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2巻
2-3
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「お前が、イヤがる娘にこんな本を書かせたのだろう! それもヒロインである帝国の姫とはエルナのことではないか!」
「父上、それは違うって言ってるでしょ。私は本屋で働いてて、作家の先生に教えてもらって本を書いたのよ。それを父上が見たいって言うから、読ませてあげたんじゃない。どうしてアクスが悪くなるのよ。少しは私の話もキチンと聞いてよ」
「主人公は子爵ではないか! こいつのことだろう! 毎夜、娘にあんなことやこんなことを教えていたのか!」
「違うって言ってるでしょ! クレア先生に教えてもらったの!」
とうとう俺の目の前で、エルナとウラレント侯爵の親子喧嘩が始まった。
エルナに小説の書き方を教えているのはアンナとクレアの二人なわけで……そうなると物語の内容は自然と、BLか十八禁になるんだよな。
もしエルナがアンナに教えてもらっていれば俺と侯爵が……これ以上、想像するのはやめよう。
二人の喧嘩を呆然と見ていると、怒ったエルナが叫ぶ。
「もう、パパなんて大嫌いなんだから! 城になんて、二度と帰ってあげないんだから!」
その言葉を聞いて、ウラレント侯爵はガクッと地面に崩れ落ちた。
エルナに以前聞いたことだが、ウラレント侯爵は彼女にパパと言われることが大の喜びで、パパ大嫌いと言われると、凹んで部屋に閉じこもるらしい。
完全に娘に手玉に取られてるよな。
というか、自分の領都でこんな姿を民に見られてるわけだけど、それでいいんだろうか。
地面に両手をついたウラレント侯爵は、泣きそうな表情でエルナを見る。
「何でも言うことを聞くから、パパを捨てないでくれ」
「ですって、アクス」
エルナはすました表情で俺を見る。
「では部屋に戻って、俺とゆっくり話し合いをしましょうか」
「う、うむ……そうであったな」
俺が声をかけると、ウラレント侯爵は気まずそうに立ち上がり、大きく頷いた。
二階の部屋に入り、それぞれにソファに座る。
すると威厳を取り戻したウラレント侯爵が俺を睨む。
「私に会うためにここまで来たそうだな、フレンハイム子爵……いや、伯爵になったとエレナから聞いた。お前からすれば、ここは敵国の領都だぞ。そうまでしていったい何の用だ?」
「タビタ平原の戦いの事後処理について、ハルムート伯爵が前向きな話し合いを拒否しています。そのことで交渉が進んでいないことは、侯爵もご存じだと思います」
「もちろん知っている。私に口添えさせようというのか?」
「いえ、私からはそこまでは申しません……ただ交渉が頓挫しても、リンバインズ王国とトルーデント帝国、両国にとって不利益にしかならない……そう思いませんか?」
交渉が決裂すれば、トルーデント帝国は人質となっている兵士達を見殺しにしたことになる。
そうなれば帝国内に悪評が流れて、一般市民の信を失う。
リンバインズ王国は身代金と賠償金を受け取れず、褒賞を満足に与えられず、やはり兵の信を失うだろう。
交渉の決裂は、両国にとって損にしかならない。
そしてその結果は、両国の関係悪化と次の戦へと繋がることになるだろう。
それはウラレント侯爵としても本意ではないはずだ。
ウラレント侯爵は何も答えず、ただ黙ったまま俺を見据える。
その沈黙を肯定と捉え、俺は一つ頷いて話の先を続けた。
「国と国との関係なんて、どこかで戦っていても、どこかで交流が行われているもの。だから国同士のバランスが取れる。互いに完全に拒絶してしまったら戦争に突入するしかないでしょう」
「……貴公の言いたいことは分かった。だが私もトルーデント帝国の侯爵、自国に不利益をもたらすことはできんぞ」
ウラレント侯爵の雰囲気が変わった。
いよいよ侯爵も本気になったな。
「一つ、侯爵閣下に伺いたい。ハルムート伯爵はなぜ、頑なに身代金を値切ろうとするのか? トルーデント帝国も交渉を早く終わらせて、事後処理に移りたいはずですが?」
「ハルムート伯爵の考えなど分からん。ただ一つ言えることは、貴族というモノは自分の利益を最優先に考える生き物だ。交渉を難航させて利益を引き出す。いかにも奴が考えそうなことだ」
ウラレント侯爵の言う通り、貴族なんて清濁を併せ呑む生き物だからな。
よって、自分の主張を通すだけでは交渉にならない。
俺は前屈みになり、両肘をソファにつけて、両手を握る。
「リンバインズ王国としては、交渉が早く終わるなら、身代金については多少なら考える用意があります」
「それは当然だな。交渉が長期間になれば、人質となっている兵士を養う損失が増えるからな。出費を垂れ流すぐらいなら、身代金の額を低くしてでも帝国へ返したいだろう」
「そうとも限りませんよ。交渉を諦めて人質の兵士を国外へ売る方法もある。あるいは国内でも、鉱山奴隷として死ぬまで働かせてもいい。それで鉱脈を発見できれば、リンバインズ王国の利益ですからね」
もし帝国の敗残兵が、身代金を支払ってもらえずに帝国に見捨てられ、他国へ奴隷として売られたことを知れば、帝国民の怒りは帝国の貴族や中枢に向かうことになる。
そうなったらウラレント侯爵も困るはず。
俺の言葉の意図を察したウラレント侯爵は、フンと鼻を鳴らした。
「そんなモノ、偽の情報を国民に与えればどうとでもなる。国民は交渉の内容など知らないのだからな。例えば王国が法外な身代金を要求してきたから断った、それで人質が皆殺しにされてしまった……こうすれば帝国の面子も立つし、リンバインズ王国へ庶民の怒りが向かうだろう」
一筋縄ではいかないと思っていたけど、さすがはウラレント侯爵だ。
俺の筋書に乗ってくれないようだし、このまま駆け引きをしていても話は進まない。
こうなったら自分の考えを素直に話していくしかないな。
俺はおもむろに片腕を広げる。
「互いの面子ばかり考えていれば、交渉なんて成立しませんよ。ただ、建前の裏で私利私欲ばかり考えている交渉役よりも、真摯に国や民のことを考える交渉役のほうが、話がまとまるのは早いでしょうね」
「つまり、私がハルムート伯爵の代わりに交渉の窓口をしろと? 今回の戦に関係しているわけでもあるまいし、そのような干渉はできんな」
「違います。実は、リンバインズ王国の交渉の窓口をしてるのは私ではなくエクムント辺境伯でして。私の友人でもあるのです。ですから次の交渉の際には、私も同行することになっているのです」
「……なるほどな。私もハルムート伯爵に同行しろということか。そちらの意図は理解した。だがハルムート伯爵がそれを許さんだろうな。それに私に何の利益がある?」
貴族とは自国の利益を考えつつ、自分の利益を優先して考える生き物だ。
ウラレント侯爵の問いは当然だろう。
俺は何も言わず、懐から紙の束を取り出して、ウラレント侯爵の前に差し出した。
この書類に書かれているのは、スイに調査してもらったハルムート伯爵個人と領地の情報だ。
それを受け取った侯爵は、一枚一枚に目を通す。
「これだけでは私は動けぬな。知っている情報も多く、私の利益になるものはない」
もっと情報を寄越せ、ということか。
俺は少し間を置いて、ゆっくりと言葉を連ねる。
「フレンハイム伯爵領とウラレント侯爵領の流通の正常化。そしてフレンハイム伯爵領が生産する紙で作られた書物を、トルーデント帝国では侯爵のみに適正価格でお譲りいたします」
「……エルナから渡された本と、情報が書かれた紙。先ほどから気にはなっていたのだが、これがフレンハイム領の紙か。それには興味があるな」
「紙の販売については、リンバインズ王国の王宮が権利を独占しているので、融通を利かせることができません。しかし紙に印刷した書物であれば、私の商会が作っているので、侯爵が帝国内に独占的に販売することができます」
「書物の販売か……利益が薄いように感じるがな」
俺の説明を聞いても、上手く理解できないようで、ウラレント侯爵はまだ納得できない表情を浮かべている。
侯爵は貴族であって商人ではないからな。
書き物に使える紙ならともかく、既に内容が印刷された本を販売しても、いまいち利益が無いように感じるのだろう。
だが……
「紙で作った書物は、羊皮紙の本と比べて安価です。それを帝国内で羊皮紙の本より少し値段を下げて売れば、間違いなく売れるでしょう。価格設定はご自由にどうぞ。私が帝国内で販路を持つのは難しいでしょうから、侯爵閣下が帝国内で独占的に紙の本を販売できることになります。利益はそれなりのものになるはずです」
つまり、単純に金稼ぎの道具にすればいいと伝えているわけだ。
もちろん、ウラレント侯爵へは、それなりの利益を上乗せして売り込むけどね。
侯爵もそのことを理解して、頭の中で計算をしているだろう。
俺の話を聞いて、ウラレント侯爵はしばらくの間、黙って目をつむる。
そして大きく頷くと、ソファから立ち上がり、俺を見てニヤリと頬を歪めた。
「実に有意義な時間であった。城へ戻って検討しよう。フレンハイム伯爵はしばらく宿で待て」
ウラレント侯爵は言葉を残して、部屋から去っていった。
その後ろ姿をエルナが追っていく。
「あとのことは任せて、私が説得してみせるから」
まぁ、あの調子なら侯爵は提案を受け入れてくれそうだけどな。
二人が出ていったあと、俺はソファに寄りかかってグッタリと体の力を抜いた。
するとコハルが膝の上に乗ってきて、俺の手の甲をペロペロと舐める。
貴族相手の交渉って、本当に疲れるよな。
少しの間、ボーッと脱力していると、スイが紅茶を淹れてテーブルの上に置いてくれた。
「お疲れのようでござるな。それならマッサージをするでござる」
「いやいや、そこまで疲れてないから」
俺の言葉を無視して、頬を赤くしたスイが、いきなり衣服を脱いで肩を見せる。
「何をやってるんだよ?」
「殿方が喜ぶ夜のマッサージを」
「まだ昼間だよ! いらんことはしなくていいから、エルナの護衛に行ってこい!」
椅子から立ち上がって怒鳴ると、スイは衣服を整えて一礼し、転移で姿を消した。
俺はコハルを抱き上げて、モフモフの毛に頬をスリスリとさせる。
俺の癒しはコハルだけだよ。
それから待つこと二日、エルナとスイが宿へと戻ってきた……なぜかまたウラレント侯爵と一緒に。
両腕を腰に当てて、エルナはジト目でウラレント侯爵を見る。
「父上の検討結果は私からアクスに伝えるって言ってるのに、父上ったらついてくるんだから」
「二年ぶりに会ったのだから、もう少しエルナと一緒にいたいではないか」
二人の様子を微笑ましく見ていると、一つ咳払いをしてウラレント侯爵が顔を向ける。
「先の件だが応じよう。貰った情報をちらつかせれば、ハルムート伯爵も交渉の場に同行することを拒否はしないだろう」
「感謝いたします」
「書物の輸出の件は頼んだぞ、後に契約書を整えるが約束を違えるなよ。それからエルナは元の約束通り、残りの一年はフレンハイム伯爵に預ける……くれぐれも娘に手を出すな。もし手を出せばフレンハイム伯爵領を壊滅させてやるからな」
ウラレント侯爵は凄みのある表情をして、剣の柄に手を置く。
それを見た俺は大きく頷いて、両手を広げた。
「分かっています。ルッセン砦の検問を緩くしますから、それならフレンハイム伯爵領とウラレント侯爵領の流通は多くなるでしょう。侯爵閣下もエルナに会いたければ気軽に私の邸を訪れてください」
俺の言葉に、ウラレント侯爵はニヤリとする。
「では、今すぐフレンハイム伯爵領へ行こう、エルナと一時も離れたくないからな」
「パパ、いい加減にしてよね!」
二人はまた口喧嘩を始めた。
本当に仲の良い親子だよ。
そうしてウラレント侯爵の領都ウランレを、馬車に乗って出発した俺達。道中、スイに命じて、交渉の場にウラレント侯爵も加わることをレイモンドへ伝えてもらった。
ウランレを出て八日後には、邸に到着した。
待ち構えていたセバスとオルバートから説教を受けたことは言うまでもない。
ウラレント侯爵領から戻って一ヶ月が過ぎた。
領都フレンスの拡張整備は順調に進み、壁の外に広大な平地が完成した。城壁部分についても、基礎的な工事が随分進んでいる。
執務室に集まった俺、オルバート、リリー、エルナの四人は、どのように広大な敷地を利用するかを話し合っていた。
オルバートは両手を大きく広げ、熱のこもった声を上げる。
「各省庁を作りましょう。文官を多く揃えれば、今後の政務も楽になります。なぜかアクス様が当主になられてからは様々なことが起こっていますから、今の人数では限界があります」
なんだか俺のせいで苦労をかけてごめんなさい。
オルバートにはいつもお世話になっているからな。
文官も多ければ多いほうがいいよね。幸い、経済状況も少し余裕があるだろうし。
次に、エルナが意志の強い目をして、手を上げる。
「絶対に基礎教養を学ぶ学園よ。領内の住民の識字率をもっと上げるべきね。そうなれば本もどんどん売れるわ。本屋『こもれび』も大繁盛よ……本を読む女子も増えるし」
エルナは本好き女子を増やしたいだけだろ。
しかし実際、この世界の……というかこの領都の識字率はそこまで高くないからな。本も売れてはいるが、やはり一部のお客さんが繰り返して買っているだけのような気もするからな。
領都では文字を読めても書けない者が多く、四則演算も最低限、生活に必要な程度しか分からない人も多い。
領内の田舎にいたっては、文字も四則演算も分からない人もいるからな。
そのことを踏まえて考えると、やはり学校は必要だよね。
先ほどから黙っているリリーに視線を向けると、目が合った。
すると彼女は控え目に声を出す。
「流行り病の時に大変だったので病院がいいと思います。現在も残っている隔離病棟を改築すれば、工期も短期間で終わりますし」
さすがはリリー、以前使った隔離病棟を有効利用するのはいい提案だ。
俺達が色々と話し合っていると、扉が開いてカーマインとドルーキンが入ってきた。
部屋の中央まで歩いてきたドルーキンは、拳を握りしめて大声を出す。
「皆で何の施設を建てるか相談しているらしいのう。それならワシも一つ言いたい! 毎回、募集した人夫では仕事の効率が下がって仕方ないわい! 土木建設の専門の庁を作ってくれい!」
これから領都拡張の工事も本格化するし、様々な建物も建てる予定だ。皆の提案の通り、専門の部署を設けたほうがいいかもしれないな。
うんうんと頷いている俺の肩をカーマインが掴む。
「どの街でも、錬金術師は便利屋扱いばかりされている。でも錬金術師が集まれば何でも作れるはずなんだ。錬金術師を登用する場所を作ってくれ」
リンバインズ王国では錬金術師は注目されていないからな。
でも俺は錬金術師は薬や道具を作れるし、可能性がある職種だと思う。
錬金術師を多く集めてみるのも面白いな。
うーん、どれも捨てがたい提案ばかりで迷うな……
全部、採用してもいいよね。
邸の者達を全員集めて、領都に何が必要かを話し合った結果、総務庁、土木庁、警備庁、初等学校、魔法学園、武術学舎、総合病院、薬剤学校を作ることにした。
前世の日本の政府を参考にしたんだけどね。
総務庁は、領内の経済、人口、流通、税、人事など、領地の内政全般を管理する。
土木庁は、領都を中心に領内のインフラ設備の工事、修復を担当。
警備庁は、領都を中心に領内の街や村の警備を担当する。今の警備隊を大きくするようなイメージだな。
初等学校は、読み書き、四則演算、ソロバンを教える基礎的な知識を学ぶ学校だ。
魔法学園は、魔法士を集めて育てる学校で、卒業生は軍と警備庁に登用される。
武術学舎は、武術と肉体を鍛える学校で、卒業生は軍と警備庁に登用される。
薬剤学校は、錬金術師の育成、機械や魔道具の開発を行う。卒業生は総合病院に登用され、薬剤の作成と研究につくことになっている。
総合病院は、領都を中心に領内全体の医療全般を担当する。
これらの主要施設は、城壁の内側にできた空地に、それぞれの建物を建てる予定だ。
もちろん予定通り、隔離病棟も再利用する。
また、軍についても規模を拡大し、駐屯地や訓練所や詰所を領内の各所に設置することにした。
これだけ建設をするには、今の労働者の数ではまだまだ足りない。
俺はオルバートと相談して、新たに人夫を募集することにした。
労働者を募集してから一ヶ月後、近隣の領からも人が集まり、予定していただけの人夫が集まった。
街を守る第二の城壁の建設は順調で、領都は建設ラッシュだ。
城壁工事がもう少し進んだら、各庁や学校などの施設の建設も進めていく予定である。
そんなある日、俺は執務室の天井の角を見つめて、声をかける。
「スイ、出てこい」
「ご用でござるか?」
天井裏から降りてきたスイは、片膝をついて礼をする。
俺は椅子から立ち上がり、ゆっくりとスイの前に立った。
「エクムント辺境伯領まで行きたいんだが……俺を連れて二人で転移しても、服は脱げないようになったか?」
以前にスイに王都へ連れていってもらった時、俺は街中に裸で放り出され、酷い目に遭った。エルナ達も、似たような目に遭っていたっけ。
あんな経験は二度としたくない。
俺も転移の魔法を習っていて、多少は使えるようになっているのだが、エクムント辺境伯領までとなるとかなりの長距離で、しっかり目的地に着けるか自信がない。
それに、転移魔法を使うためには、両手をグルグルと回したり、ピョンとカエルのように飛ぶ変な動作をしたりする必要がある。
できることなら、あんな恰好はしたくない。
スクッと立ち上がったスイは、俺を見て自信ありげにニヤリと笑う。
「任せるでござる。少し準備をするので待つでござる」
「よろしく頼むよ」
俺が頷くと、顔を赤らめながらスイが黒装束の衣服を脱ぎ始めた。
それを見た俺は慌てて、自分の眼を両手で隠す。
「何やってんだよ」
「落ち着くでござる。鎖帷子を取るだけでござるから」
スイは忍者だから、いざという時のために常に鎖帷子を着込んでいる。
諜報活動は常に危険が付きまとうからな。
ドシャッという、鎖帷子が床に落ちた音が聞こえた。
「もういいでござるよ」
「そうか……って裸じゃないかー!」
スイの言葉に油断して目を開けると、豊満な胸が目に飛び込んできた。
目を閉じて騒ぐ俺を気にせず、スイがあっけらかんと言う。
「胸に下着はつけていないでござる」
「そんなことはいいから、早く服を着ろ!」
「夜伽の時は裸でござるよ」
「今は夜じゃねー!」
俺は目をつむりながら必死に言い返す。
すると、服を着ているのか衣擦れの音がする。
深呼吸を三回して落ち着いた俺は、スイの行動を不思議に思い首を傾げる。
「何のために鎖帷子を取ったんだ?」
「それは体重を軽くするためでござる」
「体重と転移って関係があるのか?」
「もちろんでござる。毎日、激しいトレーニングをして筋肉を引き締め、鎖帷子などの重い装備を取り外したところ、二人までなら一緒に転移できるようになったでござる」
まさか以前に二人で転移して失敗したのは、俺の服が重量オーバーしていたってことか?
体が重ければ、魔力の消費する量が違うのだろうか……謎だ。
「その口ぶりだと、実験して成功してるんだろうな?」
「もちろんでござる。馬小屋を掃除していたクレトを捕まえて、強引に転移してみたでござる」
仕事中に転移させられたのか……
もし転移に失敗していたらクレトも裸に……それはそれで面白かったかもしれないな。
「父上、それは違うって言ってるでしょ。私は本屋で働いてて、作家の先生に教えてもらって本を書いたのよ。それを父上が見たいって言うから、読ませてあげたんじゃない。どうしてアクスが悪くなるのよ。少しは私の話もキチンと聞いてよ」
「主人公は子爵ではないか! こいつのことだろう! 毎夜、娘にあんなことやこんなことを教えていたのか!」
「違うって言ってるでしょ! クレア先生に教えてもらったの!」
とうとう俺の目の前で、エルナとウラレント侯爵の親子喧嘩が始まった。
エルナに小説の書き方を教えているのはアンナとクレアの二人なわけで……そうなると物語の内容は自然と、BLか十八禁になるんだよな。
もしエルナがアンナに教えてもらっていれば俺と侯爵が……これ以上、想像するのはやめよう。
二人の喧嘩を呆然と見ていると、怒ったエルナが叫ぶ。
「もう、パパなんて大嫌いなんだから! 城になんて、二度と帰ってあげないんだから!」
その言葉を聞いて、ウラレント侯爵はガクッと地面に崩れ落ちた。
エルナに以前聞いたことだが、ウラレント侯爵は彼女にパパと言われることが大の喜びで、パパ大嫌いと言われると、凹んで部屋に閉じこもるらしい。
完全に娘に手玉に取られてるよな。
というか、自分の領都でこんな姿を民に見られてるわけだけど、それでいいんだろうか。
地面に両手をついたウラレント侯爵は、泣きそうな表情でエルナを見る。
「何でも言うことを聞くから、パパを捨てないでくれ」
「ですって、アクス」
エルナはすました表情で俺を見る。
「では部屋に戻って、俺とゆっくり話し合いをしましょうか」
「う、うむ……そうであったな」
俺が声をかけると、ウラレント侯爵は気まずそうに立ち上がり、大きく頷いた。
二階の部屋に入り、それぞれにソファに座る。
すると威厳を取り戻したウラレント侯爵が俺を睨む。
「私に会うためにここまで来たそうだな、フレンハイム子爵……いや、伯爵になったとエレナから聞いた。お前からすれば、ここは敵国の領都だぞ。そうまでしていったい何の用だ?」
「タビタ平原の戦いの事後処理について、ハルムート伯爵が前向きな話し合いを拒否しています。そのことで交渉が進んでいないことは、侯爵もご存じだと思います」
「もちろん知っている。私に口添えさせようというのか?」
「いえ、私からはそこまでは申しません……ただ交渉が頓挫しても、リンバインズ王国とトルーデント帝国、両国にとって不利益にしかならない……そう思いませんか?」
交渉が決裂すれば、トルーデント帝国は人質となっている兵士達を見殺しにしたことになる。
そうなれば帝国内に悪評が流れて、一般市民の信を失う。
リンバインズ王国は身代金と賠償金を受け取れず、褒賞を満足に与えられず、やはり兵の信を失うだろう。
交渉の決裂は、両国にとって損にしかならない。
そしてその結果は、両国の関係悪化と次の戦へと繋がることになるだろう。
それはウラレント侯爵としても本意ではないはずだ。
ウラレント侯爵は何も答えず、ただ黙ったまま俺を見据える。
その沈黙を肯定と捉え、俺は一つ頷いて話の先を続けた。
「国と国との関係なんて、どこかで戦っていても、どこかで交流が行われているもの。だから国同士のバランスが取れる。互いに完全に拒絶してしまったら戦争に突入するしかないでしょう」
「……貴公の言いたいことは分かった。だが私もトルーデント帝国の侯爵、自国に不利益をもたらすことはできんぞ」
ウラレント侯爵の雰囲気が変わった。
いよいよ侯爵も本気になったな。
「一つ、侯爵閣下に伺いたい。ハルムート伯爵はなぜ、頑なに身代金を値切ろうとするのか? トルーデント帝国も交渉を早く終わらせて、事後処理に移りたいはずですが?」
「ハルムート伯爵の考えなど分からん。ただ一つ言えることは、貴族というモノは自分の利益を最優先に考える生き物だ。交渉を難航させて利益を引き出す。いかにも奴が考えそうなことだ」
ウラレント侯爵の言う通り、貴族なんて清濁を併せ呑む生き物だからな。
よって、自分の主張を通すだけでは交渉にならない。
俺は前屈みになり、両肘をソファにつけて、両手を握る。
「リンバインズ王国としては、交渉が早く終わるなら、身代金については多少なら考える用意があります」
「それは当然だな。交渉が長期間になれば、人質となっている兵士を養う損失が増えるからな。出費を垂れ流すぐらいなら、身代金の額を低くしてでも帝国へ返したいだろう」
「そうとも限りませんよ。交渉を諦めて人質の兵士を国外へ売る方法もある。あるいは国内でも、鉱山奴隷として死ぬまで働かせてもいい。それで鉱脈を発見できれば、リンバインズ王国の利益ですからね」
もし帝国の敗残兵が、身代金を支払ってもらえずに帝国に見捨てられ、他国へ奴隷として売られたことを知れば、帝国民の怒りは帝国の貴族や中枢に向かうことになる。
そうなったらウラレント侯爵も困るはず。
俺の言葉の意図を察したウラレント侯爵は、フンと鼻を鳴らした。
「そんなモノ、偽の情報を国民に与えればどうとでもなる。国民は交渉の内容など知らないのだからな。例えば王国が法外な身代金を要求してきたから断った、それで人質が皆殺しにされてしまった……こうすれば帝国の面子も立つし、リンバインズ王国へ庶民の怒りが向かうだろう」
一筋縄ではいかないと思っていたけど、さすがはウラレント侯爵だ。
俺の筋書に乗ってくれないようだし、このまま駆け引きをしていても話は進まない。
こうなったら自分の考えを素直に話していくしかないな。
俺はおもむろに片腕を広げる。
「互いの面子ばかり考えていれば、交渉なんて成立しませんよ。ただ、建前の裏で私利私欲ばかり考えている交渉役よりも、真摯に国や民のことを考える交渉役のほうが、話がまとまるのは早いでしょうね」
「つまり、私がハルムート伯爵の代わりに交渉の窓口をしろと? 今回の戦に関係しているわけでもあるまいし、そのような干渉はできんな」
「違います。実は、リンバインズ王国の交渉の窓口をしてるのは私ではなくエクムント辺境伯でして。私の友人でもあるのです。ですから次の交渉の際には、私も同行することになっているのです」
「……なるほどな。私もハルムート伯爵に同行しろということか。そちらの意図は理解した。だがハルムート伯爵がそれを許さんだろうな。それに私に何の利益がある?」
貴族とは自国の利益を考えつつ、自分の利益を優先して考える生き物だ。
ウラレント侯爵の問いは当然だろう。
俺は何も言わず、懐から紙の束を取り出して、ウラレント侯爵の前に差し出した。
この書類に書かれているのは、スイに調査してもらったハルムート伯爵個人と領地の情報だ。
それを受け取った侯爵は、一枚一枚に目を通す。
「これだけでは私は動けぬな。知っている情報も多く、私の利益になるものはない」
もっと情報を寄越せ、ということか。
俺は少し間を置いて、ゆっくりと言葉を連ねる。
「フレンハイム伯爵領とウラレント侯爵領の流通の正常化。そしてフレンハイム伯爵領が生産する紙で作られた書物を、トルーデント帝国では侯爵のみに適正価格でお譲りいたします」
「……エルナから渡された本と、情報が書かれた紙。先ほどから気にはなっていたのだが、これがフレンハイム領の紙か。それには興味があるな」
「紙の販売については、リンバインズ王国の王宮が権利を独占しているので、融通を利かせることができません。しかし紙に印刷した書物であれば、私の商会が作っているので、侯爵が帝国内に独占的に販売することができます」
「書物の販売か……利益が薄いように感じるがな」
俺の説明を聞いても、上手く理解できないようで、ウラレント侯爵はまだ納得できない表情を浮かべている。
侯爵は貴族であって商人ではないからな。
書き物に使える紙ならともかく、既に内容が印刷された本を販売しても、いまいち利益が無いように感じるのだろう。
だが……
「紙で作った書物は、羊皮紙の本と比べて安価です。それを帝国内で羊皮紙の本より少し値段を下げて売れば、間違いなく売れるでしょう。価格設定はご自由にどうぞ。私が帝国内で販路を持つのは難しいでしょうから、侯爵閣下が帝国内で独占的に紙の本を販売できることになります。利益はそれなりのものになるはずです」
つまり、単純に金稼ぎの道具にすればいいと伝えているわけだ。
もちろん、ウラレント侯爵へは、それなりの利益を上乗せして売り込むけどね。
侯爵もそのことを理解して、頭の中で計算をしているだろう。
俺の話を聞いて、ウラレント侯爵はしばらくの間、黙って目をつむる。
そして大きく頷くと、ソファから立ち上がり、俺を見てニヤリと頬を歪めた。
「実に有意義な時間であった。城へ戻って検討しよう。フレンハイム伯爵はしばらく宿で待て」
ウラレント侯爵は言葉を残して、部屋から去っていった。
その後ろ姿をエルナが追っていく。
「あとのことは任せて、私が説得してみせるから」
まぁ、あの調子なら侯爵は提案を受け入れてくれそうだけどな。
二人が出ていったあと、俺はソファに寄りかかってグッタリと体の力を抜いた。
するとコハルが膝の上に乗ってきて、俺の手の甲をペロペロと舐める。
貴族相手の交渉って、本当に疲れるよな。
少しの間、ボーッと脱力していると、スイが紅茶を淹れてテーブルの上に置いてくれた。
「お疲れのようでござるな。それならマッサージをするでござる」
「いやいや、そこまで疲れてないから」
俺の言葉を無視して、頬を赤くしたスイが、いきなり衣服を脱いで肩を見せる。
「何をやってるんだよ?」
「殿方が喜ぶ夜のマッサージを」
「まだ昼間だよ! いらんことはしなくていいから、エルナの護衛に行ってこい!」
椅子から立ち上がって怒鳴ると、スイは衣服を整えて一礼し、転移で姿を消した。
俺はコハルを抱き上げて、モフモフの毛に頬をスリスリとさせる。
俺の癒しはコハルだけだよ。
それから待つこと二日、エルナとスイが宿へと戻ってきた……なぜかまたウラレント侯爵と一緒に。
両腕を腰に当てて、エルナはジト目でウラレント侯爵を見る。
「父上の検討結果は私からアクスに伝えるって言ってるのに、父上ったらついてくるんだから」
「二年ぶりに会ったのだから、もう少しエルナと一緒にいたいではないか」
二人の様子を微笑ましく見ていると、一つ咳払いをしてウラレント侯爵が顔を向ける。
「先の件だが応じよう。貰った情報をちらつかせれば、ハルムート伯爵も交渉の場に同行することを拒否はしないだろう」
「感謝いたします」
「書物の輸出の件は頼んだぞ、後に契約書を整えるが約束を違えるなよ。それからエルナは元の約束通り、残りの一年はフレンハイム伯爵に預ける……くれぐれも娘に手を出すな。もし手を出せばフレンハイム伯爵領を壊滅させてやるからな」
ウラレント侯爵は凄みのある表情をして、剣の柄に手を置く。
それを見た俺は大きく頷いて、両手を広げた。
「分かっています。ルッセン砦の検問を緩くしますから、それならフレンハイム伯爵領とウラレント侯爵領の流通は多くなるでしょう。侯爵閣下もエルナに会いたければ気軽に私の邸を訪れてください」
俺の言葉に、ウラレント侯爵はニヤリとする。
「では、今すぐフレンハイム伯爵領へ行こう、エルナと一時も離れたくないからな」
「パパ、いい加減にしてよね!」
二人はまた口喧嘩を始めた。
本当に仲の良い親子だよ。
そうしてウラレント侯爵の領都ウランレを、馬車に乗って出発した俺達。道中、スイに命じて、交渉の場にウラレント侯爵も加わることをレイモンドへ伝えてもらった。
ウランレを出て八日後には、邸に到着した。
待ち構えていたセバスとオルバートから説教を受けたことは言うまでもない。
ウラレント侯爵領から戻って一ヶ月が過ぎた。
領都フレンスの拡張整備は順調に進み、壁の外に広大な平地が完成した。城壁部分についても、基礎的な工事が随分進んでいる。
執務室に集まった俺、オルバート、リリー、エルナの四人は、どのように広大な敷地を利用するかを話し合っていた。
オルバートは両手を大きく広げ、熱のこもった声を上げる。
「各省庁を作りましょう。文官を多く揃えれば、今後の政務も楽になります。なぜかアクス様が当主になられてからは様々なことが起こっていますから、今の人数では限界があります」
なんだか俺のせいで苦労をかけてごめんなさい。
オルバートにはいつもお世話になっているからな。
文官も多ければ多いほうがいいよね。幸い、経済状況も少し余裕があるだろうし。
次に、エルナが意志の強い目をして、手を上げる。
「絶対に基礎教養を学ぶ学園よ。領内の住民の識字率をもっと上げるべきね。そうなれば本もどんどん売れるわ。本屋『こもれび』も大繁盛よ……本を読む女子も増えるし」
エルナは本好き女子を増やしたいだけだろ。
しかし実際、この世界の……というかこの領都の識字率はそこまで高くないからな。本も売れてはいるが、やはり一部のお客さんが繰り返して買っているだけのような気もするからな。
領都では文字を読めても書けない者が多く、四則演算も最低限、生活に必要な程度しか分からない人も多い。
領内の田舎にいたっては、文字も四則演算も分からない人もいるからな。
そのことを踏まえて考えると、やはり学校は必要だよね。
先ほどから黙っているリリーに視線を向けると、目が合った。
すると彼女は控え目に声を出す。
「流行り病の時に大変だったので病院がいいと思います。現在も残っている隔離病棟を改築すれば、工期も短期間で終わりますし」
さすがはリリー、以前使った隔離病棟を有効利用するのはいい提案だ。
俺達が色々と話し合っていると、扉が開いてカーマインとドルーキンが入ってきた。
部屋の中央まで歩いてきたドルーキンは、拳を握りしめて大声を出す。
「皆で何の施設を建てるか相談しているらしいのう。それならワシも一つ言いたい! 毎回、募集した人夫では仕事の効率が下がって仕方ないわい! 土木建設の専門の庁を作ってくれい!」
これから領都拡張の工事も本格化するし、様々な建物も建てる予定だ。皆の提案の通り、専門の部署を設けたほうがいいかもしれないな。
うんうんと頷いている俺の肩をカーマインが掴む。
「どの街でも、錬金術師は便利屋扱いばかりされている。でも錬金術師が集まれば何でも作れるはずなんだ。錬金術師を登用する場所を作ってくれ」
リンバインズ王国では錬金術師は注目されていないからな。
でも俺は錬金術師は薬や道具を作れるし、可能性がある職種だと思う。
錬金術師を多く集めてみるのも面白いな。
うーん、どれも捨てがたい提案ばかりで迷うな……
全部、採用してもいいよね。
邸の者達を全員集めて、領都に何が必要かを話し合った結果、総務庁、土木庁、警備庁、初等学校、魔法学園、武術学舎、総合病院、薬剤学校を作ることにした。
前世の日本の政府を参考にしたんだけどね。
総務庁は、領内の経済、人口、流通、税、人事など、領地の内政全般を管理する。
土木庁は、領都を中心に領内のインフラ設備の工事、修復を担当。
警備庁は、領都を中心に領内の街や村の警備を担当する。今の警備隊を大きくするようなイメージだな。
初等学校は、読み書き、四則演算、ソロバンを教える基礎的な知識を学ぶ学校だ。
魔法学園は、魔法士を集めて育てる学校で、卒業生は軍と警備庁に登用される。
武術学舎は、武術と肉体を鍛える学校で、卒業生は軍と警備庁に登用される。
薬剤学校は、錬金術師の育成、機械や魔道具の開発を行う。卒業生は総合病院に登用され、薬剤の作成と研究につくことになっている。
総合病院は、領都を中心に領内全体の医療全般を担当する。
これらの主要施設は、城壁の内側にできた空地に、それぞれの建物を建てる予定だ。
もちろん予定通り、隔離病棟も再利用する。
また、軍についても規模を拡大し、駐屯地や訓練所や詰所を領内の各所に設置することにした。
これだけ建設をするには、今の労働者の数ではまだまだ足りない。
俺はオルバートと相談して、新たに人夫を募集することにした。
労働者を募集してから一ヶ月後、近隣の領からも人が集まり、予定していただけの人夫が集まった。
街を守る第二の城壁の建設は順調で、領都は建設ラッシュだ。
城壁工事がもう少し進んだら、各庁や学校などの施設の建設も進めていく予定である。
そんなある日、俺は執務室の天井の角を見つめて、声をかける。
「スイ、出てこい」
「ご用でござるか?」
天井裏から降りてきたスイは、片膝をついて礼をする。
俺は椅子から立ち上がり、ゆっくりとスイの前に立った。
「エクムント辺境伯領まで行きたいんだが……俺を連れて二人で転移しても、服は脱げないようになったか?」
以前にスイに王都へ連れていってもらった時、俺は街中に裸で放り出され、酷い目に遭った。エルナ達も、似たような目に遭っていたっけ。
あんな経験は二度としたくない。
俺も転移の魔法を習っていて、多少は使えるようになっているのだが、エクムント辺境伯領までとなるとかなりの長距離で、しっかり目的地に着けるか自信がない。
それに、転移魔法を使うためには、両手をグルグルと回したり、ピョンとカエルのように飛ぶ変な動作をしたりする必要がある。
できることなら、あんな恰好はしたくない。
スクッと立ち上がったスイは、俺を見て自信ありげにニヤリと笑う。
「任せるでござる。少し準備をするので待つでござる」
「よろしく頼むよ」
俺が頷くと、顔を赤らめながらスイが黒装束の衣服を脱ぎ始めた。
それを見た俺は慌てて、自分の眼を両手で隠す。
「何やってんだよ」
「落ち着くでござる。鎖帷子を取るだけでござるから」
スイは忍者だから、いざという時のために常に鎖帷子を着込んでいる。
諜報活動は常に危険が付きまとうからな。
ドシャッという、鎖帷子が床に落ちた音が聞こえた。
「もういいでござるよ」
「そうか……って裸じゃないかー!」
スイの言葉に油断して目を開けると、豊満な胸が目に飛び込んできた。
目を閉じて騒ぐ俺を気にせず、スイがあっけらかんと言う。
「胸に下着はつけていないでござる」
「そんなことはいいから、早く服を着ろ!」
「夜伽の時は裸でござるよ」
「今は夜じゃねー!」
俺は目をつむりながら必死に言い返す。
すると、服を着ているのか衣擦れの音がする。
深呼吸を三回して落ち着いた俺は、スイの行動を不思議に思い首を傾げる。
「何のために鎖帷子を取ったんだ?」
「それは体重を軽くするためでござる」
「体重と転移って関係があるのか?」
「もちろんでござる。毎日、激しいトレーニングをして筋肉を引き締め、鎖帷子などの重い装備を取り外したところ、二人までなら一緒に転移できるようになったでござる」
まさか以前に二人で転移して失敗したのは、俺の服が重量オーバーしていたってことか?
体が重ければ、魔力の消費する量が違うのだろうか……謎だ。
「その口ぶりだと、実験して成功してるんだろうな?」
「もちろんでござる。馬小屋を掃除していたクレトを捕まえて、強引に転移してみたでござる」
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もし転移に失敗していたらクレトも裸に……それはそれで面白かったかもしれないな。
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