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第一部 人質から始まる物語

第138話 終結と集結

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 後の世においてこの戦争は。
 『サナリア終結戦争』と呼ばれることになる。

 サナリア国にとっての英雄。
 『アハト・メイダルフィア』
 個人の武力。それと圧倒的なカリスマ性によって、力でのみサナリアの統一を果たした英雄。
 内政や外交が決して上手いわけではないが、その溢れる魅力によりサナリアを一つにしようと努力した男だ。
 そして、その彼の二人の息子による死闘が、奇しくもサナリアの歴史を終結させたという皮肉がこの短いサナリアの歴史にはある。
 
 アハトの嫡男。
 『フュン・メイダルフィア』
 彼が率いたのは、ロイマンが育てたフーナ村の私兵五千と、元四天王のフィアーナが持つ狩人部隊二千のみ。
 軍とは呼び難い数。それに軍として育ったわけではない兵。
 どちらにおいても不利であるのにも関わらず、この戦争においては、際立った力をサナリア軍に見せつけることが出来ていた。
 それは、ロイマンとフィアーナの兵士の育成方法の良さがあったからだ。
 それに合わせて、フュン・メイダルフィアの采配の力にもよる。
 彼らが持つ全ての力を、持て余すことなく発揮させたことが、この結果に繋がったのだ。
 もはや彼らこそを、『真のサナリア軍』と呼ぶべきだろう。
 
 それに対し、アハトの次男。
 『ズィーベ・メイダルフィア』
 彼は、兵を得るために重い税と強制徴兵で民を縛ったことで、軍としての力を得た。
 およそ二万もの大軍を擁し、元四天王のラルハンと共に帝国を倒そうと動いたのだが、立ちはだかったのは帝国の兵でもなく、自分の兄であった。
 軍量の差が二倍以上あったズィーベ。
 しかし、その圧倒的な数の違いを活かして戦う方法を理解しておらず、あっさりと兄に敗れてしまったのであった。

 二人の采配の違い。
 それは戦闘の素人が資料を読んだだけでも、この戦いの途中から勝敗の行方が分かってしまうほどに、ズィーベが勝つことは不可能と言えた戦いだった。

 『第一王子フュン・メイダルフィアの完全勝利』

 それが後の歴史の見解である。
 ズィーベ軍は手も足も出せずに、一撃小突かれただけで、脆くも崩れ去っていったといった多くの歴史家たちの意見が歴史書には記載されている。

 フィアーナの陽動に兵が釣られる程度の規律性。
 ロイマンの忍耐にも負けるくらいの兵の我慢弱さ。
 四天王シガーを活用しなかった策略のなさ。
 駄目な点を挙げてしまえばいくらでも出て来るのが、サナリア終結戦争である。
 この程度では真の兵士であったフィアーナとロイマンの軍に敗れるのも必然だったのだ。

 そして何よりも良くない采配。
 それは、戦闘ではなかった。
 兵士とは関係がない大工たちの流出。
 これが一番良くない采配である。
 土木関係者、建築業の者たちをないがしろにしたことから、ズィーベの敗北へのカウントダウンは始まっていたのだ。
 そもそも、彼らを解雇さえしなければ、フュンが関所を堅牢な砦に生まれ変わらせることが出来なかった。
 それに、あの巨大な落とし穴だって、彼らの助力が無ければ、フュンは作ろうとも思わなかったのだ。
 一度に大量の人間を収容できる落とし穴を作ることは、兵士ではそう容易く出来るわけもない。
 それにあのような三重の馬防柵も短期間の間にこさえることも出来なかったであろう。
 兵士らのような、土木の素人に、あれらを強固に作り出すことはできないのは明らかなのだ。
 サナリアの技術者を甘く見たこと。
 技術者たちをないがしろにした事。
 人を大切にしなかったこと。
 これらが、ズィーベ最大の敗因である。

 そして、フュン・メイダルフィアは決して策だけの男じゃない。
 こうした人の仕事を見極める力を持っているからこそ、一人一人の才能が輝いて、力がより増していくのだ。
 人の力を信じ、人を愛し、人に愛される。
 彼のその信念が、サナリアの地を変えていく原動力となっていく。
 大陸中の人々に、それはまるで全く別な物へと変わる『進化』であると、そう言わせたくらいの大きな変化がこの地に訪れる事になるのだ。
 

 ◇

 フュンは左手で目頭を押さえて、右手では剣をしまう。

 「僕の家族はいなくなりましたね。僕にはもう・・・血のつながった家族が一人もいないんですね……さすがに・・・堪えますね・・・きついですね」

 乾いた笑いをしてフュンは空を見上げた。
 いなくなった家族に思いを寄せる。
 父。母。そして弟。
 フュンの家族は誰一人、いない。
 
 決闘した弟の亡骸を直接見ずとも、悲しみは募る一方だった。

 「殿下! 私たちが殿下の家族です。生涯お守りいたします。殿下を支えます。最後まで家族であります!」

 懸命に話しかけるゼファーは隣にいた。
 フュンは、横に振り向きながらお礼を言う。

 「そうですか。ゼファーがですか。そうですね。ゼファーが家族ですか。うんうん。それは助かりますね。ありがとうゼファー・・・そうだね。でももう、君は僕にとって、大切な家族だよ。この五年、共に頑張りましたね・・・ん、たち? 私たち?? あ!」

 フュンは何かに気づいた。
 ゼファーが見ている関所の方を振り向く。
 すると大切な人たちは揃っていた。
 彼らはすでにサナリアの地まで来ていたのだ。


 ◇

 「おう。フュン! 終わったのさ」
 「先生!?・・・はい、終わりましたよ」
 「そうさな。今回はちとハードだったな」
 「ええ…さすがに厳しいです」

 ズィーベの亡骸をちらっと見てから、ミランダが優しく話しかけてきた。
 心情をそれ以上乱さぬように、ミランダは微笑む。


 「ようやったぞ。立派ぞ」
 「そうですかね。弟殺しなんですけどね」
 「なぁに。仕方のないことぞな。気に病むなぞ」
 「……どうでしょうかね。時が・・ほしいですね」

 サブロウは直接フュンの感情に介入。 
 でも吐き出した方が楽になるというサブロウなりの配慮だった。


 「まあ、お前にとっては俺たちが家族ってことでいいだろ。なぁ」
 「そうだな。あたいらはもう受け入れているけどな。お前次第だな」
 「ザイオンもエリナも、僕が家族でいいんですか」
 「ああ、つうか。もう家族だろ。俺たちウォーカー隊は家族なんだぜ。皆がよ」
 「おうおう。家族としてどんとこいや!」
 「そうでしたか。ありがとう。ザイオン、エリナ」

 豪快にザイオンは笑い、エリナは胸を叩いて自信満々に言い放った。

 「「殿下!!!」」
 「「ご飯食べよ」」
 「そうですね。一緒に食べようか。ニール。ルージュ」

 皆のおかげで少しずつ笑顔を取り戻していくフュンは、そばに来た双子の頭をそっと撫でた。


 他の戦場にいたはずのウォーカー隊はここまで来ていた。
 彼らも戦っていた。それも最前線での戦争だった。
 でもその間中、彼らだってフュンのことが心配でたまらなかったのだ。
 戦い終えた直後に、寝ずに馬を飛ばしてこちらまでやってきたようだ。 
 皆の目にはクマがあった。

 「いやいや、さすがは俺の見込んだ男だ。義弟殿。帝国の力も借りずに目的を達成するとは!?」
 「ジーク様はいつも通りでありますね」
 「ああ。もちろんだ」
 「……ジーク様。いいんですか。ハスラとかの守備は」
 「ああ、大丈夫だ。戦いは終わったし、それにルイス様と、ヒザルス。後は優秀な若い連中に任せてきた。ミシェルやタイムとかにね」
 「え!? 大丈夫でしょうか。ルイス様たちも大変でしょうに」
 「ああ、大丈夫大丈夫。なにヒザルスがいるんだし。上手くやるからさ。ははは」
 「そうですか・・・ヒザルスさん・・・押し付けられたんだろうな・・・」

 風来の商人ジークは、いつも通りの男で、フュンと淡々と会話をした。

 そして・・・。

 ◇

 銀色の長髪は、今日の明るい日差しを受けていつにも増して輝いていた。
 彼女はフュンの前に凛として立つ。

 「おかえりなさい。フュン」
 「ただいまですね。シルヴィア」
 「え? 今、シルヴィアって・・・・」
 「ええ。シルヴィア。見てくださいよ。これを。サナリアの反乱を鎮めましたよ。見事でしょう・・・」
 
 その悲しい顔を見て、シルヴィアの胸は痛みだす。
 あまりの痛みに呼吸が一度止まったように思う。

 「だから・・・もういいでしょう。あなたをシルヴィアと呼んでも……僕はこれから辺境伯になるみたいですよ。ね」

 目的を達成したのに晴れやかな顔じゃないフュン。
 サナリア軍の壊滅を指さして乾いた笑いをした。
 冗談めかすかのようなフュンの態度を見透かしたシルヴィアは、ここであえて微笑んでフュンに近づいた。
 これ以上無理をしないでと、優しく語り掛ける。

 「フュン。よくぞ生きてくれて・・・・あなたはどれだけの・・・いいえ。慰めません。私は応援します。あなたはよく頑張りましたよ。偉いですねフュン」

 今までの彼の辛い日々を想像してシルヴィアは、フュンの頬を両手で触った。
 どれだけの悲しみを背負い。どれほどの苦しみも背負ったのかは、自分には分からない。
 でもあなたのそばには、私がずっといますからねっと。
 シルヴィアは、自分のおでこをフュンのおでこにそっと当てた。

 「ええ、頑張りましたよ・・・シルヴィア」
 「ん? なんですか? フュン?」

 フュンの様子がいつもと違い。
 すぐにおでこを離したシルヴィア。
 頬にある自分の手を、彼が握ってきた。
 彼の手の温もりは優しく温かだ。

 「シルヴィア……愛していますよ」
 「え!?」
 「僕らは家族となりましょう……」

 フュンは真っ直ぐシルヴィアを見た。

 「一緒にいましょう。結婚してください」
 「・・・え!?」

 不意に言われたシルヴィアは驚いて聞くだけに回る。
 
 「どうです。僕と結婚してくれれば、ここにいる皆が家族らしいですよ。どうでしょう。いきなり大家族ですね」
 「・・・はい。そうですね。頼もしい家族です」

 フュンとシルヴィアは周りにいる笑顔の仲間たちを見た。
 全員見た後にシルヴィアはフュンの明るくなった顔を見上げた。

 「・・・フュン。私はあなたと結婚します・・・いつまでも一緒に・・・私は最後の時まで一緒にいたいです・・・」

 シルヴィアが嬉しさのあまり泣きだして、その涙をフュンが拭く。

 「あははは。そうですね。僕らはいつまでも一緒がいいですよね。シルヴィア」
 「はい」
 「僕は、守りますよ。あなたを・・・そして家族を・・・必ず守ってみせます。今度こそは……絶対に。もう二度と・・・失いません。何にも誰にも負けません。信じてください。僕はあなたと家族を守るために生きていきます」

 力強い宣言後。
 フュンの全身から悲しみの気配が消えた。
 彼が纏っているのは英雄の気になっている。
 所謂、覇気ある姿だった。
 決意が表にまで現れていて、顔が自信に満ち溢れていた。 
 自分の旦那となる人物は、英雄にもなれる器であると、この時のシルヴィアは確信したのだ。
 フュンを見つめ直し、そっと彼の胸に右手を置く。

 「・・・はい。もちろん。私はあなたを信じてます」
 「ありがとう……シルヴィア」

 フュンは初めて自分からシルヴィアを抱きしめた。
 優しい声色と共に……。

 二人が抱きしめ合うと、周りにいた皆が微笑んだのだった。



 こうして、サナリアの反乱は終結した。
 サナリア王国は二代で終わるという短命の王国であった。
 王国を終わらせた人物は第一王子。
 国が滅亡するには悲しい結末であるが、そんな結末は人々の記憶には残らない。
 なぜなら、このサナリアの地は、生まれ変わるからだ。
 それも大陸随一の大都市へとなるのである。
 第一王子が治めることになるサナリアは、父と弟が国として治めていた時代よりも遥かに大きく、とても豊かになっていく。

 そして・・・。

 戦争終結となったこの日が、ガルナズン帝国サナリア辺境伯『フュン・メイダルフィア』が誕生した日である。
 彼は、大陸東部の山脈に囲まれたサナリア王国に生まれ。
 第一王子として育ち。
 ガルナズン帝国の人質となる。
 そして、数々の功績を残して、帝国の一地方の領主となり、革命的な指導者となるのでした。
 彼の伝説はここから幕を開け、全てがここから始まるのです。
 
 大陸の英雄へとなる一歩目はこの地『サナリア』から始まるのでした。
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