眠り姫は子作りしたい

芯夜

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第一章 眠り姫は子作りしたい

13 お買い物

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「こんにちは、マリンです。マダムはいらっしゃるかしら?」

一軒のお店の前で止まった馬車からテッサの手を借りて降り、マリンがその扉を叩いた。
シャルロッテの傍にはビオラが付き添い、御者席にはテッサが座る。
テッサは馬車停まりと呼ばれる場所まで移動するらしい。

出てきたのはペンシルラインのドレスを着た妙齢の女性だった。

「こんにちは、マリンさん。」

「今日もお客さんを連れてきたの。こっちのお姉さんだよ!」

「そちらの?」

髪の毛は淡いグレーだが、珍しく瞳の方に色が出ているらしい。
明るく澄んだ赤い瞳が、遠慮なくシャルロッテの姿を上から下まで確認する。

何故かは分からないが居心地の悪さを感じたシャルロッテだったが、その後ろではビオラが静かに怒りを募らせていた。

マダムから小さな溜め息が漏れる。

「こちらの女性をわたくしのお店に連れてきた意味は分かりますわ。でもね、マリンさん。今日はそれをお受けすることができないわ。」

「えぇ!?お金はちゃんと払えるよ。シスタービオラが払ってくれるの。」

「確かにシスターも付き添っていて、身元は確かな方だと思うわ。でも、ドレスコードを満たさないの。この女性ならわたくしのお店より、花街にあるお店の方がお似合いだわ。」

そう言って扉が閉ざされた。

そのやり取りを見守っていたのだろうか。
周囲からクスクスと嘲笑うような声が聞こえてくる。

今まで連れてきたお客さんを断られたことが無く、ビオラの求めるものならばこの店がぴったりだと思っていたマリンは、予想外の対応にしゅんと項垂れた。

「シャルちゃん、シスタービオラ。ごめんなさい、嫌な思いさせちゃって。」

「いいのですよ、マリン。少し早いですが、次の予定地に行きましょう。そちらにも取り扱いがあるはずですから。」

ビオラはマリンを慰めながら、空気の悪いこの場所から足早に移動する。
そうでもしないと、陰口を叩くご婦人方に怒鳴りつけてしまいそうだった。

シャルロッテはというと、断られたことを気にした様子はなく、ビオラに手を繋がれての移動だ。繋がれているのはマリンではなく、キョロキョロと視線の忙しいシャルロッテだ。

次の商会は馬車停まりを通り過ぎた先にあるので、ついでにテッサも回収しに行く。
時間が早まっただけで、元からその予定だったのだ。

テッサを加え、さぁ移動しようとしたとき。
恰幅の良い一人の男性が息を切らせて到着した。

「マリンさん!お待ちくださいっ。」

「あれ?さっきのマダムのところの人だよ。いっつも奥にいて、時々お菓子をくれるの。」

「いかがなさいましたか?先程、そちらのお店に断られた私共に、これ以上用は無いかと思いますが。」

笑顔の欠片さえ見せないビオラに、男はすくみながらもマリンに銀貨を手渡した。
そのいつもとは違うキラメキ煌めきをマリンは喜ぶ。

「これはいつものお駄賃だよ。迷惑料で、少し多くしてあるからね。先程は失礼いたしました。我々のお店には、どうしてもそちらのお嬢様をお通しすることが出来なかったのです。周囲の目があり、貴族は噂に敏感です。身なりは質素ですが、髪や肌を見れば何か理由があってのことだと思います。ですが基準を満たさない者を招けば、結果として店が潰れることになってしまうのです。」

何卒ご容赦くださいませ。と男が頭を下げた。
そして懐から一つの封筒を取り出した。

「謝罪にはなりませんが、こちらは花街にある店への紹介状になります。そちらのお店は技術も確かで、店主の人柄も良いです。下着がメインの店ですが、ワンピースも置いてあります。そちらの店で必要なドレスやワンピースもお申し付けください。カタログを届けておきますね。セミオーダーやオーダーメイドのお求めの衣類は当店にて準備させていただき、そちらのお店にお持ちいたします。この度は不愉快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。」

再度深々と頭を下げた男とシャルロッテの表情を見て、ビオラは表情を和らげた。

「謝罪を受け取りました。紹介状もありがとうございます。間違いなく注文させていただくと思いますので、よろしくお願いしますね。」

「はい。オーダーをお待ちしております。」

さぁ参りましょうかと、ビオラはシャルロッテたちを促した。

渦中のシャルロッテはというと、子供たちを捕まえて種類の異なる魔馬の名前を聞いて目を輝かせていたのだ。
珍しいグリフォンもいて、空を飛べるという話を聞くと「じゃあ食べられる魔物なのね!」と言っていた。言葉を理解しているのか、怯えたグリフォンと慰める御者を見て少し申し訳なくなったのだった。



続いて訪れたのはセントラル商会。
古くから続く大きな商会で、激戦区である王都でも一番の大きさと品揃えを兼ね備えている。
商品は日用品から食料、魔道具から家具まで。ここにくれば欲しいものはすべて揃うと言われている。
衣類もこだわりが無ければ、シンプルなものはココで購入できるくらいだ。

五階建てになっている建物の一階には受付や商談スペースがあり、そこまで物を持ってきてもらうか、場合によっては二階より上にある展示スペースで実物を見て決めることも出来る。

ビオラが受付で一通り揃えたい旨を伝えると、奥の方にある個室に通された。
シンプルながらも可愛らしいワンピースを着た受付嬢から、執事服をピシッとまとった男性にバトンタッチする。

「ようこそ、セントラル商会へ。まずはそちらのソファへどうぞ。」

立派な応接セットに座り、四人の目の前には紅茶が出された。
更に浅めのボウルに焼き菓子が乗せられ、一人分ずつ目の前に出された。

テッサとマリンは瞳を輝かせビオラを見る。
ビオラが頷いて許可を出したので、幸せそうにお菓子を摘み始めた。

シャルロッテも気になって齧ってみたが、香ばしくて甘いのにサッパリとした匂いと味もするお菓子だった。
サッパリとした匂いは柑橘系の物で、出されているのはオレンジピールの入ったマドレーヌだった。

そんな5cm大のマドレーヌが、一人五個ずつ配られたのである。
一つでお腹がいっぱいになりそうだと、二つずつテッサとマリンに分けたらとても喜ばれた。

紅茶の方は雑味が少なく良い香りがしていて、熱いけれどとても美味しい。

そうやってお子様三人がお菓子を食べている中。
既に受付から聞いていくつか商品見本を持ってきていたのか。商人とビオラはどんどん購入品を決めていく。

予算は余裕過ぎる程あるため、必要そうな良い品であれば値段を気にせず購入を決めた。
ヘアブラシも目の粗いものと、仕上げ用の二種類を購入する徹底ぶりだ。

髪紐や髪飾りに至っては、そこにマリンも加わり楽しそうに会話が弾んでいる。

洋服のお店では今の恰好のままじゃダメなので、シャルロッテの洋服を買おうとしていたのだと理解できた。確かに今の恰好は街中ならば良いが、外に出てしまうと防御力が無さ過ぎる。
まさかこの長い買い物がお金が無く何もいらないと言ったシャルロッテのためだとは思わず、蚊帳の外であるシャルロッテはこっくりこっくりと船を漕いでいた。

身体がぽかぽかとして気怠い。
そして何より刺激が無くて退屈で、それが眠気へと繋がっていた。

テッサも大きな欠伸を噛み殺す。
盛り上がった三人はそのまま展示室へと行ったのだ。二人は居残り組である。

「シスタービオラたちが戻ってきたら起こしてやるから、寝てていいぞ?にーちゃんたちと旅して帰ってきて、疲れてんだろ。」

少し距離を取って座り直したテッサを見て、シャルロッテは首を傾げた。
トントンと膝を叩いているが、意味が分からない。

「膝枕。そのまま寝たら首が痛いだろ?」

「ひざまくら?」

「知らないのか?足は乗せれないけど、身体を横にして、俺の膝に頭乗せて寝て良いぞって言ってんの。足は下ろしたままだぞ。ソファが汚れちまうから。」

説明はしたもののじれったくなったのか、テッサはシャルロッテの頭を引き寄せてその膝に乗せた。

「ほら、これなら寝やすいだろ。」

「うん、さっきより良いわ。これが膝枕ね。ごめんね、おやすみなさい。」

「あぁ、おやすみ。」

馬車や魔馬のこともそうだが、シャルロッテは思っている以上に世間知らずなんだなとテッサは思った。

馬車の中での会話は大人っぽく見えたのに、一緒に行動していると子供っぽいというか。変に擦れていない無邪気さがあった。
どういう経緯で連れ帰ってきたのか分からないが、【氷刃】の四人がわざわざ教会に面倒を見るのを頼んだというのも頷ける。

そうやってどれくらい寝ていたのか、起きろとテッサに起こされた。

眠たい眼を擦りながら身体を起こすと、ビオラたちは戻ってきている。

「お待たせいたしました。あとはシャルロッテさんの、当面の下着とお洋服を買いましょう。流石に今のまま過ごすわけにはいきませんからね。」

「これで良いわよ?」

グラスがわざわざ用意してくれた洋服だ。
防御力が無いことを除けば、素っ裸でも全く問題のないシャルロッテ的には問題ない。
今は寒季で空気が冷えるので衣服を着用しなくてはいけないと認識しているくらいだ。

暖季がやって来る頃には衣服の必要性をこんこんと説明することになるなど知らず、ビオラは頭を振った。

「流石にそのままという訳にはいきません。今日用意するものは既製品ですが新品ですので、シンプルながらも普段着には丁度いいかと。すみません。彼女の下着を三日分と、入りそうなシャツとスカートを5セット。恐らくワンピースは難しいと思いますので。それから外出用のコートを一つ。あとは寝間着になるネグリジェを二着とガウンをお願いできますか?」

「承りました。シャルロッテ様、まずはお身体の採寸をしますのであちらへ。採寸の際には申し訳ありませんが、今着ていらっしゃる衣服を脱いでいただくことになるので、予めご了承くださいませ。」

「分かったわ。確かに身体のサイズを測るのに他の衣服は邪魔だものね。」

スッと立ち上がったシャルロッテは。

その腰布の結びを解いた。

パサリと音を立て、腰布が床に落ちる。

腰布を取ってしまえば、現れるのは全く丈が足りていないが為に、座っている面々からは丸見えの下半身。
それすら気にすることもなく、凍り付いた空気にも気付かずにシャツに手をかけた。
上着は応接室に到着した時点で脱いで預けている。

「あー!!だめです!今、脱いではいけません!!」

ビオラが声を上げて行動を止め、マリンは慌てて腰布を拾いに行きその腰に巻き付けた。
既に胸元まで捲られ下乳の見えていたシャツは、ビオラの手によって下げられる。

真っ赤にした顔をサッと背けたテッサと、立ったままだった商人はくるりと背を向けているがその耳は赤い。

「どうして?脱がないと採寸できないって。」

「殿方の、いえ、人前で衣服を脱いではいけません!冒険者活動中は水浴び中に周囲の警戒が必要なので、仕方のないこともあるかもしれませんが。街中で殿方の前で素肌を見せて良いのは、子作りをする時だけです!相手が女性であっても、ドレスなど一人で着れないものを手伝ってもらう時やお風呂のお手伝いをしてもらう時など。素肌を見せるタイミングは限られますので、このような場で脱いでは駄目です!」

子作りという単語に、落ち着きを取り戻しかけていたテッサの顔はまた赤く染まる。

こほんと咳払いが響く。
さすがは商人というべきか、彼の表情はいつもと変わりない営業スマイルだった。

「説明が足りず申し訳ございませんでした。この奥の部屋が採寸室となっております。そちらの部屋に入っていただき、そこで衣服を脱いでください。中には女性のスタッフが居りますので、あとは女性スタッフの指示に従っていただければ大丈夫ですよ。」

「あっちの部屋ね?分かったわ。」

大人しく商人の指示に従ったシャルロッテを見て、一同は胸を撫でおろした。
商談スペースは小口の場合、衝立で区切っただけのような場所のこともある。

今回は衣服を買うため採寸・試着室があることもそうだが。
購入品が多岐にわたるためそれなりに良い待遇の商談室に通されたのだ。
男の商人もベテランである。
個室だったのはせめてもの救いだ。

一方試着室に入ったシャルロッテは全裸になり、女性スタッフに渡された辛うじて局部が隠れるだけのチューブトップと腰布を着せられ、しっかりと採寸された。

こんなにいろんな場所を計るのねと思ったが、計られたのは肩幅と腕の長さ、バストトップとアンダー、ウエストとヒップ。そして足の長さだけである。
最初に入ろうとしたお店では、腕回りなど更に細かく色々計られることをシャルロッテは知らない。

一応シャルロッテにも服の希望を聞かれたが、何でもいいと答えたためにビオラが決定権を得た。
というよりも、商会側はそのつもりでいくつか衣服を準備しており。採寸の結果でさらに絞られた内容を見せて、買うものが決まった。

カシュクールデザインの白シャツは、胸周りを基準にしたので長めの丈だ。
少し襟ぐりがV字に大きく開きすぎているが、そこから見える張りのある谷間は男性を魅了するだろう。

その下には流石にぴったりと合うブラジャーが無かったため、カップ付きのチューブトップを身に着けている。
基本的にブラジャーはあまり市販されておらず、どちらかというと貴族や花街の売れっ子がオーダーメイドで仕立てることの多い下着だ。胸の形を維持するためにも理想はブラジャーの着用である。
平民にとって、チューブトップが一般的な下着である。少し背伸びして市販のブラジャーだ。

パンティのサイズは問題なかったので、チューブトップに合わせたメンやシルクを使った生地にレースの装飾が施された物を。

スカートはシャツを絞ってその腰の細さを強調するように、ウエスト部分が少しハイウエストで帯のようになっているマーメイドラインのスカートが選ばれた。スリット入りで有事の際に走る邪魔にはならないだろう。
取り外し可能な共布の大きなリボンがあるのだが、邪魔になるし似合わないので今は取り外されている。
その色はアイスブルーでビオラが意図して選んだ色合いである。

実際シャルロッテの漆黒の髪とも相性が良く、明るいカラーの衣服は良く似合っていた。
足元にはレースの靴下を履き、白い魔物の革で作られたショートブーツを履いていた。
そのヒールは5cmほどで、歩きやすさも考慮されている。

着替えを終えたシャルロッテが応接間に姿を現した。
黙って大人しくしていれば、大人っぽくて目を惹く傾国の美女がそこにいた。

「これは……とてもよくお似合いでございます。出来ましたら、併せて装飾品もお勧めしたかったのですが。」

「本当に残念です。」

ネックレスにイヤリング、指輪やアンクレットも試着したのだが、シャルロッテからすれば綺麗だが身に付けたいとは思えないものだった。
邪魔だし要らないと突っぱねたのだ。

その代わり髪留めや髪紐は嫌がらなかったので、今は銀細工のバレッタで後ろ髪はハーフアップで留められている。

「あの金属は要らないわ。必要性を感じないもの。ビオラ、今日のお洋服はちゃんと支払うわね。まだお金が無いけれど、ちゃんと用意するから。」

「これは元より、シャルロッテさんのお金ですから。気になさらないでください。買い物は終えましたし、教会に戻りましょうか。紹介を受けたお店には後日参りましょう。シャルロッテさんがとびきりの美人ですので、皆ビックリしますよ。」

帰る前にコートをと、真っ白でフワフワの毛皮で作られたコートを着せられた。
とても肌触りが良く温かいそれは、フェアリースノーラビットという希少価値の高い魔物の毛皮で作られたコートだった。

本来ならばオーダーメイドで使うような毛皮で作られたコートは、とある貴族に注文されて仕立てたが引き取ってもらえず。仕立て屋が泣き寝入りしていたものを買い上げた商品だった。
寒がりだという貴族が沢山衣服を着こんで着膨れしても着用できるよう。かといってシルエットも崩れないように工夫の凝らされた一品だった。
サイズは既に採寸データを元に調整されている。

「ふふっ、本当に美人?リュクス達に見せたら、子作りしたいって言ってくれるかしら?」

「一般男性でしたら間違いなく。ですが、そればかりは本人に聞かないと分かりませんね。」

「それもそうね。良い商品を用意してくれてありがとう。」

「ご満足いただけたようで何よりでございます。またのご来店を心よりお待ちしております。」

ぺこりと頭を下げた商人に出口まで見送られ、馬車停まりまで戻り帰路についた。
ちなみに買ったものは全てテッサの持つマジックバッグの中に仕舞われている。

その道中。
テッサとマリンは首を傾げた。

シャルロッテの頬が赤いのだ。

歩いたからかなとか、眠たくて体温が上がっているのかなとか。
一時的に頬が染まっているように見えることがあったが、気にするほどものではなかった。
興味のあるものに惹かれてはしゃいでいるし、元気そうだから大丈夫だと思っていたのだ。

しかしセントラル商会から馬車停まりまでは歩いて五分とかからない。
ここまで頬が熱を持つ理由が無かった。

当のシャルロッテは、またもや窓の外を流れる景色に夢中だ。

二人は顔を見合わせて頷いた。
この寒空の下、湖で溺れたらしいのだ。風邪を引いたに違いないと。

その報告を受けたビオラが、街中の限界速度ギリギリで帰宅を急いだのは言うまでもない。


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