14 / 36
14.とっても嬉しいお誘い(後半)
しおりを挟むしばし、ぽやっと庭野に見惚れていた加賀だが、やがて我に返ったように咳払いをした。
「こほん! つ、つまり。それほど貴重なものですので、せっかくならお返事を書いてもいいかもしれませんね?」
「お返事って、ファンレターをくれた人にですか?」
「はいっ。先生にもよりますけど、純粋にお礼のお手紙を書いたり、中にはファンレターをくださった方限定のSS(ショートストーリー)を入れる先生もいらっしゃいますよ」
「SSかあ、それいいかも!」
顔を綻ばせて、庭野は頷いた。
今回、書籍版の発売に合わせて「てんこい」には4本の短編を書いた。ひとつは書籍掲載の書き下ろし用。あとの3本は購入者特典として本屋さんなどで配布されている。
それとは別にSSを用意するとなると、新たに考えなくてはならない。だが、特典用にネタを考えてはみたもののお蔵入りさせたものもあるし、なにより「てんこい」の世界を書くのは好きだ。
「読者さん、喜んでくれるといいなあ」
手紙を送ってくれた誰かのことを想い、庭野はわくわくと胸を高鳴らせる。
ファンレターの返事にSSを送る。考えれば考えるほど、それは素敵なアイディアに思えた。
(てんこいを好きだと思ってくれた人たちに、もっと楽しんでもらえるように。よーし。さっそく、家に帰ったらネタを練り直すぞー!)
そう気合を入れた時、ふと思いだした。ファンレターという呼び方が適切かは別にして、手紙なら丹原にももらったのだった。
「ねえ、加賀さん。てんこいのファンではないんだけど……俺の知り合いも、てんこいの感想を手紙にして渡してくれた人がいるんだ」
「ほお。直接の知り合いなのに、メールや口頭ではなく、わざわざ手紙をしたためてくださったと。それはまた、律儀な人ですね」
「でしょ? そのひとにも、SSを渡してみようかと思うんだけど、どう思う?」
試しに聞いてみると、加賀は思ったより食い気味に頷いた。
「大賛成です。どんどん渡しましょう! ファンは大切に、育てる意味も込めて!」
「ファンじゃなくて、同じ会社の先輩だよ。その人、すごく真面目で。偶然、俺が本出したことを知って、わざわざてんこいを読んで、感想を教えてくれただけなんだけどね」
庭野は苦笑するが、加賀は力強く断言した。
「だとしてもです。ペンを持たせる気になるくらいには、てんこいがその方の心を動かしたんですから。きっとその方も、喜んでくださるはずですよ!」
「そうかな」
照れくささ半分に、頭の後ろを掻く庭野。
ちなみに当の丹原は「てんこい」及びポニーさんのファンなので、お返しにSSなど貰ったら狂喜乱舞どころか額縁に入れて飾るくらいなのだが、残念ながら庭野は知らない。
(先輩も、楽しんでくれたらいいな)
SSを渡すときのことを想像して、庭野はつい笑みが漏れてしまう。その様子に、加賀は目敏く気が付いた。
「おやおや~? もしかしてその先輩さんは、ポニー先生の恋人さんなんですか?」
「え?」
加賀から飛び出した思いもよらない言葉に、庭野は仰天する。すると加賀は、にまにまと子猫のように笑った。
「だって先生、すっごく優しい顔してましたよ? 恋人さんじゃなかったら、片思いの相手さんですかね? どっちにせよ、とってもいいです!」
「そんなんじゃないですって」
勝手に盛り上がる加賀に、庭野は慌てる。――冷静に考えれば慌てる必要もないのだが、とっさに顔が熱くなるくらいには動揺した庭野は、そのことに気付かない。
「先輩は先輩。ただの同じ会社のひとですよ。そもそも相手、男だし」
「えー? 恋愛に性別は関係ありませんよ?」
「俺が好きなのは女の子!」
身を乗り出して主張すれば、加賀は「失礼しましたっ」と舌を出して詫びた。
まったく、と。まだ火照った頬を冷ますために、庭野はアイスコーヒーを飲んだ。
確かに先輩といると楽しい。話してみれば意外と話も合うし、小説のことも気兼ねなく話題に出来る。何のかんの向けてくれる優しさにはいちいち嬉しくなってしまうし、呆れた顔をしながらも相手をしてくれる懐の広さにいくらでもちょっかいをかけたくなる。
そうはいっても、丹原は男だ。そりゃ、へたにその辺の女性を捕まえるより綺麗な顔をしているし細身でもあるが、がっつり男性である。
(……いやいやいや。ないよね? 俺、先輩を好きとかないよね? 俺が好きなのは、華奢で守ってあげたくなっちゃうような女の子だよね??)
気を落ち着かせるために手を伸ばしたはずのアイスコーヒーのグラスを握りしめて、庭野は自問自答を繰り返す。
そんな庭野をよそに、加賀は溜息をついた。
「ですが、残念です。私の経験上、作者さん自身がきゅんきゅん胸をときめかせているときって、とってもムズキュンな恋愛小説が生まれるんですけど」
「え、なんの話?」
我に返って、庭野は目を瞬かせる。その言いぐさだと、まるでこれからやる創作のためにも、庭野に恋をしていて欲しかったという意味に取れてしまう。
すると加賀は、両手を机の上で組んでキランと目を輝かせた。
「ポニー先生。私は今日、先生に一つの提案を持ってきたのです」
「と、言うと?」
ごくりとのどを鳴らしつつ、庭野が問い返す。
そんな庭野をまっすぐに見据えて、加賀は重々しく告げた。
「ポニー先生。『てんこい』、2巻出してみませんか?」
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
宇宙との交信
三谷朱花
ライト文芸
”みはる”は、宇宙人と交信している。
壮大な機械……ではなく、スマホで。
「M1の会合に行く?」という謎のメールを貰ったのをきっかけに、“宇宙人”と名乗る相手との交信が始まった。
もとい、”宇宙人”への八つ当たりが始まった。
※毎日14時に公開します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる