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67.『こもれび』の新メニュー

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執務室のソファーに座り、膝の上にコハルを乗せて愛でていると、クレアが部屋に入ってくる。

そして俺の前に立ち、コハルを指差す。

「ペットと遊んでいる暇があるなら、本屋『こもれび』のことをもっと考えてよ」

「客足は戻っただろ。それならいいじゃないか。何かあったのか?」

「店のメニューって飲み物ばかりでしょ。食べ物が欲しいって客から苦情が殺到してるのよ」

前世の日本の記憶では、本屋で飲んだり食べたりするのは禁止なんだけど。

ここは異世界だから許されるのだろうか?

元々、前世の記憶からメイド喫茶に似た本屋を思いついたのだから、料理があってもいいだろう。

俺はひとしきりコハルをモフモフして、ソファから立ち上がる。

「それじゃあ、俺が本屋『こもれび』に似合ったメニューを教えよう。クレアとバトラーも呼んできてくれ」

俺の指示を受け、アンナは嬉しそうに執務室を飛び出していった。

しばらくして、執務室にアンナ、クレア、バトラーの三人が集まった。

俺達は執務室を出て、邸の厨房へ向かう。

厨房では忙しそうに料理人達が仕事をしている。

料理場の端の場所を借りて、俺は料理をすることにした。

アンナは興味深そうに俺を覗いている。

「ねー、何を作るのよ」

「出来上がってからのお楽しみだ」

俺は両手を広げて、料理の準備に入る。

まず豚の厚切りロースを一枚、まな板の上に乗せる。

そのロースにまんべんなく塩コショウを両面にまぶし、小麦粉を全体に塗る。

俺は塩コショウがの味が少し強いほうが好きだ。

こればかりは人の好み次第だけどね。

鉄のボールに卵を割り、しっかりと撹拌させ、その中にロースを入れる。

そしてロースにまんべんなく卵が絡みついたら、パンをやすりで擦り、荒い粉状にした粉末の上にロースを置く。

そして表裏をひっくり返し、全体にパンの粉が引っ付いているか確かめる。

そして円形の鉄なべに、油を並々と入れ、温度が百六十度ぐらいになれば、その中にロースを投入。

四分ほど揚げればとんかつの出来上がりだ。

俺はテキパキと料理をこなし、三人の見てる目の前でとんかつを皿に盛った。

そして料理人達が用意してくれたデミグラスソースをとんかつの上にかける。

一部始終を見ていたアンナは興奮して息を荒くする。

「凄いわよアクス。アイデア料理を作れるなんて、あなた当主よりも料理人のほうがいいんじゃない?」

「うるさいよ。アンナだけは食べさせないぞ」

俺がアンナの分のとんかつの皿を取り上げると、アンナは泣いて縋りつく。

俺達三人はさっそくとんかつを試食することとなった。

クレアはとんかつを口へ放り込み、嬉しそうにモグモグと食べる。

「衣がサクサクしていて美味し―い」

「肉から肉汁が染み出してくるー」

「幾らでも食べられますよー」

バトラーは目に涙を浮かべて一口一口を味わうように食べている。

俺はとんかつを食べながら、指を一本立てる。

「とんかつとキャベツの千切りを、白パンの間に挟んで食べるのも美味いだろうな」

「それ採用、それにするわ!」

アンナは椅子から立ち上がり両拳を握りしめる。

俺は三人を見て手の平をあげる。

「それで三人の中で料理のできる者はいるのか?」

するとアンナとクレアの二人は、俺を見た後に顔を左右に振る。

そんな二人の隣に座っているバトラーがオズオズと手をあげる。

それを見て俺はバトラーを指差す。

「イケメンが作る料理、これってイケるんじゃないか?」

俺の言葉にクレアは激しく首を上下に動かす。

そして俺はバトラーに、とんかつ、からあげ、エビフライなどの洋食の作り方を教えた。

こうして領都の本屋『こもれび』では、イケメンが作る料理の店ということで客も段々と増え始めた。

その中で一番の売れ筋の料理はオムライスだ。

やっぱりメイド喫茶と言えばオムライスだよね。

本屋『こもれび』の騒動が終わって三日後、俺が執務室でリーファと紅茶を飲んでいると、廊下からタタタと足音が聞こえ、オルバートが部屋に入ってきた。

そしてノンビリとソファに座っている俺に向けてビシっと指を差す。

「フレンハイム伯爵領は資金ぐりが大変なのに、ノンビリしないでください。さっさと次の産業を考えないと、領内は火の車になりますよ」

「え? 車工場もできて『アクルマ一号』、『ニクルマ一号』、『ハコミール』の生産は始まったじゃないか。何を焦ってるんだ?」

「生産は始まりました。生産はね。しかし、どこに売るんですか? 買い手はいるんですか? 領内の大手の商人達は買ってくれていますが、それだけでは足りないんですよ。早くお客を探してきてください」

商品の買い手まで俺が探さないといけないのか?

それだと、まるで俺は営業マンじゃないか。

生産が軌道に乗ったことで安心していたのは、俺のミスだよな。

俺はこいはる商会からリリーとバトラーを呼び出し、リーファを加えた四人で冒険者ギルドへ向かった。

そしてギルドマスターのベンゲルから許可をもらい、冒険者ギルドの前で『ハコミール』の即売会を始めた。

バトラーはシャツの上からハッピを着て、頭にねじり鉢巻を付けている。

「よってらっしゃい。みてらっしゃい。今日は『ハコミールの即売会だよ。即売会に来てくれた冒険者限定で、今日だけ『ハコミール』を買うと一割安くしとくよー。そこのお嬢さん、お姉さんも見て行ってくれ。逞しいお兄さんも寄ってって」

俺がバトラーに伝授したのは、前世の記憶にあった、スーパーでの即売会を真似たモノだ。

バトラーって人前が苦手だと言うけど、こういうことをさせると様になるよな。

リーファもリリーも最初は嫌がっていたのに、しっかりと道行く冒険者にビラを手渡している。

「『ハコミール』の即売会をしてまーす。かっこいいお兄さん、見て行ってー」

「重い荷物も楽々と運べる『ハコミール』ですよー。これで簡単に魔獣の素材も持ち運びオッケーですー」

リーファは小柄でクールな美少女、リリーは小柄で可愛らしい美少女である。

二人に声をかけられた男性の冒険者はヨロヨロと即売会に立ち寄っていく。

絶世の美男子であるバトラーに呼び止められた女性の冒険者は、顏を赤くしてバトラーの姿を見つめていた、

三人の美貌のおかげで、次々と『ハコミール』は売れていく。

それを見ていたベンゲルは、冒険者ギルドに『ハコミール』を卸してほしいと、俺に申し出てきた。

ベンゲルは冒険者ギルドの情報網を使い、他の都市へ『ハコミール』を宣伝してくれるという。

さあ、次は『アクルマ一号』と『ニクルマ一号』の売り先を考えないとな。
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