眠り姫は子作りしたい

芯夜

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第一章 眠り姫は子作りしたい

14 忘れていましたよね①

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大慌てで帰宅したビオラたちを、孤児院の食堂で神官長が出迎えた。

買い物をして着替えて戻ってくるのは分かっていたので、出迎えようとして待っていたのだ。
子供たちに絵本の読み聞かせをしている傍らでは、本を読んでいる少し大きな子供たちもいる。
食堂の暖炉には火が焚かれており、一番温かい部屋なのだ。

「おかえりなさい。そんなに慌てて、どうしたのですか?」

「ただいま戻りました。シャルロッテさんの顔が赤くて、熱が出ているのではないかと。」

本を読んでいた獣人の子供は顔を上げ、神官長に何かを囁いた。
読み聞かせに夢中だった子供たちは、野暮ったい美人がとびっきりの美人になって戻ってきたことに歓声をあげ、シャルロッテの足元に集まっている。

口々に美人や綺麗だと言ってくれるので、シャルロッテはご機嫌だ。
照れることも謙遜することもなく、素直に喜びありがとうと礼を述べていた。
それは心の荒んだ大人達でもほっこりするような、裏表のない優しく平和な光景だった。

「ふむ……。シャルロッテさん、少し触りますよ。目を閉じていてください。」

「えぇ、良いわよ。」

目を閉じたシャルロッテに神官長の顔が近づき、こつんと額が触れ合った。

額を離した神官長は、今度はシャルロッテの首筋に手を当てる。

「っん……。」

びくりと反応が返ってきたのを見て、子供たちは熱を測るのにくすぐったがらせたらダメだと神官長を責める。
首にしこりが無いかを確認しようとしているのは分かるのだが、くすぐったがりの子供はこれが苦手なのだ。

それに神官長はすみませんと苦笑を漏らしながら、シャルロッテに目を開けても良いといった。

「どうやら風邪を引いているようですね。咳は出ていないと思いますが、身体の怠さや、身体の火照りを感じていませんか?」

「そうね……咳は出ていないし、気怠いのは確かだわ。なんだか、とは違う感じの怠さだなぁって思っていたの。身体もポカポカするけれど、寒く無くて丁度いいと思ってたわ。」

「やはり間違いないと思います。ですし、先日ずぶ濡れだったと聞いていますからね。恐らくでしょう。」

その神官長の言葉を聞いて、敏い一部の子供たちは理由を察した。
勿論ビオラも。

そして勘づいた誰もが思ったのだ。
【氷刃】は何をやってるのだと。

「これが風邪……皆から離れなきゃ!部屋に戻るわっ。皆、移してしまうといけないから、部屋に来ては駄目よ?それから今すぐに手洗いとうがいをして、身綺麗にしてちょうだいね。」

風邪を移しては大変だと、シャルロッテは慌てて自室へ戻った。
特に小さな子供は他愛のない風邪で命を落とすこともあるという。未来を担う子供たちの死は国にとって大きな損失だ。

その後をビオラも追いかけ、これから寝台で寝る時にはこの寝間着に着替える必要があると説明しネグリジェを手渡した。

それに着替えたシャルロッテはビオラも追い出し、いそいそと布団に潜る。

念のため自分に『ヒール』をかけておくが、ヒールは自身の回復力を強めて早めるもの。
創傷には素晴らしい効果を発揮するが、病気に関しては気休め程度。患者自身の体力や免疫力が大事だ。
病気から回復するには、身体を休めて体力と魔力を温存するしかない。

それから数日間。

シャルロッテが会うのはビオラと神官長だけにしてもらい、安静に眠り続けて毎日を過ごしたのだった。



その部屋にはむせ返るような雄と雌の匂いが立ち込めていた。

しっかりと防音加工を施された壁に囲まれた小さな部屋。
あるのは大きな寝台とサイドテーブル。荷物を入れる為の籠と、魔道具になっている水差しだけというシンプルな部屋だ。

この建物。
いや、花街と呼ばれるこの一角にはいくつか建物があり。その中でも一番大きな建物には同じような部屋がいくつもあった。

「あら、もう良いの?だいぶ回復したから、今から一回くらいできるわよ。避妊魔法はかけ直しに行かなくても、リュクスがかけてくれるんでしょう?」

一糸纏わぬ姿で休憩をしていた女は、自身を慰めるのを止め、帰り支度を始めたリュクスに話しかけた。

「もうエリスの世話になるほどじゃない。……負担をかけてすまない。」

「うふふ、私とリュクスの仲じゃない。私も楽が出来て良いわ。確かに今回は激しかったけれど、魔障の大森林に行っていたのでしょう?それも一か月も。きっと他の子はこの、女の子をとっかえひっかえしてるはずよ。それにもう暫く、ね。」

エリスという娼婦は、リュクスとは長い付き合いだった。

リュクスはエリス以外を相手にしない。
【氷刃】が外から返ってきたと花街に報告が来れば、エリスはリュクスの為に待機することになるのだ。
どの冒険者が外に出て、戻ってきたのか。逐次知らせが来るようになっている。

そもそもリュクスがエリスだけを指名するようになったきっかけは、ある娼婦がわざと避妊魔法をかけずにリュクスの反動の相手をしたからだった。

避妊魔法は自分でかける場合もあるし、自分では無理でも専任の者がかけてくれる。
花街で働く女性が避妊魔法を施さずに客を取るなんて言うことは、普通なら到底考えられないことだ。

その頃のリュクスはまだ反動を上手くコントロールできず、なるべく同じ相手を選ぶようにして花街を利用していた。
今以上に他者を警戒していたリュクスは、多くの人間と肌を重ねることを好まなかった。

それでも花街を利用していた理由はただ一つ。

反動中は対応できる決まった相手が居るか、自制が効く状態になるまで花街から出てはいけないという規則があるため、嫌でも花街にいなくてはいけないのだ。
そこには娼婦や男娼と共に過ごすことも加えられていて、花街に住むものの給料は冒険者ギルドの解体手数料などに上乗せされている。

ちなみに花街への出入口は冒険者ギルドの訓練場に一つあり、理由は単純。
普通は狩った魔物が腐る前に納品したいし買い取りたい。だから花街よりも先に冒険者ギルドに寄ってもらい、その足で花街に行ってもらうのだ。
緊急事態で花街に余裕が無い時は、目の前で体力を使って散らせという意味も込められている。

事件が起きた日。煩悩の中で魔力的な違和感に気付いたリュクスは、辛うじて外出しすることが出来た。
まさか避妊魔法を施していない娼婦がいるとは思わなかったのだ。

静かな怒りは魔力を漏れ出させ、交代を呼ぶためのベルが鳴った。
当然。交代要員として呼ばれたと思った娼婦が訪れたのだが、部屋の中には霜がおり、裸の女がブルブルと震えていた。

この時交代で行った娼婦が、まだ新人だったエリスだ。

それまでも魔力的な痕跡を見つけることの上手かったリュクスは、その事件の後。花街にきて対応する相手の身体を念入りに調べるようになった。
そんなリュクスに避妊魔法を教えたのも、もちろんエリスである。

毎回自分で避妊魔法をかけてくるが、リュクスも毎回かけてくる。
エリスはそれを受け入れるし、傍には居るが求められなければ対応しない。
それは他の冒険者ではあり得ないことだった。

そもそも【氷刃】でよく花街を利用するのはローレンとコンラッドの二人だ。
あの二人はセットで、対応の娼婦は最初だけ少し大変だが一人でいい。
大変だが乱暴をされるわけではないので、反動中の荒くれ者に慣れたベテラン娼婦なら、寧ろ喜んで立候補するほどだ。
四人の中で一番長く花街に滞在する二人でもある。

グラスは滅多に来ないが、それでも三日以上王都を離れた時には来ることが多い。
体格のいいグラスにはあえて小柄な娼婦をあてがう。
他の冒険者と違い、小さな身体に負担をかけないようにと、反動中なりに優しく抱いてもらえるのだ。
実際問題。行為そのものは反動中のため割と激しくはあるのだが、そこに気遣いが含まれるだけでも身体の負担が大違いなのである。
グラスに関しては下手に背丈が普通以上の女性が対応すると、がっつり抱き潰されてしまうので注意が必要である。

リュクスはグラスと一緒に訪れるか、グラスよりも頻度は少ない。
それでもエリスの身体が空いていなければ待合室で待ち続けるので、今ではリュクスの対応が最優先事項になっている。他の冒険者の相手は、拘束時間が短そうな相手が選ばれていた。

程度が軽い時には一緒に過ごし、自身を慰めて欲を散らすリュクスとキスをする。
それでもダメなら口で奉仕し受け止める。

そして今回のように反動が強すぎる場合は、他の客と同じように蜜壷で受け止める。
正直なところ。妊娠を恐れて後孔を使われるより、蜜壷に受け入れた方が身体が楽なのである。

避妊魔法を教えたのはリュクスのためであり、エリスのためでもあった。

求められたら対応するだけの気楽な関係。
それも決まりと仕事だからという、かなりドライな関係だった。

「また会えることを祈ってるわ。」

それはエリスの本心からの言葉。

長く花街で仕事をしていると、嫌でも二度と会えなくなったことを知ってしまう。
また会えるということは、ちゃんと生きて戻ってきたという証なのだ。

そんなエリスの胸に金貨を一枚差し込み、リュクスは帰って行った。

互いに身支度を終えた見送りで、谷間に硬貨を入れるのはチップだ。
残念ながら胸のない女性はブラジャーの中に、男性は胸ポケットに入れて貰う決まりである。
毎回相手が変わる場合は別だが、馴染みの人を相手にする場合はチップを渡してくれる客がほとんどだ。

その額を見て、余程反動が辛かったのねとエリスは苦笑したのだった。



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