拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅

文字の大きさ
上 下
11 / 36

11.酔い潰れた先輩(前半)

しおりを挟む

「はい。ご指定の住所、到着しましたよー」

「ありがとうございます」

 礼を言って、庭野は表示にうつる金額を払う。そして、ぐったりと自分に寄りかかる体をそっと揺さぶった。

「先輩。……先輩。家、着きましたよ。タクシー降りないと、運転手さん困っちゃいますよ」

「……う、ううん」

 形のいい眉をしかめて、丹原が不満そうに呻く。

 これっぽっちも起きそうにない先輩に溜息をつくと、庭野はぐいと腕を肩に回させた。

「ほら。我儘言ってないで。せーの!」

 微かに意識はあるのか、無理やり引っ張ればかろうじて立ち上がる。それでも自立は無理そうな体を抱えるようにして引っ張り上げると、庭野は丹原を連れてとあるマンションの前に降り立った。

(ここが、先輩の家……)

 小ぎれいなマンションを感心して見上げる。さすがは三つ上の先輩だ。庭野が住んでいるアパートより、数段良さそうな物件だ。

 とはいえ、こんなに近くに丹原が住んでいたとは驚きだ。最寄りを地下鉄にするかどうかで路線は異なるが、純粋に足で歩くなら丹原のマンションと庭野のアパートは二〇分と離れていない。

 夏美の証言でそれがわかったからこそ、庭野はすっかり酔い潰れた丹原を引き受けて、楽しい焼肉の会をお開きにしたのであるが。

「402、402っと……。あ、ここだ」

 あらかじめ部屋番号を夏美から聞いていてよかった。エレベーターで4階まで上がって目当ての部屋を見つけ出した庭野は、丹原の荷物から見つけ出した鍵を差し込む。

 かちゃりと、問題なく鍵が開いた。そのことにほっとしつつ、いまだ意識のはっきりしない丹原を室内に運び入れる。

 試しに開いた扉の先にベッドを見つけると、そこに丹原を寝かしつけた。

「いよっと。はい、先輩、無事に到着しましたよー。わかりますかー」

「……ううん?」

「あー。いいです、いいです。寝ててくださいねー。よしよし」

「…………うん」

 まったく庭野の言葉を理解していないのだろう。適当にあしらえば、もぞもぞと枕に顔を沈めて、身を縮めて寝入ってしまう。

 そのままスースーと寝息を立て始めた丹原に、庭野は苦笑をした。

「先輩、子供みたいに寝てるし」

 安心しきった寝顔は、普段のキリッとした印象とだいぶ異なる。近寄りがたい雰囲気が和らいで、かわいらしいと言えるほどだ。

 乱れた黒髪をそっと整えれば、不満そうに眉間に皺がよる。それが面白くて何度か繰り返してから、庭野はふいに我に返った。

(…………いや。俺、何してんだ?)

 無意識にベッドの端に座っていたことにも気づき、慌てて立ち上がる。

 ベッドが揺れたのが不服だったのか、丹原が小さく呻いた。そのあまりに無防備な様に、却って庭野は丹原を意識してしまう。

(落ち着け。これは先輩だ。ていうか男だ)

 自分でもどうかしていると思う。

 スーツの似合う肩幅とか、細いとは言えど女性的丸みは一切ない腰つきとか、しっかりと骨ばった手とか。いくら中性的に整った顔をしていると言っても、パーツごとに見ればどう考えたって丹原は男性だ。

 だというのに、ドキドキしている自分がいる。

(酔い潰れた先輩なんて、レアな姿を見たからかな?)

 不思議に思って、自分で首を傾げてしまう。

 確かに今みたいに親しくなるまでの丹原の印象は、いつも隙がない完璧な先輩で、どこかとっつきにくいとすら思っていた。そんな彼が無防備な姿を晒しているから、面白くてちょっかいを出したい気分になっているのかも。

 ……いいや。それだけじゃない気がする。

 ここ最近、具体的には丹原から手紙を受け取ってからというものの、庭野は変だ。

 会社で丹原の姿を見かけると妙に胸が弾んでしまうし、特に用がなくても話しかけにいってしまう。仕事だ何だと理由は付けているが、はっきり言って相手が丹原でなくても事足りてしまう内容ばかりだ。

(やっぱ、小説のこと話せる先輩ってのがデカいのかな?)

 すやすやと気持ちよさそうに眠る丹原に、庭野はううむと唸る。

 趣味で書いた小説をネットに上げていて、それがめでたく書籍化したということ。

 その事実を知っている友人は、ごく限られる。

 高校で一緒に同人誌を出していた友人はもちろん知っている。けれども大学の友人であればほんの数名、社会人になってからの仲であればそれこそ丹原ぐらいだ。

 ほかは、そもそも庭野が小説を書いていることすら言ってない。それは、小説を書いていることを明かしたことで、過去に何度か苦い思いをしたことがあるからだ。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...