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2巻

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 第1章 街の発展


 俺はアクス・フレンハイム。
 前世の日本での記憶を持って、リンバインズ王国南部、トルーデント帝国との国境沿いの一帯を領地として持つフレンハイム子爵ししゃく家に生まれたのだが、ある日突如とつじょ帝国が攻めてきたことで父であるバルトハイト子爵が戦死。それで急遽きゅうきょ、俺が子爵を継ぐこととなった。
 その後、俺の立案した作戦で、ウラレント侯爵こうしゃく令嬢のエルナが率いる帝国軍は撤退。侯爵との交渉の結果、三年間の休戦協定を結び、なぜかエルナが人質として、俺のやしきで住むことになった。
 それから俺は、ドワーフや錬金術師などを仲間にしたり、前世の知識を使って色々な発明をしたり……順調に領地を発展させていく。
 そんなある日、王国南部のまとめ役、エクムント辺境伯が流行はやり病によって急死し、俺と同い年のレイモンドが辺境伯を継ぐことになった。
 その王国南部の不安定な状況につけ込むように、帝国がエクムント辺境伯領のタビタ平原に侵攻してくる。
 俺とウラレント侯爵の間では休戦協定を結んだが、他の帝国貴族には、その効力が及んでいなかったためだ。
 俺は仲間と共にエクムント辺境伯領に向かうと、南部諸侯の力を借りた作戦を立てて帝国軍を撃退する。
 その後王宮に呼び出され、戦いの功績によって伯爵へと陞爵しょうしゃくしたのだが……ベヒトハイム宰相から依頼され、長引く戦の事後処理について、レイモンドを手伝うことになったのだった。


 王宮をあとにした俺とレイモンドは、彼の邸へ移動する。
 応接間に移動した俺達は、ベヒトハイム宰相との面会の疲れをやすように、ソファに深く座り込んだ。
 紅茶を一口飲んで、焼き菓子に手を伸ばしながら、レイモンドがチラリと俺を見る。

「ベヒトハイム宰相には引き受けると言ってましたが、ハルムート伯爵とはどんな交渉をするんです?」

 依頼されたレイモンドの手伝いとは、タビタ平原の戦いで帝国軍の総大将を務めていたハルムート伯爵との交渉のサポートだ。
 ハルムート侯爵が賠償金の支払いを渋っており、王家が介入すると南部諸侯内でのレイモンドの立場が弱くなってしまうため、俺がサポートに指名された。

「まだ全くのノープランだ。なんせハルムート伯爵のことを全く知らないからな」

 レイモンドは交渉のテーブルで伯爵と会話をしたことがあるそうだが、もちろん俺は会ったこともない。
 顔も分からない、会ったことも話したこともない相手と交渉して、よい結果を引き出せなんてベヒトハイム宰相も無茶なことを言うよな。
 そもそも、『レイモンドが交渉に失敗し王宮を頼れば、南部諸侯の信頼を失い、バランスが崩れる。そうなれば巻き込まれるのはお前だ』みたいなことを言われて、急に任されたのだ。
 アイデアなんかあるわけがない。
 俺が何の考えも持っていないと知って、暗い表情を浮かべるレイモンド。
 そんな彼に俺は肩をすくめて笑いかける。

「まあ、最良にはできないかもしれないが、最善にはしてみせる」
「まだ具体的な案はないが、方向性は見えているということですか。ただ、あまり長期間になると、南部諸侯が動き始めるかもしれません」

 レイモンドの言葉を聞いて、俺は大きく頷く。
 俺は今回、タビタ平原の戦いの功績で、伯爵になった。そのことを南部諸侯が知れば、俺をねたむ連中がどんな動きをするか分からないからな。

「そうなって一番困るのは俺だ。だから何とかやってみるさ」
「僕にできることがあれば、何でも言ってください」

 俺が差し出す手を、レイモンドはニッコリと微笑ほほえんで握りしめた。
 その後、俺を王都まで転移で連れてきてくれた、俺の部下である諜報員ちょうほういんのスイも含めて、談笑が続き、話の流れで、しばらくは彼の邸に滞在することになったのだった。


 用意された客室のベッドに寝転んで天井を見る。
 ハルムート伯爵との交渉について考えてみたが、どうもいい案が浮かばない。
 部屋で悩んでいるよりも、街へ出て気分を換えたほうがよさそうだな。

「スイ、いるか?」
「何でござる?」

 突然、耳に息を吹きかけられ、驚いて顔を向けると、スイの顔が間近にあった。
 慌ててベッドから飛び起き、スイをにらむ。

「何で、俺の隣で寝てるんだよ。スイも部屋を用意してもらっただろ」
「せっかくアクス様と二人っきりでござる。二人で甘い一時を過ごしたいでござる」
「俺にとっては緊張の一時になるわ!」
「それで私に何のご用でござる?」

 俺の盛大な突っ込みをスルーして、スイは可愛く小首をかしげる。
 その姿に一気に脱力した俺は、ベッドに座り込んだ。

「街に出るぞ、一緒に来るか?」
「デートでござるな。それなら喜んでお供するでござる」
「断じてデートではないからな。そのことはハッキリ言っておくぞ」
「はいはい、早く出かけるでござる」

 スイはニコニコと嬉しそうに微笑むと、ベッドから飛び起きて俺の腕をつかむ。
 そして部屋を出た俺達は、レイモンドの邸の裏口からそっと抜け出した。


 街の大通りを歩いていた俺は、ふと、このあたりにベレント商会があったことを思い出す。
 ベレント商会は、王国の中でも大手の商会で、去年の麦の取引でもうけさせてくれたところだ。
 そうだ。せっかくなら別の儲け話をしてみるか。
 さっそくベレント商会の店に向かうと、沢山の客でにぎわっていた。
 しばらく玄関先で客達の様子を見ていると、俺達を発見した使用人が足早に近づいてくる。
 代表であるタイマンに会いたいと伝えると、すぐに執務室へ通された。
 急にやってきた俺達を見て、タイマンが顔をほころばせる。

「先日はアクス様のおかげで儲けさせていただき感謝いたします。私どもの所へ来られたということは、今回も儲け話でしょうか? 相談に乗らせていただきますよ」
「ああ、いい話を持ってきたつもりだ」
「それは楽しみですな」

 タイマンの対面にあるソファに座って、俺は革のかばんから一冊の本を取り出し、テーブルの上に置いた。
 こんなこともあろうかと、鞄に一冊入れておいたのだ。
 怪訝けげんな表情を浮かべ、本を手に取ったタイマンは、ページをペラペラとめくって目を見開く。

「これは王宮が専売している『ぱぴるす』で作られた本ではないですか。紙そのものはよく見ますが、それを使った本は見たことがありません。それに、この文字は手書きではありませんな」
「その本はフレンハイム伯爵領で作ったモノだ。印刷という技術を使ってるから、大量生産が可能なんだ」

 俺の言葉を聞いて、タイマンはニコリと微笑むと、両膝りょうひざに手を置いて、深々と頭を下げる。

「伯爵領……そういえば、アクス様は伯爵になられたのですね。おめでとうございます」
「ありがとう。伯爵になったのはたまたまだけどな」
「いえいえ、伯爵となれば上位貴族ではありませんか。今までの子爵のようにはいきませんぞ。何かとご入用の時には、協力させていただきます」

 このまま話を続けていたら、要らぬモノを売りつけられそうだな。

「話を元に戻すぞ。それでその紙の本を売る商会を作ったんだ。こいはる商会という名前で、うちの領都フレンスで、本屋『こもれび』を営業して本を売っている。おかげさまで領都では大人気になったから、俺は本屋『こもれび』を王国全土に広げたい。そこでベレント商会には、本屋『こもれび』を王都で運営する権利を買ってもらいたいんだ」

 そう言って、俺は革の鞄から一冊の本を取り出し、タイマンに手渡した。
 この本は前世の日本の知識を活かして書いた、経営マニュアルを印刷したノウハウ本だ。
 タイマンは本のページを丁寧ていねいに、じっくりと読んでいく。
 そして興奮したように頬を染めて俺を見た。

「なるほど、この本の内容を忠実に守り、本屋『こもれび』を経営すれば、商人でなくても利益を得られますな」
「その通り。この経営指南書と、『こもれび』の看板を掲げる権利をベレント商会に買ってもらいたい」
「これは本腰を入れて、お話を聞く必要がありそうですな」

 タイマンは前屈みになると、ニヤリと凄みのある笑みを浮かべる。
 さすがは大商会の会長だけあって、金のにおいには敏感なようだ。
 それから俺とタイマンの話し合いは夜遅くまで続き、その結果、タイマンには本屋『こもれび』を期限付きにはなるが、王都で最大十店舗まで出店できる権利を買ってもらうことができた。
 ベレント商会からの帰り道、不思議そうな表情のスイが俺に質問する。

「アクス様、どうして自身のこいはる商会で、王都に店を展開しないのでござるか?」
「俺は王都に始終いられないだろ。今の領都フレンスのこいはる商会の規模じゃ、王都に店を出すことはできても、数を増やして管理をするのは無理だ。だから期限付きの経営権をベレント商会に売ったのさ。ベレント商会も、上手くいかなかったら期限の切れ目で撤退すればいいだけだしな」

 ベレント商会が本屋『こもれび』の経営を続けている間、こいはる商会の本を買い続けることになる。
 こいはる商会にしてみれば、看板の使用料と本の代金、二つの利益が継続的に得られるわけだ。
 俺から説明を受けたスイは首を傾げる。

「商売のことは分からないでござる。しかしアクス様が今までにないアイデアを出されたことは分かるでござる」

 忍者であるスイには商売の話は難しいよな。
 俺も前世の知識があるから分かるだけなんだけどね。


 ◇ ◆ ◇


 次の日、俺、スイ、レイモンドの三人で朝食を食べながら、今日にでもフレンハイム伯爵領に帰ると話していると、スイがふいに「あ!」という声を出す。
 食事中に失礼だぞと注意しようと視線を送ると、いきなり彼女は立ち上がった。

「アンナとエルナから相談されていたでござる。そのことをすっかり忘れていたでござる」
「あの二人から? 何の相談をされたんだ?」
「アンナ一人では小説の書き手が足りないという相談でござる。もし王都へ行くことがあれば、物語の書き手を探してほしいと言われていたでござるよ」

 アンナは領都フレンスで見つけた物語の書き手で、今はこいはる商会で小説を書いてもらっている。
 実は今、こいはる商会で小説を書ける作家は彼女一人だ。
 エルナもアンナに教わりながら、小説を書く練習はしているが、まだ本屋『こもれび』に置けるような作品は書けていない。
 書き手の作業は地道なものだし、ポンポンとアイデアが浮かんで物語を書けるわけでもないからな。
 それにアンナ一人に任せたら、店舗に並ぶ本が全てBL本になってしまう可能性が……それは非常にマズいな……
 スイの話を聞いたレイモンドがニッコリと微笑む。

「遠慮なく邸に泊まっていって構わないから、ゆっくり王都で物語の書き手を探せばいいですよ。アクス達がいると毎日が楽しいですからね」
「では、そうさせておう」
「人探しなら冒険者ギルドに依頼するのが一番早いと思いますよ」

 前世の記憶の中にあるラノベでも、人探しといえば冒険者ギルドだからな。
 とにかく行ってみるとするか。
 俺はスイと二人でレイモンドの邸を出て、街中へと向かう。
 王都の冒険者ギルドは大通りにあり、建物は大きかったが、中に入ると意外にも冒険者の数は少なかった。
 王都の近くには危険な魔獣が生息する大きな森はわずかだから、それで冒険者も少ないのだろう。
 カウンターに立っている受付嬢に声をかける。

「俺はフレンハイム伯爵だ。掲示板に依頼を貼ってほしい」
「承りました。ではこちらへどうぞ」

 受付嬢は丁寧に礼をすると、俺達を個室へと案内してくれた。
 椅子に座ったところで、俺はさっそく受付嬢に話しかける。

「依頼内容だが、文章を正確に書ける者達を、冒険者達に連れてきてもらいたい。一週間後に、エクムント辺境伯の邸で審査をおこなう。審査の合格者の紹介者には、金貨一枚を支払おう」

 少し文字を書けるだけの者達まで集めてきて、依頼を達成したと言われてはたまったものではない。しっかりと審査するつもりだ。
 また、レイモンドの――辺境伯の邸を試験会場にしておけば、冒険者も変な候補者を連れてくることはないだろう。
 俺の意図を理解したようで、受付嬢が穏やかに微笑む。

「依頼を承りますので、どの程度の人材を求めているのか、詳しくお聞かせください」

 それから俺と受付嬢は三十分ほど話し合い、冒険者ギルドの掲示板へ依頼を掲載けいさいしてもらった。
 冒険者ギルドをあとにして大通りを歩いていると、スイが首を傾げながら尋ねてくる。

「レイモンド様の邸を勝手に審査会場にするなと、叱責しっせきを受けないでござるか?」
「冒険者ギルドへ依頼することはレイモンドのアイデアだし、それぐらいで怒らないさ」

 俺が手をヒラヒラと振ると、スイはあきれた表情をしていた。


 邸に戻ってから、レイモンドに邸を使いたいことを伝えると、すぐに頷いてくれた。
 改めて許可も出たところで、スイへ指示を出す。

「フレンハイム伯爵領へ転移して、アンナとエルナを連れてきてくれ」
「それは無理でござるよ。先日のアクス様の件で失敗したでござる。自信がないでござるよ」

 スイは申し訳なさそうな表情をして、体を縮こませる。
 しかし、冒険者達が書き手候補を集めてくれば、その者達を審査する人員が必要になる。
 俺でも審査はできるだろうけど、ラノベなどの小説を読んでいたのは、前世の日本の頃だからな。
 アンナは小説の物語を書き慣れたベテランの書き手でもあるし、エルナは読書が大好きで、読み手のプロと言ってもいい。
 二人は審査員として、どうしても必要だ。
 俺の考えを丁寧に説明すると、スイは不安そうな表情で頷いた。

「二人を連れてくるでござる。でも失敗した時はかばってほしいでござる」
「わかった、わかった。もし、そんなことになれば、俺がキチンと謝罪するよ」
「絶対の絶対の絶対でござるからな」

 念を押すように何度も言葉を繰り返し、スイは転移で姿を消した。
 それからしばらくすると、隣の部屋から「キャーー!」という悲鳴が聞こえてきた。
 隣はスイが借りていた部屋だ。
 もしかすると、転移に失敗することを見越したスイが、アンナとエルナの下着姿を俺が見ないように、隣の部屋に転移したのかもしれないな。
 隣の部屋からドタバタとした騒音が聞こえる。
 その音が徐々に静かになり、頃合いだと感じた俺は、廊下に出て隣の部屋へと向かった。
 そして扉をノックして、大声で問いかける。

「おーい、スイ、二人を連れてきたのか?」
「その声はアクス? もう入っていいわよ」

 扉の向こうからエルナの声が聞こえ、彼女の了承を得て部屋の中へ入る。
 すると、豪華な衣装を着た、エルナとアンナが両手を腰に当てて立っていた。
 部屋の奥には、スイが正座をして身を縮こまらせている。
 俺の姿を見て、エルナの片眉かたまゆがピクリと動く。

「スイに私とアンナを連れてくるように指示したのはアクスなの?」
「ああ、そうだが?」
「ということは、転移に失敗したらどうなるか知ってたわね?」
「いやいや……知っていたかと言われると、俺自身が経験したというか……でも成功することもあるかもと思って……」

 しどろもどろに言い訳しながら、慌てて手を振る俺に向かって、眉を吊り上げたアンナが指差してくる。

「エルナと二人で邸で寛いでいたら、スイが突然現れて、いきなり手を掴まれたと思ったら、強引に転移するし、気付くと知らない部屋で下着姿にされたんだから! アクスはスイの主人なんだから彼女と同罪よね!」

 スイ、なんでそんなやり方をしたんだ!

「確かに指示を出したのは俺だが、転移に失敗したのはスイであって……」
「転移に失敗した時は俺が庇ってやると言っていたでござる! あの言葉はうそだったでござるか! アクス様に裏切られたでござる!」

 スイの訴えを聞いて、険しい表情をしたエルナが俺を見据え、スイの横の地面を指差す。

「アクス、スイの隣に正座しなさい」
「はい……」

 それから二時間、エルナとアンナからコッテリと説教を受けることになった。
 二人を連れてくるように命令したのは俺だけど、スイが事前に二人へ、転移に失敗した時のことを説明していれば、これほど怒られることはなかったはずだけど……
 そんなことを言えば火に油を注ぐだけだから、今は言わないでおこう。


 それから落ち着きを取り戻したエルナとアンナをレイモンドに紹介して、三人へ冒険者ギルドでの経緯を説明する。
 するとアンナとエルナが満足そうにウンウンと大きく頷く。

「だから私とエルナを呼んだのね。小説を書ける素質のある者を必ず見つけるわ」
「そうね。私達二人にピッタリの仕事ね。任せてくれていいわよ」
「そう言ってもらって助かるよ」

 俺は二人に素直に頭を下げた。


 スイ、エルナ、アンナの三人と、王都観光している間に、あっという間に一週間が過ぎた。
 レイモンドの邸の大きな庭には、沢山の人達が集まっている。
 俺が庭に現れたのを見つけたレイモンドが、困ったような表情で駆け寄ってくる。

「こんなに人が集まるなんて予想もしていなかったよ」
「冒険者の連中め、適当に文章の書ける者達を探して寄越したな」

 冒険者ギルドにはある程度詳しく説明したけど、応募者を選定してくれているわけではない。
 冒険者にしてみれば、合格者が出れば金貨をもらえるわけで、連れてくる人数が多ければ多いほど、審査が通る割合が高くなると考えてもおかしくないか。
 冒険者ギルドへ依頼する時に、もう少し厳しい条件をつけたほうがよかったな。
 ともあれ、審査を始めないことにはどうしようもない。
 エルナとアンナの二人は、庭に集まっている参加者に羊皮紙とペンを手渡していく。
 参加者には今まで読んだことのある本の感想文、随筆文、あるいは自分で書いた物語など、羊皮紙一枚分以上で、自由に文章を書いてもらった。
 それをアンナとエルナに読んでもらって、審査の合否を判定していく。
 二人に任せておけば、適切な人材を選んでくれるはず……と思いたい。
 すると、審査している途中で、エルナが興奮した様子で俺に駆け寄ってきた。
 その後ろにはアンナと見知らぬ女子がいる。

「聞いてアクス。王都にもアンナと同じほどの天才がいたの。紹介するわ、クレアよ」

 エルナに名前を呼ばれたクレアはペコリと頭を下げる。
 そして両手で持っていた羊皮紙の束を、俺に向けて差し出した。

「私が書いた物語です。読んで気に入っていただけたら私の物語も本にしてください。よろしくお願いします」

 エルナが気に入る物語って……まさかBLモノではないだろうな?
 俺は羊皮紙に視線を落とし、タイトルを確かめる。

『婚約破棄された悪役令嬢、隣国の王太子に溺愛できあいされる』

 タイトルだけでは、どんな内容か分からない。
 羊皮紙を一枚一枚、丁寧にめくって話を読み進めていく。
 文章は上手いんだけど……思わず読む手を止めた。
 この物語って、十八禁本じゃねーか!
 俺が絶句していると、エルナが相変わらずニコニコしながら口を開く。

「ね? 天才でしょう。彼女は絶対に雇うからね」

 まぁ、エルナに任せるつもりだったし、彼女がそう言うなら雇うことにしよう。


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