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2巻
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それから三時間ほどで審査が終わり、三十七名の参加者が庭に残った。
このメンバーが合格者となる。
内訳としては、現時点で物語を書けそうな者が七名。
そこまでではないが、正確に文章を書ける者は二十名。
残りの十名は、どちらでもないが、エルナとアンナが独自に選んだ者達だ。
二人の意見では、磨けば光るということだが、ハッキリ言って何が光るのか意味が分からない。
その合格者を見て、俺は首を傾げる。
三十七人中、三十六人が女性だったのだ。
ちょっと性別が偏っている気もするんだけど、王都でも本を読んだりするのは女子が中心なのだろうか?
そして、もう一つ気になっている点がある。
女性達に囲まれて残っている男性についてだ。
百八十センチを超える長身で、腰まである黒髪に、透き通るような白い肌。細いが筋肉質な体つきであることは、服を着ていても分かる。
そんな超絶なイケメンは、女性達に囲まれて、遠くを見るように佇んでいた。
彼の採用を決めたエルナに聞いてみると、名前はバトラーというらしい。
「彼は絶対に採用よ。だって彼なら、攻めでも受けでも完璧にこなせるわ」
エルナが何を言いたいのか全く意味が分からない……というか分かりたくない。
ともかく、全員無事に雇うことになったので、俺達が王都を離れるのと同じタイミングで、一緒にフレンスへ向かうことになった。
審査も無事に終わり、俺は邸の応接室でレイモンドに礼を言う。
「場所を貸してくれてありがとう。おかげで沢山採用することができたよ」
「それならよかったです」
レイモンドと話をしている間に、そもそもなぜ書き手を募集したかという話になり、こいはる商会の話をすることになった。
そこで本屋『こもれび』のフランチャイズについて説明すると、レイモンドは乗り気で、十店舗分の資金を出してくれるという。
こうして、エクムント辺境伯領でも、本屋『こもれび』が事業展開することになった。
王都の店と合わせれば、かなりの店数を展開することになる。今後が楽しみだな。
◇ ◆ ◇
採用試験から二日後、俺達はフレンハイム伯爵領への帰路についた。
旅は順調に進み、一ヶ月後には、フレンスの邸へと帰ってきた。
雪がチラホラ積もり、季節は冬真っ只中である。
フレンスに戻ってきた俺は、王都で採用した者達を邸の近くの空き家に住まわせることにした。
家の管理人はバトラーに任せた。
旅の間、慣れていない女性達から色々な愚痴が出ていたのだが、バトラーが声をかけると、女性達がたちまち大人しくなる現場を何度か見かけたからな。
超絶イケメンだけあって、女性からの人気は絶大のようだ。
そんなこんなで、戻ってきてから三日経ち、ようやく皆も今の環境に慣れてきたようで、徐々に落ち着いてきた。
アンナとクレアは、さっそく新作の執筆に入っている。
そして王都から来た採用者達は、こいはる商会の使用人として、製本作業をしてもらうことになった。空いた時間で、自分の作品を書く練習もしているようだ。
錬金術師のカーマインとドワーフのドルーキンが、製本機械を作ったこともあって、業務全般の指導係をしてくれている。
エルナは領地に戻ってきて早々、俺の側近であるリリーと共に、本屋『こもれび』で、元気に接客を行っている。リリーは俺の側近だけど、最近では、商会の仕事が多くなってきたな。
皆が楽しそうにしている中……俺は執務室へこもり、書類整理に追われていた。俺だけが全然落ち着つけない。
事務作業をする手を止め、大きく息を吐く。
すると同じく作業をしていた執政官のオルバートが、椅子から立ち上がった。
「邸に戻ってきてから仕事続きですからね。紅茶でも入れましょう」
「ありがとう。助かるよ」
一度グンと背中を伸ばして気を取り直した俺は、書類を数枚持ってヒラヒラさせる。
「それにしても、俺が領都を留守にしている間に、領民が急激に増加してるなんて思ってもみなかったよ」
「ええ、私も調査結果を読むまでは、全く把握していませんでした」
俺もオルバートも邸で行う業務が多く、普段から領都を見て回ることは少ないし、領内全体の人口ともなれば、逐一変化を把握することなんて無理だよな。
机に紅茶を置きながら、オルバートは深く頷く。
報告書によれば、領都の人口は四割増加、領内全体では三割も増加している。
オルバートは片腕を広げて俺を見る。
「増加した人口のほとんどが人族です。ルッセン砦の戦いに敗北してから、領内の人族の人口は減少していたのですが、最近になって急に増加を始めたようです。原因はフレンハイム伯爵領の景気かと思われます」
父が亡くなった戦い――ルッセン砦の戦いでは、トルーデント帝国軍が領内に侵攻してきたことで領内は荒れ、それに気候もあいまって小麦が不作だった。その結果、領内の税を減らすように各所に通達していたほどだ。
その後、帝国軍を撤退させてからは、兵士の補強、鉱山の鉱夫の増員、カーマインの発明を使ったゴミ処理場の建設、パピルス村と製紙工場の稼働、印刷工場の建設など、様々なことを行ったことで、一時期は領地の予算が足りなくなることが危ぶまれた。
しかし、今では仕事が増えたことで人も増え、小麦の収穫も例年通りになった。加えて、王宮へ定期的に『ぱぴるす』――フレンハイム領で作った紙を卸しているため、資金繰りも順調になってきている。
他の領地から見れば、フレンハイム伯爵領は景気がよく感じるのかもしれない。
実情は出費もそれなりにあったので、それほど儲かってはいないけどな。
俺は書類を見ながら、ため息をつく。
「このまま人口の増加が続けば、今の領都の規模では領民が溢れてしまうぞ」
「ええ。食料などはまだ余裕はありますが、新しい住居がありません」
住む場所がなければ、路上や外壁の外に人が溢れる。
それでは先の難民問題と同じじゃないか。
「これは領都の拡大しか方法はなさそうだな」
俺が伯爵に陞爵したことは、既に南部諸侯の耳に入っているだろう。
そんなタイミングで領都の拡張なんてしたら、また悪目立ちになるが……そんなことを気にしている場合じゃないよね。
領都フレンスを拡張させることに決め、俺はカーマインとドルーキンを執務室に呼び出した。
「印刷工場のほうはどうだ?」
「ああ、王都から来た面々が頑張ってくれてるからな。俺達は監督してるだけだ」
俺の問いに、カーマインが余裕の笑みを浮かべる。
椅子から立ち上がった俺は、二人の前まで歩いていき、その顔を交互に見る。
「新しい仕事をしてもらいたい。街の人口が増えちゃってね。領都を拡大しようと思ってるんだ。今の外壁のさらに外側に、新たな壁を作るから、土地の整備やその他諸々、現場の指揮を頼みたい」
そんな俺の言葉に、カーマインは顔を歪ませる。
「ドワーフ族のドルーキンは土木作業が得意だが、俺は錬金術師だぞ。そっちは専門外だ」
「土木作業に関係する新しい機械を発明してもいいぞ。整地する機械とか、土地を掘る機械とか、いろいろ考えられる。なんだか面白そうだろ」
俺がカーマインへ視線を送ってニヤリと笑うと、彼はさっきの反応から一転、目を輝かせた。
「新しい機械の開発か。それこそ俺の求めていたものだぜ」
「すっかりアクスに乗せられおって。まあよい。わしも道具作りは好きだからのう。カーマインがやると言うなら協力してやろう」
二人には土木作業の指揮を頼んでるんだけど、どうやら機械作りのほうが興味があるらしいな。
それなら現場監督は他の者に任せればいいか。
さっそく土木作業用の新しい機械について話し始める二人に向けて、俺は片手を上げる。
「地面を整えるには、まず地表を柔らかくする必要がある。その上で地面を叩いていけば、土が圧迫されて地盤が固まるはずだ。その地面を水平に削って整えていく」
「つまり機械は三つだな。地面を柔らかくするモノ、地面を圧迫して固めるモノ。地面を水平に整えるモノ……なるほど、これならアイデアが出てきそうだ」
カーマインは大きく頷くと、ドルーキンと話し始め、ワイワイと議論しながら執務室を出ていってしまった。
倉庫に戻って、二人で機械のアイデアを出し合うのだろう。
俺も現場監督を誰にするか考えないとな。
それから一週間後、俺が倉庫に二人の様子を見に行くと、見たことのない機械が三台、置かれていた。
俺を発見したカーマインは、新しい機械に手を向ける。
「見よ、これが『ザクザック』と『カタメール』と『ケズール』だ」
「そのまんまじゃないか!」
ざくざく耕し、がしがし固め、水平にごっそり削る……言いたいことは分かるけど。
いつもながらカーマインのネーミングセンスは勘弁してもらいたい。
俺がため息をついていると、カーマインが説明してくれる。
『ザクザック』は、後方に鉄のツルハシが何本も並んで取り付けられている。機械が動くと、そのツルハシが上下に動いて、地面を柔らかく耕すらしい。
『カタメール』も、ほとんと『ザックザック』と同じ作りで、こちらはツルハシではなくハンマーが取り付けられていて、地面を打ち付けて固める仕組みになっている。
『ケズール』は機械の後方に水平の鋭い鉄板が取り付けられ、機械を引くと、その鉄板が左右に動きながら、地面を水平に削っていくらしい。
どの機械も、二頭の馬で引かせて、車輪が動く力を利用して、後方の道具を動かす仕組みになっているようだ。
でも……
「実際に機械を動かしてみないと、性能が分からないな」
「それでは実験をしてみるぞい」
ドルーキンの言葉で、俺達三人は邸の裏手にある訓練場へ、三台の機械と共に移動した。
まず試すのは『ザクザック』だ。
カーマインが御者のように機械の上に座って、前方に繋いだ馬を前進させる。
すると後方の機械部分が動き始め、名前通りにザクザクと地面を耕し始めた。
これなら固くて大きな岩を砕くのは無理だろうが、地面を柔らかく耕すことができそうだ。小さな岩を砕くくらいはできるだろう。
次にドルーキンの乗った『カタメール』だ。馬が前進を始めると、後部に連結している巨大ハンマーが上下に動き、何度も地面を叩いて固めていく。
これだけ重いハンマーで叩けば、柔らかい土も硬い土台になるだろう。
そして最後に、『ケズール』を繋いだ馬を俺が前進させると、通り過ぎたあとの地面が真っ平になっていた。
これだけまっすぐにできるのであれば、使い勝手はよさそうだ。
それぞれの機械の性能に満足した俺は、『ケズール』の上から手を振った。
「試作実験は成功だ! これで土木工事を進められるぞ!」
そうして一週間後に、いよいよ領都の拡張工事が本格的に始まった。
この一週間で、ドルーキンとカーマインには、三種類の機械を増産してもらった。
何台もの『ザクザック』、『カタメール』、『ケズール』が馬達に牽引されて、現在の外壁の外の地面を整地していく。
外側に作る壁の予定地では、俺の開発した焼き過ぎレンガが高く積み上がっている。
人夫達も集まっているし、早ければ一年ほどで領都は一回り大きな都市へと変わるだろう。それこそ、城壁都市と呼んでも差し支えないくらいにはなるはずだ。
現在の壁と外側の城壁の間に何を作るかは、改めてフレンスの首脳陣で考える必要はあるけど、あとの工事は任せてしまってもいいだろう。
現場監督はドルーキンに任せよう。
工事が始まって十日後、私室で眠っていた俺は、誰かがいる気配がして目が覚めた。
すると、スイの整った顔と大きな瞳が間近に見える。
それに驚いた俺は、彼女の顔を手で遠ざけて、ベッドの上から跳ね起きた。
「こんな夜中に何をしてるんだよ」
「久しぶりに邸に戻ってきたので、顔を眺めてアクス様の成分を補充していたでござる」
そんな得体の知れない成分を吸収しようとするなよ。
そういえば、スイはハルムート伯爵の情報を探りに行ってたんだった。
「はぁ……それで、どんな情報を持ち帰ったんだ?」
大きく息を吐いて俺がベッドの上に正座すると、スイも正座して、さっそく得てきた情報を語り始めた。
俺はハルムート伯爵を見たことはないのだが、どうやら見た目は紳士的な男性であるという。
本人は三十歳。二十代後半の正妻がおり、側室が三人、妾が一人、隠し子が一人いるそうだ。正妻との間にも男児がいて、その子が後継者になる予定らしい。
そんなハルムート伯爵は、若い頃から舞踏会などで諸侯の姫君に声をかけまくるほどの女好きとして有名だった。隠し子がいるくらいだから頷ける話だ。
それが最近になり、女遊びが鳴りを潜めたらしい。
周囲の人間も奇妙に思っているが、真相は明らかにはなっていなかった……ということで、スイがさらに調査したところ、伯爵は宗旨替えをして、今は男色家になっているという。
現在、二十代前半のボーイフレンドと隠れて交際中。しかも三人。
そんな情報どうでもいいわ! 誰が深夜におっさんの性癖の変化を教えろと言ったんだ!
ハルムート伯爵領まで行って、何の情報を持ち帰ってきてるんだよ!
話を黙って聞いていた俺は段々と頭が痛くなってきた。
「もっと有益な情報はないのか? ハルムート伯爵家の経済状況や領内の景気、他にも伯爵の交友関係とか。色々と集める情報はあるだろ」
「それでしたら、こちらに記載しているでござる」
そう言って、スイは黒装束の内側から紙の束を取り出し、俺に手渡す。
紙をペラペラとめくって内容を読むと、確かによく調べられている。
ふとスイの行動に疑問を覚えて彼女に問う。
「それならなぜ、あんな情報を口頭で報告したんだ?」
「主の好みの面白い情報かと?」
いったい、スイは俺をどんな人間だと思ってるんだ?
一度、ハッキリさせる必要があるかもしれないな。
俺は深呼吸を何度も繰り返し、気持ちを落ち着けてスイへ視線を向ける。
「諜報活動お疲れさん。エクムント辺境伯にも、この情報を伝えてくれ。口頭で伝えてくれた内容も含めて丁寧に」
「仰せのままに」
正座のまま深く頭を下げた姿勢で、スイは転移魔法で姿を消した。
レイモンド、お前もハルムート伯爵の情報を聞いて悶えるがよい。
重要な交渉相手の情報だからな。
第2章 帝国へ
スイからハルムート伯爵の情報をもらった翌日、俺は朝早くにエルナの私室へ訪れた。
彼女は既に朝食を済ませて、ソファに座って寛いでいた。
俺はエルナの対面のソファに座り、話しかける。
「俺と一緒に、ウラレント侯爵に会いに行ってくれないか?」
「え! お父様に会いに行くの? いったいどうしたの?」
ウラレント侯爵とは、以前、講和の際に会ったきりだ。俺もそうだが、エルナも年単位で会っていないことになる。
「ちょっと面倒なことになっていてね。ウラレント侯爵の協力が必要なんだ」
俺は肩を竦め、王宮の命でタビタ平原の戦いの後処理を任されたことを説明する。
正直なところ、俺とレイモンドだけでハルムート伯爵と交渉するのは大変そうなので、ウラレント侯爵の力を借りられないかと思ったのだ。
そして今回の交渉相手がトルーデント帝国のハルムート伯爵だと話すと、エルナはイヤそうに表情を歪める。
「ハルムート伯爵のことは知ってるわ。あまりいい噂を聞かないけど」
「伯爵が女好きって話だろ。それなら面白い情報がある」
俺はニヤリと笑い、スイから聞いたことをエルナに話してあげた。
するとエルナは、楽しそうに笑い声を上げた。
「あの女好きだった伯爵が、男色趣味に変わったなんてね。父様も驚いて興味を持ってくれるはずよ。交渉もしやすくなるんじゃないかしら」
「それじゃあ、ウラレント侯爵に会いに行くのに付き合ってくれ。俺だけ行けば、どうして娘を一緒に連れてこないって文句を言われるからな」
「そうね、フレンハイム伯爵領に来てから二年近くになるし、顔を見せてもいいわ」
エルナは大きく頷くと、嬉しそうに表情を綻ばせた。
邸の中で自由に行動している彼女だけど、立場的には人質だからな。
領都に出たり、王都に連れていったりはしてるけど、基本的にはそこまで自由に動けるわけではないし、帝国に自由に行けるわけじゃない。
やはり家族のいる故郷に帰りたいよな。
翌日、俺はエルナ、スイ、それから以前拾ったマメシバ似で三本の狐のような尻尾を持ったモフモフ魔獣のコハルと一緒に馬車に乗って、南の国境近郊にある、エッボ村へと向かった。
今回は邸の者達には内緒で出てきた。
敵国であるトルーデント帝国のウラレント侯爵領に行くと知られれば、父の時代からの忠臣である四人――執事のセバス、執政官のオルバート、軍団長のジェシカ、警備隊長のボルドから、絶対に止められていたからな。
説教を受けるのは全てが終わってからでいい。
エッボ村に到着した俺達は、薄汚れた軽装備に着替え、その上から外套を羽織ることで冒険者を装う。
冒険者であれば、国に所属しているわけではないので、国境を越えて他国に行っても疑われることもないからな。
準備が整った俺達はボロボロの馬車に乗り換えて、国境にあるルッセン砦へ。
ルッセン砦は前回の戦いで半壊していたが、派遣した獣人達のおかげで、今ではすっかり修復されている。
そして、フレンハイム伯爵領とウラレント侯爵領は休戦協定中なので、砦の門は開放されている。
そのため商人や冒険者など、数は少ないが人の往来もある。
もちろん、ある程度の検問なんかはさせているが、そもそも国境を越える人間全員がこの砦を通るわけではないからな。
馬車を商隊の列に紛れさせ、検問の警備兵の目を誤魔化して、俺達は侯爵領へと進んでいくのだった。
街道沿いの街や村で宿を取りながら、ウラレント侯爵領内に入って四日後の夕方。
俺達は領都ウランレに到着した。
トルーデント帝国の街ということで、全く文化が違う街並みをイメージしていたのだが、俺達の国とかなり近いこともあってか、フレンスとそう変わらない。
ただ、大通りを歩いている人達を見ると、やはり異国の雰囲気が漂っているように感じる。
俺達はいったん安宿に部屋を取り、侯爵の城へはエルナ一人で向かってもらうことにした。
城に到着するまで彼女に危険が及ばないように、スイを護衛につけているけどね。
さすがにリンバインズ王国の貴族が、敵国の城へ無断で訪問するのはマズイし、通してもらえるわけがないからな。
二人が城へ向かった翌日の昼過ぎ、宿の部屋でコハルとボールで遊んでいたのだが、コハルが窓の方に駆け寄り、外に向けて吠えだした。
窓の外を見ると、安宿の前に豪華な馬車が止まっている。
「お、迎えに来たのか? 城まであんな豪華な馬車を出してもらえるとは思わなかったな」
そんなことを呟きながら部屋を出て一階へ下りていくと、エルナとスイが走り寄ってきた。
「父上を連れてきたわ」
え? 侯爵本人がこっち来たの?
エルナの指差す玄関先へ首を曲げると、何かに耐えるように体をプルプルと震わせる、ウラレント侯爵の姿があった。
侯爵は懐へ手を入れ、一冊の本を俺に向けて放り投げる。
「エルナに渡されたが、これは何だ!」
地面に転がる本の題名を見て、俺は血の気が失せる。
その本の題名は、『帝国から連れ去られた姫とやさぐれ子爵』。
エルナがアンナに小説の書き方を教えてもらいながら執筆し、俺の知らない間に印刷、発売した本だ。
内容は姫と子爵のあんなことやこんなことが書いている、いわゆる十八禁本である。
年頃の娘がこのような物語を書いたのだから、それを読んだであろう侯爵が、本の内容を娘の日頃の生活と受け取り、どのように妄想したかは想像に難くない。
エルナも侯爵に本を見せるなんて……スイも止めろよ。
ジロリとスイへ視線を移すと、彼女は唇を尖らせて下手くそな口笛を吹く。
その間にウラレント侯爵は、額に青筋を浮かべて俺に詰め寄ってきた。
このメンバーが合格者となる。
内訳としては、現時点で物語を書けそうな者が七名。
そこまでではないが、正確に文章を書ける者は二十名。
残りの十名は、どちらでもないが、エルナとアンナが独自に選んだ者達だ。
二人の意見では、磨けば光るということだが、ハッキリ言って何が光るのか意味が分からない。
その合格者を見て、俺は首を傾げる。
三十七人中、三十六人が女性だったのだ。
ちょっと性別が偏っている気もするんだけど、王都でも本を読んだりするのは女子が中心なのだろうか?
そして、もう一つ気になっている点がある。
女性達に囲まれて残っている男性についてだ。
百八十センチを超える長身で、腰まである黒髪に、透き通るような白い肌。細いが筋肉質な体つきであることは、服を着ていても分かる。
そんな超絶なイケメンは、女性達に囲まれて、遠くを見るように佇んでいた。
彼の採用を決めたエルナに聞いてみると、名前はバトラーというらしい。
「彼は絶対に採用よ。だって彼なら、攻めでも受けでも完璧にこなせるわ」
エルナが何を言いたいのか全く意味が分からない……というか分かりたくない。
ともかく、全員無事に雇うことになったので、俺達が王都を離れるのと同じタイミングで、一緒にフレンスへ向かうことになった。
審査も無事に終わり、俺は邸の応接室でレイモンドに礼を言う。
「場所を貸してくれてありがとう。おかげで沢山採用することができたよ」
「それならよかったです」
レイモンドと話をしている間に、そもそもなぜ書き手を募集したかという話になり、こいはる商会の話をすることになった。
そこで本屋『こもれび』のフランチャイズについて説明すると、レイモンドは乗り気で、十店舗分の資金を出してくれるという。
こうして、エクムント辺境伯領でも、本屋『こもれび』が事業展開することになった。
王都の店と合わせれば、かなりの店数を展開することになる。今後が楽しみだな。
◇ ◆ ◇
採用試験から二日後、俺達はフレンハイム伯爵領への帰路についた。
旅は順調に進み、一ヶ月後には、フレンスの邸へと帰ってきた。
雪がチラホラ積もり、季節は冬真っ只中である。
フレンスに戻ってきた俺は、王都で採用した者達を邸の近くの空き家に住まわせることにした。
家の管理人はバトラーに任せた。
旅の間、慣れていない女性達から色々な愚痴が出ていたのだが、バトラーが声をかけると、女性達がたちまち大人しくなる現場を何度か見かけたからな。
超絶イケメンだけあって、女性からの人気は絶大のようだ。
そんなこんなで、戻ってきてから三日経ち、ようやく皆も今の環境に慣れてきたようで、徐々に落ち着いてきた。
アンナとクレアは、さっそく新作の執筆に入っている。
そして王都から来た採用者達は、こいはる商会の使用人として、製本作業をしてもらうことになった。空いた時間で、自分の作品を書く練習もしているようだ。
錬金術師のカーマインとドワーフのドルーキンが、製本機械を作ったこともあって、業務全般の指導係をしてくれている。
エルナは領地に戻ってきて早々、俺の側近であるリリーと共に、本屋『こもれび』で、元気に接客を行っている。リリーは俺の側近だけど、最近では、商会の仕事が多くなってきたな。
皆が楽しそうにしている中……俺は執務室へこもり、書類整理に追われていた。俺だけが全然落ち着つけない。
事務作業をする手を止め、大きく息を吐く。
すると同じく作業をしていた執政官のオルバートが、椅子から立ち上がった。
「邸に戻ってきてから仕事続きですからね。紅茶でも入れましょう」
「ありがとう。助かるよ」
一度グンと背中を伸ばして気を取り直した俺は、書類を数枚持ってヒラヒラさせる。
「それにしても、俺が領都を留守にしている間に、領民が急激に増加してるなんて思ってもみなかったよ」
「ええ、私も調査結果を読むまでは、全く把握していませんでした」
俺もオルバートも邸で行う業務が多く、普段から領都を見て回ることは少ないし、領内全体の人口ともなれば、逐一変化を把握することなんて無理だよな。
机に紅茶を置きながら、オルバートは深く頷く。
報告書によれば、領都の人口は四割増加、領内全体では三割も増加している。
オルバートは片腕を広げて俺を見る。
「増加した人口のほとんどが人族です。ルッセン砦の戦いに敗北してから、領内の人族の人口は減少していたのですが、最近になって急に増加を始めたようです。原因はフレンハイム伯爵領の景気かと思われます」
父が亡くなった戦い――ルッセン砦の戦いでは、トルーデント帝国軍が領内に侵攻してきたことで領内は荒れ、それに気候もあいまって小麦が不作だった。その結果、領内の税を減らすように各所に通達していたほどだ。
その後、帝国軍を撤退させてからは、兵士の補強、鉱山の鉱夫の増員、カーマインの発明を使ったゴミ処理場の建設、パピルス村と製紙工場の稼働、印刷工場の建設など、様々なことを行ったことで、一時期は領地の予算が足りなくなることが危ぶまれた。
しかし、今では仕事が増えたことで人も増え、小麦の収穫も例年通りになった。加えて、王宮へ定期的に『ぱぴるす』――フレンハイム領で作った紙を卸しているため、資金繰りも順調になってきている。
他の領地から見れば、フレンハイム伯爵領は景気がよく感じるのかもしれない。
実情は出費もそれなりにあったので、それほど儲かってはいないけどな。
俺は書類を見ながら、ため息をつく。
「このまま人口の増加が続けば、今の領都の規模では領民が溢れてしまうぞ」
「ええ。食料などはまだ余裕はありますが、新しい住居がありません」
住む場所がなければ、路上や外壁の外に人が溢れる。
それでは先の難民問題と同じじゃないか。
「これは領都の拡大しか方法はなさそうだな」
俺が伯爵に陞爵したことは、既に南部諸侯の耳に入っているだろう。
そんなタイミングで領都の拡張なんてしたら、また悪目立ちになるが……そんなことを気にしている場合じゃないよね。
領都フレンスを拡張させることに決め、俺はカーマインとドルーキンを執務室に呼び出した。
「印刷工場のほうはどうだ?」
「ああ、王都から来た面々が頑張ってくれてるからな。俺達は監督してるだけだ」
俺の問いに、カーマインが余裕の笑みを浮かべる。
椅子から立ち上がった俺は、二人の前まで歩いていき、その顔を交互に見る。
「新しい仕事をしてもらいたい。街の人口が増えちゃってね。領都を拡大しようと思ってるんだ。今の外壁のさらに外側に、新たな壁を作るから、土地の整備やその他諸々、現場の指揮を頼みたい」
そんな俺の言葉に、カーマインは顔を歪ませる。
「ドワーフ族のドルーキンは土木作業が得意だが、俺は錬金術師だぞ。そっちは専門外だ」
「土木作業に関係する新しい機械を発明してもいいぞ。整地する機械とか、土地を掘る機械とか、いろいろ考えられる。なんだか面白そうだろ」
俺がカーマインへ視線を送ってニヤリと笑うと、彼はさっきの反応から一転、目を輝かせた。
「新しい機械の開発か。それこそ俺の求めていたものだぜ」
「すっかりアクスに乗せられおって。まあよい。わしも道具作りは好きだからのう。カーマインがやると言うなら協力してやろう」
二人には土木作業の指揮を頼んでるんだけど、どうやら機械作りのほうが興味があるらしいな。
それなら現場監督は他の者に任せればいいか。
さっそく土木作業用の新しい機械について話し始める二人に向けて、俺は片手を上げる。
「地面を整えるには、まず地表を柔らかくする必要がある。その上で地面を叩いていけば、土が圧迫されて地盤が固まるはずだ。その地面を水平に削って整えていく」
「つまり機械は三つだな。地面を柔らかくするモノ、地面を圧迫して固めるモノ。地面を水平に整えるモノ……なるほど、これならアイデアが出てきそうだ」
カーマインは大きく頷くと、ドルーキンと話し始め、ワイワイと議論しながら執務室を出ていってしまった。
倉庫に戻って、二人で機械のアイデアを出し合うのだろう。
俺も現場監督を誰にするか考えないとな。
それから一週間後、俺が倉庫に二人の様子を見に行くと、見たことのない機械が三台、置かれていた。
俺を発見したカーマインは、新しい機械に手を向ける。
「見よ、これが『ザクザック』と『カタメール』と『ケズール』だ」
「そのまんまじゃないか!」
ざくざく耕し、がしがし固め、水平にごっそり削る……言いたいことは分かるけど。
いつもながらカーマインのネーミングセンスは勘弁してもらいたい。
俺がため息をついていると、カーマインが説明してくれる。
『ザクザック』は、後方に鉄のツルハシが何本も並んで取り付けられている。機械が動くと、そのツルハシが上下に動いて、地面を柔らかく耕すらしい。
『カタメール』も、ほとんと『ザックザック』と同じ作りで、こちらはツルハシではなくハンマーが取り付けられていて、地面を打ち付けて固める仕組みになっている。
『ケズール』は機械の後方に水平の鋭い鉄板が取り付けられ、機械を引くと、その鉄板が左右に動きながら、地面を水平に削っていくらしい。
どの機械も、二頭の馬で引かせて、車輪が動く力を利用して、後方の道具を動かす仕組みになっているようだ。
でも……
「実際に機械を動かしてみないと、性能が分からないな」
「それでは実験をしてみるぞい」
ドルーキンの言葉で、俺達三人は邸の裏手にある訓練場へ、三台の機械と共に移動した。
まず試すのは『ザクザック』だ。
カーマインが御者のように機械の上に座って、前方に繋いだ馬を前進させる。
すると後方の機械部分が動き始め、名前通りにザクザクと地面を耕し始めた。
これなら固くて大きな岩を砕くのは無理だろうが、地面を柔らかく耕すことができそうだ。小さな岩を砕くくらいはできるだろう。
次にドルーキンの乗った『カタメール』だ。馬が前進を始めると、後部に連結している巨大ハンマーが上下に動き、何度も地面を叩いて固めていく。
これだけ重いハンマーで叩けば、柔らかい土も硬い土台になるだろう。
そして最後に、『ケズール』を繋いだ馬を俺が前進させると、通り過ぎたあとの地面が真っ平になっていた。
これだけまっすぐにできるのであれば、使い勝手はよさそうだ。
それぞれの機械の性能に満足した俺は、『ケズール』の上から手を振った。
「試作実験は成功だ! これで土木工事を進められるぞ!」
そうして一週間後に、いよいよ領都の拡張工事が本格的に始まった。
この一週間で、ドルーキンとカーマインには、三種類の機械を増産してもらった。
何台もの『ザクザック』、『カタメール』、『ケズール』が馬達に牽引されて、現在の外壁の外の地面を整地していく。
外側に作る壁の予定地では、俺の開発した焼き過ぎレンガが高く積み上がっている。
人夫達も集まっているし、早ければ一年ほどで領都は一回り大きな都市へと変わるだろう。それこそ、城壁都市と呼んでも差し支えないくらいにはなるはずだ。
現在の壁と外側の城壁の間に何を作るかは、改めてフレンスの首脳陣で考える必要はあるけど、あとの工事は任せてしまってもいいだろう。
現場監督はドルーキンに任せよう。
工事が始まって十日後、私室で眠っていた俺は、誰かがいる気配がして目が覚めた。
すると、スイの整った顔と大きな瞳が間近に見える。
それに驚いた俺は、彼女の顔を手で遠ざけて、ベッドの上から跳ね起きた。
「こんな夜中に何をしてるんだよ」
「久しぶりに邸に戻ってきたので、顔を眺めてアクス様の成分を補充していたでござる」
そんな得体の知れない成分を吸収しようとするなよ。
そういえば、スイはハルムート伯爵の情報を探りに行ってたんだった。
「はぁ……それで、どんな情報を持ち帰ったんだ?」
大きく息を吐いて俺がベッドの上に正座すると、スイも正座して、さっそく得てきた情報を語り始めた。
俺はハルムート伯爵を見たことはないのだが、どうやら見た目は紳士的な男性であるという。
本人は三十歳。二十代後半の正妻がおり、側室が三人、妾が一人、隠し子が一人いるそうだ。正妻との間にも男児がいて、その子が後継者になる予定らしい。
そんなハルムート伯爵は、若い頃から舞踏会などで諸侯の姫君に声をかけまくるほどの女好きとして有名だった。隠し子がいるくらいだから頷ける話だ。
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周囲の人間も奇妙に思っているが、真相は明らかにはなっていなかった……ということで、スイがさらに調査したところ、伯爵は宗旨替えをして、今は男色家になっているという。
現在、二十代前半のボーイフレンドと隠れて交際中。しかも三人。
そんな情報どうでもいいわ! 誰が深夜におっさんの性癖の変化を教えろと言ったんだ!
ハルムート伯爵領まで行って、何の情報を持ち帰ってきてるんだよ!
話を黙って聞いていた俺は段々と頭が痛くなってきた。
「もっと有益な情報はないのか? ハルムート伯爵家の経済状況や領内の景気、他にも伯爵の交友関係とか。色々と集める情報はあるだろ」
「それでしたら、こちらに記載しているでござる」
そう言って、スイは黒装束の内側から紙の束を取り出し、俺に手渡す。
紙をペラペラとめくって内容を読むと、確かによく調べられている。
ふとスイの行動に疑問を覚えて彼女に問う。
「それならなぜ、あんな情報を口頭で報告したんだ?」
「主の好みの面白い情報かと?」
いったい、スイは俺をどんな人間だと思ってるんだ?
一度、ハッキリさせる必要があるかもしれないな。
俺は深呼吸を何度も繰り返し、気持ちを落ち着けてスイへ視線を向ける。
「諜報活動お疲れさん。エクムント辺境伯にも、この情報を伝えてくれ。口頭で伝えてくれた内容も含めて丁寧に」
「仰せのままに」
正座のまま深く頭を下げた姿勢で、スイは転移魔法で姿を消した。
レイモンド、お前もハルムート伯爵の情報を聞いて悶えるがよい。
重要な交渉相手の情報だからな。
第2章 帝国へ
スイからハルムート伯爵の情報をもらった翌日、俺は朝早くにエルナの私室へ訪れた。
彼女は既に朝食を済ませて、ソファに座って寛いでいた。
俺はエルナの対面のソファに座り、話しかける。
「俺と一緒に、ウラレント侯爵に会いに行ってくれないか?」
「え! お父様に会いに行くの? いったいどうしたの?」
ウラレント侯爵とは、以前、講和の際に会ったきりだ。俺もそうだが、エルナも年単位で会っていないことになる。
「ちょっと面倒なことになっていてね。ウラレント侯爵の協力が必要なんだ」
俺は肩を竦め、王宮の命でタビタ平原の戦いの後処理を任されたことを説明する。
正直なところ、俺とレイモンドだけでハルムート伯爵と交渉するのは大変そうなので、ウラレント侯爵の力を借りられないかと思ったのだ。
そして今回の交渉相手がトルーデント帝国のハルムート伯爵だと話すと、エルナはイヤそうに表情を歪める。
「ハルムート伯爵のことは知ってるわ。あまりいい噂を聞かないけど」
「伯爵が女好きって話だろ。それなら面白い情報がある」
俺はニヤリと笑い、スイから聞いたことをエルナに話してあげた。
するとエルナは、楽しそうに笑い声を上げた。
「あの女好きだった伯爵が、男色趣味に変わったなんてね。父様も驚いて興味を持ってくれるはずよ。交渉もしやすくなるんじゃないかしら」
「それじゃあ、ウラレント侯爵に会いに行くのに付き合ってくれ。俺だけ行けば、どうして娘を一緒に連れてこないって文句を言われるからな」
「そうね、フレンハイム伯爵領に来てから二年近くになるし、顔を見せてもいいわ」
エルナは大きく頷くと、嬉しそうに表情を綻ばせた。
邸の中で自由に行動している彼女だけど、立場的には人質だからな。
領都に出たり、王都に連れていったりはしてるけど、基本的にはそこまで自由に動けるわけではないし、帝国に自由に行けるわけじゃない。
やはり家族のいる故郷に帰りたいよな。
翌日、俺はエルナ、スイ、それから以前拾ったマメシバ似で三本の狐のような尻尾を持ったモフモフ魔獣のコハルと一緒に馬車に乗って、南の国境近郊にある、エッボ村へと向かった。
今回は邸の者達には内緒で出てきた。
敵国であるトルーデント帝国のウラレント侯爵領に行くと知られれば、父の時代からの忠臣である四人――執事のセバス、執政官のオルバート、軍団長のジェシカ、警備隊長のボルドから、絶対に止められていたからな。
説教を受けるのは全てが終わってからでいい。
エッボ村に到着した俺達は、薄汚れた軽装備に着替え、その上から外套を羽織ることで冒険者を装う。
冒険者であれば、国に所属しているわけではないので、国境を越えて他国に行っても疑われることもないからな。
準備が整った俺達はボロボロの馬車に乗り換えて、国境にあるルッセン砦へ。
ルッセン砦は前回の戦いで半壊していたが、派遣した獣人達のおかげで、今ではすっかり修復されている。
そして、フレンハイム伯爵領とウラレント侯爵領は休戦協定中なので、砦の門は開放されている。
そのため商人や冒険者など、数は少ないが人の往来もある。
もちろん、ある程度の検問なんかはさせているが、そもそも国境を越える人間全員がこの砦を通るわけではないからな。
馬車を商隊の列に紛れさせ、検問の警備兵の目を誤魔化して、俺達は侯爵領へと進んでいくのだった。
街道沿いの街や村で宿を取りながら、ウラレント侯爵領内に入って四日後の夕方。
俺達は領都ウランレに到着した。
トルーデント帝国の街ということで、全く文化が違う街並みをイメージしていたのだが、俺達の国とかなり近いこともあってか、フレンスとそう変わらない。
ただ、大通りを歩いている人達を見ると、やはり異国の雰囲気が漂っているように感じる。
俺達はいったん安宿に部屋を取り、侯爵の城へはエルナ一人で向かってもらうことにした。
城に到着するまで彼女に危険が及ばないように、スイを護衛につけているけどね。
さすがにリンバインズ王国の貴族が、敵国の城へ無断で訪問するのはマズイし、通してもらえるわけがないからな。
二人が城へ向かった翌日の昼過ぎ、宿の部屋でコハルとボールで遊んでいたのだが、コハルが窓の方に駆け寄り、外に向けて吠えだした。
窓の外を見ると、安宿の前に豪華な馬車が止まっている。
「お、迎えに来たのか? 城まであんな豪華な馬車を出してもらえるとは思わなかったな」
そんなことを呟きながら部屋を出て一階へ下りていくと、エルナとスイが走り寄ってきた。
「父上を連れてきたわ」
え? 侯爵本人がこっち来たの?
エルナの指差す玄関先へ首を曲げると、何かに耐えるように体をプルプルと震わせる、ウラレント侯爵の姿があった。
侯爵は懐へ手を入れ、一冊の本を俺に向けて放り投げる。
「エルナに渡されたが、これは何だ!」
地面に転がる本の題名を見て、俺は血の気が失せる。
その本の題名は、『帝国から連れ去られた姫とやさぐれ子爵』。
エルナがアンナに小説の書き方を教えてもらいながら執筆し、俺の知らない間に印刷、発売した本だ。
内容は姫と子爵のあんなことやこんなことが書いている、いわゆる十八禁本である。
年頃の娘がこのような物語を書いたのだから、それを読んだであろう侯爵が、本の内容を娘の日頃の生活と受け取り、どのように妄想したかは想像に難くない。
エルナも侯爵に本を見せるなんて……スイも止めろよ。
ジロリとスイへ視線を移すと、彼女は唇を尖らせて下手くそな口笛を吹く。
その間にウラレント侯爵は、額に青筋を浮かべて俺に詰め寄ってきた。
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