拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅

文字の大きさ
上 下
13 / 36

13.とっても嬉しいお誘い(前半)

しおりを挟む
「ほんっっっとーに、すまなかった!!」

 週明け月曜日。会社に行くと、青い顔をした丹原が待ち構えていた。

 完璧超人で隙のない美形ナンバーワンホープ。そんな丹原が、朝からただごとではない様子で庭野にぺこぺこしている姿に、すれ違う社員たちが何事かと目を丸くしている。

 しめしめ。ドッキリ大成功だ。

 顔がにやけてしまうのをなんとか抑えて、庭野はブンブンと首を振った。

「だーかーら。ほんといいですって。先輩の家、俺んちと近かったし。ついでにタクシー乗れてラッキーでしたよ」

「や、でも、タクシー代とか……」

「大丈夫です。電話でも言ったでしょ? 焼肉代、先輩とお姉さんにすっかりご馳走になっちゃったし、タクシーも半分くらいはお姉さんが出してくれちゃったって。だから先輩が謝る必要はないの!」

 そう押し切るが、丹原は何か言いたそうな顔をしている。けれどもそこで、始業の時間を迎えてしまった。

 それでも丹原は粘ろうと一瞬口を開きかけたが、最終的に諦めて、びしりと指を突き付けながら席に戻っていった。

「この恩は必ず返させろよ! あっちの件も含めてな。とにかく、悪かった! ありがとな!」

「はいはーい」

 ひらひらと手を振りながら見送る。あっちの件、というのはもちろんサインのことだ。

 あの夜、悪戯心満載で書いたサインは、ことのほか丹原に喜んでもらえたようだ。今日会うより先に、焼肉を食べに行った次の日には慌てた様子の丹原から電話がかかってきていたのだが、その電話の中でも再三礼を言われてしまった。

(ほんと、先輩がお礼を言う必要なんかないのに)

 律儀な丹原につい笑みが漏れてしまう。

 丹原には焼肉で十分すぎるくらいに奢ってもらったし、サインはそもそも本を買ってもらったお礼だ。これで再び丹原に何かしてもらったら、庭野ばかりがもらい過ぎだ。

(けど、それはそれとして、先輩と約束が増えるのはちょっと嬉しいかも)

 無意識のうちに、そんな風に胸を弾ませてしまう。

 今度はこちらから飲みに誘ってみようか。焼肉を食べにいったときの飲みっぷりといい、お酒は好きみたいだし。ああ、けど。そこまで強いわけではないみたいだから、ペース配分には注意しなくちゃ。

 くすくす笑いながら、庭野は席に着いた。

 自分でも何がそんなに楽しいのかわからない。わからないが、ひどく気分が良かった。

(よーし。気合入れて、今日もやるぞー!)

 そうして、庭野は仕事にとりかかった。

 庭野たちが勤める会社は、社員の平均年齢も低く、社長もまだ40代後半と比較的若い会社だ。そういった環境がなせる業なのか、休日の取得率も高く、勤務時間もフレックスタイム制を取り入れるなど色々と自由度が高い。

 そんな中、庭野は今日、時間調整を駆使して早めに会社を出る予定としていた。

 それは、会社ではない、もうひとつの『仕事』のためだった。





「いっけねー! ちょっと時間押しちゃった!」

 夕刻。どうにか仕事を切り上げた庭野は、慌てて駅前に向かっていた。

 今日は『転生聖女の恋わずらい』を出してくれた出版社、マルヤマ出版の担当編集と会う約束をしているのである。

 待ち合わせをしていたのは、駅ビルに入っている、いつか丹原と一緒に入った洋食屋。約束の時間を5分ばかり過ぎたところで庭野が駆けこむと、奥の席でひとりの女性が立ち上がった。

「ポニー先生! こっちです!」

「加賀さん!」

 ほっとして庭野はまっすぐに奥の席に向かった。そして、にこにこと自分を見上げる小柄な女性にぺこりと頭を下げる。

「ごめんさない、遅くなっちゃって」

「いえいえ。私も今来たばかりですから。ポニー先生こそ、お仕事あとにありがとうございますっ」

 にこっと笑う加賀は、まわりにほわほわと花を飛ばしているようだ。

 童顔で小柄、まるで小動物のような可愛さを身に纏った加賀だが、社会人歴は彼女の方が長い。前にちらりと聞いたところによれば、庭野の3つほど上のようだ。

(ってことは、加賀さんて丹原先輩と同期ぐらいなんだ)

 そのことに気付いて、ぱちくりと瞬きする。

 普段はクールで完璧、一部の隙のないMr.パーフェクトな丹原と、ほわほわと笑みの絶えない癒し系小動物女子な加賀。とてもじゃないが、同い年には見えない。

(……ま、先輩もあれで、結構かわいいとこあるけど)

 焼肉の翌日、悲鳴に近い泡食った声で電話をかけてきた丹原を思い出し、再び庭野は笑いのツボに入ってしまう。そんな庭野に、加賀は不思議そうに首を傾げた。

「ポニー先生? どうかしました?」

「いえ! なんでもないんです」

 我に返った庭野は、ちょうどやってきた店員さんにカフェオレを頼む。そして、改めて身を乗り出した。

「それより、加賀さん! てんこい、調子いいんですってね!」

「そうなんですー! おかげさまで、書籍も電子版も好調なんです~!」

 途端に、加賀は手を合わせてぱぁああと顔を輝かせる。

「出版社の方に、読者様からファンレターを頂戴なんかもして……。今日はポニー先生にお渡ししたくて、それもあってお時間頂戴したんです」

「うわあ!」

 加賀が取り出したカラフルな封筒に、庭野は声を弾ませた。読者からのファンレター。作家にとって、これほど創作者冥利につきるものはない。

 まるで宝物のように受け取る庭野に、加賀もにこにこと続ける。

「今って、なかなかお手紙って書かないじゃないですか。ほとんどメールやSNSで済ませちゃって。そんなご時世だからこそ、ファンレターってすっごく貴重なんですよ!」

「嬉しいです。大切に読みます……!」

 心の底から嬉しくて庭野は笑み崩れる。そんな無邪気な表情に、加賀はちょっぴり赤くなった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

黒蜜先生のヤバい秘密

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
 高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。  須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。  だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

可愛い女性の作られ方

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。 起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。 なんだかわからないまま看病され。 「優里。 おやすみなさい」 額に落ちた唇。 いったいどういうコトデスカー!? 篠崎優里  32歳 独身 3人編成の小さな班の班長さん 周囲から中身がおっさん、といわれる人 自分も女を捨てている × 加久田貴尋 25歳 篠崎さんの部下 有能 仕事、できる もしかして、ハンター……? 7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!? ****** 2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。 いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

処理中です...