眠り姫は子作りしたい

芯夜

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第一章 眠り姫は子作りしたい

3 古き財産

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先頭を歩いていたローレンがすっと腕を横に伸ばした。
それを合図に後ろを歩く三人は歩みを止める。

真っ赤な毛皮のピクピクと動く三角耳が、懸命に音を拾おうとしている。

「なぁ……この先、音がしねーんだけど……。多分、あと一歩歩くと、なんかある。当たりだと思う?外れだと思う?」

リュクスたちの眼前には周囲と変わらない森林が見える。
辛うじて木々の隙間から昼夜が分かるだけの、鬱蒼と生い茂る森だ。

「こういうときのローレンの勘は当たるからな。……集いし水よ。硬く冷えわたる氷よ。鋭きその身で敵を穿て『アイスランス』。」

リュクスの詠唱に合わせて宙に浮かび上がった氷の塊が、ローレンが気にした場所に向かって飛んでいく。

目視できたのはローレンの一歩先までだ。

「……転移系じゃ無さそうだ。恐らく目くらまし系。」

「……行くか……?」

「あぁ。ローレン。念のため、尻尾だけこっちに置いて行ってくれ。」

「俺の尻尾は命綱じゃねーっつうの。仕方ねーからやるけどさ。そんかし、どっか飛んだらお前達も道連れだかんな。」

「はいはい、分かってますよ。何かあっても、四人いればどうにかなりますから。というより、ローレンがいないと僕達は飢え死に決定ですから。意地でも付いていきますよ。」

コンラッドの冗談かどうか判別の付かない言葉と共に、三人がローレンのふさふさの尻尾を握る。

本当はロープなどでお互いの身体を繋げるのが一番だとは分かっているが、もしもの場合に枷になってしまう。
昔からずっと、ローレンの尻尾は皆の命綱と一蓮托生の道しるべの代わりだ。

ちなみに飢え死にについては割と本気である。
ローレンが料理好きでずっとお任せしていたため、残る三人は辛うじて大雑把に切って焼くことが出来る程度の料理スキルだ。

「せーのっ!」

意を決して一歩を踏み出したローレンは、喜びに一人ガッツポーズをした。
そしてそのまま歩いて後ろの三人も引き入れる。

「……ここは……。」

「セーフティーエリアになってるな。」

「小さいですけど遺跡ですね。早速中に入りましょう。」

「まっかせろ!」

パッと尻尾から手を離されたローレンは、四角い小屋の壁や入り口を念入りに調べる。
扉の前ではリュクスが魔力的な仕掛けが無いかを確認し、グラスとコンラッドは周囲を警戒する。

この平屋に見える小屋と、その周囲2mほどの小さな空間だけがセーフティーエリアになっているようだ。
そのこじんまりとした範囲だけ、空気が澄みわたっている。

「こっちおっけー。リュクスは?」

「問題ない。」

「んじゃ、早速!お宝拝見と行きましょうかっ。」

今までの疲れが吹っ飛んだとばかりに笑顔のローレンは、両開きの扉に手をかけ押し開いた。

建物が崩れている遺跡は埃や塵が積もっているが、どういう訳か完全な状態で残っている遺跡の中は小綺麗だ。
外壁が蔦などに覆われておらず、室内だけを見せられたら、つい最近まで人が出入りしていたのだろうと勘違いしてしまいそうになるくらいに。

こういった民家のような遺跡の場合。
多くは家庭で使うような道具や、生活の痕跡。あとは書物が見つかったりする。
本棚の一部が抜けていることもあり、それが元からなのか、故意に抜き去った後なのかは分からない。

どちらにせよ、遺跡に入る際の原則は。
一度入ったら持ち出せるものは全て持ち出すこと、だ。

辛うじて形を保っていたような建物でも、完全な遺跡でも。
ダンジョンになっていなければ、中に入った人間が全て外に出た段階で崩壊する。

理由は分からないが、役目を終えたとばかりに瓦礫の山になってしまうのだ。
その瓦礫も一か月もすれば風化し、風に乗って散らばり。跡形もなくなってしまう。
瓦礫を掘り起こしアーティファクトを手に入れても、出入り口から出なかったそれらは風化してしまうのだ。

この場所の場合、残るのは開けたセーフティーエリアだけだろう。

すっと開いた扉。

開くと同時に天井の灯が付いて、部屋の中が照らされる。

それは今までの遺跡とは異質だった。

部屋の中央に鎮座する円柱状の魔道具。
そこから放射線状に八つの容器が並んでいた。

「これ、なんだ?」

「ロストテクノロジーのことは分かりませんよ。」

恐る恐る近づき、横長の容器の中を覗く。
人一人余裕で横になれそうな広さの容器は、中を覗き込んでも何かしらの液体が入っているだけだった。
真っ白な容器の中に液体が入っている。ただそれだけだ。

リュクスとグラス、ローレンとコンラッドに分かれて。
それぞれ逆回りで順番にカプセルの中を覗いていく。

この水が特殊なのか。
それとも昔何かをここで育てていたのか。
皆目見当がつかない。

それにこの中心の円柱から連なる八つのカプセルは、全て床にしっかりと固定されている。
とてもじゃないが持ち出せそうになかった。

リュクスとグラスの確認する最後の一つ。

その中身だけが違った。

「黒い……?」

「……っ!!」

手前から中心へと視線をずらして黒い中に埋もれる様に在る女性の顔に、驚いたグラスは息を飲み。
リュクスは魔力的な違いが無いか確認しようと伸ばしていた手で、思わずカプセルに触ってしまった。

ピーーー。

甲高い音が響き。

咄嗟に四人は魔道具から離れ戦闘態勢を取った。

《生命反応を、か……ち、シマシタ。スグに、ま、リョク……ピピッ、ガガッ。》

魔道具は壊れかけているようで、途切れ途切れの音声が流れる。

「魔力を……流せという事か?」

「だと思いますけど……。魔道具でしたら、動力が必要でしょうし。」

「もしかしてだけど、この顔だけ見えてる眠り姫ちゃんが古き財産ってこと??」

「……知恵……。」

「仮にこの人の持つ古の知恵が詰まってたとして、僕達が出たらこの遺跡壊れちゃうんですよ?どうしろっていうのさ……。」

「なんにせよ、魔力を流してみれば分かることだ。いくぞ。」

リュクスの声掛けに、三人は頷いた。

一つだけ中の満たされたカプセルに手を置き、リュクスはゆっくりと魔力を流していく。

このカプセルに触れた時に魔道具が喋り出した。
恐らくこのカプセルが核だと当たりを付けたのだ。

魔力がぐんぐん吸われていく。

頭が痛くなりはじめ、これ以上は危険だと思った時。
ようやく魔力を吸われなくなった。

リュクスは密かに安堵のため息を吐き、魔道具の反応を待った。

《ピピッ……魔力の提供を確認。新しき時代を生きる生命いのちよ。感謝いたします。あと半年もすれば、最後の命が尽きてしまうところでした。》

「最後の、命……?」

返事を期待した訳ではなく、リュクスは疑問を口にしただけだった。

それなのに魔道具はそれが質問だと受け取り、返答を返す。

《はい。いま、貴方が触れるカプセルで眠る人間の女性です。我々は古き時代に、未来を託されました。新しき生命がここを訪れたということは、地上に残った始祖たちが役目を成したのでしょう。貴方のお陰で、私は使命を果たすことが出来ました。どうか、彼女をお願いします。》

「ちょ、ちょっと待ってください!魔道具が自由に喋るのもそうですけど、この子生きてるんですか!?それにお願いしますって……。」

《私はマザー。この八人を教え導き、成長を見守る存在。永すぎる時の中、最後の一人しか生き残ることは出来ませんでした。ここに訪れた強き者よ。どうか、正しく知識を使うように。神の怒りに触れそうな事象は教えていませんが、古き時代を繰り返さないでください。新しき世界を。新しき生命を。そして風や水、太陽を。どうか彼女に自由を。それがマザーとして人格を得た、コールドスリープのAIである私の、唯一つの願いです。》

「最後の一人って、古代人に言葉通じんの!?てーか、え。ロストテクノロジーが人なわけ??」

「……神の、怒り……?」

《古き時代の終わりの原因とされています。彼女も貴方たちと同じ人であり、言語も同じです。……時間がありません。世界の中心の古き財産を、貴方方の手に。ここで価値のあるものは彼女だけです。どうか、どうか。彼女をよろしく、おね……し、す……。》

魔道具が沈黙し、シュゥゥゥっと音を立てて、カプセルがパカっと開いた。

「えぇぇぇ!?お願いって、えぇぇ?」

ローレンが困惑の声を上げるが、マザーと名乗った魔道具は全く反応しなくなった。

別のカプセルにグラスが魔力を流すが、そもそも魔道具としての機能を失ったらしい。
魔力を流せなかったため、フルフルと首を横に振る。

「託されたが……どうする?」

「どうするもこうするも……これが神官長たちの言ってた古き財産ってことですよね?って、真っ黒だったのは全部髪の毛?……ちょっと怖いですね。ローレン、いまこそ貴方の出番ですよ。」

「俺なの?」

「貴方の口が一番上手いでしょう。大丈夫です。骨は拾ってあげますから。」

「地味に辛辣っ!?」

開いたカプセルからは白いモヤが出ている。

その中には多量の真っ黒な髪の毛に埋もれた青白い顔面があるだけだ。

軽く。いや、かなりホラーである。

そろりと近づいたローレンは首を傾げた。
それから慌てて女性の顔に手のひらを添える。

「冷たっ!?いやいや、お願いしますじゃねーよ!このままじゃこの子、凍死しちまうっ!おい、リュクスっ。お前この子抱えてあっためてやってくれ!いい時間だし、ついでにこん中で野営だ!」

ローレンが慌てて抱えあげると、全身を覆っていた黒髪が重力でこぼれ落ちていく。

スラリとした肢体と折れそうなほど細い腰。
そして小ぶりなお尻と反比例するかのように、胸は大きくハリのある悩殺ボディだった。

花街に居ればさぞ人気が出るだろうと普段なら鼻の下を伸ばすところだが、そんな余裕もなくローレンはリュクスに女性を押し付ける。

さすがに建物から出られないので、入口近くで焚き火を始めた。
ついでに簡易カマドも出して持てる限りの熱源を設置していく。

かたやリュクスはと言えば、手渡された氷像のような冷たさに、装備越しでは温められないと判断する。

「コンラッド、少し預かっててくれ。それと、毛布をできるだけ。」

革鎧に手をかけた姿で察したのだろう。
コンラッドは頷いて少女を受け取り「冷たっ!?」と驚いた。
想像以上に冷たかったのだ。

「グラスはこの子に触っちゃダメですよ。金属の鎧とひっつけたら、多分くっついて悲惨なことになります。」

コクコクと頷いたグラスは、それでも何かしてあげられないかと彼女の長すぎる髪の毛を綺麗に伸ばしていく。

一体何メートルあるのかも分からないくらい、漆黒の髪の毛は長かった。
恐らくカプセルの中にみっちり髪の毛が詰まっていたのだろう。

下履きとズボンだけになり、焚き火近くの床に毛皮のラグを。身体には沢山の毛布を纏い、準備万端になったリュクスが両手を広げる。

そこにコンラッドは女性を座らせ、グラスが髪の毛を邪魔にならないように。そして燃えてしまわないように焚き火から遠ざける形でまとめていく。

「うぅ、流石に寒いです。」

「ほらよ、コーヒー。」

「ありがとうございます。リュクスがいて良かったです……寒さに一番耐性がありますからね。」

「その代わり、暑さにはめっぽうよえーけどな。ほい、グラスもコーヒーでいいだろ?んで、リュクスはショーガ湯な。んー嬢ちゃん、飯食えるかな?ってか、俺らと同じものでいいのか??」

ローレンはその逆でしょうとコンラッドの突っ込みが入るが、ローレンはスルーした。
ローレンは寒がりで暑さに強いのだ。自前の毛皮は飾りらしい。

「彼女は具を抜いたスープがいいんじゃないでしょうか?僕たちと同じだとマザーが言ってましたし。言葉も通じるらしいですから、目覚めたら食べれそうか聞けばいいかと。」

「それもそうだな。んじゃま、ちょっとずつ色々入れて、栄養たっぷりのスープを作りますかねぇ。」

ふんふんと鼻歌を歌いながらローレンが調理を始める。
水はリュクスが出せるので川の近くでなくとも問題はない。

焚き火の番をコンラッドがして、その間にテントを建てるのがグラスの役割。なのだが、今日は寝袋を並べるだけだ。

本来身体に悪い成分が出るので室内で焚き火は厳禁なのだが、遺跡についている機能で空気も綺麗に浄化してくれる。
見つかったのが綺麗な遺跡で大助かりである。

「身体が冷えるのに、口の中だけが熱い。」

「それでも少し冷ましてんの。ちゃんと温かいうちに飲みきろよ!」

リュクスの猫舌に最大限配慮した温度だとは分かっているので、一応愚痴を零したが大人しくショーガ湯に口を付ける。

こんもりして女性を抱えたまま、手先だけ毛布から出してコップを傾けるリュクスを、器用だなぁと感心しながらグラスは見ていた。

ローレンが食事の完成を告げる頃。

ようやく青白かった女性の頬に赤みがさしたのだった。

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