インターセプト

レイラ

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5幕

イップス

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 インターハイ予選で悔しい敗戦をしてから、3日後。城伯高校は既に練習を再開していた。あれほど悔しい思いをしたから、もっと練習して強くなりたいという気持ちが強くなって、全員の気持ちが高ぶっていた。ただ、1人を除いては。

 慧はインターハイ予選の試合でも途中で、リバウンドができないと訴えていた。ジャンプがいつものように跳べない。そんなことを言っていた。それは、確実に慧を追い詰めていたみたいだ。

 慧の状態は深刻で、練習中も驚くようなことが起こっていた。普段と変わらない練習のはずだ。

 5対5の練習で、慧はノーマークの状態でシュートを打てるチャンスだった。慧もそれはわかっていたのでシュートをしようとしていた。

「なんで……?」

 慧は自分でも理由がわからなくて困惑している。足が震えてジャンプができない。シュートもできずに、ボールはリングの高さに到達しないまま落下。その後も走れないでいた。

「どうした? 慧……?」

 俺は慧の異変に声をかけた。慧は深刻な顔をしてこぶしを握り締めていた。明らかに慧の様子がおかしい。シュートもリバウンドもできなくなっている。いつも、できているはずなのに。

 慧自身も原因がわからないから、答えられないのだろう。俺はどうすればいいのか。何故、突然、こんなことが起こったのか。

「普段はなんともないんだ。だけど、バスケの時だけ足が震えて足が動かない」

 慧が告白する。その告白にメンバー全員、信じられなかった。

「どういうことだ? バスケのときだけ足が動かない?」

 貴が聞き返す。慧は貴の質問に頷くことしかできなかった。

 城伯高校のメンバーは、皆、優しく、慧のことをわかっているから、慧を責めたりはしない。でも、他人から見ればやる気がない、サボっているとしか思えない。

 教室でも授業中はいつもの慧と変わらない。それは俺と美香が、慧と同じクラスで普段から一緒なのでよくわかっている。体育の授業の時も身体を普通に動く。運動神経の良い慧は、体育の授業でも大活躍だ。それでも、体育でバスケをするときは足が動かなくなる。

「サボってるのか?」

「やる気がないのか?」

「バスケ部だろ! なんでできないんだ!」

 クラスメートからそんな声が飛びかかっていて、慧は更に追い詰められていたのも事実。かなり辛そうだ。更に、放課後、部活としてバスケをする。楽しいものであるはずのバスケが、慧にとって楽しくない。

「慧、自分のペースでいいから。焦らずに行こう」

 結局、俺はこんな言葉しかかけられない。バスケ部のメンバーも大丈夫だからと声をかけている。本当は俺たちの言葉は気休めにしかならないだろう。慧は大丈夫とはとても言えない状況。慧本人が一番苦しいんだ。

 俺たちは慧を助けてたい。でも、どうする? 全くわからない。そういう日が続いて1週間。慧の足の震え、足が動かない状態は変わらなかった。そのため、練習も見学していた。美香と一緒にマネージャーの仕事を手伝いながら、慧はもどかしさを感じていたのかもしれない。バスケのときだけ、覇気がなくなっていて、言葉も少なくなってしまった。

 そんな日々が続いていて、高宮コーチも心配していたらしく、いろいろと調べていたようで。

「一度、病院行ってみないか? スポーツ医学を専門としている病院だ。そこの精神科医に」

 高宮コーチに言われて、俺たちは驚愕の声を上げた。

「精神科医? 慧は心の病気なのか?」

 灯が聞き返すと、高宮コーチは深いため息をついてから、説明した。

「もしかしたら、イップスかもしれない」

 高宮コーチの言葉に、また、俺たちは目を丸くした。

「イップス?」

 メンバー全員が目を丸くして顔を見合わせる。イップス? イップスってなんだ? 俺の頭の中は混乱している。これは病気なのか……

「慧みたいに普通に生活している分には支障はないんだが、特定の動作のとき……慧でいったら、リバウンドをとる、シュートをする、走ると言った、バスケで行う動作のときだけ、体が動かなくなったり痺れたり震えたりするんだ」

 高宮コーチの説明を聞いて思い出した。以前、テレビでやっていた。確かあの時は、プロ野球選手が投げられなくなったとか。普段は全くいつもと同じように生活できるのに野球で投げるときだけ、手が震えて投げられないとニュースで見た。これが慧にも起こっているのか。

「まぁ、まだ、どうして、こんなことが起こるのか解明されていないらしいが、イップスになる人は、最近、増えているみたいだ」

 高宮コーチも心配そうに慧を見ている。どうにかして立ち直って欲しい、また、復活してほしいという想いが伝わってきた。

「その病院は、俺が日本代表候補の育成コーチをやっていたとき、よくチームを診てくれていたんだ」

 高宮コーチは、慧の肩を叩いて病院に行こうと合図した。そして、これを機にあることを考えていた。俺たちが高宮コーチの考えを知るのは、慧の診断結果がわかってからだった。
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