすぐな眼差しに引き込まれてしまいそうになってから--一拍遅れて、丹原はイラッと顔を顰めた。
「庭野。いつまで人を見下ろしている気だ?」
「え? あ、ごめんなさい!」
言われてはじめて、庭野は自分たちが置かれている状況に気づいたらしい。慌てたように顔を赤くして、ぱっと手を離す。
おかげですぐに解放されたが、庭野は気にしたようにチラチラこちらを見ている。丹原も丹原で調子が狂い、無言で落ちた書類を拾う。
そのまま奇妙な沈黙が流れる。
やがて資料一式を抱え直した時、庭野がぽそりと呟いた。
「ねえ、先輩。いまのって、まるで壁ド……」
「皆まで言うな」
俺も思ったけど、という一言は飲み込む。今更のように、胸がバクバクと鳴った。
(って、おかしいだろ! なにが悲しくて、野郎に壁ドンされて動揺しなくちゃいけないんだ!)
庭野から隠すように火照った頬を撫でる。
これはアレだ。ジェットコースターで急降下したときとか、ホラー映画で幽霊が飛び出してきたとか、そういうときにハラハラドキドキするのと同じだ。突然のことに驚いて、びっくりしてしまったとか、そういうやつ。
(……ていうか、庭野のやつ。前からデカいとは思ってたけど、近くで見ると俺とあんなに身長差あるのかよ……)
チラッと盗み見るように睨む。丹原だって決して小さい方ではないし、体制を崩していたというのとあるだろう。けれども、さっきは本当に、すっぽり包まれるように抱え込まれてしまった。
これが少女漫画の一場面なら、目の前に迫るヒーローの広い胸に、きゅんと胸を高鳴らせるところなのだが。
その時、「ぷ、くく」と庭野が吹き出した。
「あー、おかしい! 俺、先輩と話してたら元気出てきました!」
「なんだそりゃ」
じろりと睨むが、庭野は目尻に涙さえ浮かべて笑い転げている。ひとしきり笑ったところで、庭野は息を吐きながら涙を拭った。
「たしかに俺、仕事もですけど小説絡みでもちょっと修羅場ってて、結構ダメージ溜まってたんですけど。先輩のおかげで、なんか頑張れる気がしてきました」
「小説絡み? お前更新休んでるだろ?」
「そうなんですけど。まだ公には言えないんですけどね、ちょっと嬉しい話が出てきたりしてて……」
――言いかけたところで、庭野ははたと気づいた。
更新、といっただろうか。庭野にとって更新とはWeb小説のことであり、たしかにここ数日はリアル多忙につきという理由で更新をお休みしている。
けどそれを、どうして丹原が知っているのだろう。
一方の丹原は、己の失言に気づいていない。資料の中身に欠落がないことを確かめると、びしりと後輩を指さした。
「とにかく! よろけるくらいなんだから、ほんとになんか腹に入れてこい。じゃあな。俺は先に戻ってるから」
「あ、せんぱ……」
止める間もなく、丹原はスタスタと歩き去っていってしまう。
一人残された庭野はきょとんと棒立ちしつつ、やがて腕を組んで首を傾げて――。
「………あれ??」
ただ、そう言うしかなかったのであった。
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