47 / 50
第四話 百鬼夜行とあやかし縁結び
13.
しおりを挟むわずか数分後、私たちは土俵を見下ろす客席の一角に並んで座っていた。
私たちの視線の先では、きょとんとした顔の狐月さんが、出場者として土俵に上がっている。
「ソータぁ、いっけえー!」
やんや盛り上がる観客たちの中で、早くもキヨさんは場に馴染んで、無邪気に拳を振り上げている。その横で私といえば、軽くパニックに陥っていた。
「だ、だだだだ、大丈夫なんですか!? 相撲大会って、力比べなんですよね!? 狐月さん、捻り潰されちゃいますよ!?」
土俵でぽかんとしている狐月さんは、はっきり言って細身だ。対して相手の妖怪は、とにかくデカくてゴツい。あれ、たしか塗りかべって妖怪じゃなかっただろうか。
狐月さんを指差しアワアワと青ざめる私に、コン吉先輩が呆れた。
「落ち着けって。俺たちの中じゃ、主が一番適任だし、なんなら負けるわけないんだから」
「で、でも。あんなに体の大きさが違うし!」
「黙って見てなよ、すぐにわかるから」
コン吉先輩が言うように、私は相撲大会が再開してすぐに、認識を改めることになる。
なんと狐月さんが、軒並み自分よりはるかに大きい出場者たちを、顔色ひとつ変えずに次々に放り投げ始めたのだ。
「そーれ」
「いよっと」
「えいやっ」
「よっこいしょ」
気の抜ける掛け声に合わせて、狐月さんが対戦者をちぎっては投げ、ちぎっては投げの圧勝を続ける。そのお手並みたるや見事なもので、応援するギャラリーも大喜びだ。
「やったれ、主!」
「よし、いいぞ!」
「キツネツキソータ様、鮮やかなお手前にございます!」
「きゅうー!」
「なにこれ、なにが起きてるの」
唖然として、私は後ろにもたれる。その横で、いたずらが正解した子供のようにヌエさんがにんまりと笑った。
「コン吉はんが言うとったではありませんか。心配するだけムダですよと」
「だってまさか、こんな風に狐月さんが圧勝すると思わなかったんだもの」
そりゃあ、前にも狐月さんが、ぐーぱんひとつで天狗を空から多摩川に叩き落とす様は見たけども。
呆れる私の視界の向こうで、今度はずんぐりむっくりした大入道を「そおれっ」と狐月さんが放り投げる。投げられる方も受け止める方も、やんややんやの大喝采だ。
するとのんびりと頬杖をついて、ヌエさんが目を細めた。
「この相撲大会は、力比べ&妖力勝負なんです。加えて我らが大将――ソータはんは、狐月家のなかでも先祖返り言われましてね。ほかの出場者の妖力が猿山のボス猿並みとするならば、大将の妖力はゴリラ級なんですわ」
「ゴっ!?」
「ねえ? 見えへんでしょう。あない優しそうなお顔をしてはりますのに」
にぃーと笑ってから、ヌエさんは再び狐月さんに視線を戻した。
「そんせいで大将も、昔はそれなりに苦労しはってなあ。まあ、大将になにか悪さしようもんなら、我らあやかしが黙っておりませんでしたが」
そう話すヌエさんの瞳の色に、私は一瞬肌寒いものを感じる。このひとも間違いなく妖怪なんだと、今更のように私は意識した。
けれども次の瞬間、再びヌエさんはにへらっと普段通りのつかみどころのない笑みに戻った。
「しかし、人間はええですな。めんこかった大将もいまではこない立派な大人になり、スズはんみたいなええ子と仲良うしてる。――あんたと一緒にいるときの大将は、えらい楽しそうですわ」
「え?」
「ほら。これで決着がつきますやろ」
ヌエさんが指差した通り、それが最後の取組となった。相手はなんと、狐月さんの3倍は体格がある大きな赤鬼。鬼ヶ島からのエントリーで、去年の優勝者だそうだ。
「ま、まいった~」と。ひっくり返ったまま赤鬼が両手をあげたのが合図となった。
わっと湧く観客席に導かれて、司会のひとつ目小僧がマイクを手に小躍りして土俵にあがった。
「今年の優勝は、なああんと人間だ! 東京・寺川にこの人の名前あり! キツネツキソータだあ!」
「突然乱入してごめんね」
狐月さんらしく控えめに笑ってから、狐月さんはマイクを受け取り、やんややんやと盛り上がるギャラリーに訴えかける。
「僕が相撲大会に参加をしたのは、とある妖怪を探してのことなんだ。あやかし縁日に来ているかどうかも定かじゃないんだけど……みんなの力を貸してくれないかな」
「なんだあ?」
「人探しだってよ」
狐月さんの呼びかけに、妖怪たちは不思議そうに顔を見合わせる。そこをチャンスと、ヌムヌムが短い四肢でぴょんぴょんと観客たちの頭を飛び越えていくと、そのまま狐月さんの肩に飛び乗った。
「お集まりの紳士淑女、魑魅魍魎の皆々さま。探しびとというのは、我が愛しの伴侶、我が愛、ワタクシと同じ姿をした小さきシーサーでございます」
「ちっさ!」
「あんたの嫁さんがどうしたって?」
わらわらと身を乗り出す妖怪たちに、ヌムヌムは狐月さんの手に滑り降りて、そこで目いっぱいみんなの目に映るように前足を広げた。
「そのシーサーは、東京よりはるか故郷・沖縄を目指すべく、今日この地に来ているようなのです。可哀想に。我が愛しのシーサーは、どんなにか心細い想いをしていることか! 皆々さまの中に、憐れな迷いシーサーを見た方はいらっしゃいませんでしょうか?」
ざわざわと妖怪たちがさざめきあう。多分だけど、隣同士やちかくの家族や友達と、そんなシーサーを見かけたかどうかを話し合っているようだ。
ややあって、あちこちから声があがる。
「すまんなあ。おいらは見てねえよ」
「あたいもだよ。ごめんねえ」
同じように「わからない」「知らない」と方々から返事がくる。中には親身になって「アタシも一緒に探してあげる!」なんて言ってくれる妖怪もいるけれど、肝心のマイマイの目撃情報は上がってこなかった。
「今日はもう、空振りですかね……」
目に見えてしょんぼりするヌムヌムに、私の胸もチクチク痛む。けれどもこれだけ手を尽くしても見つからないとあらば、「あやかし縁日にマイマイが来ている」という前提から疑わなければならないかもしれない。
私が諦めかけた時、隣のヌエさんがひどく、愉快そうに肩を揺らして笑い始めた。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜
四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】
応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました!
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。
ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。
大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。
とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。
自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。
店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。
それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。
そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。
「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」
蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。
莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。
蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。
※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
千里香の護身符〜わたしの夫は土地神様〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
ある日、多田羅町から土地神が消えた。
天候不良、自然災害の度重なる発生により作物に影響が出始めた。人口の流出も止まらない。
日照不足は死活問題である。
賢木朱実《さかきあけみ》は神社を営む賢木柊二《さかきしゅうじ》の一人娘だ。幼い頃に母を病死で亡くした。母の遺志を継ぐように、町のためにと巫女として神社で働きながらこの土地の繁栄を願ってきた。
ときどき隣町の神社に舞を奉納するほど、朱実の舞は評判が良かった。
ある日、隣町の神事で舞を奉納したその帰り道。日暮れも迫ったその時刻に、ストーカーに襲われた。
命の危険を感じた朱実は思わず神様に助けを求める。
まさか本当に神様が現れて、その危機から救ってくれるなんて。そしてそのまま神様の住処でおもてなしを受けるなんて思いもしなかった。
長らく不在にしていた土地神が、多田羅町にやってきた。それが朱実を助けた泰然《たいぜん》と名乗る神であり、朱実に求婚をした超本人。
父と母のとの間に起きた事件。
神がいなくなった理由。
「誰か本当のことを教えて!」
神社の存続と五穀豊穣を願う物語。
☆表紙は、なかむ楽様に依頼して描いていただきました。
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

山下町は福楽日和
真山マロウ
キャラ文芸
〈ゆるやかに暮らす。大切な人たちと。〉
失業中の日和が赴いたのは横浜山下町。
そこで出会ったわけありイケメンたちに気に入られ、住みこみで職探しをすることに。
家賃光熱費いっさい不要。三食おやつ付き。まさかの棚ぼた展開だけれど……。
いまいち世の中になじめない人たちの、日常系ご当地ものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる