7 / 36
7.ワンコ後輩に懐かれて
しおりを挟む(最近、庭野とよく会うな)
そんなことを丹原は首を傾げる。
まさにその瞬間、隣には書類を差し出す庭野の姿がある。
「でね、先輩。マルバツ商事さん、ココが気になるんですけど」
「ああ。それなら前に聞いたことがあるが……」
「ふむ。なるほど、なるほど」
一通り教えてやったところでふと気づく。
なんで俺、他のグループの後輩に、ほかのグループの案件のことを教えてやっているんだ。
感心したように頷く庭野に、丹原は眉根を寄せた。
「お前さ。マルバツ商事は第2グループの案件だろ。普通に同じグループの先輩に聞けよ。その方が話も早いだろ」
けれども庭野は、にこにこと首を振った。
「マルバツさんは去年まで第一の管轄だったでしょ。だから何か知ってるかなあなんて思ったんですけど……。いや、さすが丹原先輩! めちゃくちゃ助かりました!」
「ま、まあ。ならいいけど」
きらきら輝く王子フェイスに、それ以上文句を言うつもりになれず、丹原は言葉を呑みこんだ。
そもそも丹原は、後輩に頼られるのは嫌いじゃない。自分を慕って仕事の相談をしてくれるなら、いくらでも助けてやろうというタイプだ。
とはいえ、丹原が庭野と話すようになったのはここ最近のことだ。グループが違うからというのももちろんあるが、単純に接点がなかったのだ。
それがこのところ、とりわけここ2週間はどうしたことだろう。
行き帰りのエレベーターで。休憩室で。ちょっとした業務の隙間で。外回りの出先、偶然一緒になった電車の中で。
〝せんぱーい!〟
〝丹原せんぱーい!〟
〝わー、先輩! こんなところで奇遇ですね!〟
(いや! エンカウント率高すぎるだろう!?)
果ては取引先の接待に庭野が飄々と現れたときはビールを噴きそうになった。取引先の担当に庭野の大学時代の先輩がいるからという理由だったが、それにしてもあまりに唐突な登場だった。
(……まあ。ポニーさんに喜んでもらえたなら、よかったのか?)
今日も今日とて、ちょくちょく庭野に声をかけられながら午前の仕事を終えた丹原は、いつものように一人で社内のカフェに姿を現す。
コーヒーを傾け一息つきながら、そんな風に丹原は考えた。
庭野に構われるようになったのは、丹原が徹夜でしたためた『感想』を渡した後だ。あの『感想』をきっかけに、庭野に懐かれてしまったとしか考えられない。
深夜テンションも相まって、ちょっと思いの丈をぶつけすぎた気もしたが、思い切って渡してよかった。それぐらい真正面からぶつかってこそ、ポニーさんの渾身の作品に応えるというものだ。
感慨に浸りながら、丹原はサンドイッチの包みを開ける。そして、毎日の習慣の通り、スマートフォン片手にポニーさん含めたお気に入りの作家さんの新作巡りを始めようとした。
「何見てるんですか?」
「がふっ!?」
真後ろから声を掛けられ、丹原は椅子の上でがたりとずり落ちそうになった。慌てて振り向けば、やはりというか庭野が興味津々に丹原のスマートフォンを覗き込もうとしている。
慌てて画面を隠しつつ、丹原は目を丸くしてまじまじと庭野を見た。
「庭野、おま、何してんだ!?」
「何って、先輩とお昼ご飯一緒に食べよっかなーって思って」
「昼!? 裏の喫茶店はどうした?」
「なんかあの店、今日と明日は臨時休業らしくって……あれ??」
へらりと笑ったところで、ふと気づいたように庭野はぱちくりと瞬きをした。
「先輩、何で知っているんですか? 俺が、昼に裏の喫茶店に行ってるの」
(しまった!)
己の失敗に気付き、唇を噛む。もちろん喫茶店のことを知っているのは、一度、こっそり庭野の後をついていったからだ。だが、そのことを庭野に知られるわけにはいかない。
(こっそり後輩を尾行する先輩って、もうそれアウトだろ!?)
間違いなくアウトなことをやった自覚があるだけに、隠すのも必死である。純粋に不思議そうな瞳にしくしくと胸を痛めつつ、丹原はそっと視線を逸らした。
「あ、いや……。前に外回りの帰りに、お前が喫茶店から出てくるのを見たんだ」
「ふーん?」
なんだか釈然としない顔をしつつ、庭野は首を傾げる。けれどもすぐに思い直したのか、丹原の隣にカフェのトレーを置いた。
「まあ、いいや。お隣失礼しまーす」
「あ、おい!」
しれっと座り込む後輩に慌てるが、庭野は平気な顔をしてこうのたまった。
「誰か先約がいました? 丹原先輩は、いつも一人でカフェにいるって聞きましたけど。……それとも俺、お邪魔でした?」
ちょっぴり上目遣いにこちらを見つめる庭野に、丹原は「うっ」と言葉に詰まった。眉を八の字にしたその姿は、なぜか実家の柴犬を思い出させる。こんなふうに健気に見つめられて、どうして邪魔だなどと追い出すことが出来るだろう。
(そもそも、じゃまもへったくれもないしな)
気になる小説の更新を確認できないのは残念だが、まさにその作者に声を掛けられたのだから仕方がない。今日くらい、作者様の昼にお付き合いしよう。
そんなことを丹原が思っているとは露知らず、庭野は「いただきます!」と手を合わせると、嬉しそうにカレーを頬張り始める。
喫茶店でもカレーを食べていたなと、どうでもいいことを思い出しながら、丹原もサンドイッチに手を付けた。
「……ていうか、いいのか? 前に言っていただろ。昼休みは貴重な執筆時間だって。俺と食べるより、一人で過ごした方がいいんじゃないか?」
「むしろ、だからですよ」
パクリとカレーを頬張りながら、庭野は肩を竦めた。
「自分で言うのもなんですけど、仲いい人多いんですよね。ここで一人で食べてたら、誰かに声掛けられそうで。だったら先輩と一緒にいた方がいいかなって。先輩なら、俺が携帯いじっててもほっといてくれるでしょ?」
「なるほどな……」
ようは体のいいボディガードに選ばれたらしい。
ちゃっかりとした庭野に飽きれつつ、丹原は諦めた。後輩にいいように使われるのは癪だが、ポニーさんの創作の一助になるならそれも一興だろう。
(話さなくていいなら、俺も更新巡り出来そうだし)
カプリとサンドイッチに食らいついたところで、ふと気づいた。
とはいえ、声を掛けるのは俺なんだなと。
「お前、小説のこと会社で俺以外に知っている人いないの?」
「え?」
ちょうど口に運ぼうとしたスプーンとを止めて、庭野がぱちくりと瞬きする。
だってそうだろう。本人も言っていたように、庭野は仲がいい同僚が多い。加えて、本人の根っから明るい性格だ。小説を書いていることや本を出していることについて、ほかにも知っている人間がいてもいいものなのに。
すると庭野は、スプーンを加えてややズレた答えをした。
「公には言ってませんけど、当然報告はしてますよ。印税も入ってきちゃいますし、副業扱いになりますからね。人事に申請出したのと、身近なところですと部長とグループ長には言ってますね」
「いや、そういう話じゃなくて」
のんびり指を折る庭野に、丹原はちらりと背後を見た。たったそれだけで、庭野と親しくしている二三人が目にはいる。
「例えば前野とか、宮原とか。確か、フットサルによく行くメンバーにお前も入っていただろ。あの辺には話してないのか?」
「ああ……そういうことですか。いえ、言ってませんよ。ていうか、報告義務云々を別にしたら、先輩以外に知っているひとはいないです」
なぜだか庭野は、困ったような顔でそう説明した。
今日日、副業も珍しい話ではない。実際に話を聞くのは初めてだが、うちの会社にも副業申請を出している社員が何人かいると聞く。だというのに、敢えて隠しているというのは。
(もしかして、あまり知られたくないことだったのか?)
ちらりと、頭の中を疑問が掠める。けれどもそれもつかの間のこと。すぐに、庭野が話題を変えてきたからだ。
「んで? 先輩は携帯で何見てたんですか? とっさに隠したってことは……もしかして、エロいサイトだったりして?」
「ばっ!? んなわけあるか!」
「えー? じゃあ、教えてくださいよー、ねえねえ」
「ばっか、くっつくな! あっちいけ!」
「ちぇー」
面白がってスマートフォンを取り上げようとする庭野と、意地でも隠そうとする丹原。
そんな二人の後ろ姿に、二人を知る同僚は首を傾げていた。
「なあ。丹原と庭野って」
「ああ、うん」
「「あんなに、仲良かったっけ??」」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる